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28章 襲撃

 その日、ローク王の部屋には、彼の他にティーナ、エレアス、キルシェ、ルイゼル、ディオネスが集まっていた。


「ティーナ、何か変わったことはあったか?」


 ロークの問いに、ティーナは首を横に振った。


「……いいえ、何もありません」


 ここ最近、ティーナは今までにないほど体の模様を観察しているが、変化は少しも見られていない。


「そうか……」


 こうやって有識者で集まる時の空気も、日に日に重苦しくなっているのを感じる。

 キルシェがこの場に参加したのは今日が初めてだが、いつもなら固い雰囲気を何とかして破ろうとするだろう彼でも黙ったままの状況だ。

 沈黙を破ったのはエレアスだった。彼女が突如呻くような声を上げ、左手の甲にある守護者の証を押さえた。


「エレアス!?」


 キルシェが彼女のそばに寄り、肩に手をかけた。


「エレアス、どうした?」


 エレアスが顔を上げ、ローク王の方を見た。いつも落ち着いている彼女の瞳に、恐怖が宿っていた。


「ローク様、何かが来ます……!」

「来る、だと? なぜ分かる?」

「こんなことは初めてです、でも感じる……! こちらへ向かって、何かが……押し寄せてくるわ!」

「あり得ない……」


 ディオネスが息を飲んだ。

 嵐に遭い、漂着するかたちでこの島にやって来た者なら、アルフィオンやティーナがいる。しかし、狙ってこの島にたどり着くことができる人間はいないはずだ。

 神鳥と守護者の力を打ち破るほどの存在が迫ってきているというのだろうか。


 その時、ティーナもひりつくような痛みを感じた。のたうち回る程ではないが、模様がある部分が痛む。


「痛い……! なに……?」


 自分の体を抱えるようにしたティーナを見て、ローク王は唇を真一文字に結んだ。ただ事ではないと判断したようだ。


「ディオネス、オーデリクを呼んでくれ。戦士を集めろ。民は全員、各々の家に隠れて鍵をかけさせるように。城にいる者は一か所に集まれ。わたしはオーデリクと共に出て迎え撃つ」


