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末席の勇者と英雄病賢者  作者: クサカリタスク
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第四章9 『侍』

「じゃあ……。始め!!」


 シルクはレイピアから射出される氷の弾丸を避けて前に進む。

 氷はレイピアの先端から生まれる。軌道を読むのは簡単だ。ところどころ避けられない物もあるが、体を捻って剣で砕く。

 シルクは頭脳派ではあるが、【固有能力】がゴミで【武装展開】ができないだけ。

 運動神経は寧ろ良い方である。


「ヤァアアアッッッ!!」


「お。ここまでよく来た、ねっ」


 シルクとファルティナの剣戟が火花を散らす。男という性別、レイピアよりも重量を誇る剣の二点から、シルクは彼女と打ち合う程度には技量差を狭めていた。

 だがしかし、技術だけではどうしても埋められない戦いを作るのが能力者同士の戦いである。


「とりゃ」


「フ————ッ!!」


 ファルティナの突きを剣の横で逸らそうとするシルクだが、彼女のレイピアに魔力が籠るのを感知して咄嗟に避ける。

 すると、勘一発で拳大の氷弾がシルクの脇を掠めた。

 思いもよらない回避に目を大きく開けるファルティナ。完全に相手の隙を作った形になったシルクは剣を横薙ぎに彼女の腹を狙う。


「(勝った……)」とシルクが思った瞬間。ファルティナは微笑んだ。


 彼女は伸ばし切った腕を手前に寄せ、即座に巨大な氷弾を生成し射出する。レイピアの先端方向には何もない。シルクは直ぐにその不可解な行動の意図を理解する。


「(氷を射出する勢いで自身の体を吹き飛ばした!? しまった!!)」


 薙いだ先には誰もおらず、シルクの剣が宙を空振る。

 勢い任せに振った剣は止まることを知らず、シルクの全身が隙全開で伸びる。

 少し離れた先にシルクの横腹を捉えるファルティナのレイピア。

 誰もが終わったと思ったその瞬間。彼は小さく呟いた。


「【装填】——————《再現・開始》」


 脳裏から呼び起こしたのはシルクが横薙ぎを払う前の姿勢。もしその姿勢なら今もなおファルティナの正面を捉えているため氷弾は対処できる。


 彼の能力は『自身の記憶領域に存在する状態・経験の強制再現』。


 ()()()()()()()()()()()と彼が称したその能力はファルティナの【氷華】よりも華やかさも強さもないけれども、歴とした不思議な力。

 彼の全身に魔力は巡り、伸び切った筋肉が不自然な動きをする。

 そして数瞬後、目にも留まらぬ速さでシルクの姿勢はワンシーン前の状態に戻っていた。

 射出された氷は剣で払う。突進の勢いで上からファルティナに剣をぶつけ、大きな火花が二人の前で散った。


「意外……。シルク、戦えるんだね……」


「授業じゃ、武器の貸出なんて、ないからねっ!!」


 シルクの剣がファルティナのレイピアを絡め取る。

 上に腕ごと払って、ファルティナの無防備な胴が現れる。

 だが、彼は覚えている。前回これで敗北に喫したことを。


 だが、この機会を逃すとまた逃げられて試合時間が長くなってしまうことをがシルクには分かっていた。彼女には遠距離攻撃の手段があり、尚且つ軽いレイピア。性別による体力差は魔力によってほぼないと考えられるので、不利になるのはシルクの方だ。


 彼は考える。瞬きを忘れ、視界から色が消えるほどに脳を焼く。

 彼は考える。耳から感覚が消え、音が世界から完全に消える。

 極限の集中。全脳細胞が限界まで熱を持ち、悲鳴をあげるその瞬間。

 彼は頭で言語化する前に、口を動かしていた。


「【装填】——————《再現・開始》」 


 それは無意識だった。

 彼自身も考えもしていなかった。

 だが、それを可能にしたのは彼が初めて没入したゾーンと呼ばれる状態。

 戦士が好機を逃さない為に、目の前の勝利以外に関係ない全てを捨て去る覚醒が彼の体を動かした。

 脳裏から呼び起こしたのは、彼自身も記憶に無い記憶。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「—————参る」


「!?」


 濃密な殺気がファルティナから余裕の思考を奪う。

 彼女は前回と同様の罠を張っていたが、その判断が誤りだったと理解する。

 寸刻前のシルクなら容易く対処が可能なはずだった。

 だが、彼女の心臓を捉える冷酷な目は彼女の『倒す』のではなく『殺し』に来ていることをひしひしを伝えた。

 彼女は『本能』で感じたのだ。


 ()()()()()()()()()()()()()


「ハァアアアッッッ!!」


 ファルティナはシルクの後の傷害を気にせず、持つ魔力全開放の勢いでレイピアから氷を放出する。

 その勢いでファルティナはシルクから距離を取り、シルクも半歩後退。


 窮地を脱した。ファルティナはそう甘く考えすぎていた。


 シルクが半歩下がったのは氷弾を避ける為では無かった。

 彼は深く前に屈み、膝を大きく曲げていた。持つ剣は何故か腰に佩刀。

 氷弾を避けるにはあまりにも無防備。


 だが、ファルティナは彼の奇妙な行動の理由が直ぐに分かった。

 シルクの体に致命傷となりうる攻撃が一切当たっていない。


 シルクは氷弾の軌道を全て見切った、最小の被害で相手に最大の攻撃を与えるために敢えて防御を捨てたのだと理解が追いつくのは簡単だった。


 このままでは本当に危険だ。

 シルクはこの瞬間にも力を溜めて猛威を振おうとしている。

 ファルティナは妨害のためにレイピアを地に向けて氷の厚い膜を張るが、時は既に遅い。


「————破ッッッ!!」


 彼は曲げていた膝を解放し、地面スレスレを跳躍。己を阻む氷の膜を無視した。


 シルクの皮を被った羅刹の圧に思わずファルティナはレイピアを握っていない方の手————左手をシルクに向けて、巨大な氷弾を放つ。


「(やってしまった……!!)」とファルティナは心の中で叫んだ。


 いくら不意を突かれたからといってこれはやりすぎた。

 頭蓋が潰れるか、即死しなくても地面に挟まれて圧死するという最悪の光景が目に浮かんだ。


 だがそれは杞憂に終わる。


 ほぼシルクの顔面を捉えた氷塊は何百もの剣閃が走り氷の塵と化し爆散する。


 シルクの見開いた獲物を射殺す鋭い目。体と水平に立てた剣が彼女を捕える。

 ファルティナは死を覚悟した。

 同時に愛する人に殺されるならそれもまた一つの幸せなのではないかとも想到した。


 そして————ファルティナの心の臓を捕らえたシルクの剣は既の所でピタリと止まる。


「……。これって……僕の勝ちでいいのかな?」


 気の抜けた声が彼の口から紡がれた時、ファルティナだけではなく、手に汗握る攻防を見ていたミナス達までもがその場にペタリと座り込んだ。


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