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36章 二つの翼

 銀色の翼がはためき、アルフィオンの体が宙に浮いた。

 しかし、それは一瞬だけだった。すぐに、その足は地面についてしまった。

 戦いで負った傷が癒えたところで、アルフィオンはさっそく、城の近くの広場を利用して飛ぶ練習を始めていた。

 今まで飛んだことこそないものの、自由に空を舞う人々の姿はずっと見てきた。しかし、実際にその真似をしてみても、なかなか簡単には技術をものにはできない。

 未だに、自分の背に生えた翼が幻なのではないかと思うときがある。ずっと、心の奥底であこがれ続けてきた自分の翼だ。一日でも早く飛べるようになりたい。夜中、寝所を抜け出して一人で特訓をしていたセシェルの気持ちが、今なら痛いほどに分かる。

 アルフィオンは再度、軽く助走をつけて翼を広げた。体が浮き上がったところで二度、三度と羽ばたく。滞空時間は先ほどより長かったが、高度や進行方向を自在に変えられるようになるまでは、もう少し時間がかかるだろう。

 地面に降り、息を整えていると、誰かが近づいてきた。


「セシェル」

「アル、調子はどう?」


 アルフィオンが神鳥(かみどり)から授かった翼を見たとき、セシェルは思わず心配になるほどに飛び跳ねて喜んでくれた。自分のとお揃いの銀色だと、愛おしそうに翼を撫でてもくれた。


「一筋縄ではいかないものだな。ところで、何かあったのか」

「何もないわ。アルは頑張り屋さん過ぎるから、無理をしていないか見に来たの」

「セシェルも人のことは言えないだろう?」


 膨れたり言い返してくるかと思ったが、セシェルは笑ってつんと軽くあごを上げた。


「そうね。だから今度はわたしがアルのことを見ていてあげるわ」

「……セシェルが傍にいてくれるなら、何だってできる」

「アル、何だか変わったわ。今の方が素敵。わたし、アルのことがもっと好きになったみたい!」


 セシェルが(とろ)けるような笑みを浮かべる。それにつられて、アルフィオンの頬も緩んだ。

 翼を操る術をものにできたら、自力では高く遠く飛べないセシェルを、彼女が望む場所へ連れていきたい。その時のセシェルの喜び様を想像すると、アルフィオンの体に力が湧いてくる。


「……よし、続けよう」

「頑張ってアル。絶対にできるわ!」


 銀色の翼が、日の光を受けてきらめいた。


***


 一方、砂浜の上では、ティーナが飛ぶ練習の真っ最中だった。

 エレアスはこつさえつかめばすぐ飛べると言っていたが、そこまで至るのが難しい。

 ティーナはもともと体を動かすのがあまり得意ではないというのもあり、かなり苦戦していた。


「ティーナ、頑張れ!」


 練習の際には、いつもラッシュがついてくれている。自分の翼を使って何度も手本を示したり、体勢をくずして落ちたときには受け止めてもくれた。

 宙に浮くことはできるようになったのだが、距離をかせぐことができない。今回も少し進んだところで、砂の上に手をつくかたちで降りてしまった。


「大丈夫か? 羽ばたくときに力みすぎてるんだ。もっと力を抜こう。危ない時には俺が助けるから」


 ラッシュが助け起こしてくれるのも、もう何度目か分からない。


「うん……ごめんねラッシュ。毎回付き合ってもらって……」

「そんなことは気にしないでいいよ。俺が、早くティーナと一緒に飛びたいだけだからさ」


 今までは、何かとラッシュに運んでもらうことが多かったが、ティーナが自力で飛べるようになれば、彼の負担はぐっと減るだろう。

 できるだけ長く練習を続けたかったが、ティーナの息は少し上がっていた。


「ちょっと休むか。無理して体を壊したら意味ないからな」


 ティーナの様子を見て、ラッシュはすぐ休憩を提案してくれた。

 二人で白い砂の上に腰を下ろし、青い海と向かい合った。


「……ティーナ、一つ聞いてもいいか?」


 波の音に耳を傾けていると、ラッシュが切り出してきた。


「うん。なに?」

「神鳥が目覚めた時、ティーナは消えたよな。……どうして戻ってこれたんだ?」

「えっと……わたし、あの時は神鳥さまの中にいたの。何も見えなかったんだけど、すごく温かくて落ち着く場所だった」


 神鳥の中に帰ったときの感覚は、今でも何となく覚えている。


「それから、すごく眠くなって……寝そうになった時に、ラッシュの声が聞こえて、また目が覚めたの」

「俺の?」

「うん。ラッシュがわたしの名前を呼んだの。それで、他の皆のことも思い出して、もう一度会いたい、ラッシュたちのところに帰りたいって思って……」


 その瞬間に気を失い、気がついたときには、本当に友達のもとに戻ってこれていた。


「そっか……。そうだったんだな」

「あれ、何だったんだろう……。夢か、気のせいだったのかな」

「いや、きっと違うと思う」


 ラッシュは照れたように笑った。


「俺、ティーナが消えたのがどうしても納得できなかったんだ。だから俺、神鳥に頼んだ。ティーナを返してくれって」

「そうなの?」


 今度はティーナが驚く番だった。


「島のために、ティーナが神鳥の中に還るのが必要なことだって分かってたけど、まだティーナと話したいことだってたくさんあったし……。すごく罰当たりなことをしてたな。けど、ティーナが俺たちのために自分を犠牲にしてそれっきりなんて、悲しすぎるって思ったんだよ」


 あの時聞こえたのは、確かにラッシュの声だったのだ。ティーナが今ここにいるのは、ラッシュが呼びかけてくれたからだ。

 彼にはいくら感謝してもしきれない。本当に大切な、ティーナの友達だ。


「罰当たりではないよ。ラッシュが心から、わたしが戻ってきてくれるようにお願いしてくれたから……。神鳥さまがそれを聞き入れてくださったの。ありがとう、ラッシュ」

「お礼を言うのは俺の方だ。ティーナ、戻ってきてくれてありがとう」


 ラッシュの傍にいると、ティーナは不思議と元気になれる。

 神鳥が授けてくれた翼で、彼と共に空を飛びたい。楽しいことを、綺麗なものを、彼と分かち合いたい。

 ティーナは立ち上がり、大きく息を吐きだした。


「よし、頑張るよ! ラッシュ、もう少し見ててくれる?」

「ああ、ティーナなら絶対にできる!」


 青い空に向かって、ティーナは翼を広げた。

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