8章 新しい仲間たち
ティーナはディオネスの部屋の前で、キルシェ、ラッシュと一度別れることになった。二人とも、何かあったらいつでも力になると言ってくれたのが心強い。
続いてディオネスに案内されたのは、これからティーナが寝起きする部屋だった。城の最上階にあり、ラッシュの家で借りた部屋より少しだけ狭かったが、寝台も、机も、衣装だんすも揃っている。物置で寝るのが当たり前だったティーナには十分すぎるほど立派に思えた。
「中のものは好きに使って構いませんが、掃除は自分でやるように」
「はい。もちろんです!」
ティーナはこくこくと頭を縦に振った。
「生活に必要な最低限のものはこちらで用意します。その他のものは給金で買うようにしてください」
「お給金を頂けるのですか!?」
最低限の食事のみで馬車馬のように働かされていたティーナにとって、給金で好きなものを買うなんて夢のまた夢の話だ。
ディオネスが怪訝そうな顔をした。
「……世話係も仕事ですから当然ですよ。始めのうちはあまり渡せませんが、ゆくゆくは他の世話係と同じほどはお渡しします」
「ありがとうございます。わたし、一生懸命やります!」
よろしい、とディオネスが頷いた。
「明日の朝食までは城の者に持ってこさせます。後のことは、明日、セシェル様の世話係の指示に従って下さい」
セシェルがどんな人柄かはもちろん、一緒に働くことになる世話係も気になる。うまくやれるだろうか。理不尽なことばかり言われたらどうしよう、不安がティーナの心に募ったが、必死に払いのけた。自分の部屋をもらえるだけでも有難い話だ。
「それから、今の貴女の扱いは、王の恩情によるものです。そのことは忘れないように」
念を押すように、ディオネスは言った。
ラッシュやキルシェのように親切にしてくれる人もいるが、全員が全員、ティーナを信用してくれるはずもない。それはティーナも分かっていた。
今できるのは、与えられた仕事を精一杯やることだけだ。
その夜、ティーナは自室の小さな窓から、外をしばらく見つめて過ごした。
夜空に、月と星が輝いている。余計な明かりがなく、空気が透き通っているためか、とても綺麗に見えた。
この島を好きになってほしい、とキルシェは言っていた。
まだまだ分からないことだらけだが、彼の言う通り、きっとここが好きになる、そんな気がしていた。
***
翌日、ティーナは身支度を終え、迎えを待っていた。
とりあえずの生活に困らないだけの衣服は、昨日のうちに届けられていた。世話係という立場のためか、動きやすさに重きをおいたものばかりだった。
とりあえず白のブラウスと、膝下まである深緑色のスカートを選んでおいた。
部屋の扉がノックされた。ティーナが扉を開けると、立っていたのはキルシェだった。
「よう。準備はできてるか?」
「はい。キルシェが一緒に来てくれるの?」
「ああ。セシェルのところに行く前に、会わせておきたい奴らがいるんだ」
不思議そうな顔をしたティーナに、キルシェは笑って、来いよと合図をした。
「面白い奴らなんだ。きっと気に入るさ」
***
キルシェに連れられ、ティーナは城の広間までやって来た。
そこにいたのは、四人の男女だった。一人はラッシュだ。あとの三人は、ティーナの知らない人物だった。
ティーナより少し年下に見える少女と、少し年上と思われる青年、キルシェと同じくらいの年齢の男性だ。
「待たせたな。紹介するぞ」
キルシェの呼びかけで、四人の視線がティーナへ向いた。
「ティーナ、おはよう!」
「おはよう」
ラッシュが挨拶をしてくれた。後の三人は、興味深そうにティーナを見ている。
「今日からセシェルの世話係になるティーナだ」
キルシェがティーナの肩をぽんと叩いた。
「あの、ティーナです。よろしくお願いします」
「ティーナ、こいつらは俺の仲間だ。何か困ったことがあったら、皆のことも頼ってくれ」
「はーい、自己紹介自己紹介!」
少女が進み出てきて、ティーナの手をぎゅっと握った。
肩まで伸びた水色の髪は、ふわふわとした癖がついている。青緑色の瞳が印象的だ。見た目は小柄で華奢だが、腰に、両手で抱えるほどの鉄球がぶら下がった棒を帯びている。まさか、これで戦うのだろうか?
