31章 異形の翼
平和な島が戦場と化している。
異形の翼を持つ集団と、誇り高き島の戦士たちがぶつかり合っている。城に敵を近づけさせまいと、戦士長や王がいなくとも、各々力を振り絞っていた。
魔術を操るルイゼルは、戦いの要だ。放つ炎が敵の翼を焼き、風の刃が体を裂き、起こす稲妻が動きを止める。
弓の名手ワートは、宙を飛び回りながら、次々と矢を放つ。射貫かれた敵は地に墜ちることを余儀なくされた。
フローレはルイゼルの周りで、近寄って来る敵兵を蹴散らしていた。鉄球の一撃をくらい、一人の敵が倒れ伏した。しかし、よろめきながらも立ち上がり、なおも武器を振るってくる。その表情は虚ろで、眉のひとつも動かさない。悲鳴も、雄叫びすらも発さない。
「なんなの!? この人たちおかしいよ!」
戦い続けながら、フローレは叫んだ。あまりにも不気味すぎる。動いているのに、彼らからは命を感じない。
「彼らは感情も、感覚も消されているのです! もはや人ではない、傀儡です!」
ルイゼルは敵兵から、魔力を感じ取っていた。彼らは確かに人間だ。しかし強い魔法で操られている。感情は失われ、自分が何者かも分かっていない。痛みや恐怖も感じないようにされている。肉体が動かなくなるまでは、武器を持ち何度でも起き上がって戦おうとする。
おそらく、彼らを束ねる王が成したことだ。
「なんて醜い……!」
体が炎に包まれ落ちていく敵を見ながら、ルイゼルは顔を歪めた。
「フローレ、まだ戦えますか!」
「大丈夫! 負けない、絶対に!」
早くこの悪夢を終わらせなければ、自分の力はそのためにある。
フローレは敵を睨みつけ、武器を振り上げた。
***
キルシェは忙しなくその場を行ったり来たりしていた。
エレアスが心配そうな目で見ているのにも気づいていたが、どうしても落ち着くことができなかった。
父の命を奪った仇がいる。復讐心にとりつかれて、己を見失ってはいけないのは分かっている。それでも、今すぐにでも飛び出していきたかった。仲間を鼓舞し、共に戦いたかった。
「キルシェ」
呼び止められ、キルシェははっと振り向いた。ディオネスが険しい顔で立っていた。意味もなくうろつくキルシェを見かねたのだろう。
「ディオネス……悪い、落ち着かないとな」
「生きて帰って来る、と約束できますか?」
苦言を呈されると思っていたのに、ディオネスの言葉は予想外だった。
「……え?」
「貴方も出て行って、戦士たちと共に戦い、勝利して戻ってくると約束できますか?」
キルシェはディオネスに向き直り、頷いた。
「ああ。絶対に生きて戻る。約束する」
「……行きなさい。ここはわたしが引き受けます」
「ありがとう、ディオネス」
規律を重んじ、危険を冒さない真面目さで、ディオネスはローク王に深く信頼されていた。
今、彼はキルシェという新たな王に仕える身として、キルシェの意志を尊重してくれた。
戦況がどうなっているか分からない以上、一刻も早く向かいたい。キルシェは広間を突っ切って走り、城を飛び出した。
「……お許しください。ローク様」
去り行くキルシェの背中を見つめながら、ディオネスは呟いた。
本来なら、安易に王が戦いに出ていくべきではない。王は生きて、最後まで民を導く存在でいなければいけない。
ロークが生きていたならば、きっとキルシェを行かせるなと言われただろう。
子供の頃からやんちゃと悪戯ばかりで、キルシェには大変に手を焼いた。思慮深いロークとはまったく違い、一か所にじっとしていることを何より嫌う風のような青年、それがキルシェだ。
しかし同時に、何事も恐れない勇気、常識にとらわれない柔軟さ、人の本質を見抜く聡明さを持っている。彼の中には、確かにロークと同じ、王の資質が備わっている。
仲間と肩を並べ、共に戦う時、その資質はまばゆい輝きを放つ。ディオネスは、その光に島の未来を託した。
***
アルフィオンは、敵と味方が入り乱れる間を縫って、敵将の姿を探していた。
飛ぶことのできない自分は、この戦いにおいては大きく行動が制限される。しかし、地上戦では誰よりも上手く立ち回れるよう鍛えてきた。地に堕とされて追い込まれた仲間をかばい、何人かの敵を切り裂いた。
この中に、自分の血縁がいるかもしれない――アルフィオンは剣を握る手に力をこめ、その考えを頭から追い出した。物言わぬ人形と化している彼らに情けなどかけてはいけない。元凶は敵の長だ。実の父を殺めたあの男。今度こそ息の根を止めてみせる。
男は合戦の真ん中にいた。骨をつなぎ合わせてできている翼で宙に浮いている。何人かの戦士が彼に向かっていったが、周りを飛ぶ敵兵や、男の剣の一振りに邪魔をされ、なかなか近づける者がいない。
空を見上げるアルフィオンと男の目があった。男が真っすぐアルフィオンの方へ降りてきた。
アルフィオンの攻撃を、男は容易く受け止めた。アルフィオンは体勢を変え、突き、斬りを繰り返したが、男には傷ひとつつけられない。
