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「それじゃ、まずはあのヤギからいってみようか」
「うん、僕ガンバる!」
クリスの笑顔はいつも明るくて癒されるなぁ。
現代なら読モかアイドルとして大人気、すぐに主演映画が作られて、いずれハリウッドからの主演オファーが来ることも間違いなしだ。オスカーを受け取るクリスが容易に想像できた。
もう、そんな際どいドレス着て! 中継を観ているお茶の間のお父さんたちが困っちゃうだろう!?
惜しむらくは、付いていることだな……いや、それがいいっていう支持もあるか。むしろ、そういう趣味の人が激増しそうだ。
男の娘じゃなく、美少年の美少女というカテゴリができるかも。後にも先にもクリスだけの単一単科分類。世間ではそれをスーパースターと言う。
そんなクリスに『僕もパパイヤさんの役に立ちたい!」なんて言われたら、断れるはずがない。訓練へ連れていくことになってしまった。
俺に『魅了』技能は使われていない。と思う。ナチュラルに溢れ出す魅力だけで押し切られてしまった。恐ろしい娘。だが男だ。
まぁ、ずっと地下暮らしだし、たまには本物の空を見るのもいいだろう。盆地は基本的にいつも青空だしな。気分転換には丁度いい。と思う。
鍛えるのは、その『魅了』だ。ただし、人に向けて使うのはナシ。豚領主みたいな奴らを増やされたら困る。クリスの貞操の危機だ。
もし薄い本が捗ってしまうような展開になってしまったら……想像だけで萌えてしまって困る。超困る。普通に実用書だ。
なので、ターゲットは野生動物(?)だ。ぶっちゃけ、ヤギ。できればメスヤギ。
ヤギ乳は栄養があるらしいから、できるだけ皆にも飲んでほしい。
けど、もうヤギママの乳だけじゃこの大所帯を賄いきれないんだよな。ヤギママのオッパイはキキ最優先だし。
なので、ヤギママと同種のヤギをクリスの魅了で捕まえて、家畜化してしまおうというわけだ。
豚はいらん、ヤギがいいんだ! オッパイが欲しいんだ、好きなんだ! 大好きなんだ! 私はオッパイが大好きです!
これならクリスの技能を鍛えることができて、従順な家畜をゲットすることもできる。まさに一石二鳥。いや、鳥じゃなくてヤギだけど。
盆地の外輪山内側の岩場にはヤギが住み着いている。ディアボロスゴートって種類だっけ? ヤギママの仲間。
けど、ヤギママほどデカくはない。ヤギママは領域支配者だったからな。ボスらしい大きさだ。
山にいる奴らは、俺の知るヤギよりはデカいけど、まだ許容できる大きさだ。人ひとりくらいなら乗れるかな? ってくらい。
そんなヤギが一頭、群れから外れて岩肌の草を喰んでる。アレが最初のターゲットだ。
「うーん、ちょっと遠いかな? 技能の届く感じがしないよ」
「そうか、ならもうちょっと近づいてみよう」
まだクリスの技能の有効射程範囲じゃないっぽい。
俺なら届くと思うけど、これはステータスの差かね? もしくは熟練度?
不本意ながら、豚領主親子相手に使用経験があるからな。俺の魅了はちょっとだけ鍛えられてる。
けど、もう鍛えたくない。豚は増やしたくない。
ヤギに向かって岩肌を登る。けど、近づいた分だけヤギが逃げる。おや?
「うーん、逃げちゃうね」
「そうだな? いつもは逃げないんだけどな?」
おかしいな。アイツら、いつもは全然逃げないんだけどな? むしろ近寄ってくるくらいなのに。毒生成で作った虫除けスプレーで追い払うくらいなのに。
む、ということはもしかして?
「ちょっとここで待っててくれ。俺だけで行ってみる」
「分かった。気をつけてね」
美少女の気遣いが胸に熱い。ムネアツだ。いや、美少女じゃないけど。
ふむ、やっぱり俺が近づいても逃げないな。むしろ、近づいてこようとしてる。
……こいつ、俺のことをエサだと思ってるな?