「あたし、フローレっていうの! ちょっと力が強いだけの普通の女の子だから、仲良くしてね、ティーナ!」
ちょっと力が強い程度で、鉄球のついた武器を携えて涼しい顔なんてできないような気はするが、フローレの笑顔は無邪気そのものだ。
「島の外から来たんでしょ? 色んなお話ききたいな、あっそうだ、美味しいお菓子が買えるところがあるから今度一緒に行こうよ!」
「フローレ、そろそろ譲って頂けますか?」
次から次へ話し続けるフローレを見かねてか、後ろに控えていた男性が声をかけてきた。
フローレは少し拗ねた様子ではぁい、と返事をし、ティーナに笑いかけてその場から下がった。
入れ替わりで前へ出てきた男性は長身で、腰まである薄紫色の髪が目を引いた。女性と見まがうような、端正な顔立ちをしている。キルシェやラッシュ、フローレも、動きやすそうな軽装だが、彼は真紅のローブをまとっていた。裾や袖口、襟元に、金色に光る糸で刺繍がしてある。
「初めまして、ティーナ。わたしはルイゼルと申します。お見知りおきを」
ルイゼルが優雅にティーナの手をとった。白くしなやかな指だった。キルシェやオーデリクの固い手とは違う。
「わたしは魔術師でしてね。軟弱に見えるかもしれませんが、この島を守る一人です」
「ま、魔術師……ですか?」
この島には翼で飛ぶ人だけでなく、魔法使いまでいるのか。
「ご挨拶代わりに少しだけお見せしましょうか」
ルイゼルは、片手の人差し指を立て、くるくると回してみせた。
すると、小さな炎がひとりでに現れ、彼の指の動きに合わせて渦を描いた。
「わっ!?」
ティーナが驚きの声をあげると、ルイゼルの赤紫色の瞳が悪戯っぽく光った。
炎に向かって、彼が軽く息を吹きかけると、瞬く間に消えてしまった。
「い、今のって……」
手品なのではないかと思ったが、どこに仕掛けがあるのか分からない。彼は本当に魔法を使って、炎を出したり消したりできるようだ。
「もっとご覧にいれたいところですが、待たせてしまいますね」
ルイゼルは微笑み、ちらりと後ろへ目をやった。後ろには、青年がもう一人待っている。
「彼、少し内気なのですが、きっと仲良くなれると思いますよ」
ルイゼルが囁くように言い、どうぞ、と青年を促した。
おずおずと足を踏み出した青年は、弓と矢筒を背負っていた。弓術が得意なのだろう。
大樹の葉を思わせる深緑色の髪と、琥珀色の瞳をしている。
「あ、あの、初めまして、僕の名前はワートです」
ルイゼルが言った通り、内気な人物のようだ。自分と似ている、とティーナは思った。
「自慢できることはほとんどないんですけれど……弓はそれなりにできます。僕が力になれることはあまりないかもしれませんが、よろしくお願いします」
ワートが丁寧に頭を下げたので、ティーナもつられて同じようにした。
「じゃ、次はセシェルに挨拶に行かないとな。皆、後はいつも通り頼むぜ」
「任せろ! ティーナ、また後でな」
「あたしもあたしも! ティーナ、またねー!」
ラッシュとフローレが跳ねるように、城の外に向かっていく。ルイゼルとワートも、後からついて出て行った。
「な、いい奴ばっかりだろ。お前とももう友達だからな」
友達、久しく聞いていなかった言葉だ。
「わたし、まだここに来たばかりなのに、こんなに優しくしてもらって……」
「なに言ってんだ。来たばかりだからこそ、早く友達を作らないとな」
キルシェを見ていると、まだティーナが孤児院にいた頃、子供たちをまとめていた少し年上の男の子を思い出す。
キルシェはきっと、皆を想ういい王様になるのだろう。
「じゃ、セシェルのところに案内するよ。こっちだ」
いよいよ、ティーナの新しい主人ともいうべき人物に会う時だ。歩き出すキルシェの後を、ティーナはいそいそとついて行った。
