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末席の勇者と英雄病賢者  作者: クサカリタスク
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第二章5 『同級生の兄妹』

「全く無茶なことを」


「あのねぇミナちゃん。流石にアレはやりすぎだよ。言っていることは概ね正しいけど、相手にやり返されるってことを加味していなかったの? それにこの学院の支配者みたいな人物に喧嘩を売るなんて、明日からどうやって学院で生きていくつもりなの?」


「うう……。だって……。だってぇ……」


「『だって』はないの!!」


「ご、ごめんなさいいいいいいい」


 四人は教室を抜け出して二学年学生塔最上階屋上に出ていた。

 シルクとミナスは何故か正座をさせられていた。

 その二人の前に金髪でふんわりとした短髪の少女と黒髪で鼻先までスカーフで隠す少年が立つ。

 二人は実に対照的で、少女の方は陽気で明るく快活、少年の方は陰気で根暗、良く言えば落ち着いているという印象を与える。


「えっと……。レン=シノノメさんとカザリ=シノノメさんだよね……?」


「そうだ。よく覚えていたな」


「二人とも暗い!! それにクラスメイトなんだから名前ぐらい覚えていて当然!! え…そうだよね? クラスメイトの名前覚えていないなんて言わないよねお兄……レンちゃん!?」


「妹よ。誰もがカザリみたいに友好的だと思わないことだ。少なくとも俺はクラスメイトの名前などほとんど覚えていない。だって相手も俺の名前を覚えていないからだ」


「相手のせいにするなーーー!! そろそろ名前を覚えよーよー!! 友達できないよ?」


「友達なんて必要ない」

「絶対友達多い方が楽しいから!! マジで必要だから!! うーうー!!」


 シルクは『カザリ』と聞いて思い出す。昨夜ミナスが友達として挙げていた子の名前だ。


「お二人は私が転校する前からの仲良しさんなんですよ〜〜〜。いいですよねぇ。この仲良し兄妹。私憧れちゃいます」


「ああ、そうだろう」

「仲良くなんてないし!?」


「ほらね?」


「全然噛み合ってないじゃん……」


 意外にも冷たい、いや冷静に見える兄————レンの方が仲の良さを肯定するとは驚きだ。

 カザリも落ち着いたのか腕を組んで正座をする二人を見る。


「それよりも説教の続きだ」

「そう!! お説教!!」


「ヒィィィッッッ。ご、ご勘弁をーーー!!」


 シノノメ兄妹は息ぴったり交互に説教を始める。普段から慣れているのだろうか。

 一方が息をつくともう一方が説教を始め、永遠に続くような隙の無い言葉の羅列をミナスにぶつける。


「————それにシルっちも!! どうして言い返したりしてやんなかったのさ!! 普段からそういう怯えた態度を取っているから舐められるんだって!! どうしてこう、ガツンっと言ってやらないの!! 毎回ノースダリアさんに助けてもらって恥ずかしくないの!?」


「僕にも飛んできた!? でもまぁ……それは……」


 ミナスへの説法から急に飛び火したシルクは困惑する。言われたことは反発のしようがない事実であり、言葉が詰まる。


「カザリ。今回の騒動はこの『病人』のせいだ。カーラインは関係ない」


「でもお兄ちゃん!! 元はと言えばシルっちが……」


「普段は気をつけていますが、カザリちゃんは油断するとすぐにレンさんを『お兄ちゃん』って言っちゃうんですよ。とっても可愛いですよね?」


「ああ……うん?」


「そうだろう」

「ち、違うし!! ミナちゃんの空耳だし!!」


 見た目や雰囲気が全く異なる兄妹だが息はぴったり。カザリは煮えているかのように顔を赤くするが、兄の方は少し上機嫌に見える。


「もう……。すぐ話を逸らすんだから。いいミナちゃん? もう遅いけどあんな無鉄砲なことをしちゃダメ。クラスメイトからは分からないけど、確実にエストリッチから反感を買ったよ? シルっちを助けようとしたのは分かるけど、考えなしに暴れるのは絶対にダメ」


「毎度の如く『英雄病』の症状全開だな。出来ることと出来ないことを弁えないからこうなる。今回は俺らがいたから良かったが、いつも側にいるわけじゃない。少しは理解しろ」


「う…。うーーー!!」


 ミナスは涙ぐんで唸る。

 シノノメ兄妹も呆れた様子で頭を抱えていた。

 シルクは初めて聞いた単語に興味を惹かれ気になっていた。こんな状況だが知的好奇心は抑えられない。


「あの……。『英雄病』って何ですか……? 僕……初めて聞きましたが……?」


「シルっち、声が小さい!! もっとハキハキ喋ってよ。鬱陶しい!!」


「ご、ごめんなさい!!」


「そう言ってやるなカザリ。————そうだな。聞いたことがないのは無理がない。『英雄病』は俺たちが勝手につけたコイツの病名だ」


「『英雄』ってなんか照れますね〜。正義の味方っぽくて私気に入ってますっ」


「褒めてないぞ」

「褒めてないよ!?」


 素っ頓狂な振る舞いを見せるミナスを嗜めるようにコホンと息をつき、レンは話を続けた。


「コイツはなりふり構わず困っている人を助ける悪癖があってな。小さい困りごとなら全然構わないんだが、コイツは自分の対処力以上の問題にも首を突っ込もうとするんだ。要はトラブルメイカーというやつだ」


