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30章 それぞれの戦い

 戦士たちの誘導で、今まで各々の住居に閉じこもっていた人々が城の広間と、隣にある祭殿に集まり始めた。


「オーデリクっ!」


 避難してきたカーシャは、医者の元で横たわる夫の姿を見つけまっしぐらに駆け寄った。

 オーデリクの胴や腕には幾重もの包帯が巻かれている。ここまで重体になったことはカーシャの知る限り今までない。


「クロモドさん! うちの人は……」

「一命は取り留めた。オーデリク、カーシャが来たぞ」


 血と薬品のついた手を拭きながらクロモドが言った。


「カーシャか……」

「そう、あたしだよ」


 呼吸は少し荒いが、意識はあり会話もできるようだ。

 カーシャはほっと安堵のため息をついた。しかし、広間には他にも傷ついた戦士たちがいる。夫の仲間たちだ。息子たちの姿は見当たらなかった。


「ありがとうクロモドさん。この人のことはあたしが見てるよ。他の人のところに行ってあげて」

「すまんなカーシャ、そうさせてもらうよ。オーデリク、このまま踏ん張れよ」


 クロモドは手早くその場を片付け、薬や包帯を抱えて次の患者のもとへ急いだ。


「まさか、あんたがこんな大怪我をするなんて……」

「……ロークを、守れなかった」


 周りに聞こえないような小声で、オーデリクは言った。


「本当なら、俺が……ロークより……先に……」

「そんなこと言わないで。あんただって王様を見殺しにしたわけじゃないんでしょう? 生きて、今度はキルシェのことを手伝ってあげないと」


 カーシャはそう言って、オーデリクの額に浮かぶ汗を拭ってやった。


「ラッシュとアルフィオンは?」

「……無事だ。見張りに……出てる……」

「そう……」


 戦士である以上、命の危険は常につきまとう。夫も息子たちもその道を選んだ。独りになってしまう覚悟も、カーシャにはあった。しかし、それが現実になってしまったらと思うと怖い。


「……全部終わったら、精のつくものとあの子たちの好物、用意しなきゃね」


 夫の手を握りながら、カーシャは己に言い聞かせるように呟いた。


***


 ウィルレンスは負傷した戦士たちの間を動きまわり、懸命に彼らの手当を行っていた。

 重症の者から診ているが、人数があまりにも多い。先ほど、オーデリクの治療を終えたクロモドが加わったが、それでも手が回らなかった。


「ウィル、何か手伝えることはない?」


 声をかけてきたのは、普段はセシェルの世話係をしているピュリーだった。アルテナも一緒にいる。


「ウィルとクロモドさんだけじゃ、大変すぎるでしょ? わたしたちにも何か手伝わせて」

「わたしたちに医術の知識はないけれど、応急手当くらいならできるわ。他にしてほしいことがあれば何でも言って」

「ありがとう、二人とも。助かるよ」


 彼女たちは普通の女性だ。未曾有(みぞう)の事態に、不安に思っているに違いない。それでも、自分たちにできることを見つけようとしてくれている。


「水が必要だ。お湯もあった方がいい。頼めるか?」

「任せて!」

「すぐに用意するわ」


 ピュリーとアルテナは頷きあい、駆け出していった。


***


 装身具職人のライラは祭殿に向かっていた。押している車輪つきの荷台には、戦士たちから預かった武器が入っている。

 先ほどの戦闘で使われたものだ。鍛冶師たちが中心となり、祭殿で武器の修理を行おうという動きになった。


「ライラ!」


 呼びかけられ、ライラは振り返った。ルイゼルがそこに立っていた。


「ルイゼル!」

「ライラ、外は危険です。一人で不用意に歩いてはいけません」


 ルイゼルが駆け寄ってきて、荷台に視線を落とした。


「これは……」

「今、城を回って集めてきた。これから皆で急いで手入れして持ち主に返すよ。いつ戦いになるか分からないみたいだし」

「皆、ですか?」

砥石(といし)とか、できる限りのものは持ってきた。弟も父さんもお祖父(じい)ちゃんも、鍛冶師総出で頑張るよ。あたしも、武器の手入れくらいなら心得がある。ただ怯えてたってしょうがないだろ? できることなら何でもやらないと」


 ライラたちは戦う術を持たない。敵に立ち向かい、島を守るのは戦士たちだ。

 しかし戦士たちも、武器がなければ満足に戦えない。それを少しでも良い状態にするのが職人の役目だ。何かに集中していれば、不安な気持ちも吹っ飛ばすことができる。


「あたしたちは大丈夫。心配無用さ。それと、死なないでよルイゼル」


 ルイゼルを呼ぶ声が聞こえた。彼は魔術師だ。王を補佐し、島を守る中心でなければいけない。


「ありがとうございます、ライラ。王に代わってお礼します」


 ルイゼルは感謝を述べ、声のした方へ去っていった。

 ふとライラは、彼のいたところに何かが落ちているのを見つけた。


「ん……?」


 ライラは落ちていたものを手にとった。四角い柱のような形の白い石に、金具とひもをつけただけの首飾りだ。お世辞にも出来がいいものとはいえない。

 ルイゼルの持ち物に違いないようだが、彼の好みとは遠いはずだ。そもそも、どこで手に入れたものなのだろう?


