New Aspect
『あれ? さっき酔っ払ったと思ったのに、酒が抜けてる』
真っ白い環境に出ると俺は横たわっていて、先程までのフワフワとした気分も失われていた。
『小角さん達何処に行ったんだろう? どうなってるんだ、、、、ぬ? くんくん、スコーンの焼ける匂いだ。そんな訳ないよな』
地獄カフェに戻りたいとの強い思いが、小角の料理の匂いをスコーンに変えたのだろう。
『地獄カフェ諦め切れないんだ。俺って未練がましい。そう言えば理子ちゃんは大丈夫かな? 俺と一緒に焼けてなければいいけど』
先程の香ばしい匂いが、どんどんと近づいてくるように思え、気が付くと何故か俺はミイラの如く何かにグルグル巻きにされていた。
「玄。スコーンが焼き上がったぞ。早く起きろよ。カフェの開店時間になっちゃうぜ」
「ほんまや、僕等3人でカフェの切り盛りは大変やねん。早く起きてくれ」
「だな~」
勇と義晴の声が聞こえる。居ても立っても居られなくなり、俺を包んでいる殻を両腕で突き破った。それは、想像していたよりも柔らかく簡単に視界を広げる事が出来た。
「え? ここって俺の厨房?」
「うわ~ ビビった。突然ミイラが飛び出したみたいだな~ あははは、げ―――――ん、目が覚めて良かった」
「僕なんか腰抜かしそうになったわ。鬼さん達には慣れて来たけど、お化けはまだ苦手や。げ―――――ん、お帰りぃ。生き返ったんや、嬉しいで~」
俺の視界に顔をくしゃくしゃにさせた男2人が飛び込んで来た。
「勇! 義晴!」
彼等の名前を叫ぶのと同時に抱き付こうとしたが身体が動かない。その代わり2人が俺の伸ばした両腕を掴んでくれたのだ。
「まだ無理しなくていいぜ。真っ黒焦げになってしまったんだ。耕三さんが助けてくれた。あ―― 玄だ。目を開けてくれて本当に良かった。病院で散々仲間を見送ったんだ、地獄でまで勘弁してくれ」
勇は跪き、未だ横たわっている玄の腕をしっかりと掴みながら顔を埋めた。
「勇、、、、」
俺は言葉にならなかった。俺を失う怖さをここまで感じでくれる事が嬉しかったのだ。
「どこも痛いとこないか?」
義晴も膝を付き、俺の顔を覗き込んできた。義晴らしい作り笑いをしていたが、胸が詰まり声が出ないのが見て取れる。
「義晴、、、、2人とも心配してくれて有難うな。痛くも痒くもない。まだ身体が重いだけだ」
「そうか、良かった。心底ホッとしたぜ―― 玄が復活したぞ――」
勇の雄叫びが俺の厨房内に響き渡り、地獄の皆の耳に届くようだった。
「玄、蘇ったか。良かった。心配したぞ」
俺の頭上に耕三の顔が加わった。そして監一も勇達の上から覗き込んでいた。
「ああ、一時はどうなる事かとハラハラしたぞ」
耕三と監一の姿が視界に入ると、先程まで上映されていた舞台が蘇った。
「丸、義覚」
俺の口から突如飛び出した名に、耕三と監一は、一瞬驚きの表情を見せたが、彼等の疑心が確信へと変わったのであった。
「あ、俺その。皆さんに心配をお掛けして、ごめんなさい。どうなってしまったのか、イマイチ良く分かってないんだけど、また地獄で危篤だったって事? あははは、、、、ところで、理子ちゃんは大丈夫?」
玄の復活を喜んでいた皆の笑顔が曇り、相応しい言葉を探す彼等がそこに居た。
この不思議な沈黙を破るように、遠くから小さい足が暴走する音が聞こえて来た。
「玄く―――――ん! やっぱり蘇った! 良かった~ 本当に本当に生き返ってくれて、、、、」
