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26章 覚悟

 そして数日後、ティーナは城を訪れたエレアスと共に神鳥(かみどり)について調べていたが、やはりこれといった収穫はなかった。

 

「一体、何が必要なんでしょう……」


 エレアスと並んで廊下を歩きながら、ティーナはため息をついた。自分の体のことなのに、分からないのはもどかしいことだった。


「……神鳥さまが、もっと手がかりを残していってくださっていたら良かったわね」


 エレアスが困ったように笑った。明るく努めてはいるものの、エレアス自身も責任を感じているようだ。

 二人で話していると、前からやってくる人がいた。アルフィオンだ。

 アルフィオンはティーナとエレアスに気づくと、すれ違いざまに足を止めた。


「守護者さま」


 アルフィオンが丁寧に、エレアスに向かって一礼した。


「久しぶりね。アル、元気かしら?」


 エレアスが尋ねると、アルフィオンは頷いた。


「そう。良かったわ」

「……守護者さまも、無理をされることのないように」


 今日のアルフィオンは、ティーナの方を見ようともしない。そのまま、足早に立ち去っていってしまった。

 ティーナは彼が笑ったところも、怒ったところさえも見たことがない。表情から、何を考えているのかまったく分からない。


「エレアスさん、アルフィオンと仲は良いですか?」

「そうね……あまり一緒に遊ぶ機会はなかったけれど、でも小さい頃から知っているわ。とても静かよね。キルシェやラッシュとは違って」

「アルフィオン、わたしと話をしてくれたことがないんです。わたしが何かして怒らせてしまったのかもしれないのですけれど……。どうしても心当たりがなくて」


 ティーナが入り込む隙間が、アルフィオンにはまったくない。比較的、温和で気さくな人物が多いこの島の中で、彼は異様なまでの尖った雰囲気をまとっていた。


「彼は決して悪い子ではないけれど……。あの子の態度でティーナが傷ついているのは事実だものね」


 傷ついているとまで言うつもりはないが、ティーナはできればアルフィオンとも仲良くなりたかった。島の外から来た孤児同士、共感できるところはある。

 かつては、自分は誰にも好きになってもらえないのだと、ティーナは人に歩み寄ることを諦めてしまっていた。

 友人がいるということの楽しさを、ティーナはこの島に来て思い出すことができた。


「アルフィオンとも、友達になりたいのにな……。本当の家族を知らないのはわたしも同じだから、分かり合えそうな気がするんです」

「ティーナ、あなたは優しい子ね」


 エレアスが微笑みかけた。


「でも、優しすぎると傷ついてしまうわ。どんなに立派な人でも、どうしても仲良くなれない相手が一人くらいはいるものよ。それはあなたのせいではないわ」

「そう、ですよね……」


 せめて、少しでもいいから彼と話がしたい。何が気に入らないのかだけでも教えてほしい。それすらも拒否されるようなら、残念だが諦めよう、とティーナは心に決めた。


***


 翌日、何とかアルフィオンと話をする機会がないか、とティーナはラッシュに相談を持ち掛けた。いろいろとラッシュに頼り切りになってしまい申し訳なく感じたが、彼はまったく嫌な顔をしなかった。


「あいつ、いくらなんでも頑な(かたく)過ぎるからな。俺が一緒に行ってガツンと言ってやるよ」

「ありがとうラッシュ。でも、アルフィオンを責めたりはしないでね」


 これで無理ならもう彼とは極力関わらないから、とティーナは付け加えた。血の繋がりがないとはいえ、兄弟であるラッシュとアルフィオンの間にまで亀裂をいれる訳にはいかない。

 アルフィオンは、何もない時は一人で鍛錬をしていることがほとんどらしい。ラッシュはその場所を知っており、案内してもらえることになった。

 城を出て浜辺の方まで行き、波打ち際に沿ってずっと歩いていくと、ぽっかりと口を開けた、小さな洞窟があった。


「多分、この中にいるはずだ」


 ラッシュに導かれ、ティーナは静かな洞窟の中に足を踏み入れた。少し進むと、二人の目線の先に影がひとつ、浮かびあがった。

 アルフィオンだ。どうやら剣の素振りをしていたらしいが、素早く人の気配に気づき、振り向いて鋭い視線をぶつけてきた。


「アル、俺だ。ティーナもいる」


 アルフィオンはラッシュの方を見て、何も言わず剣を鞘に戻した。ティーナの方を見ようとはしなかった。


「何の用だ」

「何の用だ、じゃねえよ。アル、お前な……」

「ラッシュ、待って」


 このままだとラッシュが説教を始めてしまいそうだったので、ティーナは慌てて彼の言葉を遮った。


「わたし、知らない間にアルフィオンに嫌な思いをさせていたのかもしれない、何かしていたのならごめんなさい。でもわたし、少しでいいからアルフィオンとお話がしてみたくて……。あなたはわたしと同じで、島の外から来たんでしょう?」


 アルフィオンの視線はティーナに向いているが、無表情を貫いている。


「わたし、アルフィオンとも友達になりたい」


 傍で、ラッシュが固唾(かたず)を飲んで成り行きを見守っている。

 少しの沈黙が、ティーナにはとても長く感じられた。心臓の鼓動が少し、早くなっているのを感じる。

 静寂に包まれた洞窟の中で、アルフィオンの小さな吐息の音が聞こえた。


「……一体何を言い出すのかと思えば、そんなくだらないことか」


 氷のように冷たい声だった。


「お前は、自分が何なのか分かっているのか? 神鳥の魂の欠片、この島にとって決して失うことは許されないものだろう。しかし、それがなければお前は、何も持たないよそ者だ」

