第五章3 『覚醒』
「ほらほらほらホラァッ!! さっきまでの威勢はどうしたよ? シルクゥッ!?」
「くそっ、くそっ………クソ!!」
シルクの剣がヴォルトに終わりを告げようとした瞬間。その剣が崩れ去った。
当然、シルクの県議は空振りに終わり、ヴォルトの言霊によって体が弾かれた。
「(剣が軽かったのは僕が成長したからなんかじゃなかった!! 中身が空洞だったからだ!!)」
シルクは自身の安直さを悔やむ。恐らくこの剣の細工もヴォルトが仕組んだものに違いない。
今はもう剣がない。
戦う手段がない。
ただ逃げに徹して恥を晒しているだけだ。
シルクとその仲間は剣の耐久力なんて考えもしなかった。
それもそのはず、剣が壊れるなんてそもそも想定出来ないし、ましてや【武装顕現】で出した武器は絶対に壊れない。考える余地がなかったのだ。
ヴォルトの雑な攻撃にシルクはただひたすら逃げる。背中を向けながら逃げる。
ヴォルトは余裕を取り戻したのか、今は完全にシルクを痛ぶるモード。
言霊なんか使わず、歩いてジリジリとシルクを追い詰める。
「おい、ふざけんな!!」
「ちゃんと戦え!!」
「勢いはどうした!!」
「ガッカリさせんな!!」
観客は先程との試合展開の差に落胆して、歓声ではなく罵倒を言い始める。ヴォルトはその状況に嬉々とした表情を作った。
「いやァ、やっぱりオマエはこんなんじゃないとなァ、シルク? 歓声はオマエには似合わねぇ。罵倒、侮辱がオマエには一番似合うゼ」
「あと少し……あと少しだったのに……」
「『あと少し…』? そんなんじゃねぇよ。最初から神は俺に勝利を約束していたんだ。最初からオマエの負けが決まっているのに、あと少しもクソのねぇだろうが? なぁ? ギャハハハハハッ!!」
如何にも独善的な理屈を並べ自己と今までの展開を正当化するヴォルト。シルクは闘技場の角に追いやられ退路を絶たれる。
「おっと。《地に頭を下げよ・頭が高いぞ》」
「ぐぁっ…!!」
衝撃にシルクの眼鏡が砕けて散った。
「ギャハハハハハッ!! それだよそれ!! オマエの頭はその位置がお似合いだ!! ほら、色んな人に見てもらおうねー? ギャハハハハハッ!!」
そう言ってヴォルトは体をずらし、シルクの頭が地面についている————土下座に見えなくもない姿勢を観客に見せる。
観客や審査員はヴォルトが言霊を使っているかどうかは分からない。
これが強制されているのかも、シルクが自分からやっているのかも彼らには分からない。
ただ、序盤威勢を張っていたシルクが今ではこんなに卑しい姿に、と映るだけだ。
「うっわ」
「最悪」
「評価は低いですね。王国の未来の戦士に相応しくない」
「同意です」
シルクの評価が著しく下がっていくことを感じるヴォルトは心の底からの悦楽に浸る。
「ギャハハハハハッ!! ギャハハハハハッ!! ギャハハハハハッ!! いいねぇ、いいねぇ、この状況ッ!! 《呼吸が苦しい》くないか? 《手足の骨が軋む》んでないか? ア? ア? ア? ギャハハハハハッ!!」
「……ァ………」
シルクは青ざめる。
呼吸困難に襲われ、四肢の骨にヒビが入る。筋肉が断絶し、全身が髄の髄まで痛みという痛みに犯される。
皮膚が剥がされ痛覚剥き出しの身にされたような感覚。
酸素が足りず悲鳴を上げれないため、苦痛による狂気が内部に蓄積され脳が痙攣する。
しかも気絶しないようにヴォルトが適宜調整をしているため、この地獄すら表現が生ぬるい拷問はシルクにとって一生のように長く感じた。
今回ばかりはファルティナの助けが期待できそうにない。
不正防止のため闘技場内部に入れないように補助員が目を光らせているからだ。
シルクの脳は酸素が足りなくなってきた。
虚ろになる視界に崩壊していく感覚。
痛みが限度を越して脳の一部分が破壊されたかもしれない。
体が急に楽になり安らぎさえ感じる。
走馬灯が見える。
大して良い思い出のないシルクの学院生活だが、目の前に広がるのは直近四日間の友との訓練の日々。
ああ、楽しかった。
辛い現実に初めてちゃんと抗おうとしたあの時間が一番楽しかった。
自分を変えようとチャレンジした時は怖かったけど、やっぱり楽しかった。
『シルクさん』
『……シルク』
シルクを変えようと我が身のように献身的に尽くした少女と、常にシルクを守ってくれた少女の声が鮮明に思い出される。
「(ああ……そうだ)」
彼は無意識に体を動かした。
「(こんなところで終わるわけにはいかないんだ……)」
彼は微かに唇を動かした。
「(僕は『僕だけ』のために戦っているわけじゃないんだ!!)」
そしてシルクは呟いた。なけなしの体力に限界の身体で。肺を押しつぶしてまで生み出した酸素で彼はこう言った。
「【装填】」




