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末席の勇者と英雄病賢者  作者: クサカリタスク
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第二章4 『少女の反抗』

「まさかクラスメイトになるなんてね……」


「はいっ!! 私もびっくりです!!」


 始業の時間が終わり、次の授業に向かう準備をする。

 学院内は広い。移動にもかなりの時間を要するため、普通の学校とは違って次の授業までの移動を含めた休み時間がかなり長い。よっぽどの事がなければ遅刻なんてしない。


「ミーナーちゃん」


 ミナスとシルクの席に朝方と同様ヴォルトとその取り巻きが詰め寄る。

 ヴォルトは外用の笑顔を浮かべながらその目はミナスの胸部に引き寄せられている。学院にもそれなりの女性はいるが基本的には慎ましやかな子が多い。常に刺激を求めるヴォルトは彼女の二つの爆弾に興味津々だった。


「はいっ。初めまして。お名前を伺っても?」


「君みたいに可愛い女の子に名乗るのは当然さ。僕の名前はヴォルト。ヴォルト=エストリッチ。この学院の【第一席】さ」


 ヴォルトは文の後半を強調気味に話し、横目でシルクを嗤う。

 ヴォルトの紹介が終わった途端に火蓋が切られたのか、取り巻きは我先にと自己紹介をする。その際に自分の席次を強調して横目でシルクを嗤うのも忘れてはいない。


「皆さん。よろしくお願い致します。それで何か御用ですか?」


「うん。いやなに、ミナちゃんはこの学院に来て分からない事があるだろうから色々教えてあげようと思ってね。うん色々と」


 ヴォルトは自棄に『色々』を主張する。ヴォルトはファルティナの時と同様に全身を隈なく覗き品定めをするのも忘れない。終わった時には自然と舌舐めずりをしていた。


「……? どうかしましたか?」


「いや。唇が乾いてしまってね。————それより今日の放課後は空いているかな? 君にまずは学院を案内しよう。これも【第一席】の務めさ」


「はい。今日の放課後は空いていますが————————」


 チョロい。とヴォルトは思った。

 もう待ちきれない。早く味見がしたい。と彼女の巨乳に胸を膨らませるヴォルト。

 取り巻きもどうにかしておこぼれを貰えないものかと不埒なことを考えていると、彼らが予想にもしなかった返事がミナスの口から紡がれる。


「————空いていますが、案内はシルクさんにお願いしようと思っています」


「「「「「……え?」」」」」


 ヴォルトやその取り巻きだけではなく思わずシルクも呆気に取られる。


「……あは。あはは。いやーミナちゃんは優しいね。こんなシルクを気にかけてあげるなんて。まるで聖女だ。その優しさに僕は秘蔵の一本でも開けたくなるよ。君のためにね」


「……聖女ですか? なんか照れますねー。えへへ」


「————でもだ。でもでもだ。君はそこの彼を知らなすぎる。その薄汚い平民をね」


「……シルクさんが……薄汚い……?」


「その男————シルクヴェントはねなんとまぁビックリ。僕とは真逆のこの学院の最底辺。【末席】なのさ。どうだい? 笑えるだろ?」


「……」


 反応が悪いと思ったヴォルトは話を続ける。この女をシルクから奪うために。ミナスに徹底的にシルクと自分の差を教え込む。


「薄汚い見た目にボサボサの天パ。ダサい眼鏡。これだけで自殺ものなのに更にもっと酷いのが沢山ある。彼の【固有能力】はゴミクズ同然。加えて【武装展開】もできない落ちこぼれっぷり。しかも学業でいい成績を取ろうと不正までする心までクズな平民だよ? しかも学院の嫌われ者さ。まぁ、何をとっても酷いんだから仕方ないよね」


