第三章6 『心境の変化』
あんなに晴れた青空が今ではうっすらと赤みがかかっていた。
「シルクさん。終わるのに結構時間が——————っと!? おおー。おおー。おおー!!」
「ど、どうかな……」
流石有名美容院と言ったところだ。
シルクのボサボサ天然パーマの影が微塵も残っておらず、耳は全部出て前髪が眉にかかるぐらいまで短く切り揃えられている。また何の魔法か髪質すらも変わっており、少し癖っ毛が残るぐらいに。
生来の天パをいいことに髪を頭でボンバーさせていた頃よりは格段と爽やかさを出していた。
「いいです、とてもお似合いです!! 五点が五十点になった感じですね。及第点っ!!」
「笑顔でハキハキと残酷なことを言われた!? 僕の初期評価ってそんなに低かったの!? しかもこんなに変わったのにまだ五十点!?」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。そんなこと。それにシルクさんは容姿に無頓着過ぎです。普通の女性なら今までのアレ、ドン引きですよ?」
「もう恥ずかしくて学院に行けないよ……。もう一思いに殺してくれ……」
「次は眼鏡ですね。そのダサい丸眼鏡。どこで買ったんだよよく見つけられたなってくらいダサいそれです」
「……ミナは実は僕をいじめたい……? さっきからグサグサと僕の心を抉ってくるんだけど……?」
「そんな酷いことを言うのはやめてください!! いくら私だって傷付きます!!」
「君がそれを言うの!?」
「時に真実というものは残酷なんです。シルクさんは全てにおいてダサくて格好悪かったんです。だからイメチェンして容姿から徐々に心までも変えようってことです」
「もうそんな真実なんて知らなくてよかったよ………」
ミナスは決して悪戯心からシルク精神的に痛ぶっているわけではない。彼女の真剣な顔つきからそれは窺える。
だがそれは無慈悲に客観的な事実を叩きつけていることと同義であり、周りにどのように思われていたのか理解し始めたシルクにとっては大打撃だ。既にライフはゼロである。
「次は眼鏡屋さんですね」
「ああ、それなら……」
シルクは眼鏡を取り外した。
「……? どうしたんですかシルクさん?」
「これって伊達眼鏡なんだよね。度が入ってない」
「え? ——————えええぇええええぇぇぇぇぇぇッッッッッ!?」
「何もそこまで驚かなくても……」
「だっ、だって。どうして伊達眼鏡なんかつける必要あったんですか? もしかしてオシャレしてたつもりだったんですか……?」
「お、オシャレのつもりはないよ!! ただ……」
「ただ……?」
「……」
外した眼鏡をシルクは寂しそうに眺める。どことなく哀愁と共に。
「見たくない現実ってあるじゃない? 特に僕みたいな劣等生はね。毎日が辛いんだよ。周りとの超えられない差を見せられてね。でも学院に通っている以上現実逃避なんて出来やしない。だから考えついたのが眼鏡をかけることだったんだ」
「……?」
「度が入っていないから世界が歪んだりはしない。でも、眼鏡っていう一枚のフィルターを通して見る世界は現実とどこか違う感じがしたんだ。一枚先には現実が広がるけど、僕はその手前の世界を見ている。そんな感覚が僕の心を支えている……のかな。上手く言えなくてごめん。でも僕の支えはこれしかなかったんだ……」
「話は分からないでもないです……。でもその眼鏡をしている限りシルクさんはずっと現実から目を背ける。負けを認め続けると言っているのと同じことです。それでいいんですか?」
「ううん。決して良くないことは分かってる、僕だって克服したい。でも、まだ少し怖いんだ。だから……少し待ってほしい。これを外すことだけはまだ待ってほしい」
「……私は今直ぐにでも外すべきだと思います。甘えは決してその人のためにはならないと思うからです。……でも、この場で心の支えが失われることがいいことだとも思っていません。なので、今は時期を待ちましょう!! それなら早く新しい眼鏡です。流石にそれはダサいので!!」
「うん……ありがとう」
「眼鏡は私が選んであげますよ!! ………あ、それとシルクさん!!」
「うん? なに?」
「眼鏡を外したシルクさんはとってもかっこいいですよ。そういう意味でもすぐに外して欲しいとも私は思います」
「……う……うん……。あはは……」
「………えへへ……。ちょっと照れますね……」
薄明るい夕焼けから温かい日が差す。それに照らされたのか二人の頬は景色と同じく赤く染め、お互いに目を逸らして頬をかく。
どこかぎこちなく、でも足並みは揃えて。
二人は沈み始めた夕日の先————次の店に向かったのだった。