くそ、これだから草食動物は! 『変態』技能のおかげでほぼヒトのはずなのに、それでもまだ俺をエサとして認識しているのか! 貴様が俺の敵なのか!
いいだろう偶蹄目! その挑戦、受けて立つ! 覚悟しろ!
いくぞ、俺のターン! まずは苗木召喚!
苗木召喚は持ち札の中の苗木を任意の数、好きなだけフィールドにセットできる!
俺は苗木を三十本召喚して、ヤギを取り囲むようにフィールドへセットする! これでもう逃げ場は無いぜ!
くそ、苗木を見てヤギが喜んでやがる! いや、ヤギの表情なんて分からないけど、そういう雰囲気を出している。エサが増えたと思っているな? 喰わせはせん、喰わせはせんぞ!
まだ俺のターンだ! 続いてクリスを召喚! パパイヤで亜空間にクリスを取り込み、苗木で召喚する! これでクリスの魅了の射程圏内だ!
そしてクリスで攻撃!
「えっ、アレ? あっ、ヤギ! えいっ! 仲良くしようよ攻撃!」
仲良くするのに攻撃なのか? よく分からんけど、まぁいいだろう。
ヤギがビクッてなった。クリスの技能が届いたみたいだ。さて、効果はどうかな?
「クリス、効果はどうだ? 効いたか?」
「うーん、よく分かんない。効いたような感じはあったんだけど?」
ヤギだからな。俺も未だにヤギママの考えてることは分からないし、クリスが分からなくても仕方がない。
ヤギって、どうしてあんなに意思の疎通が出来る感じがしないんだろう? 馬耳東風って言葉があるけど、ヤギ全風って言葉があってもいいと思う。何も通じてない感が半端ない。
あの横長の瞳のせいかね? 目は口ほどに物を言うってことわざもあるけど、あの目は異世界の言葉だと思う。言語理解技能を覚えないと意思疎通は難しいかもしれない。
いや、俺言語理解持ってるけど、ヤギ語は分からないな。つまり無理ってことだ。うぬう。
「二回以上使うなよ? 使いすぎると変な効果が出るかもしれないから」
「そうなの? うん、分かった」
豚領主の前例があるからな。使いすぎると精神に悪影響を与える可能性がある。具体的に言うと変態化してしまうかもしれない。あれは精神衛生的に悪い。SAN値が下がりまくる。
魅了した後、豚領主は言葉が通じたから命令をすることができたけど、言葉の通じないヤギ相手ならどうなんだろう? どういう状態なら魅了が効いたと判断できる?
「わっ、近寄ってきたよ? 撫でても大丈夫かな?」
ああ、効いてるな。クリスへの警戒感が失くなってる。欲情って感じでもないな。好意的な同族に対する態度って感じだ。親とか兄弟とかな。
「多分大丈夫だろ。でも、噛まれないように気をつけろよ?」
「うん、分かった!」
ヤギ、凶暴だからな。何度ヤギママに皮を喰われたか。あのマヌケ顔に騙されてはいけない。ヤギは危険。
「わぁ! 僕、ヤギに触ったの初めて! 思ってたよりフサフサだね。クンクン。あはは、クサ―い! ヤギクサ―い! あははは!」
む、大人しく撫でられてるな。何故だ? 俺が噛まれるのは、やっぱ俺が豆だからか?
くそう、ヤギのくせにヒトをみて対応を決めているのか! ヤギのくせに! 俺、ヒトじゃないけど!
何がおかしいのか、クリスはご機嫌だ。臭いと言いながらも、笑いながら撫で続けている。アニマルセラピー効果か? ヤギ臭にはハイになる成分が含まれている?
「ちゃんと手懐けられたみたいだな。それじゃ次のヤギを捕まえに行こう。今日中に十匹は確保したいからな」
「うん、分かった! 僕、頑張って最強のヤギ軍団を作るよ!」
クリスの元気と笑顔が眩しい。やる気が溢れているな。外へ連れ出してよかった。
他の連中も、ずっと地下都市暮らしじゃ気が滅入るよな。たまには外へ出してやるか。部下の精神衛生にも気が回る優秀な上司なのですよ、俺は。
あと、軍団は作らなくていいから。俺が喰われてしまう。ヤギは危険。




