29章 決意
城の広間の扉が勢いよく開いた。先に帰還したのはフローレ、ワート、その他十数名の戦士たちだ。
彼らが無事なのを見て、キルシェは胸を撫でおろした。
「お前たち、無事だったんだな」
「はい、僕たちと、隠れていた皆さんに怪我はありません」
「王様たちが守りきってくれたみたい!」
ワートとフローレが報告してくれた。どうやら、ロークやオーデリクは侵入者を追い返すことに成功したようだ。あとは、彼らが戻ってくるのを待つのみ。
ディオネスが気をまわし、医者のクロモドとウィルレンスを呼んでくれていた。怪我人の手当ては彼らが行ってくれる。
ほどなくして、また広間の扉が開いた。
なだれこんできたのは、傷つき、疲労困憊の戦士たち、憔悴しきった表情のアルフィオン、深手を負い部下に運ばれるオーデリク、そして変わり果てた姿のローク王だった。
「親父!」
血塗れの父親が、キルシェの前まで運ばれてきた。戦士が床に外套を敷き、その上にロークの身を横たえる。
「ローク様!」
「父さまっ!」
セシェルが父の姿を見て悲鳴を上げた。ディオネスがロークの傍らに膝をついた。いつも冷静なディオネスだが、今ばかりは動揺を隠せていない。
「襲撃者は、我々と同じく翼で飛ぶ力を持っていました。何とか追い返しましたが、相手の長はまだ生きています」
「男が軍を率いていました。驚くほど統率された軍で、躊躇なく攻撃をしてきます。オーデリクさんもあのように……!」
ロークから少し離れたところで、オーデリクも同じように横たえられていた。血相を変えたラッシュとティーナが彼についている。
自分たちと同じ空を飛ぶ人々、一体何者なのか。考えている余裕はキルシェにはなかった。意識を朦朧とさせているローク王に必死で呼びかけた。
「親父、死ぬな!」
ローク王は答えなかった。かすかなうめき声を漏らすだけだ。
キルシェは駆け寄ってきたクロモドに助けを乞うた。
「じいさん、親父は治るよな! 頼む、治してくれ!」
クロモドはローク王の傷を見つめ、静かに首を振った。
「……すまんキルシェ、これではもう助からない」
「嘘だ!」
キルシェはクロモドの肩を揺さぶった。
「そんなはずない! 親父は、親父がこんなところで……!」
「父さま?」
セシェルがロークの顔を覗き込んだ。ロークの口が、かずかに動いている。
「セシェル……何も……してやれなくて……すまない……ずっと……愛して……いる」
「父さまお願いよ、そんなこと言わないで、死なないで!」
セシェルが父の手を強く握る。
ローク王は顔をわずかに動かし、キルシェの方を見た。
「親父!」
キルシェはロークの口元へ耳を寄せた。
「キル……シェ……」
「親父、喋るな! 絶対助かる、何か方法が……」
ロークの、セシェルに握られていない方の手が動いた。手を震わせながらも、ロークは自分の首に下がっている、青い宝石が使われた王の証を外した。そして、最後の力を振り絞るようにそれをキルシェの首にかけた。
「島を……守って……くれ」
「親父、駄目だ、逝かないでくれ。俺には」
「できる……わたしは……信じて……いる」
ロークはそう言い残し、目を閉じた。その体から力が抜け、がくりと頭が傾いた。
「父さま!」
セシェルが父に縋りつく。しかし、彼はもう娘の頭を撫でることはなかった。
キルシェは呆然と、こと切れたロークを見つめた。
父は逝ってしまった。王の役目を自分に託して。
ディオネスが隣で何か指示をしたらしく、ロークの亡骸が布に包まれて運ばれていく。
それでもキルシェはその場に座り込んだまま、動くことができなかった。自分の首からぶら下がる王の証が、ひどく重く、輝きもあせたように感じる。
肩に手が置かれ、キルシェははっと顔を上げた。エレアスがこちらを見つめていた。
「キルシェ、辛いのは分かるわ。でも、今の貴方は王なのよ。これからのことを考えなければ」
「……できない」
「キルシェ」
エレアスがその場にかがみ、キルシェと目線を合わせた。
「こんな形になったのは本当に気の毒だと思うわ。わたしも悲しい。けれど、いつか王になることは分かっていたはずよ」
その眼差しに耐えきれなくなり、キルシェは彼女から目をそらした。
完全に勝利したわけではない。敵はまたやって来る可能性がある。それなのに、戦士たちは傷つき、オーデリクもすぐに戦線に復帰はできないだろう。
武器を持たない民をどう守る? 王としてどう動けばいい?
