第二章3 『陰謀2』
「ミナス=ラナンキュラス。対象と接触しました」
「まぁ、だろうね」
「それにしても……あれは酷い……」
「うん。報告通りだ」
「報告通りって……」
王国軍本部監視塔。それは重要機密を多大に含んだ王都を不穏な侵略者から守るために作られた現在は使われていない廃れた施設の一つである。今は魔族の侵攻にどの国も手を焼いており、他国に進軍をする余裕など皆無なのだ。
本来の用途である王都外壁の外を見るのではなく、遥か彼方の学院に目を向けるレナ。大きく開く両目は普段の黒目と違って紫と黄金のオッドアイ。
まるで全てが見えているみたいに学院内の事件をリアルタイムでガイに伝える。ガイは監視塔の同じ一室で寝転がっている。
レナは後に詳細とは言えないが、ある程度の計画をガイから聞いた。
監視対象を知るために報告書に目を通したが、予想以上に——————酷い。
「大丈夫かい? そろそろ疲れたんじゃないかな?」
「心配はご無用です。私の【魔眼】は燃費がいいので」
「燃費がいいって言ったって、二つの魔眼を同時に行使するなんて大きな負担がかかっているようにも思うんだけどなぁ」
「貴方が『監視をお願いしたい。あの監視塔からね』とか言い出すからじゃないですか」
「そうだけどここぐらいしか覗ける場所がなかったんだ 僕のせいにしないでおくれよ」
「……ふんっ」
レナはつっけんどんにガイに対応するが、話の主導権をいつの間にか握られている。
これ以上話して笑われるのは勘弁だと、彼女は無理矢理話を遮った。
しかし、いくら優秀な学院生だからといってもまだガキの集まりらしい。あの集団イジメを平気でやるなんて正気とは思えない。と、レナは中心の天然パーマの少年を不憫に思った。
「……」
「大丈夫、揚げ足とって笑ったりしないから言ってみなさい」
「なんで私の心が読めているんですか!? ————まぁ、いいです。あの少年なんですか。貴方が目を付けているのは。あの貴族の方ではなく」
「今の君の言葉で人が絞れたよ。そうだよ、彼さ。僕らの勇者は」
勇者。
その言葉にレナは眉間に皺を寄せる。ガイの話を信じたわけではないが、あの弱そうな少年がこの策士の重要な鍵になっているとは到底考えられない。彼女の視界に、泣き崩れる少年の前に見覚えのある少女が手を伸ばすシーンが映し出される。
「……貴方の予想通り、ラナンキュラスが彼に接触しました————あっ、騒ぎが収まった」
「接触するのは当たり前さ。あの『病人』は学院で一番苦難に悩まされる少年に手を差し伸べないわけがない。それにあの子は単純だけど馬鹿じゃない。事態を収集することなんて容易だろうね。————冷静なうちは」
「『病人』って……。そう言えばシノノメ兄妹がそんなことも言ってましたね……」
「ふう」と一息ついてレナは見張る目を閉じ、パチクリと瞬きをする。目に流していた魔力を遮断し両の瞳は元の深い黒色に戻る。
【固有能力】————【魔眼】。汎用性が高く、自己身体内部で完結させる非放出系の能力で、複数の力を持つ魔眼を行使することが出来る。今回使ったのは【遠見の魔眼】と【透視の魔眼】の二つ。これを使えば、どんなに遠くのものでも障害を無視して見ることが出来る。彼女も茶髪の少年と同様に【武装展開】が出来ないが、その【固有能力】の有用性、軍事的価値は計り知れない。
「未だに信じられません。貴方の計画も彼の価値も。それにもし計画が失敗したら軍法会議にかけられる前に宗教裁判か王国裁判です。下手したら国家反逆の罪で情状酌量の余地なく即刻死刑を言い渡されるかもしれません」
「口ではそう言いながら見逃すどころか協力までしてくれるなんて。レナは可愛いね」
「……っ。か、揶揄わないでくださいっ!! 私は真面目な話をしているんです」
顔から湯気を出してレナはポカポカとガイを叩く。口では反発するも力が籠っていない。
「いやいやごめん、ごめんって。大丈夫。計画は絶対に上手く行くんだ。そうでなくては困る。君だって知っているだろ。僕が一から立てた計画が一度の頓挫もしたことがないことを。だから君は僕について来てくれるんだ。——————————そうだろ?」
「……馬鹿」と小さく呟いたレナの声はガイには届かない。
彼はもう全ての神経を己の計画実現に酷使しているのだから。視界に映るのはレナじゃない。未来だ。
突如ガイに『念話』が届く。軍の情報部に属する協力者の『念話』にガイは意味もなく片耳を塞いで一方的に送られる情報を確認し整理する。
数十秒後。ガイは手を耳から話して口で弧を描く。
「レナ。指差す方へ。三十キロ先の二人組」
「はい? うん? ……アレはただの——————……も、もしかして!?」
レナはガイから事前に受けていた説明を思い出し、全ての点が線で繋がる。
「————そう。僕らの悪役。魔族様一向さ」
「なんでこんな所に魔族が……。本当にいいんですか、ここで撃退しないで」
レナは答えが既に知れている質問を敢えてする。ここでならまだ引き返せる。
「ああ、彼らを僕らは丁重に招こう。そして最後に天にお帰り願おう。魔族が果たして天国に行けるのかは知らないけどね」
「少なくとも私たちはエスティア教の唱う楽天地には行けそうにはありませんよ」
「あはは。そうだね。ならその時は————」
ガイは見えない遥か彼方の存在に目を向ける。眺めるのは確認した魔族か。それとも活気溢れる城下の人間か。はたまた天国か地獄かは分からない。
「————その時は君と地獄で結婚して、地獄なりの楽土を一から作り上げるだけだよ」




