第四章8 『役立たずの司書』
「第一、対エストリッチ戦なのに、氷の射出攻撃でシルクさんを襲うのは間違っていると思うんです。もっとこう……その……いい感じなのないんですか?」
「代替案をさせないくせに、相手の訓練にケチをつけるなんて、いい度胸」
「ぐぬぬ……それは……」
一通りファルティナ考案の訓練を終えたシルクはカザリ、レン、コルンを含めて話し合いを行っていた。訓練をしていた人間だけではなく、外から見ていた人たちの意見も取り入れて、短期間でより密な訓練にするためだ。
「俺は今のままでいいと思うぞ。逃げ足や、危機感知のセンスが身について、咄嗟の判断でも良い選択ができるようになるかもしれない。……まぁ、先程の訓練はやり過ぎだと思うが」
「私も。エストリッチの【固有能力】って遠距離型じゃないから、すぐに戦闘を終わらせたいなら突っ込んでくると思うんだよね。回避能力さえ磨いてしまえば、戦闘時間を長く引き伸ばせるし善戦しているって見られるかも。……まぁ、さっきの訓練はやりすぎだと思うけど」
「…そう?」
小一時間ほどの訓練でファルティナはシルクに一切の容赦はしなかった。わざと隙を作るような真似をして、舐めたように見える行動をしてはいたが、攻撃の威力は全く弱めていない。時折呟く「シルクは、女に、変えられた」の発言の度に一層力が入っているようにも見える。
「そもそも、シルクさんは剣でいいんですか? 長槍の方がいい気がするんですが?」
「それは俺も思った。エストリッチの【固有能力】————【言霊】は射程が思ったよりも短い。しかも口先に対象がいないと効果がないから、とことん避けて長槍で射程外から攻撃する方がいいと思うんだが?」
「うん……。僕もそう思ったけど、長槍なんて使ったことがないからね。多分剣の方がまだ見栄えよく戦闘ができると思う。それに僕はこの訓練に不満はないよ。【言霊】がぶつかる前に避ける訓練と高速で射出される氷を避けるのはどこか似ている気がするしね」
にこやかに笑うシルクにファルティナは手で口元を抑える。
横目でミナスを一笑しなけば可愛かったものの。それに対抗心に一層の油を注がれたミナスはある提案を行う。
「それなら、私の力で剣の指南書を見て勉強しませんか? 勉強です勉強。ほら、シルクさん好きでしょ? 私の能力で世界最高の指南書をお貸しします!! ほら、魅力的でしょ? ね? ね?」
「物でしか男を惹けないなんて。私なら恥ずかしくて、自殺したくなる」
「な、何をーーー!!」
ミナスは我を忘れてファルティナの喉元を噛み千切らんとする勢いで襲いかかる。隣にいたカザリが両腕で彼女を拘束するも、馬鹿力で前へ前へとミナスは進もうとする。
「どうどう、ミナちゃん落ち着いて。ノースダリアさんも煽らない煽らない」
「「ふんっ!!」」
「なんで二人は喧嘩ばっかりするんだろう……?」
「……シルクヴェント。貴方の目は節穴か何かですか?」
◆◆◆
「では、始めます」
「手を握るとか、破廉恥すぎ。誰かれ構わず手を握る尻軽女……。あー嫌だ嫌だ」
ミナスがシルクの手を取るのを見て、ファルティナはミナスにいちゃもんをつける。
「ベー、だ。では行きます。今回は私の方で選出した本を貸し出すだけなので特に何も考える必要はありません。では…目を瞑って……」
「うん。分かった……」
二人は目を瞑って集中する。今回は以前と違って気が散っておらず、体が落ち着いている。
ミナスから膨大な魔力発散をシルクは感じる。直後、得体の知れない、犯されるような、弄られるような、奇妙で不気味な感覚が脳を駆け巡った。
「貸出申請確認しました。検索開始。完了。貸出状況確認。貸出許諾。申請者接続確認。申請者記憶領域容量確認。対象『日之出国五輪之侍』貸出開始。————三、二、一。終了しました。貸出期限は今日から一週間後。自動返却されます。またのご利用お待ちしております」
ミナスとは到底思えない機械的な声が終わりを告げ、シルクは立ちくらむ。心なしか昨日の時よりも負担が大きい気がしてならない。
「ミナちゃん……。『五輪之侍』ってもしかして……」
「はい!! 以前その東の国の方が史上最強の剣士と聞いたのでその人の記憶を複写して作った本をシルクさんに貸し出してみました!! ぶいっ!!」
カザリとレンは「あちゃー」と頭に手をやる。
そのやってやったぜドヤ、みたいな達成感丸出しのミナスにレンは口を開いた。
「ミナス……。そいつは確かに強さでは伝説級だが、『剣士』ではなく『侍』だ。得物が『剣』と『刀』でまるで違う。そして何より、そいつは『二刀流』だ。何もかもが違う」
「へ……?」
「これが非戦闘員のゆとり教育の弊害ってやつだね……。戦いってのをまるで分かってないよ……。しかもどうするのさ。ミナちゃんの能力って一日に一人一回でしょ?」
「……。ふえ? ふええええええええええ。ご、ごめんなざぃいいいいいいいいいい!!」
「ふん、役立たず。いなくなっちゃえ。シッシッ」
「ファル、それは言い過ぎだよ。ミナもありがとう。僕のためを思ってくれたんだよね? それなら嬉しいよ。活用させてもらうね」
「シ、シルクさん……」
「もういい、シルク。訓練、戻る、よ。………さっきの二倍は、きついと思って」
「ファル!?」
足速に訓練に戻るファルティナ。その顔が膨れていたのをシルクだけが見逃していた。度重なる嫉妬に情緒不安定なファルティナ。カザリ、レン、コルンはシルクの死が脳裏を過った。