***
セシェルの部屋は、城の二階の奥まった部屋にあった。
扉の見た目は、普通の部屋の扉と変わりない。王の部屋の扉についていたような金具はなかった。
キルシェがこつこつと扉を叩くと、すぐに、向こうから「はい」という声がした。
声を確認し、キルシェが扉を開けた。
「ようセシェル。待たせたな」
王のものより少し狭いくらいの部屋に、セシェルはいた。窓辺に置かれていた椅子にちょこんと腰かけている。
「兄さま!」
セシェルが椅子から立ち上がり、とことことこちらにやって来た。
銀色の長い髪と、金色の瞳はキルシェによく似ている。華奢で色白で、精巧な人形が動いているようだ。
水色のワンピースドレスが、一層可憐さを引き立てている。
セシェルの視線がティーナに向いた。彼女がにっこりと微笑み、ティーナの手を自分の両手で包み込んだ。陶器のような白い指だった。
「初めまして。ティーナ。わたしはセシェルよ。貴女に会えるのをとても楽しみにしていたの」
鈴を転がすような声で、セシェルが挨拶した。
人見知りをせずにこやかに接してくれるところも、兄のキルシェと同じのようだ。儚げな雰囲気をまとっているが、内気ではないらしい。
とても可愛らしい笑顔に、ティーナは緊張の糸が緩んでいくのを感じた。
「初めまして、セシェル様」
つい、今までの癖でそう呼んでしまったが、セシェルはふふっと笑って首を横に振った。
「わたしにも、兄さまとお話するのと同じようにして欲しいわ。兄さまは堅苦しいのが嫌いでしょう? わたしも同じ」
「そ、そう? じゃあ、よろしくね、セシェル」
「ええ、よろしく!」
よかった、きっとうまくやれる、ティーナは心の中でほっと胸を撫でおろした。
「あとは、あの二人に任せるとするか」
「そうしましょう。ここに呼ぶわ」
セシェルが、壁際に近寄り、垂れ下がっている紐を軽く引いた。
ほどなくして、部屋の扉がノックされ、二人の女性が入って来た。ティーナと同じくらいの年ごろで、簡素なシャツとスカートに、前掛けがついている。彼女たちがセシェルの世話係、つまりティーナの仲間だ。
「ディオネスから話があったよな? こいつがティーナだ。面倒みてやってくれ」
「初めましてー! わたしはピュリー、困ったことがあったら何でも言ってね」
桃色のおさげ髪の少女が朗らかに挨拶をした。
もう一人、紫色の髪を一つにまとめた女性はすぐに名乗らず、ティーナを観察するようにじっと見つめた。
「もー、アルテナさん、そんなに睨んだらティーナが怖がっちゃいますよぅ」
「……元々目つきが悪いだけよ」
アルテナと呼ばれた女性は呟くように言い、ティーナの目をまっすぐ見据えた。
「わたしはアルテナ」
どうやら、彼女は無駄口をたたくことが嫌いらしい。
「じゃ、あとは頼む。ティーナ、あんまり気負わずゆっくりやれよ」
「はーい、まっかせてくださーい!」
ピュリーが元気よく答えた。アルテナは無言で一礼をし、ティーナの方に目をやった。
ついて来て、と目で言われ、ティーナは彼女らの後について部屋を後にした。
去り際に、セシェルが手を振ってくれた。
***
「どうだ、ティーナと仲良くできそうか?」
世話係たちが去った後、キルシェはセシェルに問うた。
「ええ。わたし、あの子のこと好きだわ」
「そうか、なら良かった。俺もあいつを気に入ったんだ」
キルシェの目には、ティーナはごく普通の少女に映っていた。顔立ちが似ている知り合いがいるわけでもない。
それなのに、なぜか彼女に親しみを感じていた。初めて会ったはずなのに、ずっと昔から知っているような気がする。
「……不思議なもんだな」
キルシェは一人、妹に聞こえないように呟いた。