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27章 本当の友達

 ティーナは走り続け、城まで戻ってきていた。

 溢れそうになる涙をこらえていたが、中庭まで来たところでついに限界になった。大粒の涙がこぼれ、ティーナは中庭の隅にうずくまった。

 価値があるのは、自身が神鳥(かみどり)の魂の欠片だということだけ。同時に存在している、ティーナという「人間」は、この島において価値はない。

 否定され続けた過去を経て、ようやくたどりついたこの地で、少しずつだが自分を好きになることができていたのに。ここも、自分の居場所にはなり得ないのだ。

 この島の人々は、出会ったときからティーナにとても優しかった。もしかするとそれは、彼らも気づかないうちに、ティーナの中に眠る神鳥の魂の存在を感じ取っていたからなのかもしれない。

 だとすれば皆、「ティーナ」を好きになってくれたわけではないのだ。

 もし、ティーナが本当にただの少女だったなら、受け入れてもらえることはなかったのだろう。

 もう何も信じたくない、自分にはやっぱり何もない。辛くて悲しくて、涙が止まらなかった。


「ティーナ!?」


 背後で声がして、ティーナは振り返った。セシェルが、驚いた顔でこちらを見ていた。


「どうしたの? 具合が悪いの?」


 ティーナの隣にセシェルもかがみこみ、背中に手を当てて擦ってくれた。泣きすぎて小さく震えていたせいで、体調を悪くしていると思ったらしい。


「待っていて、誰か呼んでくるわ!」

「ちがう、の」


 立ち上がり走りだそうとしたセシェルに向かって、ティーナはかすれた声で呼びかけた。他の誰かに、こんなに泣いていることを知られたくない。

 セシェルはもう一度、ティーナの横に膝をついた。


「違うの? どこも悪くない? 本当に?」


 ティーナが頷くと、セシェルはいくらかほっとしたような顔をした。


「良かった。でもそんなに泣いてしまうなんて、とても悲しいことがあったのね?」


 どう答えるべきか分からず黙っているティーナの手を、セシェルが優しく握った。


「立てる? こんなところに座っていたら、服が汚れてしまうわ」


 ティーナはセシェルに支えてもらい、ゆっくりと立ち上がった。セシェルはティーナの手を引いて、そっと長椅子に座らせてくれた。普段はセシェルに仕える立場であるはずのティーナが、彼女に世話をされてしまっている。情けなくて、一度は止まった涙がまた流れそうになった。

 セシェルはティーナの横に腰かけ、走ったせいで少し乱れていたティーナの髪を整えてくれた。


「ティーナ、きっと辛くなってしまったのね。でも、神鳥さまのことはティーナひとりのせいではないわ」


 セシェルは、ティーナが神鳥の魂の欠片としての重責に耐えられなくなったから泣いているのだと思ったようだ。

 一人で頑張る必要はない、それは周りから何度も言われてきたことでティーナもよく分かっている。今、辛いと感じているのはそれについてではない。


「それは……分かってる」


 セシェルの金色の瞳が、心配そうに揺れている。

 しかし、セシェルもきっと、神鳥の魂の欠片であるという事実を通して自分を見ている、ティーナにはそう思えてしまった。


「……誰かに、ひどいことを言われたの?」


 図星をつかれ、わずかに動いたティーナの表情をセシェルは見逃さなかった。


「父さまかしら? それとも兄さま? まさか、エレアス姉さま?」


 アルフィオンだ、と言うことがティーナにはできなかった。セシェルはアルフィオンのことを好いている。幼い頃に彼からもらったという貝殻を、今も大事に持っていて、ティーナに見せてくれたことがある。


「……分かったわ。アルでしょう」


 ティーナははっとセシェルの顔を見た。彼女は眉間に少し(しわ)を寄せて難しい顔をしている。


「アルったら、どうしてわたしにしてくれるように他の人にも優しくできないのかしら。そういうところは良くないとわたしも思っているの」

「でも、セシェルは……」

「わたし、アルのことは好きよ。でも、ティーナもわたしにとっては大切なお友達なの。ティーナをこんなに泣くほど悲しい気持ちにさせたなら、わたしはアルのことを怒るわ」


 いつも温和なセシェルから、怒りの感情がにじみ出ている。ティーナのために、怒ってくれている。


「……いいの。アルフィオンは間違ってないから」

「ティーナ?」

「わたしは、神鳥さまの魂の欠片で、それ以外のことはどうでもいいの。それがなければ、わたし自身のことを好きになってくれる人なんて誰もいないから。なのに、わたしは勝手に皆のことを友達だと思ってた。でもそれは間違いだった」


