第五・五章3 『背後に忍び寄る影』
「クソ……クソがッッッ!!」
シルクとの激戦があった夜。
ヴォルト=エストリッチは荒れに荒れていた。
学生街の景観保全のために設置してあるゴミ箱を片っ端から蹴り散らす。
彼はシルクを陥れるためになんでもやった。
実技試験の日程を早めたし、剣に細工を施した。審判、審査員も買収していた。
如何なる暴力行為を働いても咎められないように裏から手を回してもいた。
だが、実際はどうだ。
用意した小細工を全てねじ伏せるような圧巻の剣技と体捌きがヴォルトを襲い、終いには自他ともに認めていたシルクのクソ【固有能力】が自身の【固有能力】を上回った。
平民如きに遅れをとって、終始追い詰められていたのはヴォルトの方だ。
何回尻餅をついて『敗北』の二文字を感じただろう。それが彼のプライドを大きく傷つけた。
結果第三者の介入で試合は有耶無耶になり、シルクの『優勢勝ち』を金でねじ伏せて『無効試合』にした。これが彼の出来る最大限の迷惑行為だった。
『無効試合』にしてしまえば少なくともシルクも良い評価は貰えない。
だが、『優勢勝ち』にしろ『無効試合』にしろ自身の経歴や周囲の評価が落ちたのは紛れもない事実。
そこがどうしても受け入れられなかった。
「なんでッ!! この俺がッ!! アイツにッ!!」
ゴミ箱を蹴り、ベンチを蹴り、手入れしてある草花を蹴った。
「クソガアァアアアアアアアアアアアアアアアァァァッッッ!!」
大勢に晒した醜態を思い出し彼は吠える。
月に、犇く星に彼は口を大きく叫んだ。
だが、鬱憤は全く晴れず寧ろ溜まっていくばかり。
——————そんな時。彼の背後から靴音が聞こえた。
「………チッ。誰だ。今の俺は無性にむしゃくしゃしててな。死にたくなけりゃ失せな」
暗闇から現れたのは三人組だった。
学生街にしては珍しい大人の三人。
大人は目立つはずだが、ヴォルトは彼らを見たことがない。
三人はクスクスと笑いながらヴォルトに歩み寄る。
その態度がヴォルトの逆立つ神経を刺激した。
「グハハハハ!! 兄ちゃん、そう怖い顔すんなって。俺らはそう、怪しい奴らじゃない」
「貴方は馬鹿ですか? それを自分で言うと怪しさが増すでしょう」
「ふーっ。ふふふふ。フーッ、フ」
「ほら、ホルクもそう言っています」
「グハハハハ!! それはすまんな!! 失敬失敬!! グハハハハ!!」
三人組はヴォルトに話しかけたにも拘らず、彼そっちのけで会話劇を繰り広げる。
「オマエら……何者だ? 何の用だ?」
ヴォルトだって馬鹿ではない。
裏の力を存分に働かせているとはいえ、頭脳も他の人間に比べて頭一つ抜けている。
だから彼は理解した。独特なオーラに人間離れした圧を放つ大人の三人組。
彼らは人間にとって『異物の存在』だと。
普段ならヴォルトでも逃げ出したか、制圧に向けて行動をしているだろう。
だが、今日の彼はそれほど冷静な判断ができるほどには心の余裕は持ち合わせていない。
「いや何。怪しくないただの人間さ。そう、なんだ。グハハハハ!! 俺には難しいことはよく分からん!! ピルト、パスだ!! グハハハハ!!」
「だから最初から私に任せておけと言ったのに……。貴方が人間と会話をしたいと言うから譲ったのに結局これとは、怪しさを増しただけではありませんか……」
「ふふふ。フ。フーフフフ〜ッ!! フッフッフッ!!」
「そうですよねホルク。もっとこの脳筋ダレンに言ってやって下さい」
「グハハハハ!! いやはや参った参った。グハハハハ!!」
「おい、俺を無視してんじゃねぇよ。この俺に失礼ってもんだろうが? ア?」
「荒れていますねぇ……。だが、それがまたいい。見たところ、貴方は誰かに『復讐』したいのではありませんか?」
細身の男の瞳がヴォルトを捉えて怪しく光る。
夜で分かりづらいが彼の人差し指に嵌る紫紺の宝石の指輪が内側からうっすら輝く。
「……ハ? オマエ何言って……」
「その遣り切れない、抑え難い負の感情の発散場所を求めていますね?」
「………あ?」
「憎い、憎い、憎い。気に食わない者が存在することが許せない。ですよね?」
「……お……う」
徐々にヴォルトの瞳から光が失われ始め、返答が単調になり始める。
「その人に復讐をしましょう。ついでにそんな人間を生み出した学院も滅ぼしてしまいましょう。だって貴方はこの世の頂点の存在。自分に泥を塗ってそれが肯定される環境なんて価値はありませんよ。ね?」
「そう…だな……」
「では、貴方にこれらを授けましょう。そして、指定日に今から支持することを行なって下さい。大丈夫。これで貴方は満たされますよ」
そう言って細身の男はヴォルトにいくつか指輪を渡した。
それら全てに文字が刻まれた宝石が埋め込まれており、相当値が張るものだと分かる。
指輪を左右に嵌めてしばらく。
ヴォルトの目に光が戻る。
だが、瞳の奥から感じられるのは狂気復讐怨恨。
まるで価値観が弄られたかのような目つきの代わりようだった。
「くっ……クハハハハハハハハハッッッ!! やってやるぜ。やってやるぜおい!!」
そうしてヴォルトを含めた四人組の密談が始まった。
「ふふっ……人間は心の隙をつくとチョロいですね」
細身の男————ピルトは自身の人差し指を見て笑う。
そこには紫紺の宝石が石座の上で砕け散っていた。残されたのは骨で出来たリングのみ。
「言霊使いに【洗脳の指輪】が機能するなんて皮肉な話です。支配する者が支配されるのですから」




