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末席の勇者と英雄病賢者  作者: クサカリタスク
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第五・五章1 『身に余る救済の手』

 シルクが目を覚ました時、保健塔のベッドで横になっていた。右手には温かく柔らかい感触。


「シルクさん……? シルクさん!! 先生、目を覚ましました!!」


「目を覚ましたんだね? ああ、良かった。本当に良かった」


 身体を起こすと周りには大量のベッドが並べてあり、同じく人間も大勢寝込んでいた。

 深傷を負ったか、意識消失に追い込まれたかのどちらかだろう。


 シルクは一通り検査をした後医師にこう告げられた。


「いいかい? 君は肉体の外傷はゼロだったんだが、精神が著しく摩耗していたんだ。何か心当たりはあるかい?」


「いえ……特には……」


 シルクには心当たりがある。だがミナスがいるため嘘をついた。もし彼女がこのことを知ったら責任を感じてしまうかもしれないからだ。


「そう…か……。うん分かった。兎に角助かって良かった。もしかしたらもう二度と目を覚まさないと思っていたからね。もう少しゆっくりしていくといい。まぁ、生きていたらまだいいことはあるさ。気を落とさないでね」


 シルクの頭に?のマークが浮かび上がる。そうして医師は去り、ミナスの口が開いた。


「シルクさん……。シルクさんはどれくらい寝込んでいたと思いますか?」


「えっと……丸一日かな。僕の試合開始時よりは日が登っているけど、この怪我人の多さはあれから一・二時間じゃあありえない」


「まる三日です…」


「え?」


「シルクさんは丸三日意識が無かったんです……!!」


 衝撃の事実にシルクは目を丸くする。

 確かにあの精神疲労——————魂の乗っ取りを経験した後なら腑に落ちなくもない。

 肉体とは違って、意識消失なしの際限なく続く苦痛、自分という自分が消されていく地獄を味わった後なら三日で回復したのは寧ろ早い方かもしれない。


「……まさか」


 ミナスの表情に医師の最後の趣旨不明の発言。

 シルクはある事実に思い至る。


「ミ、ミナ!! 試合、試合はどうなったの!? 丸三日ってことはもう明日が決勝戦じゃないか!? 僕は…僕はどうなっているの!?」


「それは……」


 ミナスは歯切れが悪い。数秒の葛藤の後にミナスは深呼吸して事実をありのままに述べる。


「シルクさんとエストリッチの試合は第三者の介入により無効試合という判定が出ました。つまり両者敗退扱いです。シルクさんの貸出剣が折れたことやエストリッチの過剰攻撃など様々は点が実行委員会に苦情が届いててんやわんや。しかもシルクさんの変身に不正があったのではないかと現在調査中です。その……手一杯らしいんです。あの試合は多くの問題がありすぎました……」


「そっか……。そう…そうだよね……」


「……シルクさん?」


 シルクは自然と涙が溢れる。嗚咽は無い。声も無い。

 ただただ涙が両の目から頬を伝う。

 両者敗退とは成績にどう響くのか分からない。

 だが、あの医師の芳しく無い反応から察するに恐らくいい評価は貰えないかも知れない。


 シルクは学院退学については寧ろどうでも良かった。

 彼は決戦の日まで支えてくれた仲間に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになったのだ。

 あんなに援助をしてくれたのに、最後は自身の心の弱さからあの悲劇を生んでしまった。

 剣に細工がしてあったことは確かに悔しいし、あれが無かったら勝てていた。

 だが、最後に身体を乗っ取られかけたのは明らかに自分の弱さが原因だ。


「ごめん……ごめんねみんな……。ごめん…本当にごめんね……」


 期待されたことなんて一度もなかったシルクが初めて感じた、友の期待を裏切ってしまったことに対するショックと喪失感。胸が押し潰されそうな感覚に息が苦しい。


 ミナスはただ呆然と立ち尽くすしかなかった。彼女にはどうする事もできない。

 目の前で悔しそうに泣く少年にかける声が見つからない。

 だって今回の件に関して原因の一端は彼女にあるのだから。

 責任は感じている。

 だが、どうしてやればいいのだと。

 彼のためを思った全ての行動が彼を苦しめてしまうのではないかと彼女は真剣に思った。

 彼女は漸く思い知った。身に余る救済の手は個人を傷つけると。


「……。また来ますね……」


 居た堪れない彼女はシルクを後にする。

 彼女は最後まで争うつもりだ。この少年を救うために。


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