 ローク王がてきぱきと指示を出す。ディオネスが急ぎ足で部屋を出た。


「親父、俺が行く。親父はここで指揮をとった方がいい」


 キルシェの申し出に、ローク王は首を振った。


「キルシェ、お前がここに残れ。ティーナやエレアスを守らなければならない」

「でも……」

「ルイゼル、息子を手伝ってやってくれ。ここは任せる」


 ルイゼルが同意の頷きを返したのを見届け、ローク王は部屋を飛び出していった。


「キルシェ、わたしたちの戦いの場はここです」


 ルイゼルに諭され、キルシェは渋々ながら言った。


「……そうだな。行こう、エレアス、ティーナ」


 キルシェとルイゼルに導かれ、ティーナもエレアスと共に部屋をあとにした。


***


 ローク王、オーデリク、ディオネスの指示のもと、戦士たちは迅速な行動を開始していた。

 ローク王とオーデリクについて迎撃する者と、城の周り、住居が集まる場所に待機する者に分かれている。

 城の広間に、ディオネス、キルシェ、ルイゼル、エレアス、ティーナ、城にいた者と、ラッシュを含む数人の戦士が集められていた。


「兄さま、エレアス姉さま、ティーナ!」


 アルテナとピュリーに挟まれて縮こまっていたセシェルが、こちらに駆け寄ってきた。


「一体なにが起きているの?」


 怯える妹の肩に、キルシェがそっと手を置いた。


「大丈夫だ。すぐに親父が全部終わらせて戻ってくる」


 セシェルに、そして自分に聞かせるようにキルシェは言った。


「ティーナ、怖がらなくていいぞ。王様も父さんも他のみんなも、俺だってすごく強いからな」


 ティーナのそばにラッシュが来て、励ましてくれた。その手にはしっかりと槍が握られている。


「……うん」


 かつてない緊迫した雰囲気に、ティーナはそう答えるのが精いっぱいだった。

 体に浮かぶ神鳥(かみどり)のしるしが、まだちりちりと痛んでいる。ティーナには、それがかつてない危機への警告に感じられた。


***


 開けた砂浜に、戦士たちを引き連れて待機していたロークのもとに、一人の戦士が飛んできた。


「民は全員、建物の中に避難しています!」

「ご苦労だった。ありがとう」


 ここから離れた、民のいる家や城の周りにも戦士を残してある。あとは、侵入者が何者なのか、どのくらいの人数がいるのかが気になるところだ。飛ぶ速さに覚えがある者が、何人か周囲を偵察している。


「何が来るっていうんだ?」


 ロークの隣にいたオーデリクが呟いた。眉をひそめて、目の前に広がる海と空を見つめている。

 何かの間違いであってほしいと、心の中ではロークも思っていた。しかし、守護者エレアスの取り乱した様子と同時に、神鳥の魂の欠片であるティーナが体の痛みを訴えたこともあり、大きな危機が訪れようとしているとしか考えられない。


「ローク様!」


 偵察に行っていた戦士の一人が戻ってきた。呼吸が荒く、その顔色は青ざめている。


「何があった?」

「敵を見つけました。人数はおそらくこちらの戦力と同等ほど」


 戦士はいったん言葉を切り、信じられないことを口にした。


「みな、飛んでこちらに向かってきています! 我々と同じ、翼を持つ者たちです!」

「嘘だろ……!」


 オーデリクが目を見開いた。

 翼を持ち空を飛ぶ人間がいるのは世界でここだけ、この島で生まれた者だけのはずだ。他にも、同じことができる人間がいる、しかも、この島のことを知っている。


「上空で迎え撃つ!」


 ロークの号令に、戦士たちが一斉に羽ばたいた。ロークも己の翼で、宙へ浮かびあがった。

 オーデリクが、剣の柄に手をかけた。


「ロークの横で戦うのは久しぶりだな」

「オーデリク、わたしは……」

「言うな。……見ろ、来るぞ」


 二人の視線の先に、黒いかたまりのようなものが見えた。どんどんこちらに近づいてくる。

 偵察の戦士の言う通り、それは翼を持つ人間の軍勢だった。

 先頭で彼らを率いている者がいる。王だろうか。

 先導者の姿がロークからもよく見えるところで、侵入者の軍勢は止まった。

 ロークと対峙するかたちで宙に羽ばたいているのは、一人の男だった。黒い髪がだらりと長く垂れており、顔立ちがよく分からない。年齢はロークと同じくらいか、それより老いても見える。奇妙なのはその翼だった。鳥のようなそれとはかけ離れた、骨をつなぎ合わせて作ったような、翼と呼ぶべきかも分からないものが背中に生えている。