「アル!」


 ラッシュが(いさ)めようとしてくれたが、アルフィオンは構わず話し続けた。


「お前がここにいることを許されているのは、神鳥の魂の欠片だからだ。その役目を満足に果たせないなら、お前に価値はない。俺に構う前に、自分の立場くらい理解しろ」

「……っ!」


 良い返事がもらえないかもしれない、という予想はティーナもしていた。けれど、ここまで冷たい言葉を吐かれるとは思っていなかった。

 お前に価値なんてない、かつてティーナを絶望の底に叩き落した言葉だ。

 辛い記憶が蘇る。この場にいるのが苦しい。ティーナはアルフィオンたちに背を向け、わき目もふらず走り去った。


「ティーナ!」


 ラッシュの呼びかけに立ち止まることなく、ティーナは洞窟を出ていった。

 ラッシュはアルフィオンの胸倉をつかみ、睨みつけた。


「どうして、あんなに酷いことが言えるんだよ!」


 アルフィオンは答えなかった。ラッシュの剣幕に少しも動じていない。


「何とか言えよ!」


 洞窟内に、ラッシュの怒声が響く。


「……ラッシュ、神鳥はどうすれば、魂の欠片を取り戻して目覚める?」


 アルフィオンの口調は、驚くほど落ち着いていた。


「それは、俺にも分からねえよ……! 今、ティーナも王様も、エレアス姉ちゃんも頑張って調べてるんだ!」

「……だが、まだ何も手がかりは見つかっていない」

「じゃあお前は何か知ってるのか!」

「俺にも分からない。だが、魂の欠片はあいつの中に宿っている、いや、あいつが魂の欠片そのものなんだろうな」

「何が言いたいんだよ!」


 ラッシュが強くアルフィオンを揺さぶった。


「どちらにせよ、魂をあるべき場所に戻すのには……肉体から切り離す必要があるだろう」

「なっ……!」


 ラッシュは目を見開いた。アルフィオンを捕まえている手から力が抜けかける。彼が言わんとすることに気づいてしまった。


「ティーナが死ぬ必要があるっていうのか!? そんなのあり得ねえ!」

「なぜあり得ないと言い切れる」

「お前こそ、そうだって言い切れるのか!」

「もちろん断言はできない。だが、何も手がかりが見つかっていないのなら、たどり着く答えはそこになるだろう」


 ラッシュはついに、アルフィオンの胸倉をつかんでいた手を離した。自由になったアルフィオンは、その場から去ろうとはしなかった。


「あいつに剣を渡して、島のために死んでくれと頭を下げるか、ただの飲み物と偽って、毒を飲ませるか」

「やめろ、それ以上言うな!」

「王は、そのようなことはなさらないだろう。きっと、自身で手を下そうとするはずだ。島を治める者として」


 しかし、とアルフィオンは続けた。


「島をあるべき場所に戻す、そのためだとしても、罪のない人間を殺したという事実は一生つきまとう。……そんなことはさせない」

「アル、お前……」


 薄暗い洞窟の中で、アルフィオンの瞳は静かな覚悟の光を宿していた。


「手を血で汚すのは、憎しみを引き受けるのは、俺だけで十分だ」


 この島の人々は最初から、ティーナにある程度好意的な感情を向けていた。

 アルフィオンにはそれが腑に落ちなかったが、今は何となく理由が分かっていた。この島で生まれ育った人々は、無意識のうちに、ティーナの中に埋もれていた神鳥の魂の欠片の存在を感じ取っていたのだ。完全ではないにしろ、この島はずっと神鳥の加護で包まれている。島の民の体にはそれがしみ込んでいる。

 千年以上続く神鳥の封印が解かれる、それであっても、王や民たちは、きっとティーナの命を奪うことに罪の意識を持つだろう。

 よそ者であるアルフィオンなら、余計な情を抱かず、ティーナを死なせることができる。

 覚悟はもうできていた。


「そんなはずない、絶対に何か他の方法がある……」


 ラッシュは必死に声を絞り出している。今にも泣きだしそうだ。


「これ以上は平行線だ。ラッシュ、俺を殴りたいならそうしろ」


 ラッシュは顔を歪め、アルフィオンを見据えた。しかし、何も言わずにアルフィオンに背を向け、そのまま走り去った。

 アルフィオンが辛い思いをしたとき、慰めてくれたのは、代わりに怒ってくれたのは、いつもラッシュだった。直情的だが、裏表のないその態度に、アルフィオンは幾度となく救われてきた。きっと、それはティーナも一緒だろう。

 もしアルフィオンの予想が当たっていて、ティーナを手にかけたとしたら、その時きっとアルフィオンはすべてを失う。

 ラッシュも、キルシェも、セシェルも、育ての両親も、きっとアルフィオンに今まで通りに接してくれることはないだろう。

 それでいい。島はあるべき姿に戻り、憎しみを引き受けるのはただ一人のよそ者。それこそが、自分の価値なのだ。

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