 言わない方が良かったのかもしれない。だが何もかもがどうでもよくなりかけていた。

 ティーナは虚空に向かって話し続けた。


「ティーナ」

「セシェルだってそうでしょう? 多分初めて会った時から、皆はわたしの中に神鳥さまを感じていた。そうじゃなかったら、わたしとこんなに仲良くしてくれるはずなんかない。だってわたしには価値なんかないから」

「ティーナ、わたしを見て」


 凜としたセシェルの声が、ティーナの視線を引き寄せた。


「わたしは最初にティーナに会った時から、あなたのことを好きになったわ。それがティーナの言う理由だからなのかは分からない。でも、もしティーナが誰かに何かしてもらってありがとうが言えなかったり、人の悪いところばかり言って良いところを見なかったとしたら、わたしはあなたと仲良くするのをやめていたわ」


 セシェルは両方の手でティーナの手を包み込んだ。


「わたしがティーナを好きなのは、いつも一生懸命で優しいからよ。わたしだけではないわ、他の皆もそう思ってる。それは、神鳥さまのことは関係なくて、ティーナの素敵なところよ」


 柔らかな笑みを浮かべるセシェルを見ていると、そんなの嘘だ、ということはできなくなった。彼女は本当に、ティーナ自身を見て、好きだと言ってくれている。友達だと言ってくれている。

 不意に、セシェルが顔を上げた。


「……あら」

「え?」


 セシェルの視線の先に、ティーナも目をやった。ラッシュがこちらに向かって飛んできていた。二人の前に降り立つと、翼をしまって、ティーナの方を心配そうに見た。ティーナのことをここまで探しに来てくれたのだろう。


「ティーナ……」

「ティーナは大丈夫よ。ね? ティーナ」


 ティーナは頷いた。すっかり涙は止まっていた。


「うん。ラッシュ、さっきはごめんね。いきなり出て行ったりなんかして」

「ティーナが謝る必要なんかない。……俺、あんまり上手く言えないけど、ティーナが神鳥の魂だとかそんなことは関係なく、俺はティーナのことを友達だと思ってる。頼む、それだけは信じてくれ!」

「ね、わたし以外にも同じことを思っている人はいるわ」

「……ありがとう、セシェル、ラッシュ」


 寄り添ってくれる、励ましてくれる友達がいる。彼らはティーナ自身を見てくれている。

 もう迷ってはいけない。泣くのも弱気になるのもこれで最後にしようと、ティーナは心に誓った。


***


 アルフィオンとの一件があったにも関わらず、ティーナは元気を取り戻してくれた。

 ラッシュはそれに安堵しつつも、不安はまだ残り続けていた。

 あれから、ラッシュはアルフィオンと口をきいていない。彼に会ってしまうと、また怒りをぶつけてしまいそうだった。アルフィオンの方も、ラッシュを避けているように感じられていた。

 神鳥が目覚めるためには、ティーナが犠牲になる必要がある――あくまでアルフィオンの考えで、それが正しいという確証はない。しかし、真っ向からそれを否定できる材料もない。

 アルフィオンは、ティーナを手にかける覚悟をしている。もしもそれが現実となった時、ラッシュはアルフィオンを兄弟だと思い続けることができるだろうか。島があるべき姿になったことを喜び、親友の、ティーナの死に納得できるだろうか。

 ティーナは自分の話を楽しそうに聞いてくれ、自分が見せるものに目を輝かせてくれる。独りぼっちで何も分からずこの島にやって来たのに、島の一員として、神鳥の魂の欠片としてひたむきに頑張るティーナをラッシュは尊敬していた。

 アルフィオンのことだって、嫌いになりきれない。幼い頃、虐められても黙ってじっと耐え、翼がなくても人一倍努力をして力をつけた彼の強さをラッシュは知っている。その強さで、誰かがやらなければいけないことを果たす覚悟を決めている。頭ではラッシュも分かっていた。

 自分はどうあればいいのか、何をするべきなのか――どんなに考えても、答えは出ない。

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