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39章 幸せな夜

 婚礼の儀の後は、島を上げての祝宴が開かれる。

 キルシェの即位の際は、食事と酒が並べられるだけだったが、今回はそれに加えて、音楽や踊りも披露されることになっている。キルシェが、かつて守護者だったエレアスと結ばれるということで、神鳥(かみどり)の目覚めを祝う意味もこめられているのだ。

 城の前の広場で、民が総出で着々と準備を進めていた。広場の中心を囲むように、卓が設けられていく。テーブルの側面や椅子の背は、花と色とりどりの布で飾られている。

 出される料理は、ティーナも見たことがないほど豪華なものだ。獣の丸焼きや、大きな魚をまるごと蒸したもの、新鮮な果物、菓子もたくさんある。

 ティーナも婚礼の儀の後、動きやすいいつもの世話係の服に着替えて、ピュリーやアルテナと共に忙しく走り回っていた。

 神鳥の魂の欠片として島に尽くしたのだから、そんなに働かずとも良いのではないか、と少なからず周りからは言われたが、大切な友人であるキルシェとエレアスのために自分にできることをやりたかった。それに、キルシェの即位の際に、十分注目の的にはしてもらった。正直なところ、これ以上特別扱いされるのは落ち着かない。


「ティーナさん、お疲れ様でした! とても堂々としていましたよ」


 ティーナがテーブルの上をせっせと整えていると、ワートが声をかけてきた。手に楽器を持っている。葉のような形に細い首がついており、弦が数本張られている。もう片方の手に持った棒のようなもので、弦をこすって音を出すのだろう。


「ありがとうワートさん。それ、弾くんですか?」

「ははは……。弓の練習の合間に、趣味でやっているくらいなんですけれどね。是非とも弾いてくれってキルシェに頼まれてしまいまして。演奏に参加することになりました」


 弓の技術が優れているのはもちろん、矢や的も作ることができ、さらに楽器演奏までこなす。ワートはとても謙虚だが、その実かなり多才なようだ。

 

「最後の合わせ練習に行ってきます。ティーナさんも、準備頑張ってください」

「うん。ワートさんの演奏楽しみにしてます!」


 楽器を抱えて、ワートが小走りで消えていく。ほどなくして、フローレがやって来た。


「やっほーティーナ! さっきはすごくかっこよかったよ!」

「ありがとう。フローレのその服、可愛いね!」


 今のフローレは、普段の軽装ではなく、桃色の花びらをいくつも重ねて作ったような、膝上までの丈のワンピース姿だ。腰に白いリボンが巻かれ、後ろで蝶の羽のように結ばれている。頭には花を模した飾りを、手首と足首に、小さな鈴を通した輪をつけている。さながら、花の精のように見える。

 服を褒められたフローレが嬉しそうにくるりとその場で回ると、鈴がちりちりと音を鳴らした。


「これ、踊りの衣裳なの。後で出るから見ててねっ」

「ふふ、ちゃんと見てるよ」

「……あ、そうだ」


 フローレが少し背伸びをして、ティーナの耳元に顔を寄せた。


「今日のお祭りの最後にはね、仲良しの男の子と女の子が一緒に踊るんだよ」

「そうなの?」

「だから、ティーナも油断しちゃだめだよ」


 きょとんとするティーナの顔を見てフローレは悪戯っぽく笑い、そのまま跳ねるように去っていった。

 油断しては駄目、とはどういうことだろう? フローレの意図が呑み込めずにいると、ラッシュとアルフィオンが現れた。二人とも揃いの、白いシャツと茶色のズボン姿だ。赤や青、黄色の糸で織られた、派手な色の布を腰に巻いているので、地味な印象は受けない。首から、乾燥させた木の実と貝殻に紐をつけた飾りを下げて、抜き身の剣を手にしていた。


「ティーナお疲れ! 緊張しなかったか?」

「すごくした……。けど、失敗しなくて良かったよ。ラッシュたちも何かやるの?」

「ああ。アルと一緒に、これを使って踊るんだ」


 ラッシュが、持っている剣を見せてくれた。とても軽く作られており、刃が三日月のように緩やかに曲がっている。武器としてではなく、踊りや儀式の際に用いられるらしい。


「ラッシュ、最後にもう一度動きを確認するぞ」

「アルは心配症だな……。じゃあ後で会おう、ティーナ!」

「うん!」


 これから、一体どのようなものが見られるのだろう。ティーナはわくわくしながら、準備を続けた。


***


 日が暮れかけてきた頃、祝宴が幕を開けた。

 キルシェはマントを外した姿で、エレアスは青いドレス姿で現れ、広場を見渡せる、花婿と花嫁の席についた。

 初めに、魔術師のルイゼルが魔法の炎で、上空に美しい模様を描いた。炎は花や神鳥の姿をとった後、広場に置かれた篝火(かがりび)台の方へ真っすぐ飛んで行った。真っ赤な火が辺りを照らし、歓声が起こった。

 子供たちが料理に飛びつき、大人たちのために酒が注がれる。人々が杯を持って夫婦のもとを訪れ、祝いの言葉を送って乾杯をした。ティーナもキルシェとエレアスのところへ向かうと、二人とも笑顔で、花嫁の先導役をやり遂げたことを褒めてくれた。