「………」


 またしてもミナスの反応が悪い。それどころか顔を下に向けて肩をワナワナと振るわせている。ヴォルトはこの話がウケていると判断し、話を加速させる。


「それに対してこの僕は君と同じく整った髪に清潔な肌。ほつれ一つないローブに磨き抜かれたこの靴。見た目だけじゃない。僕の【固有能力】は超有能で【武装展開】の武器だって煌びやかで鮮やか。格好良さも含んだ非の打ち所がない高貴な剣————まるで僕みたいだろ? しかもそこのカンニング野郎と違って努力に研鑽を怠らず実力で二位だ。そこの不正野郎が学院から消え去れば一位の座は僕にある。学力も実技も共に完璧なんだ。加えて僕は学院の人気者。ほら、後ろの奴らを見ればわかるだろ? コイツら、勝手についてくるんだぜ? それに僕は貴族だ。楽しいことを沢山教えてあげられる。しかも————。しかも————。しかも————」


 ああ、まただとシルクは思った。

 ヴォルトはシルクと比べて「自分は」と差を見せつけて人を取り込もうとする。クラスメイトの大半はその虚実を信じ込みヴォルトの味方になる。

 強い者の側について虎の威を借る狐に。自分も大きな顔を出来るようになり、何よりいじめられる側ではなくいじめる側に回れる。いじめる側は学院内の生存戦略を深く考える必要はなくなり、他者を貶める事による悦楽も味わえるようになる。


 この少女もまたその一人になるのだろう、とシルクは心の中で思った。

 昨日あったばかりだが友達になれそう、その思い上がりに今では心が痛む。

 自分には反発する力がない。もう彼女は自分と口を聞いてくれなくなる。シルクは本当にそう思っていた。


 だがしかし————


「……————ださい」


「? 何だって? 仲間に入れてください? そうかそうか、その【末席】よりも僕を選んでくれたか。よかったよかった。君は利口だね」


「……————ください」


「? どうしたのかな?」


 どこか雲行きが怪しいと感じたのか眉根を寄せてミナスを覗くヴォルト。

 すると唐突に、ミナスは勢いよく立ち上がり、腕を広げてスゥゥゥと大きく息を吸った。


「シルクさんを馬鹿にするのはやめてください!!」


 彼女の怒声はキーンとクラスメイトの耳を劈いた。


「……————っんだよ。——————ど、どうしたのかなミナちゃん? 大きな声を出して?」


 ヴォルトは一瞬大きく歪めた顔を周りに気取られないように戻す。

 ミナスは顔を真っ赤にしてプルプルと体を震わせる。顔には涙。頬も膨らませていた。


「どうして、どうしてそんなに酷い言葉を並べられるんですか!? さっきから黙って聞いていれば証拠もない癖にペラペラと悪口を言って。どうして彼が努力しているって考えないんですか!? テストで一位を取れない腹いせをしている風にしか感じられません!! 陥れた相手と比べて自分をよく見せようとするなんて最低です!! それもちょっと周りを見れば分かります。貴方は人気者なんじゃなくて権力と運良く手に入れた強い力を振りかざして周りに言う事を聞かせようとする暴君です!! 加えてそんな汚い目で私を見る人と一緒になんていたくはありません!!」


 ミナスの怒涛の発言によって教室が静まりかえる。今朝と同じくクラスメイトは俺たちの方へ視線を集めるが好奇心よりも動揺が見られる。転校初日で彼女は学院で一番逆らってはいけない人間に反撃をしたのだから。


「……だと……」


「————なんですか」


「ね、ねぇミナ……」


「シルクさんは黙っていてください。この悪者を成敗しなくてはなりません。私は他人の悪口を言う人は大嫌いですが、この人みたいなタイプはもっと嫌いです。家柄と恵まれた才能を翳して他者を見下す人間に碌な人はいないんです。自分を大きく見せたいただの子供。しかもその取り巻きも見ればよく分かるでしょう。『類は友を呼ぶ』です」