 男の背後に控える兵士たちも、彼と同様に黒い髪と、異形の翼を持っていた。


仰々(ぎょうぎょう)しい出迎えだな。少しばかり侮っていたか」


 男が言った。その声はしわがれているが、なぜかよく響いた。


「神鳥の魂はどこだ」


 島の秘密を、神鳥のことを、この男は知っている。

 ある予測が、ロークの頭をよぎる。


「ここは我らの場所だ。立ち去れ」


 ロークの言葉に、男は身をのけ反らせて笑った。


「同胞の帰還に立ち去れとはな。何千年経とうとも、忌まわしい血は薄れていないと見える」


 長い髪の奥で、男の瞳がぎらりと光った。侵入者の軍勢が、武器を構えた。

 男が剣を抜き、切っ先をロークの方へ向けた。


「大いなる神鳥の加護を!」


 それと同時にロークが吠え、戦士たちが果敢に敵へと向かっていく。

 戦いが始まったことを知らせる煙が打ち上げられた。


***


 いつも賑やかな住居区が、不気味なほどに静まりかえっている。今、外にいるのは得物を持った戦士たちだけだ。

 皆、建物の影に身を潜めている。フローレとワートも、その中に混じっていた。

 フローレは、自分の武器の柄をしっかりと握った。侵入者の軍勢――練習試合や魔物を相手にするのとはきっと訳が違う。

 こちらまで敵が迫ってくることがあれば、全力で民を守る、それがこの場で待つ戦士たちに与えられた使命だった。

 隣では、ワートもしっかりと大事な弓を握りしめていた。

 フローレ自身、怖くないといえば嘘になる。しかし、戦士として生きる以上、有事の際には戦わなければならない。そうしなければ、大切な家族に、友達に危険が及ぶ。まだ小さな弟と妹たちは、きっと怯えていることだろう。

 城ではキルシェやルイゼルが、前線ではローク王や仲間たちが、この危機に立ち向かおうとしている。


「大丈夫かな……」

「きっと大丈夫です。僕たちはできることをしましょう」


 年下のフローレを励ますワートの顔は、少しこわばっていた。


「あれは!」


 少し離れたところで、声が聞こえた。二人と同じく、ここにとどまっている戦士の声だ。

 フローレは振り返り、上空を見上げた。戦いの合図である白い煙と、空中でぶつかり合う戦士たちの姿が遠目に見える。


「飛んでる……?」


 この島の戦士ではない、飛んでいる人間がいる。

 一体どういうことなのか、恐怖と混乱で騒ぎ出す心を、フローレは必死に抑えた。軽率な行動をとれば、民を含むこの場にいる全員に危険が及ぶ。

 その時、フローレとワートの前を何かが横切った。


「アルフィオン!?」


 ワートが呼び止めると、アルフィオンは立ち止まって二人の方を見たが、すぐに走り去ってしまった。


「どこ行くんだろう……? アルフィオン、飛べないのに」


 ワートはアルフィオンが去った方を目で追った。

 この道を真っすぐ進めば、たどり着くのは戦いの真っただ中のはずだ。

 一瞬だけ見えた飛べない戦士の顔は、己の死を覚悟していた。


***


 ある者は地上戦にもつれ込み、ある者は空中で剣戟(けんげき)の音を響かせる。

 ロークは羽ばたきながら、敵将である男と張り合っていた。敵兵たちが男を守ろうと襲い掛かってきたが、オーデリクがすべて薙ぎ払った。

 しかし、ロークの体力は消耗されつつあった。もともと病の身だ。このまま持久戦が続けば、勝ち目がなくなっていく。


「あの時のほうが手ごたえがあったな」


 男は笑みを浮かべながら、ロークめがけて斬りこんできた。受け止めたが、男は動じる素振りを見せない。

 少し離れたところで、オーデリクが三人の敵兵相手に善戦している。

 男の配下たちは、表情をまったく変えず、声も発さない。聞こえてくるのは島の戦士たちの声だけだ。まるで、勝手に動く人形を相手に戦っているような気分になる。


「ローク! 後ろだ!」

 