 しばらく経ったのち、夫婦となった二人と神鳥に捧げられる舞が、広場の中心で始まった。

 まずは、小さな子供たちの歌と踊りだ。可愛らしい声で歌いながら飛んだり跳ねたりする彼らを見て、場が一気に温かくなった。

 その次は、フローレが参加する、若い娘たちが披露する舞。色とりどりの衣裳を着た少女たちが、音楽に合わせて輪になり、時には宙を飛ぶ姿が、夜空のもと、篝火の光に照らされてとても神秘的に見えた。

 続いて、男たちが二人一組になり舞踏を始める。片方が剣で突いたり、斬りかかったりするのを、もう片方が巧みにかわす。それを攻守を入れ替えて繰り返す。ラッシュとアルフィオンは息がぴったりで、ティーナには誰よりも華麗に見えた。

 十分に盛り上がったところで、今度は何組かの男女が、中心に集まり始めた。

 先ほどフローレが言っていた、仲の良い男女が組んで行う踊りなのだろう。ルイゼルに誘われ、少し緊張した顔のライラや、セシェルに半ば引きずられるようにしてその中に加わるアルフィオンの姿が見えた。


「良かった、まだいた!」


 隅の方に立っていたティーナのもとへ、人の波をかきわけて、ラッシュが顔を見せた。


「ラッシュ?」


 ラッシュがティーナの手を取った。


「ティーナ、一緒に踊ろう」

「わたし、踊り方が分からないよ」

「俺の真似をすればいいよ。何なら適当でもいいぜ。親友同士なんだからさ」


 本当に参加していいものかと迷ったが、一緒に踊るならラッシュしかいない。その彼が誘ってくれているのだ。

 ティーナは頷き、ラッシュと共に広場の中心へ踏み出した。

 ワートが弾く弦楽器や、太鼓や笛が旋律を奏でだす。それを合図に、男女がお互いに手を取り合い、軽快な足取りで踊り始めた。

 彼らに比べればティーナのそれはかなり不器用なものだが、ラッシュがリードしてくれたおかげで、段々と楽しくなってきた。


「な、楽しいだろ?」


 踊り続けながら、ラッシュが問うてくる。ティーナはそれに、微笑みで答えた。


 たくさんの人々が目の前で踊る光景に、エレアスは胸が熱くなるのを感じた。

 もしかしたらこれはすべて夢で、次の瞬間には小さな家の中で一人、目を覚ますのではないかと思ってしまう。しかし今、確かに自分はここにいて、隣には想い続けた人がいる。

 今までずっと座っていたキルシェがおもむろに立ち上がり、エレアスの方へ手を差し伸べた。言葉はなくとも、彼が何を望んでいるのかは分かる。

 エレアスはキルシェの手を取って、踊る男女たちの中に加わった。周りで見ていた人々が、ひと際大きな歓声を上げる。

 守護者だったエレアスは、基本的に祭には参加することができなかった。しかし幼い頃、こっそりキルシェに踊りの振付を教えてもらい、人目につかないところで二人で踊って笑い合っていた。

 回ると、青いドレスがふわりと広がる。最後に踊ったのはかなり前のことで、覚えているか不安だったが、不思議と足が勝手に動く。キルシェはあの時と同じように、エレアスを導いてくれた。

 曲が大きく盛り上がったところで、キルシェがエレアスの腰を持ち上げてその場で一回転した。エレアスの足が地面についたところで演奏が終わり、体がそのままキルシェの腕の中におさめられた。


「……最高だ」


 割れんばかりの拍手の中、エレアスを腕に抱いたままキルシェが呟いた。

 民の声と愛する人の温もりが自分を包んでいる。エレアスは目を閉じ、幸せな夜の空気に酔いしれた。


***


 祝宴は大盛況のうちに終わり、エレアスは寝室に戻っていた。湯浴みを終えてドレスから夜着に着替え、結っていた髪も下ろした。

 今日から、エレアスが休むのはこの部屋だ。二人で寝ても余裕があるほどの大きさの寝台に腰かけ、夫が戻ってくるのを待っている。

 何の物音も聞こえない。明日、こちらから呼ぶまで、世話係は誰も来ない。夫婦になって初めての、二人だけで過ごす時間だ。


「待たせたな」


 部屋の扉が開き、キルシェが入ってきた。彼も寝衣に身を包んでいる。


「疲れてないか?」


 キルシェはエレアスの隣に座り、優しく声をかけてくれた。


「大丈夫よ。嬉しすぎて今夜は眠れそうにないわ。キルシェこそ疲れているでしょう?」

「俺はあの窮屈な服とおさらばできてやっと本調子だ」


 キルシェが大きく息をつき、体を後ろに少し傾けて両手を寝台の上についた。


「似合っていたわよ。とても素敵だった」

「お前ほどじゃないさ」

「……ありがとう」


 エレアス、と夫が呼びかけ、じっと見つめてきた。王である彼の優しい眼差しは、今この時はエレアスだけのものだ。


「幸せになろう」

「もう十分過ぎるほどに幸せだわ」

「何言ってる、この程度で満足してもらうわけにはいかないな」


 キルシェが唇を重ねてきた。エレアスが受け入れて目を閉じると、ゆっくりと体を寝台に倒された。

 長い口づけの後、キルシェが顔を離した。仰向けになったエレアスを見るその表情は、無邪気な少年や、皆に慕われる王のそれではない。そこにいるのは、成長し、エレアスの夫となった一人の男だった。


「キルシェ……」

「怖いか?」


 キルシェが片手を伸ばし、エレアスの頬に触れる。エレアスはその上に、自分の手を重ねた。


「いいえ。貴方となら、何も怖くないわ」


 二人きりの夜は、まだ長い。

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