第五章2 『VSヴォルト=エストリッチ』
二人のまさに対極との言える少年達が闘技場に入場し、喚声は更に湧く。
熱気が溢れ、観戦する生徒達のボルテージは最高潮。片方は茶髪に眼鏡の鈍臭そうな平民。
もう片方は整った銀髪に自信げな態度の貴族。
勝敗は既に決しているようなものだが、観客は興奮を抑えられない。
「ヨォ、シルク。見ろよ、この会場。お前の退学にここまでの奴らが集まってくれたんだぜ? これは感謝しないといけないよなぁ、感謝。身辺整理とお友達の別れは済んだか? 素敵な思い出とともにこの学院を去る準備は出来たか? ア?」
「……」
「チッ、ダンマリかよ。まぁ、いい」
ヴォルトはニタリと笑い、右手の平に光の粒子を収束させる。
そして形成されるは一本の剣。禍々しくもどこか洗練されている如何にもヴォルトらしいものだった。
「一瞬で終わらせてやるよォ。お前のことなんか誰の記憶にも残させねェ。あの女にはお前の努力が全否定された姿を見せつけて、精神的に犯してやるぜェ。ギャハハハハハッ!!」
「……。今日の僕は一味違う。足掻くだけ足掻いてやる」
「へぇ、言うじゃねぇか。『今日の僕は一味違う』? ギャハハハハハッ!! 傑作だぜ。今のお前の発言を俺の仲間にも聞かせてやりたかったなァ」
「笑っているのも今のうちだ。僕は……、今日に向けてみんなと努力してきたんだ。みんなのためにも僕は無様を晒すわけにはいかない」
「へぇ。カッコいいじゃん。じゃあ、その努力を俺に見せてくれよな。ギャハハハハハッ!!」
ヴォルトの舐めた態度は依然として変わらない。顕現させた武器は肩にかけて一向に構えようとはしない。顎は上にあげてシルクを常に見下す。
『ヴォルト=エストリッチ選手。構えてください』
「いんや、これが俺のアイツに相応しい構えってやつだ。気にすんな」
『分かりました。両者準備。実技試験第一回戦。———————試合開始!!』
戦いの鐘が闘技場全体に高らかに鳴り響いた。
「ハァアアアッッッ!!」
「ふん。まぁいいだろう。ほら近くに…近くに来い!! ———————《そこだ。這いつくばれ》」
シルクはヴォルトに突進を仕掛ける。つい前に戦った時のことを覚えていないのかと、剣を構えて真っ直ぐ向かうシルクを射程に捕らえ、ヴォルトは言霊を飛ばす。
「……何? チッ!!」
「勢ィッ!!」
シルクはヴォルトの口が動いた瞬間。突進の勢いを急に殺し、横に思いっきり右に跳ぶ。
そして直ぐに下ろしてあった剣を上に振り上げ斬りかかった。
ヴォルトは咄嗟に反応し剣を振り下げようとするも、ヴォルトの剣の位置はシルクの跳躍方向と反対側の肩。いくら目で追えても反応に遅れた体はシルクにワンテンポの猶予を与えてしまい、結果シルクの斬撃はヴォルトの左腕に大きな傷を与えた。
シルクは射程から逃げるように直ぐ後退する。
「「「「「ウオオオオオオオオオオオォォォォォォッッッ!!」」」」」
初っ端から番狂わせの展開に会場は沸いた。
ヴォルトは左腕に血を流しながら、大きく顔を歪める。苦悶、苦痛、それより屈辱。彼の顔が彼の感情を雄弁に語っていた。
「ハ? 平民で【末席】のお前如きが? 俺に傷を与えただと? ア? ア? アァアアァァァァァァッッッ!!」
ヴォルトは右手の剣を斜め下に。身を屈めてシルクへ走る。目が血走り、体全身から魔力が溢れ出している。ファルティナと同じく魔力暴走だ。
「死ねェェェッッッ!!」
「ハァアアアッッッ!!」
ヴォルトは負傷した左手を使っていないにも拘らず、そのハンデを物ともせずに上下左右変則的な斬撃をシルクに浴びせる。
彼はプライドも一流だが、戦闘センスの一流。
怒りに任せた単調な攻撃ではなく、一撃一撃がシルクを戦闘不能に追いやるには十分の必殺剣だった。