「可哀そうに。翼がなければ辛いだろう」
アルフィオンの剣筋を見切りながら、男は言った。
「アルフィオン、飛びたいと思わないか。わたしに従うと言うなら、翼を授けてやるぞ」
「黙れ!」
そんな甘言には絆されない。アルフィオンは憎悪をこめた目で男を睨みつけた。
「ああ、その顔、お前の父によく似ている。優秀な男だった。妻を娶り、お前という子をもうけた途端、奴は変わってしまった」
男の目が赤く光った。
その時、アルフィオンは妙な感覚に陥った。
「我が一族の血を引く者は、皆、わたしのものだ」
体が軽くなり、何も感じない。自分が誰か分からない。
男は赤い目でアルフィオンを見つめ続けている。
アルフィオンの手が止まった。
「神鳥の翼を持つ者は忌むべき敵だ。アルフィオン、奴らを殺せ。お前のいるべき場所はわたしの傍らだ」
周りに響いているはずの戦士たちの声が、武器がぶつかる音が遠くなっていく。男の声だけが、アルフィオンの頭の中で朗々と響く。
――神鳥の翼を持つ者は、敵。殺せ。
アルフィオン、お前のいるべき場所は――
「ちがう……!」
アルフィオンは声を振り絞った。震えるほど強く拳を握り、必死で薄れゆく意識をつなぎ留めた。
「お前の奴隷になるくらいなら……翼などいらない! 俺の家族は、仲間はここにいる! 俺の居場所はここだ!」
叫んだ瞬間、アルフィオンの意識がはっきり戻った。
しかしその時、男が剣を振り上げて迫ってきた。
アルフィオンが死を覚悟した刹那、何者かが男に高速でぶつかり、その動きを止めた。
「キルシェ……!」
「遅くなって悪かった」
男がキルシェに向き直り、憎々し気に呻いた。キルシェが剣を構えた。
男はキルシェに狙いを変えたかと思うと、急に空に目をやった。そして何かを呟き、翼で飛び立った。
その両脇に、敵兵が一人ずつついて一緒に飛んでいく。
「待て!」
「キルシェ、俺は後から追いかける!」
アルフィオンの言葉にキルシェは頷き、空へ舞い上がった。
***
ティーナはラッシュと二人で、森の中の小さな洞穴に身を隠していた。
洞穴の入り口は幕のように垂れ下がった植物で覆われているため、何も知らなければ見つけることはかなり難しいはずだ。
自分の心臓の音が聞こえてきそうなほど、辺りは静かだった。
今頃、他の皆はどうしているだろう。もし戦士たちが負けてしまったら、誰も迎えに来なかったら――ティーナの胸に不安が募る。
しかし、その思いをティーナは懸命に振り払った。きっと大丈夫だ。信じるしかない。
隣に、ラッシュがぴったりくっついている。彼の体温を感じられるお陰で、ティーナは取り乱さずにいることができた。
ラッシュの顔は強張っていた。彼もまた、不安と戦っている。
敵に居場所をさとられないよう、余計な会話はしてはいけない。時々、ラッシュはティーナと目を合わせて、大丈夫だというように軽く頷いてくれた。
身を隠して、どのくらい経っただろうか。まともに休んでおらず、外の様子が分からないせいで、時間の感覚がなくなってきている。
今こうしている間にも、戦士たちは傷つき、子供たちは怯えている。
どうか、人々の笑顔が溢れる島に戻って欲しい――ティーナが念じたその時だった。
「わっ!」
突然起こったことに、ティーナは思わず声を上げた。
体に浮かび上がっている神鳥のしるしが、光を放っている。羽織っていた外套を突き抜けるほど、その輝きは強かった。
「これは……!」
ラッシュも驚いて、目を丸くしている。
なぜ今になって模様が光り始めたのか、ティーナにも分からない。
(時は来た)
「……!」
聞こえてきた声に、ティーナは顔を上げた。聞いたことのある声だ。以前、エレアスたちの前で、初めて模様が表れた時と同じものだった。
(来なさい)
呼ばれている。神鳥が、魂の欠片を呼んでいる。
強い力に引っ張られるように、ティーナは立ち上がった。
「ティーナ!?」
ラッシュが慌ててティーナの手を掴んだ。
しかし、ここにとどまっていてはいけない。神鳥の目覚めの時がきた。
「ラッシュ、神鳥さまが呼んでいるの。行かなくちゃ」
「行くってどこに!?」
ある風景が、ティーナの頭にはっきりと浮かび上がった。エレアスが住む小屋がある場所だ。崖の上にある広場、神鳥の姿が彫られた石の床。その場所が、ティーナを呼んでいた。
「エレアスさんが住んでいるところに」
飛んでいけばすぐだが、ティーナの神鳥のしるしは輝き続けている。見つかってしまったら、敵はなんとしてもティーナを捕らえようとするだろう。
見つからないよう、隠れながら進める場所を突っ切るしかない。それはティーナとラッシュにとって、命がけの行為だ。
神鳥が目覚めれば、襲撃者たちを退けてくれるはず、それを信じて走るしかない。
ラッシュは戸惑う素振りを見せたが、やがて意を決したかのように立ち上がった。
「分かった。行こう」
神鳥の待つ場所へ、絶対にたどり着く。
二人は洞穴を飛び出した。




