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40章 これからも続く毎日

 祝宴が終わりしばらく経った後、セシェルがまだ自室へ戻っていないと聞きつけたアルフィオンは、城の前の広場へ向かった。

 先ほどまで多くの民で賑わっていた会場は、今は夜の静寂に包まれている。

 セシェルはその中心にいた。周りにはもう誰もいない。月明りのもと、一人で佇んでいる。

 その姿にアルフィオンは思わず魅入ってしまいそうになったが、もう夜も遅い時間だ。戻らなければ体に障る。


「セシェル、ここにいたのか」


 傍に寄って声をかけると、セシェルがアルフィオンの方を見た。長い銀色の髪が風になびく。


「そろそろ休む時間だ。一緒に戻ろう」

「……そうね。ごめんなさい」


 そう言ったものの、セシェルはその場から動こうとしなかった。


「セシェル? どうした、具合が悪いのか?」

「いいえ大丈夫よ。……ねえアル、今日は楽しかったわね」

「……ああ、そうだな。楽しかった」


 先ほど、二人で踊った時はとても楽しそうにしていたのに、今の彼女は寂し気だ。


「兄さまはね、立派な王様になるの。エレアス姉さまとはいつまでも仲良しで、きっと子供がたくさん生まれるわ。とっても幸せなことのはずなのに……どうしてかしら。何だか少しだけ、寂しいの」


 もちろん邪険にされることはないに決まっているが、キルシェはもう、セシェルの兄だけでいることはできない。島の王でありエレアスの夫であり、そしていつか父親になる。

 セシェルは彼と血の繋がった妹でありながら、生まれついた体の弱さと一生向き合わなければならない。自由に飛び回ることも制限され、誰かと結ばれて子を成すこともできるか分からない。

 とても悔しいことのはずなのに、セシェルは気丈に振舞う強く優しい娘だ。

 アルフィオンは彼女のその姿にずっと惹かれていた。セシェルは絶対に、幸せにならなければいけない。


「……セシェル」


 アルフィオンはセシェルに呼びかけた。いつか伝えようと思っていたことを言うなら今しかない。


「俺は、セシェルに相応(ふさわ)しい男になる。成人したら、俺と家族になってくれないか。俺のすべてをかけて、必ず幸せにする」

「アル……!」


 突然のことに丸い目を見開き、放心状態になっているセシェルを見て、アルフィオンは慌てて付け加えた。


「もちろんセシェルさえ良ければ、の話だが……」


 次の瞬間、アルフィオンを押し倒さんばかりの勢いで、セシェルが抱き着いてきた。


「いいに決まってるわ。……ううん。わたしはアルじゃなきゃ嫌」


 セシェルの金色の瞳が、美しくきらめいている。


「わたし、素敵なお嫁さんになれるように頑張るわ。わたしもアルのことを幸せにする。だから絶対に迎えに来てね」

「ああ。約束する。セシェル、好きだ」

「嬉しい。わたしも大好きよ、アル」


 セシェルが背伸びをし、アルフィオンに口づけをした。

 アルフィオンの全身に、雷に打たれたかのような衝撃が走った。


「セシェルっ、ま、まだ俺たちには、こういうことは早いんじゃないか……!」


 狼狽(うろた)えるアルフィオンの頬を、セシェルがつついた。


「まあ、アルったら真面目すぎるわ。このくらい、結婚していなくても好きなら普通にすることよ」

「そ、そうか……」


 耳どころか首のあたりまで真っ赤になっているのを感じる。

 アルフィオンがセシェルの愛情表現に慣れるには、まだ時間がかかりそうだ。


「もう帰らないといけないわね。アル、一緒に来てくれる?」

「……そうだな。行こう」


 気を取り直し、アルフィオンはセシェルの細い手指を優しく握った。これからの人生を彼女と共に生きていけるなら、それ以上は何も望まない。

 セシェルも嬉しそうに笑って、アルフィオンの手を握り返した。


***


 柔らかな朝の光が窓辺から差し込む。

 キルシェはゆっくりと目を開けた。隣を見やると、寝息をたてている妻の姿があった。彼女の寝顔を最後に見たのはもうずいぶん昔の話だが、記憶にある少女の時と、何も変わっていなかった。

 その愛らしさに思わず、キルシェは彼女の額に口づけた。エレアスがかすかに身じろぎし、目蓋が開いた。


「悪い、起こしちまったか」

「あさ……?」


 少しぼんやりした声で、エレアスが呟いた。


「ああ」


 キルシェが答えると、エレアスがもぞもぞと体を動かし、上掛けをめくろうとした。キルシェは彼女の腕をつかまえてそれを阻止し、エレアスの体を引き寄せて自分の腕の中にすっぽりと収めた。