 オーデリクの声が聞こえた。ロークがはっと振り返ると、仮面のように虚ろな顔と目があった。

 すんでのところで切り捨てたが、その瞬間、ロークの背を焼けるような痛みが襲った。

 背中に傷を負うと、魔法の翼は消えてしまう。翼を失ったロークは真っ逆さまに落ちて行った。


「ロークッ!」


 オーデリクが急降下し、すんでのところでロークの体をつかまえ、地面に激突することは免れた。

 すかさず、男もロークめがけて、翼をたたみまっすぐ向かってくる。

 オーデリクが立ちはだかり、男の剣をはじいた。

 ロークは体勢を立て直し、オーデリクの隣に立った。背中を傷つけられ飛ぶことはできなくなったが、まだ戦える。

 しかし、先ほどまでオーデリクが相手にしていた、三人の敵兵も追ってきた。主である男を守るように、二人に襲い掛かってきた。

 オーデリクが悪態をつき、剣をふりかざす。ロークも加勢したが、敵兵の絶え間なく降ってくる攻撃を止めるのが精いっぱいだ。

 周りの戦士たちも、各々が異形の翼をもつ者と激戦を繰り広げている。傷を負った仲間をかばいながら戦う者もいる。優勢とはいえない状況だ。


「っ!」


 一撃をくらい、オーデリクがよろめいた。とどめを刺そうと、敵の剣先が鈍く光った。しかし、その剣はオーデリクをとらえることなく、持ち主とともに地面に落ちた。

 アルフィオンがそこに立っていた。右手に長剣を、左手に短剣を構えている。


「なぜだ、お前は……!」


 冷静な態度をつらぬいていた男が、アルフィオンを見て初めて少しうろたえるような素振りを見せた。

 その隙にアルフィオンは、猛然と男に突っ込んでいった。

 男はすぐに平静さを取り戻し、アルフィオンの剣を受け止めた。

 アルフィオンは怯むことなく、攻め続けた。この男を倒し、ローク王を守る。それができるなら相打ちになっても構わない。


「……ああ、知っているぞ、お前を知っている」


 男が呟くように言ったが、アルフィオンは気に留めなかった。


「十八年前だ。我が一族を裏切って逃げ出した男がいた。妻と生まれたばかりの子を連れて」


 男は剣を操りながら話し続ける。


「男は殺した。その妻と子は逃げおおせた。船に乗り、海へと繰り出した」

「……っ!?」


 アルフィオンは思わずたじろいだ。十八年前、自分は母親らしき女性と共にこの島に流れ着いた。男の言うことと合致している。

 だとすれば、この異形の翼で飛ぶ者たちは――

 アルフィオンに生まれた一瞬の隙を、男は逃さなかった。


「生きていたのだな、アルフィオン」


 男が剣の柄をアルフィオンの腹に叩き込んだ。武器を落としてうずくまったアルフィオンを狙い、男が剣を構える。

 彼の刃がアルフィオンの体を貫くと思われた、その時だった。

 自分の前に割り込み、盾となったその背中を見て、アルフィオンは息を飲んだ。


「ローク……様」

「ぐっ……」


 男が苦悶の表情を浮かべた。ロークはただアルフィオンの身を守っただけではなかった。男の剣をその体に受けながら、自分の剣を男に突き刺していた。

 男が身をよじり、ロークの剣から逃れた。ロークはその場に力なく倒れこんだ。

 男は荒々しく息をしながら、翼を広げて舞い上がった。腹から血を滴らせている。

 男が何かを叫んだ。すると、戦い続けていた彼の配下たちが一斉に動きをとめ、男のもとへ集まった。

 襲撃者たちはそのまま、群れをなして海の彼方へと飛び去った。


「ローク様!」

「王様!」

「オーデリクさん!」


 戦士たちが血相を変えて集まってきた。ロークは背を斬られ、貫通こそしていないものの腹にも深い傷を受けており、虫の息だ。

 何人もの敵を退けたオーデリクも、深手を負っていた。


「城へ運ぶぞ!」

「耐えてください、オーデリクさん!」

「城へ退く! 動ける者は怪我人に手を貸せ!」


 オーデリクの部下たちがてきぱきと動き、戦士たちは引き返し始めた。

 そんな中で、アルフィオンは、その場に呆然と座り込んでいた。

 剣となり、盾となって守ると誓ったローク王が、自分をかばった。

 あの時、男の言葉に耳を貸さずにいれば――

 自分は、襲撃者の血を引く子。その頂点に立つ男は父の仇。

 襲ってくるめまいと吐き気をこらえながら立ち上がり、アルフィオンは戦士たちのあとを追って歩き出した。

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