「あっ……!」


 少し考えて、ライラはあることを思い出した。十三年前、初めてルイゼルが工房を訪れた日のことだ。

 彼が欲しいといったのはこの首飾り――ライラが初めて店に並べることを許されたもの。


「……馬鹿」


 ライラは首飾りを懐にしまい、荷台を押して祭殿へ急いだ。今はやるべきことが山ほどある。あの魔術師を問い詰めるのは、すべてが終わってからだ。


***


 セシェルは城の広間を見渡した。広間は今や、傷を負った戦士と逃げてきた民でほぼ埋め尽くされている。

 王となった兄、キルシェは、人々と言葉を交わしながら忙しく動いている。

 もし体が弱くなければ、兄の手伝いでも、ピュリーやアルテナと共に戦士たちの手当てでもできたはずだ。しかし、無理に動けば逆に迷惑をかけてしまうだろう。キルシェにも、ティーナやエレアスと共に控えていろと言われている。

 父は死んだ。兄は島の人々の先頭に立っている。そして、自分は余りにも無力だ。情けなくて、涙が溢れそうになった。

 ふと、セシェルは広間の隅に誰かが縮こまっているのを見つけた。十歳前後の少女と、もっと小さい男の子が二人、固まって座っている。おそらく姉弟だろう。親らしき人物は近くに見当たらなかった。

 セシェルは子供たちに近づいた。二人の男の子は少女にぴったりくっついている。少女は不安そうな目でこちらを見ている。


「三人だけでいるの?」


 セシェルはしゃがみ、子供たちと目線を合わせた。

 少女が小さく頷いた。


「お母さまは?」

「前に死んじゃったから、いない」


 少女が答えた。


「お父さまは……」

「戦士のお仕事」


 母親のいない家庭で、少女がその役割をしているのだろう。

 しっかりした顔つきをしているが、戦士である父がもしも帰ってこなかったら、と怯えているのが伝わってきた。きっと心細くてたまらないはずだ。


「そうなのね。大丈夫よ。わたしと一緒にお父さまが帰ってくるのを待ちましょう」


 セシェルはそう言って、少女の隣に座った。今の自分にできることはこのくらいしかない。それでも、目の前の子供たちの不安を少しでも取り除けるなら、意味はあるはずだ。


「兄さまが、必ず皆のことを守るわ。絶対に大丈夫」


 セシェルが少女の頭を撫でると、彼女と弟たちはセシェルの方に身を寄せてきた。


「あなたは強くて優しい子ね」


 小さく震える子供たちを、セシェルはそっと抱きしめた。


***


 日が暮れ、夜が来た。

 ティーナはエレアスの隣で、膝を抱えて座っていた。

 本当は、動き回る人々の手伝いをしたい。しかし、自分は神鳥(かみどり)の魂の欠片であり、襲撃者たちの狙いだと言われている。迂闊(うかつ)にどこかへ行ってしまっては、島全体の危機に繋がってしまうかもしれない。


