第四章2 『不正工作』
学生塔最上階、屋上。偶然にも昨日と殆ど同じ時間に同じメンツが集合していた。
昨日と唯一違うのはシルクもミナスも正座ではなく立っていることだろう。
生徒達を蝕む暗く不穏な空気とは別に澄んだ風が心地よい晴れた青空。
「まるで心が洗われるようだ」の軽口も今のシルクの心境では言えない。
「いいかカザリ。お兄ちゃんは授業をサボるのを許した覚えはないぞ」
「今回は仕方ないっしょ!! 緊急事態だよ!?」
「昨日も許可して今日も許可すると示しがつかない。本来学院というのは————」
「ああもう!! お兄————レンちゃんの頭でっかち!!」
「————なっ」
正論を並べ、妹を正そうとした兄は妹の言葉に心を痛めた。
レンは「ぐっ」と呻き声をあげて胸を押さえている。
「いい、本題に入るよ? 二人とも昨日は最後までヤっ—————あ痛っ!?」
「おふざけは大概にしろ。みっともない」
レンは手刀をカザリの頭にお見舞いして下品な発言を抑える。かなり強めだったのか、カザリは頭をぐるぐると回していた。
「もう……。カザリジョークに決まってるじゃん……。あー痛い。これはたんこぶ出来たかも」
「大丈夫か? どれお兄ちゃんに見せてみろ」
「アンタがやったんだろうが!?」
相変わらずの仲の良さを見せるレンとカザリだ。話の進み具合を見かねてシルクは右手を上げる。
「あの……どうして僕らが屋上に……。今はそれどころじゃないんだけど……」
「ああ、馬鹿妹が話を折って済まない、カーライン」
「誰が馬鹿じゃ!!」
「あははは……。とりあえず、レン君とカザリちゃんは落ち着きましょうか……」
◆◆◆
「「——————————ふ、不正工作!?」」
「しっ、声が大きいって」
「別にここの屋上でなら問題はないだろう」
「雰囲気ってもんが大事なんでしょ!?」
「暗幕……持ってくるか?」
「そうじゃないって!!」
「……駄目ですね。この仲良し兄妹のやりとりが全てを台無しにしています」
「……話を進めようよ」
レンとカザリから聞いた話にシルクは驚愕した。「なんでそんなことを知っているの?」と質問をしたくもあったが、緊急事態だったし腑の落ちるところもあったためシルクは脳の外へ追いやる。
「やっぱりこの時期に序列戦を強行するってことは……」
「ああ。当然裏で力が働いていた。当然その力の源は————」
「ヴォルト。エストリッチ家……だよね?」
「————ご名答だ」
「あの……その序列戦開催時期が早くなったってだけですよね? 何か問題でも?」
「あのねぇミナちゃん。問題大ありオオアリクイでしょ」
「面白い」
「そう? ありがと。————じゃなくて!! 本来与えられていた準備期間が無くなったってことだよ? 対戦相手の研究も対策も練る時間がないんだよ!? それはね、小細工なしの純粋なパワー比べになっちゃって、技術もクソもない単なる優れた【固有能力】持ちが勝つゴミ試合になりかねないってこと。それに今回に限ってシルっちにとってはもっと酷い。早期実技試験開催発表はシルクっちの死刑宣告なんだよ」
「死刑宣告?」
「……年に三回の学力試験と実技試験。この学院の序列は主に実技試験で決まるから『序列戦』っていう名前が付けられているんだ。そしてその序列なんだけど……通算五期、序列が下から五番以内に居たものは即刻退学させられる………って言う学院の掟があるんだ」
「あれ……つまり……」
「カーラインは現在【末席】の四期目。次に序列が下から五番以内だったら退学だ」
「————なっ!?」
「如何にも露骨だよね。昨日の今日で腹いせって子供かよって感じ。何も抵抗できないままシルっちの息の根を止めようって算段でしょ、コレ」
「なんで…なんでシルクさんが……。昨日エストリッチさんに喧嘩を売ったのは私ですよ!? どうしてシルクさんが被害を受けなくてはならないんですか!?」