「だって…困っている人がいたら助けるのが当たり前じゃないですか!!」


「あのねぇ、ミナちゃん。その考えはとても素敵だけど同時に危険なんだよ? ミナちゃん自身が傷つくのは大丈夫かも知れないけど、その困難の対処に巻き込まれた人はいい迷惑なんだよ? それに今回は元の元凶でもあるけど、シルっちの立場が一層悪くなったと思わない? いじめってね、その場で解決しようとすると余計に悪化するんだよ?」


「そ…そうなんですか……シルクさん……」


「あ、ああ、いやいや!! 僕は全然大丈夫だよ!! あんなの慣れっこだし。寧ろ庇ってくれて嬉しかったというか……。巻き込んでしまって申し訳ないというか……。こちらこそ……その……ごめん」


 シルクとミナスは体を互いに向け合いながら暗い顔をする。

 互いにやらかしてしまったという負い目を感じている証拠だ。


「シルっちは変な所で意地を張るよね。大抵の人はすぐに折れてエストリッチの関心から外れるのに。イジメの長期化の原因の一つかもね」


「カザリ。別にプライドを持つことは悪いことじゃない。今回問題なのはカーライン自身でエストリッチを一泡吹かすことが出来ないことだ。あまりにも実力差が離れすぎている」


「————ぐっ!!」


「お兄……レンちゃん。シルっちを庇ったつもりかも知れないけど今の完全に傷つけたよ……。ほら、お腹支えてを痛そうにしてる……」


「俺の【固有能力】は物理攻撃系じゃない」

「そうじゃないっての!!」


 そんなこんなでシルクも説教に巻き込まれていると予鈴の鐘が鳴る。大時計の鐘の音を妨げる壁が無いため一層厳かに重く彼らに響いた。


「やっば……あと少しで授業じゃん……。レンちゃん、行くよ。」


「任せろ。最短ルートは覚えてる。裏道を使うぞ。————ほらカーライン。ミナス」


 するとどこから取り出したのか、レンは教科書が纏められたブックバンドを投げる。


「全部揃ってある…。もしかしてあの時に?」


「ああ。今から授業に戻っても居心地が悪いだろう。二人はもう帰れ」


「そうだね……。何ならシルっち。学院外の学生街を案内してあげたら? あそこは学院の生徒と関係者しか入れないからミナちゃん知らないし」


「なんか悪いことをしている気がして気が引けますが、シルクさんどうでしょうか? 私に時間を下さいませんか?」


「そ…そうだね。いいよ。どうせ今日の授業は座学だけだしね。————僕も悪いことをしている気がして気が引けるけど」


「では、決まりですねっ」


 なぜこの少女はあんな事件があったばかりなのに、そんなに笑顔なのだろうとシルクは思った。いつまでも引きずっていても意味がないのは分かっている。でもどうしても割り切れないのが人間というものでは無いのだろうか。素直にその切り替えの速さに感心すると同時に嫉妬もする。ああ、自分も彼女みたいだったら……と。


「じゃあ、俺たちは」

「バイバイ!! またね!!」


「あの……」


 既に別れの挨拶を済ませ背中を向ける二人をシルクは呼び止める。何事かと二人は眉を顰めるとシルクは口ごもらせながらも精一杯口を開けた。


「あ、ありがとう。助けてくれて。う、嬉しかった」


 レンとカザリはふっと笑う。まるで成長した子供を見るように。


「ああ」

「うん!!」


 そうして二人は風のように去っていった。屋上の入り口ではなく、屋上を取り囲む低い壁を飛び越えそこに繋がる石廊下の天井に降りた時は肝を冷やしたが。


「シルクさん。少し嬉しそうな顔をしていますね。————っと、あんな事をやらかしてしまった自分が言う資格なんてないですよねごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


「大丈夫だから!! もう気にしなくてもいいから!! ————単純に嬉しかったんだ。この学院に入ってから一番クラスメイトとお話しが出来た時間だったから」


 そう言ってシルクは二人の走っていった方を眺める。ミナスは察した。シルクヴェントという少年はずっと孤独だったということを。

 そして思う。昨夜見せた星を掴もうとした行動は少年の思い描く遥か彼方の理想に手を入れようとしていたのではないかと。


「シルクさん!!」


「? どうしたの?」


 何かを名案を思いついたかのように顔を輝かせて大きな声で彼の名前を叫ぶミナス。

 何があったのだろう。とシルクは思いつく限りの事を頭で列挙していると想像にもしなかった言葉が彼女の口から放たれた。


「————イメチェンをしてみませんか!?」


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