何も分からない。父のようにはできない。皆が期待するような王にはなれない。
「……俺には無理だ。どうしたらいいか、分からない。俺は、親父みたいな王になんかなれない。親父と同じようにはできない!」
その時、乾いた音が響き、キルシェの視界が大きく横に動いた。
片方の頬がひりひりと痛む。エレアスに頬を張られたのだと理解した。彼女がこのようなことをするのは初めてだ。
「誰もローク様と同じようにして欲しいだなんて思っていないわ。貴方のやり方でいい。どうしたらいいのか分からないなら皆を頼って。貴方は決してひとりではないの」
「エレアス……」
「キルシェ、貴方ならできるわ。ローク様も仰っていたでしょう。たとえ何があっても、わたしは最後まで貴方を信じる。だからお願い。立って、前を向いて!」
「……兄さま、わたしにできることは少ないけれど、兄さまを独りには絶対にしないわ」
セシェルがそばにきて、自分の手をキルシェのそれに重ねた。父を亡くしたばかりなのに、一粒の涙すら見せず気丈に耐えている。
「キルシェ」
魔術師ルイゼルが近づいてきた。フローレとワートもいる。
「わたしたちは最後まで戦います。この島の一員として、そして貴方の友として」
「あたしたちだって、皆を守りたいのは一緒なんだから!」
「僕は約束しました。キルシェが困ったら助けると。僕を、皆を頼ってください」
彼らの瞳には強い意志が宿っている。
ラッシュとティーナも、キルシェのそばにやって来た。
「キルシェ、俺も戦う。父さんや仲間をこんな目に合わせて……。誰だろうと絶対に許さない」
「わたしも、手伝えることがあるなら何でもする」
「皆……」
キルシェは立ち上がり、広間を見渡した。戦士たち、城の者たちの視線が、キルシェに注がれている。
キルシェの声を待っている。戦おうとしてくれている。
彼らを、島を見捨てることなんてできるはずもない。もう逃げることはしない。
キルシェは小さく息を吸い込んだ。
「いつ、敵がまたやって来るか分からない。怪我人は安静にしてくれ。動ける戦士は、民たちをここと、祭殿に全員避難させるんだ。それから、交代で見張りを頼む。戦えない者を守る」
戦士たちが応え、それぞれが動き始めた。
キルシェはオーデリクの元に駆け寄った。傍らに医者のクロモドがついて、傷の治療を行っている。
「キルシェ……すまねえな……こんな様で……」
「いいんだ。おやっさんまで亡くすわけにはいかない。余計なことは考えるな。じいさん、おやっさんは助かるんだろ?」
「致命傷とまではいっとらん。まだ望みはある」
怪我をした戦士たちの間を、ウィルレンスが駆け回って手当をしていた。おそらく、もっとも忙しくなるのはこの二人だろう。
「すまない。じいさんにもウィルにも無理をさせちまう」
「なに、わしもウィルも覚悟のうえだ。薬はありったけ持ってきた。わしらも最後まで戦うさ」
オーデリクが痛みにうめきながらも、口を開いた。
「キルシェ……敵の親玉は……神鳥のことを知っている。神鳥の魂はどこだと……聞いてきた」
「なんだって?」
「自分たちのことを……俺らの同胞だと……。奴らは……かつて……この島を追放された……一族なんだ」
「そんな……!」
エレアスが息を飲んだ。かつて神鳥の力を手に入れようと戦を起こし、島を追放された人々。
千年以上の時を経て、その子孫たちが復讐にやって来たということか。
神鳥の魂を求めているのなら、敵の狙いは確実にティーナだ。
「エレアス、奴らの気配とか、何か分かることはあるか」
「……はっきり分からないけれど、まだ少しだけ神鳥さまの印が痛むの。きっと、また襲ってくるわ」
「そうか。何か感じたら、すぐに知らせてくれ」
そして、とキルシェはそばにいたティーナに向き直った。
「ティーナ、きっとお前を狙って、奴らはまた来るだろう。必ずお前を守る。だから俺を信じて、ここにいてくれ」
ティーナはしっかりと頷いた。
「もちろん、わたしはキルシェのことを信じるよ」
「ありがとうな。ティーナはエレアスと一緒にいるんだ」
「……キルシェ」
アルフィオンが、ゆっくりと近づいてきた。疲労と困惑と恐怖とが入り混じったような、今までに見せたことがない顔をしている。
「アル、無事だったんだな。良かった」
「キルシェ、すまない!」
その声は慟哭に近かった。
「俺のせいだ。俺をかばって、ローク様は敵の頭と刺し違えた。俺が軽率なことをしなければ……」
「アル」
キルシェはうつむくアルフィオンに呼びかけた。
「……多分、親父は最初から、生きて帰るつもりはなかったんだ。後を任せるために、俺をここに残して行ったんだろう」
王位を継ぐ話から逃げ続けた自分を、ロークは見限ることはしなかった。キルシェに、島の未来と民の命を託した。
「自分のせいだとか、そんなことは考えるな。アル、お前の力も必要なんだ。力を貸してくれるか?」
「キルシェ……」
自責と悔恨で満ちていたアルフィオンの表情が、覚悟と決意のそれに変わっていく。
「……ああ。キルシェのために、島のために力を尽くす」
「ありがとう、アル」
父を失った悲しみに暮れるのは後でもできる。今は自分が王だ。己のすべてをかけて、民を、島を守る。もう迷わない。
決意をあらたに、キルシェは首飾りの青い石を握りしめた。