「いや。いいんだミナ。どうせ僕は期間があってもなくても結果は変わらなかっただろうし……。気にしないでよ……」
「そんな……。そんなことって……」
「実際ミナスへの嫌がらせも兼ねているんだろう。今のお前の心境がエストリッチの狙いだ。『自分のせいでシルクさんが退学になった』って思わせたいんだろう。全く胸糞悪い話だ」
「……ミナ……」
「そんな……。いえ、不正工作が行われていることが分かっているなら……」
「あのねぇミナちゃん。訴えても素知らぬ顔をされるか、証拠を揉み消すに決まっているでしょ? それに『証拠も無いくせに言いがかりを!!』『なんでそのことをお前が知っている?』とか言われて私たちも退学にされちゃう。そもそも、王立の学院の運営に影響を与えることができるぐらいの権力を持つ大貴族だよ、エストリッチ家って。それこそあの賢王が直々に介入でもしない限り裁判で私たちが勝てる見込みはないよ」
「……この学院は王立、つまり王国のものだが実際には違う。裏で金を回して学院を私物化する貴族が牛耳っている。『貴賎無き人材育成』という謳い文句だって嘘だ。入学だって多くは裏口。成績だって教師の匙加減次第だから、貴族は金で解決する。今回のように学院の運営だって金次第でどうとでもなる。まぁ、今回の強行は政治にも顔が利くエストリッチ家だったからかもしれんが。まぁつまり、この学院は腐っているんだよ。もうどうしようも無いほどに」
「なんで……」
「ミナはそう思い悩まなくてもいいんだよ………。分不相応だったんだ。僕にとってこの学院は。実際貴族云々の話がなくても僕は【末席】だっただろうし……」
「シルクさんはどうしていつもそんなに弱腰なんですか!! まだ…まだ何か……」
ミナスは爪を噛む仕草で表情を強張らせる。何かシルクを救う手段があるのでは無いかと。
だが残りの三人の表情は暗い。抵抗してもどうしようもないことが分かっているからだ。
「『英雄病』か……」
シルクはミナスの真剣な横顔を見て思わず呟いた。自身の手に余るような脅威が相手でも決して諦めない姿勢。他者のために戦おうとする確固たる強い意志。そう呼ばれるのも彼女には相応しいのかもしれないとシルクは思う。
「いいんだミナ……君のその気持ちだけで十分——————————グハッ!!」
「シルクさん!?」
「敵か!? カザリ!!」
「オーケー。お兄ちゃん!!」
シルクは斜め上方向から超高速の何かに衝突して屋上の壁際まで吹き飛ばされる。
幸い屋上から投げ飛ばされなかったものの塔を構成する石が削れ、濃い土煙が宙を舞う。
シルクを覆うその土煙から何故か冷気が感じられる。
周囲の温度が急に下がったことにミナス、レン、カザリは即時警戒。
この異常な温度変化は絶対に自然現象ではない。
徐々に土煙が晴れていき、シルクともう一人の影が現れる。
シルクを襲った犯人。それは————————
「お嬢様!! 私を置いていかないでください!!」
バンッと屋上と階段を繋ぐ扉が勢いよく開け放たれる。
聞き覚えのある声に『お嬢様』という他人に対する独特の呼び方。
扉から姿を表したのは学院では珍しいメイド服の少女。
レンとカザリは「「なるほど」」とシルクを襲った犯人に心当たりができ、警戒を緩める。
「え? え?」
ミナスだけは何故レンとカザリが構えた拳を下げたのか分からず、急激な状況の変化に狼狽える。彼女にとっては今入ってきた少女が何者なのかも分からない。
影がはっきりとした輪郭を持ち始める。そして終いには横からの暖かい風が砂塵を払う。
「————————シルク!? 大丈夫!? 退学、退学なっちゃう!!」
日光が蒼髪を照らし、生まれた光の濃淡が鮮やかなグラデーションを作る。
長身痩躯に精緻な容貌。美しいとも可愛いとも取れる反則級の顔立ち。
普段は能面のように無反応だが、一人の男にのみ情緒が激しく動く人形のような少女。
ミナス達の前に現れたのは気絶したシルクに馬乗りになるファルティナだった。