「ちょっと……!」


 今ので完全に目が覚めたらしく、エレアスが抗議の声をあげる。夫の腕から逃れようとしたが、キルシェはそれを許さなかった。


「俺を放って何をする気なんだ?」

「だって、朝なんだから起きないと」


 今まで守護者として真面目に生きてきたエレアスにとって、朝寝坊などもってのほかだった。しかし、今日は丸一日の休暇だ。


「新婚夫婦を朝からたたき起こしに来る奴なんかいねえよ。二度寝ってのも悪くないぜ?」

「ん、でも……」


 なおも納得のいかなさそうな顔をするエレアスの髪を、キルシェは二度、三度と撫でた。昨夜のうちに、秘めていた想いの丈はあらかた伝えたと思っていたが、まだ足りない。


「王の命令だ。今日はどこにも行くな」


 キルシェが言うと、腕の中の妻は小さく息をつき、体の力を緩めた。


「仕方のない人。……言う通りにしてあげるわ。わたしの王様」


 いつか生まれてくる子供たちと、美しい島を走り、飛び回りたい。

 年を重ねたら、孫たちにかつて二人で作った物語を聞かせてやりたい。

 この魂が島に還るときには、幸せだった、ありがとうとお互いに告げて眠りたい。

 再び寝息をたてはじめた愛する人の温もりを感じながら、キルシェはもう一度目を閉じた。


***


 そして数日後、ティーナは二つの包みを入れたかごを持って、城の裏口に立っていた。

 もうすぐ昼時だ。頭上には、太陽がまぶしく輝いている。


「ティーナ、お待たせ!」


 ラッシュが、ティーナの目の前にふわりと降りてきた。


「ラッシュ、今日はどこに行く?」

「天気もいいし、見晴らしがいいところに行くか」

「うん!」


 ティーナは翼を広げ、数回羽ばたいて宙へ浮き上がった。ラッシュが色々と教えてくれたこともあり、今は誰の助けもなく、自由に飛ぶことができるようになっている。

 今日は二人で昼食だ。ティーナはラッシュの後に続いて飛んで行った。

 ――その様子を、物陰からこっそりと見ていた者たちがいる。


「……あれでただの友達っていうのは、絶対に無理があると思う!」


 語気を強めて言うフローレを見て、ワートが苦笑した。


「でもお互いに、相手は親友っていう認識みたいですよ」

「何にせよ、仲が良いというのは美しいことです」

「ルイゼル、ほっこりしてる場合じゃないって! もう、見ててもどかしいったらないよ、絶対にあの二人をくっつけるんだから! アルフィオンも協力してよねっ」


 フローレが、隣に立つアルフィオンの腕をぐいっと引っ張った。

 アルフィオンは心底面倒だと言わんばかりのため息をついた。


「こんなところに呼び出して一体何を見せられるのかと思ったら……。くだらない。俺はもう戻るぞ」

「えー、付き合い悪いよアルフィオン! ラッシュの兄弟でしょ、もうちょっと興味持ってよ! ねぇ待ってったらー!」


 すたすたと去っていくアルフィオンの後ろをあれこれ言いながらフローレがついて行く。

 ワートとルイゼルは顔を見合わせて笑った後、前を行く二人の後に続いた。


***


 海が一望できる丘の上に、ティーナはラッシュと並んで腰を下ろした。


「はい、これがラッシュの分」


 ティーナはかごから包みの一つを取り出し、ラッシュに手渡した。

 野菜や薄切りの肉をパンに挟んだ、ティーナの手製だ。最近、ラッシュと一緒に昼食をとれるときは、彼の分もまとめて作って持っていく。ラッシュが美味しそうに食べてくれるのが、ティーナの楽しみだった。


「いつもありがとな。 いただきます!」


 ラッシュが包みをほどき、パンにかぶりつく。美味しいと喜ぶ彼の隣で、ティーナも自分のものを頬張った。

 ティーナがこの島に来て、それなりに経つ。最初の頃の不安が嘘のように、ティーナの心は満たされていた。

 思わず笑い声を漏らしたティーナの方を、ラッシュが不思議そうに見た。


「どうかしたか?」

「ううん。何でもないよ。……ただ、楽しいなって思って」

「ははっ、なんだそれ。……でも、俺も楽しいよ」


 素敵な友達といつまでも楽しく過ごしたいと、以前、ティーナはラッシュに語った。その毎日が、これからもずっと続いていくのだ。

 過去を振り返る必要はもうない。ここが自分のいるべき場所だと、ティーナは胸を張って言うことができる。これ以上ないくらい幸せなことだ。

 ふとティーナが空を見上げると、遥か高くに、力強く羽ばたく大きな鳥が見えた。


(ありがとう)


 ティーナは心の中で呟き、親友の隣で過ごす愛おしい時間を噛み締めた。

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