玄を囲んでいた勇達を押しのけて茜が玄に抱き付いた。
「茜先輩、心配掛けちゃってごめんなさい。俺もう大丈夫なんで」
「勇達が玄の分も頑張って、カフェを営業しておったぞ」
「あ、そうなんだ。皆有難うな。良かったカフェ、潰れてなくて」
俺は心の底から本音を吐き出した。
「こら、玄。俺が居るんだ。大丈夫に決まってんだろ。玄があんなに一生懸命頑張ってオープンさせたカフェ、潰す訳ないだろが」
茜に突き飛ばされた身体を起こしながら勇が応えた。
「勇、まじでサンキューな」
俺は喉の奥が詰まりそうになるのを振り絞って、勇に感謝を述べた。
「義晴に茜先輩も本当に有難う」
目頭が熱くなり、そっと目を閉じた。
身体の重みも消え、俺は勇の肩を借りながらカフェへ歩を進めた。そこには以前と同じ風景があったが、異なるのは理子の姿が消えた事だ。
再度理子について同じ質問を投げかけた俺に、耕三が経緯を丁寧に説明してくれた。そして彼の責任だと詫びを入れられた。俺は、そんな耕三を眺めながら、理子が鬼と化してしまった事は非常にショックではあったが、この事件が起きたからこそ耕三の過去に触れ得たと考える、もう1人の自分もそこには居た。
「勇、カフェの準備はどうだ? 玄を少し借りてもいいか?」
「耕三さん、大丈夫。問題ないよ。病み上がりの玄を早速働かせるのも悪いし」
「カフェの準備はバッチリですよ。玄が床に伏してるの噂になってんのかな? 最近他の地獄からお客さん全く来へんし」
「義君、そう言えばそうね。最近前みたに忙しくない。私達には助かってるけど、玄君がお目当てで来るお客が多かったって事かな」
義晴と茜の会話を聞いていた耕三と監一は、まるで客の足取りが遠のいた原因を知っているのか、お互いの顔を見合わせ眉間にシワを寄せていた。
「玄、少し話をしよう」
耕三に声を掛けられた俺自身も、彼に確認したい事が幾つかあった。勇達に詫びを入れると耕三の瞬間移動で耕作地だろう、何処かの丘の上に立っていた。
「何を見た?」
黄金に輝く稲穂が揺れる景色を優しい瞳で眺めていた耕三に尋ねられた。
「あれってやっぱり耕三さん、、、、? 最初は小角さんって人が子供だった頃に行ったよ。耕三さん大嶽丸って呼ばれてて、袴姿で何処かの城内に居た。お侍さんみないな人と立ち話してた。幼い青龍も見たよ」
「権六と三郎の時代か」
「権六? 三郎? 偉い人?」
「ああ多分な。玄も歴史を習った事があるなら知った名だろう。権六は柴田勝家。三郎は織田信長だ」
「え、ええええ。ちょっと待った。柴田勝家と織田の、ぶ、な、が! あの戦国武将の!」
俺はこの驚きの言葉に加え、『耕三さん、貴方何者?』と心で呟いた。
「サインとか写真とか無いの? あ~、あの時、何か記念品を取って来るんだった~ って俺死んでるんだった。自慢する相手もないか、とほほ」
「その後は何処へ行った?」
「うーんと、林檎園。多分、小角さんって人と、耕三さん、、、、大嶽丸さんが出会った時だと思う」
「林檎泥棒か」
「そうそう」
「そうか、懐かしいな」
耕三は遥か遠くに置いて来た愛おしい想いが、口から零れたようだった。
「俺、何て呼んだらいい? 丸さんでいいのかな?」
「さてどうするかな? 何故地獄に来た、小角。千方の蘇生を知らせに来たのか?」
「え?」
玄が応えるのと同時に、白い光の塊が玄の身体から飛び出ると、人型をした靄が耕三と玄の前に現れた。




