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末席の勇者と英雄病賢者  作者: クサカリタスク
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第一章1 『陽気な昼下がり』

「……ん……んんん!?」


「おはよ。もう大丈夫?」


 シルクが意識を覚醒させると後頭部から柔らかい、かつ芯のある心地よい感触がした。

 眩しい陽射しが目を開けるのを躊躇わせるが、目を動かした直後顔に影が落ちる。ゆっくりと目を開けると、眼前には整った顔立ちの少女がシルクの顔を覗いていた。


「……うわっ!!」


「あらら」


 シルクは急に襲いかかる恥ずかしさのあまり、顔を熟れたトマトのように真っ赤にしながら勢いよく体を起こし、彼女に向かって正座をする。


「……ファル。そうか、僕は授業中に気絶して……」


「そう。私が助けた。大丈夫?」


「うん。別に外傷を受けたわけじゃないしね。それよりも助けてくれてありがとう」


「……ううん。当たり前のことを、しただけ」


 シルクはファル————模擬試合で助けてくれた蒼髪の少女、ファルティナ=ノースダリアに笑顔を浮かべながらお礼をする。屈託のない純粋な笑顔にファルティナは頬を赤らめる。それはシルクの羞恥とは違う別の理由によるものであると第三者から見るとはっきりと分かる。


 シルクは正面に同じく正座をしているファルティナの顔をまじまじと眺めた。


 肩まで伸びる美しい蒼髪に、可愛いとも美しいとも見える二つの良いところ両取りの整った顔。感情を顔に出すのが苦手という欠点なんて気にならない。むしろ儚さを演出する彼女の美点にすら感じる。


「……シルク。顔見過ぎ。……恥ずかしい」


「あっごめん。つい見惚れて……」


「……。じっくり見たいなら、事前に、言ってね。色々用意、するから……ね」


「僕がファルの顔を見るために色々と何を準備するの!?」


 顔に感情が出にくいファルティナだが、彼女らしくなく大きく破顔。顔も耳まで真っ赤に染まり、そんなだらしない顔を見せられないと顔を両手で覆い、横に逸らす。


「お二人さん。私がいるのもお忘れじゃないでしょうね」


 ファルティナの後方から主人と同じく正座をしているメイド————コルン=ストレリチアがジト目で二人を見つめる。完全に学院中庭内に別世界を形成しかけていた二人に注意を促した。


「よくもまぁ私がいるのにそんな甘ったるい空気を作れますね。しかも大半の生徒が学食に行くとしても中庭でご飯を食べている人もいます。周囲の目、気にならなかったんですか?」


「もしかして僕、寝ているところを沢山の人に見られてた?」


「そりゃあもう学年問わず男女生徒や教師に嫉妬の目やら温かい目やらで沢山と。近くにいたコッチが恥ずかしいってもんですよ」


「……大丈夫。私とシルクは、気にしないから」


「とても恥ずかしけど!? かなり気にするけど!?」


「……ふぇ……」


「あ、泣かせた」


「あーあー!! ファル大丈夫!! 僕、気にしてない、気にしてないから!! むしろ嬉しかったというか? 光栄だったというか? 幸せだったというか? ね? 泣かないで……」


 突如両手の甲を目元に置いて涙ぐんだファルティナを見てシルクは激しく動揺する。理由が分からずとも女の涙に弱いのが男というものだ。


 ファルティナは【第二席】と呼ばれる学院上から二番目の実力者であり、常に変化のない表情から儚くも人を寄せ付けない雰囲気を自然と出してしまっているから誤解されやすいが、実は彼女はかなり感情の機微が激しく思い込みが強い。そんなことを知っているのは学院内ではシルクとコルンの二名だけだ。


「……ほんと? 私、シルクに迷惑。……かけてない? 私のこと嫌いになってない?」


「うんっ うんっ!! 嫌いになってない嫌いになってない!!」


 もはや投げやり。女性に慣れていないシルクは勢いのままに任せるしかない。


「……じゃあ……好き?」


「うんっ うんっ!! す……。え?」


「チッ」


「からかわないでよっ!!」


 揶揄われていたことを理解したシルクはまた熟れたトマトのように顔を真っ赤にする。


「今、シルクうんって言った。シルク、私のこと好き、ってことでいい?(ひそひそ)」


「……。いえお嬢様、恐らく勢いに任せて言っただけかと……(ひそひそ)」


 ◆◆◆


 三人はコルンの用意した昼ごはんを食べながら、気持ちよくそよぐ風と全身を包むようなポカポカとした温かい陽射しを感じて時間を過ごした。


 今日は午前中で授業が終了。つまりこのままのんびりしていても誰にも文句は言われない。


 ここ、王立魔術学院ソレイユには魔術師・魔戦士・魔術技師を目指して毎日目まぐるしい日々を送る生徒達が大勢いる。

 授業や研究、学費稼ぎのアルバイトや補講などで忙殺される一日を送る中で唯一今日は午前中に授業が終わる。

 当然その時間にアルバイトを入れている生徒もいるが大半は学院の外、王都ソルで羽を伸ばす。


 だが、シルクにとってはその休息日も普段と変わらない。

 落ちこぼれであるシルクはその時間を惜しんで研鑽に励まなければならないのだ。


「じゃあ、ファル、コルンさん。ご馳走様。それじゃあ僕はこれで————」


 立ち上がって「お暇する」とシルクが言おうとした時、ファルがシルクのローブ袖を掴んで引っ張る。

 シルクは完全に立ち上がる前に腰をシートの上に落とした。


「シルク、頑張っているの、分かる。でも、頑張りすぎは、駄目。今日は、反省会、しよ?」


 ファルティナの真剣にも心配にも取れる表情からシルクは考える。落ちこぼれの自分に休む時間はあってはならないと。再び無様を晒してこの少女に助けてもらうのは嫌だと。

 だが、目の前の少女の気持ちも汲み取らないといけないとも思っている。この少女は学院で唯一【末席】と仲良くしてくれる友達。この少女の存在で何回学院に残る選択に留まったことやら。


「……分かった。ファル、反省会に付き合ってくれる?」


「うんっ!! 突き合う? ……付き合うっ!! ニヘヘヘへ………」


「(お嬢様、ただシルクヴェントと一緒に居たいだけなんだろう……。しかもあの顔。絶対に不埒なこと考えてる……)」


 深く考えた末の決断、しかも少女の気持ちを慮った(と勘違いしている)シルクとは裏腹にファルティナは自分の欲望に忠実だった。その二人のすれ違いを普段一歩後ろから眺めているコルンは的確に理解している。


「ねぇ、コルン。今、シルク、付き合ってって————(ひそひそ)」


「絶対に違います(キッパリ)」


 コルンは予想通りすぎる主人の発言に隠さず呆れ顔をしていた。


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