「怖い?」


 エレアスが声をかけてきた。


「大丈夫です」


 そう答えたものの、無論怖くないはずがない。しかし、周りにいる人々も同じ気持ちのはずだ。

 しかし、恐怖をこらえて、自分にできることをし続けている者もたくさんいる。彼らの前で悲観的になりたくない。


「襲ってきた人たちは、一体なにをするつもりなのでしょうか……」


 ティーナを捕らえ、どのようにするのだろう。殺すつもりだろうか。


「わたしにも分からないわ。ずっと昔に追放された人たちが、まさか戻ってくるなんて……」


 はるか昔、神鳥の力をものにしようと裏切りを起こし、島を追われた一族。彼らの末裔(まつえい)は滅びておらず、この島へ舞い戻ってきた。

 復讐を目論んでいるのか、神鳥を何らかの手段で目覚めさせ、その力を手に入れる算段があるのかもしれない。

 先ほど戦線に出た戦士の報告に、敵は骨のような(いびつ)な翼で飛んでいたとあった。長い時の間に、彼らは恐ろしい魔術を身につけている。


「ティーナ、あなたの模様はまだ痛む?」

「少しだけ。でも平気です」


 島が襲撃される前、ティーナの体の模様と、エレアスの守護者のしるしが同じように異変を起こした。

 眠ったままの神鳥が警告をしてくれたのか、あるいは苦しんでいるのかもしれない。

 体の痛みは我慢できるが、ずっと緊張状態にあるせいか、ティーナの体は強い疲労感に包まれていた。そちらの方が辛い。


「少しでも目を(つぶ)って休みなさい。何かあれば起こすわ」

「でも、エレアスさんは……他のみんなも……」


 戦士たちは交代でずっと外を見張り、キルシェやディオネスは少しも休むことなく彼らと情報の交換を行っている。クロモドたちも負傷者の治療に追われている。そんな状況で休む気にはなれなかった。


「大丈夫。あなたが無理をするのが一番よくないことだから」


 エレアスが、ティーナを安心させるかのように笑いかけてくれた。彼女の表情にも疲れが見える。

 それでも、休むよう促してくれるエレアスの厚意を跳ねのけるわけにはいかない。


「何かあったら、すぐに起きます」


 ティーナはそう言って、座ったまま顔を伏せて目を閉じた。


***


 目を覚ましてはまた少し眠りを繰り返し、ティーナは朝を迎えた。

 高い位置にある窓の向こうは、どんよりと曇っていた。

 見張りを交代になったラッシュが、ティーナのもとに戻ってきてくれた。傷を負った彼の父、オーデリクの容態は何とか落ち着いているようだ。

 ティーナとエレアスの様子をうかがいに、少しの間だったがキルシェも来てくれた。

 短い時間で、彼の立場は大きく変わった。それでも、ティーナには今までと変わらない様子で接してくれた。

 それからしばらくして、異変に気付いたのはティーナもエレアスもほぼ同時だった。


「痛っ!」


 ティーナの体の模様、神鳥のしるしが昨日と同じように痛みにうずく。エレアスも同じで、左手の甲を押さえていた。

 事態を察知したキルシェがすぐに二人のもとへ飛んできた。


「エレアス、ティーナ!」

「キルシェ、昨日と同じよ。また、来るわ!」


 それを聞き、キルシェは傍に控えていた戦士に指示を出した。オーデリクに次ぐ、戦士たちのまとめ役の男だ。


「動ける戦士たち全員で迎え撃つんだ。ここと祭殿には絶対に敵を近づけさせるな」


 男が、戦士たちを率いて城を出ていく。その後を追おうとしたラッシュを、キルシェは呼び止めた。


「ラッシュ、お前は行かないでくれ」

「えっ!? 何で……」

「ラッシュ、絶対に見つからない隠れ場所は分かるな?」


 キルシェの問いに、ラッシュは不思議そうにしながら頷いた。

 キルシェと一緒に島中を駆け回り、色々な場所を知っている、以前、ラッシュがティーナに教えてくれたことだ。


「ティーナを連れてそこに逃げるんだ。敵は他の戦士で押し返す。その間隠れていろ」


 万が一、敵がここまでやって来たとしても、彼らの狙いであるティーナだけは見つかってはならない。

 島にとってもっとも大切であるティーナを一人で守る。ラッシュにとっては今だかつてないほど重い使命のはずだ。

 ラッシュは一瞬、不安気な表情をしたが、すぐに王に仕える戦士の顔になった。


「……分かった。絶対に俺がティーナを守る」

「よし、見つからないように、極力飛ばないようにしろ。できるだけ、見通しが悪いところを選べ」

「ティーナ、これを羽織って。模様を隠しなさい」


 エレアスが自分の外套(がいとう)を、ティーナの背にかけてくれた。


「エレアスさん、ありがとうございます」

「ティーナ、後で必ず迎えに行く。ラッシュから離れるな。こいつを信じてくれ」

「分かった。キルシェ、エレアスさん、また後で」


 怖いなどと言っていられない。敵の注意をそらすため、戦士たちが総動員で戦おうとしている。

 絶対に勝てる。そう信じるしかない。


「ああ。また後でな。ラッシュ、裏口を使え」

「ティーナ、行こう!」


 外套をしっかり体に巻き付け、ティーナはラッシュの手をとってその場を後にした。

 二人を見送り、キルシェは周りを見渡した。残っているのは傷ついた戦士たちと、戦えない民たちだけだ。彼らの間に、また不安と恐怖が広がり始めている。

 本当は自分も戦いの場へ赴きたい。しかし、ローク亡き今、王が簡単に出ていくわけにはいかない。自分が死ぬ時は、この島の敗北と同時だ。


「死ぬなよ……」


 戦地に向かった仲間たちを思い、キルシェは呟いた。

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