————だが、シルクにはそんなものは通用しない。
「【装填】——————《再現・開始》ッッッ!!」
呼び起こすは四日分の経験。
かの剣豪を何度も模倣して得た劣化の一刀流技術。
シルクはヴォルトの剣を全て見切り、一撃一撃を避けるでもなく全て弾き返す。
金属と金属が衝突する何重もの音が二人の間に響く。
シルクの剣圧は初撃の何百倍にも膨れ上がり剣戟勝負に打ち勝った。
ヴォルトは余りの剣の重さに体を大きく後ろに逸らす。
隙ができた————とシルクは思った瞬間。彼はゾッとした危機を感知し横に大きく飛び退いた。
「《堕ちよ》……チッ」
ヴォルトは反った体勢から言霊をシルクに打ち込もうとしていた。再び二人の間に距離が出来る。ヴォルトは痛みが引き、シルクに警戒するようになったのか、舐めた構えはもうせずに両手で剣を支え前に構える。
「まさかな、ハハッ。いい悪夢だぜ。俺が攻撃を喰らっているのに、お前は傷一つ付いていないなんてな…。全く、ふざけんナよォォォッッッ!!」
轟くヴォルトの怒声。
「平民如きが調子に乗りやがってッッッ!! お前ら平民は貴族の俺らにペコペコしてりゃそれで良いっていうのによォ!! 何楯突いてるんだッッッ!! アアア!?」
「平民にだって意思はある!! それに今はそんなこと関係ない。これは平民の貴族の戦いじゃなくて、僕と君の戦いだ!!」
「一端に俺とお前を同じ土俵に並べようとしてんじゃねぇぞ【末席】がッ!! オラァァァ!!」
ヴォルトは急に距離を詰め、シルクに襲いかかる。支える手が二つになったことにより、ヴォルトの剣は安定性と速度が増す。感情を込めた一撃は先程よりも更に鈍重。
だが、シルクはその全てを弾き返した。
「これで、いける!!」
シルクの剣技は模倣を模倣したものであり、実際洗練された技とは言い難い。
だが、体で覚えた力の入れ方と腰の運び、姿勢がその粗さを補い、ヴォルトの貴族剣術を上回っていた。
「クソがッ!! 《地よ・抉れて・砂塵をシルクに》ッッッ!!」
「うわぁぁぁッッッ!!」
ヴォルトの足元、地面に穴が出来て余った砂がシルクの顔を襲う。
シルクは視界が潰されて何も見えない。
「貰った!! 《俺を・シルクの下へ・飛ばせ》!!」
体勢を戻したヴォルトは自身に言霊をぶつけて、あり得ない勢いでシルクに襲いかかる。
異常な突進力に上乗せされる上方からの剣に蓄積された膨大なエネルギー。
ヴォルトは勢いのままに剣を下ろす。そして最初から予定されていた勝ちを確信した。
しかし————ガキンと剣が弾かれる音が盛大に響いた。
ヴォルトは驚愕の余り目を見開く。
シルクは目を潰されながらもヴォルトの剣に反応して左手を剣先に添えて、ガードしたのだ。
勝ちを確信した時に生まれた、いや、取り戻した慢心。
罠ではないと分かるただ純粋な隙。
シルクは砂で視界が開けていない。だが耳に入る音が、肌を撫でる空気が、そして彼に向ける恐怖の視線がヴォルトの位置を明確に知らせた。
横持ちの剣を縦にシルクは振り上げる。
【装填】した技術模倣可能状態はまだ続いている。
彼が再現するのは最短最速最重の片手一閃。
ヴォルトは手足を地につけ、斬りかかるシルクの剣をただ恐怖のままに眺める。
観客だけではなく審査員までもが最高潮の興奮に溺れ、叫びが一層増す。
シルクの仲間達は彼の勇姿に心を打たれながら、最高の瞬間を逃すまいと集中する。
まさか、起こるのか、奇跡が?
【末席】が【第一席】に勝つという世紀最大のジャイアントキリングが見られるのか?
会場全体が呼吸を忘れ、固唾を飲んで見守るその瞬間。
シルクから繰り出された最高の剣は———————剣身から崩れ去った。