 ミナスはヴォルトだけにとどまらずその取り巻きにも強い不快感を表す。


「クラスメイトもクラスメイトです。一部は除きますが大半の生徒が嬉々として彼の扇動に乗っかってシルクさんを集団リンチして、そんなの楽しいんですか? 彼に逆らえばどうなるのか分かっているから仕方がないとか心の中で思っているんでしょうが、シルクさんに悪口をぶつけたり嘲笑した時点でエストリッチさんと同類のいじめっ子です。下を見て安心するなんて、貴方達の心意気も高が知れてます。正直転校初日にガッカリさせられました」


 クラスメイト達にも動揺が走る。言い返す者は誰もいない。転校生に何が分かると言わんばかりの表情を浮かべる者もいるが、大勢は視線を下げる最初は抵抗があったものの、次第に他者を見下すことが楽しくなる。完全に記憶の彼方に追いやっていた、身の保身のためにシルクを犠牲に捧げたという事実を再確認したのだ。


「オレが……悪者だと……?」


「はい、悪者です。イジメをする人に正義なんて絶対にありません」


「このアマがあああアアアッッッ!!」


「————キャッ!?」


 ヴォルトは紳士のメッキを完全に引き剥がしミナスの肩を掴んで床に押し倒す。ヴォルトの掴む手には恐ろしいほどの力が篭り、ミナスは床との衝撃も加えて苦悶の声を漏らす。


「ミ、ミナ……」


 シルクは何もする事なくただ呆然と突っ立っているだけ。彼女を助けなければいけないのは分かっている。だが足が、腕が、身体が全く言う事を聞かない。


 ヴォルトは言霊を使った様子はない。そう、シルクは彼に心から屈服しているのだ。


「(助けなきゃ……助けなきゃ。助けなきゃいけないのに……)」


 今朝の騒動の最後。コルンが呟いた事を思い出す。そして謝った時に聞こえたファルティナの悲痛が入り混じった声。脳で何度も反芻される。


「(動け……動けよ!! 情けないままなんて…僕だって嫌だ!! ずっと守られる側にいるのは嫌なんだ……)」


 心の叫びは肉体には影響を及ぼさない。ただ目の前の取っ組み合いを眺めるしかできない。


「コッチだって黙っていればペラペラペラペラと!! なんだこの乳女は正義だの悪者だの世迷言を並べやがって!! いいか? これは事実なんだ。アイツが出来損ないの駄目人間でオレが頂点に君臨するのは紛れもない事実なんだよ!! しかもな、この学院のルールはおれだ。オレがルールなんだ。オレが行うこと全ては正義であってそれに外れる者は全て悪者。いいか? ルールは絶対的基準を持つ法じゃない。オレに付随する相対的基準の正義なんだ。それをよくもまぁいけしゃあしゃあと戯言を言いやがって!!」


「————ぐっ。……自分をルールだと堂々と言い張る人は初めて見ましたよ。痛々しくてもう見ていられませんね」


「————そうか。お前も理解らせる必要があるようだな。その身を持って知るといい。《服を全部脱ぎ捨てその身を露わに————」


「悪いな」

「ごめんね。これ以上はちょっと見過ごせないかも」


 突如ヴォルトの死角から白い玉が投げ込まれ、大量の()()()()()された。

 教室全体が煙で覆われて視界が完全に閉ざされる。

 何が起こったのか分からずその場に蹲る者もいればただ悲鳴をあげる者も。この異常事態に混乱が巻き起こった。


 ふとヴォルトは自身の肩が掴まれ、馬乗りをしている少女から体を引き離される。混乱に気を取られていたがいつの間にか、込めていた魔力が霧散し【言霊】がキャンセルされていた。


「ミナちゃん、シルっち!! ほらこっち早く!!」


「————ん? おわっ!?」


 姿形がハッキリと見えない煙幕から影が伸び、シルクの腕は掴まれ強く引っ張られる。


「よし、窓を開けるぞ!!」

「風操作系の能力者は窓に向かって風を流せ!!」


 狼狽ずに機転を利かせた一部の生徒の迅速な行動により視界は直ぐに晴れた。

 だがしかし————


「………は? アイツらはどこにいった……?」


 シルクとミナスの姿が忽然と消え去っていた。


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