第五章6 『暴走』
「フハハハハハハッッッ!! どうしたどうした? 先程までの余裕はどうした?」
魂と精神、肉体の結合が切れ、乖離エネルギーが奔流となって爆散された。
そして時が逆行したようにエネルギーは収束し、肉体は新たな精神と魂に接続される。
シルクの面影を残した魂レベルの微差しかない別人———『白髪』がヴォルトに襲いかかっていた。
白髪の片手には一本の刀が握られている。
これは彼が【武装展開】したことによって生み出された不朽の産物。
鋭い剣撃はヴォルトを圧倒、ヴォルトはただ防戦一方であった。
「おい!! コイツ誰だ!? なんで試合を止めないんだ!? 明らかに不正しているだろ!!」
彼はシルクの剣の細工は棚に上げ、相手の不正を主張する。
『はい、只今上から連絡が入りました。えー。魔力測定により、彼はシルクヴェント=カーラインその人であることが判明。これは不正ではなく、能力による変身と捉えることができる。試合は続行されます。—————っておい、マジかよ……』
会場に響めきが走る。番狂わせからの番狂わせ。面影を残しているだけで遠目から見ればただの別人である一刀の剣士は、あのシルクヴェント=カーラインなのだ。
ヴォルトを圧倒していることもそうだが、何より会場が驚いたのはシルクの実力。
あの【末席】の彼がこんな奥の手を持っていたことだ
。無能と蔑んだ相手が【第一席】にただ後退しか許さない信じられない光景に目を疑う。
「クソがッ!! 《吹き飛べ》!!」
「甘い」
剣戦に勝機はないと考えたヴォルトは白髪が近づいた瞬間に言霊をぶつける。
だが、それを読まれていたのか白髪は身体を器用に曲げて回避した。
鋼の撃ち合う音が一層大きくなり、回数が増す。白髪の剣が徐々に徐々に加速している。
ヴォルトは全部打ち返すことが出来ず、体に血筋が増えていく。
致命傷は免れても圧倒的勝者と対峙する重圧と削られていく体力が肉体と精神に悲鳴を上げさせる。
「遅い遅い遅い遅いッッッ!! もっとだ。もっと加速しろッッッ!!」
白髪の剣から音が消える。音に消費されるエネルギーまでもが彼の剣速に上乗せされる。
「んなッ!? もういい!! 《止まれ》《沈め》《落ちろ》ッッッ!!」
魔力残量が少ないヴォルトは三連続単純命令の言霊を白髪に投げる。
どれか一つでもいい。どれか一つでも当たってくれればコイツは止まる。
その隙に体勢を整えなければ。
相手を倒すことより自身の研鑽に躍起になる刀の鬼はヴォルトの言霊を回避しきれず、運も悪く刀を強く握る左手に当たる。
意思とは無関係に命令遂行をしようとする白髪の左手が、体ごと地へ向かって落下しようとしたその時。白髪は狂気とも取れる異常な行動に出た。剣呑さを孕む笑顔が口開く。
「【顕現せよ我が愛刀】——————————勢ィッ!!」
彼は言うこと聞く右手を空に掲げ、なんと【武装展開】をする。
人間一人一つという常識を破壊して顕現された武器はまたもや一本の刀。
そして上げた腕を勢いよく振り下ろし————————————自身の左腕を切断した。
「————————ッ!?」
結果命令は遂行され、白髪の体と分離した左腕のみが《止まり》地に《沈み》《落ちる》。
こんな乱暴な回避方法を見たことが無い。
何も躊躇いもなく左腕を斬り落とした白髪にヴォルトは背筋が凍る。例え後に治癒能力で回復出来るとはいえ、燃えるような痛みに、二度と戻らないかも知れないという恐怖に自分から突っ込むやつなどまずいない。
但し、これはチャンスだ。白髪の左腕からは夥しい量の血が流れ、痛みでまともに行動出来るはずがない。敵の自爆とも言える貧血と激痛によってヴォルトは優勢になる。
————筈だった。
「——————笑止。【装填】——————《再現・開始》」
白髪の口からシルクの【固有能力】の文言が放たれる。
再現するのは数瞬前の自分。左腕がまだ己に生えていた頃。
内包する魔力が外部に漏れ出し左腕一点に収束する。光の粒子が輪郭を作り始める。
それはまるで【武装展開】の際の武器構築プロセスに似ていた。
色を、形を、作る造る創る。細部まで一つの狂いもなく明確に『再現』する。
そして次の瞬間———————————欠損したはずの白髪の左腕は元に戻っていた。
「あ……ありえない……。こんな、こんなことって………」
ヴォルトは握る剣を離し、震える足が彼の腰を突かせる。
目の前には両手に二本の刀を携えた赤眼の剣士。
ヴォルトの見下す彼を見てヴォルトは戦慄する。
今まで自分は負け無しで傷つけられることなど一切無かった。
自分より強い者など居らず、常に相手を笑うように悠然と勝利を掴み取ってきた。理不尽なまでに相手に完勝し、二度と刃向かえないほど相手の心を折ることが彼の『格の違い』を見せつける行為だった。
だがしかし、これが本当の『格の違い』だとヴォルトは初めて理解した。
勝利のために自分を斬る———斬り落とす覚悟などヴォルトには存在しない。
——————勝てない。脳が、本能が、魂がそう叫んだ。
「戦はもう終わりか? ならばその首————————————貰い受けるッッッ!!」
二刀の剣士が構えた。眼下の首を見据え、左刀を宙に置くように止め、ゆっくりと右刀を振り上げる。
ヴォルトは死を覚悟した。治癒能力では直すことができない『即死』の二文字が彼の脳裏によぎる。そして白髪の叫び声と共に目を瞑った。その時——————
——————周囲が白煙で包まれた。
「悪いがここまでだ。——————————————————————————————————————————————《霧散せよ》」
「何某の死合いを邪魔する不届き者は何奴————————————ッ!?」
白煙から伸びる腕に白髪は頭をガシッと握られた。白髪は第三者の介入を許した自身の至らなさを悔やみつつ、刀を振り下ろす相手を変更し、妨害者の斬り落とすと思考する。
————————しかし、白髪の体から閃光と共に何かが弾ける。
————————意識が、魂が消失した。
シルクはその場に崩れた。
場を支配していた死と隣り合わせの緊張感が突如消失。解放とともにヴォルトも意識を失う。
白煙が晴れ、誰もが真っ先に会場の中心を見る。試合は? 結果はどうなったのか?
そして中心には影が二つ。
顔を向かい合わせながら倒れ込んだ銀髪のヴォルトと茶髪に戻ったシルクだった。
『ひ、引き分けッッッ!! 両者意識消失!! 第一回戦。対極カードの番狂わせ試合はなんと!? 両者引き分けとなりました!!』
実況者のアナウンスが会場全体に響き渡る。歓声は無く、疑問を多く残した一戦に場が騒然とする。観客席で観戦していたミナス達は心配を胸にシルクの顔を見つめたのだった。




