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25章 王座を継ぐ者

 神鳥(かみどり)の魂の欠片が見つかり、はやふた月ほどが経つ。

 島の有識者たちが集まり調べているものの、神鳥の魂がどうすれば完全な形となるのか、未だ一つの手がかりも見つかっていなかった。

 守護者エレアスも、幾度となく城を訪れ、王や魔術師と協力はしているが、大した収穫がないまま今日の調査も終わってしまった。

 少し息抜きをしてから帰ろうと、エレアスは城の中庭に備え付けられた長椅子に腰かけた。

 エレアスの左手の甲に刻まれた守護者の証は、今もなお存在感を保っている。ティーナが神鳥の魂の欠片だと分かった時は、自分がこの役目を解かれる日が訪れることに期待を持たずにはいられなかった。しかし、その希望はまた失われつつある。

 もしこの先、神鳥が目覚めることがなく、ティーナが死んでしまったらどうなるのだろう。永遠に、島はあるべき姿に戻らないのだろうか。これからも、島にすべてを捧げるために生きるさだめを背負った者が生まれ続けるのだろうか。

 エレアスが考えにふけっていると、頭上を影がよぎった。キルシェが、目の前にすとんと降りてきた。


「よう。今日も来てたんだな」

「……ええ」


 エレアスの力のない返事に心配したのか、キルシェが顔を覗き込んできた。


「うまくいってないのか」

「そうね」

「落ち込むなよ。お前ひとりが悪いわけじゃないだろ。親父になにか言われたか?」

「まさか。ローク様はそんなお方ではないわ」

「お前のことを悪く言う奴がいたら、俺がぶっ飛ばしてやる」


 いつになく低い声で、キルシェが言った。


「ありがとうキルシェ。でも、軽々しくそういうことを言ってはいけないわ。貴方は王様になるのだから」


 キルシェの目をまっすぐ見つめ、エレアスは諭すように言った。

 彼は幾分か落ち着いたようで、小さく息をついた。


「……ああ、悪い。お前は絶対にしっかりやってるよ。自分を責めるな」


 エレアスが頷いたその時、こちらにやってくる人物がいた。ディオネスの部下の青年だ。


「キルシェ、ローク王がお呼びです」

「親父が?」


 キルシェが眉をひそめた。


「キルシェ、わたしのことはもういいわ。行きなさい」


 キルシェは何か言いたげな顔をしたが、じゃあな、とだけ挨拶をして、王のいる部屋へ向かっていった。

 青年もエレアスに向かって一礼し、その場をあとにした。

 守護者としての務めはまだ残っている。エレアスは彼らを見送った後、自分も長椅子から立ち上がった。


***


 キルシェは父王の待つ部屋の扉を開けた。

 執務机に向かうローク王と目があった。そばには、ディオネスが控えている。

 どのような話をされるのか、キルシェには何となく察しがついていたが、気づかないふりをして、明るく振舞った。


「何か用か、親父?」

「キルシェ」


 ローク王は息子の名を呼び、ひと呼吸おいて続けた。


「そろそろ、王位を継がないか」


 ああ、やっぱりな、とキルシェは心の中で呟いた。これまでも、何度かされた話だ。だが、ちょうど今の時期に言われたことについては、少しばかり予想外だった。


「おいおい、今は大事な時だろ? 神鳥のことはどうするんだよ」

「だからこそ、わたしは王の役目をお前に預けて、神鳥を目覚めさせることに力を注ぎたい。いきなりお前を放り出すことはしない。わたしも力は貸す。ディオネスもな」

「自分が老いぼれみたいな言い方するなよ。祖父(じい)さんが親父の年の時はまだ元気に王の仕事をやってただろ」

「わたしはもう若くない」

「親父、やっぱり俺にはまだ早いさ。その辺のことは、今起きてる問題が片付いてからにしようぜ」

「キルシェ」

「話はそれだけだな? じゃあ俺はもう行くぞ」


 父がそれ以上何か言う前に、キルシェはくるりと(きびす)を返し、足早に部屋を出て行った。

 あとに残されたローク王は、深いため息をついた。


「小さい頃は、自分は大きくなったら王になる、って島中にふれまわっていたのですがね……」


 ディオネスの言葉に、ローク王は頷いた。


「キルシェにも自覚はあるはずだが、一体何を思い悩んでいるのか……それすらも話したがらんとはな」

「お言葉ですが、やはりもっと強く言うべきでは。このままだと、ずっとかわされ続けますよ」

「わたしが甘いのは分かっている。……しかし、できれば自分から覚悟を決めてもらいたいのだ」


 ロークは王として、父として、話をし、時には自分の姿を見せ、息子に向き合ってきたつもりだった。

 今のキルシェは、剣の腕は島で五本の指には入るほどの実力を持ち、民からも慕われている。王になるだけの素質は十分にあるはずなのに、なぜ頑なに拒み続けるのだろうか。


「……っ!」

「ローク様!」


 ロークが急にせき込んだ。それを見たディオネスは急いで彼の背をさすり、傍にあった水差しから器に水を注いでくれた。


「世話係を呼びましょうか」

「……いや、大丈夫だ。すまない」


 ローク王はゆっくり水を一口飲み、小さく(うめ)いた。


「やはり、本当のことを伝えるべきだと思います」

「クロモドは、まだそこまで焦るほどではない、むしろ焦ると毒だと言っていた」

「しかし……」

「ありがとうディオネス。お前には苦労をかけているのは分かっているが、もう少しだけ一緒に待ってくれないか」


 残された時間は限られている。それでも、覚悟と意志を持って、息子にこの島を治める王となって欲しかった。


「承知致しました」


 ディオネスは静かに答えた。


***


 キルシェは城の廊下をとぼとぼと歩いていた。

 将来は自分が王になる、それはキルシェにも分かっていた。

 幼い頃は、王という響きに漠然とした憧れを持っていたし、ロークのようになりたいとも思っていた。しかし、成長していくにつれ、王座の背景にある、さまざまなものが見えてきた。

 もっとも衝撃的だったのは、ロークの妻でありキルシェの母、カロライネがセシェルを産んでしばらく経った後、帰らぬ人となった時だ。

 葬儀を終え、一夜が明けて、ロークは再び、何事もなかったかのように王として務めはじめた。

 悲しくないのか、カロライネを愛していなかったのか、キルシェは食ってかかりたくなった。しかし、それは違う。

 王である以上、何かあっても、民の上に立つ者として戻ってこなければならない。王座には、王の顔で座っていなければいけない。

 相当の覚悟と強さがなければ、王は務まらない。それに気づいた時、キルシェは強い不安を感じた。

 ロークは立派な人物だ。剣術では負け知らず、キルシェは一度も勝つことができていない。いつも島の民のことを考えており、飢える者、不当な扱いを受ける者は誰もいなかった。

 神鳥の存在がなくとも、人々が笑顔でいられる島、それはローク王が、祖先が築いてきたものだ。

 自分に、それができるだろうか。

 父には届かなくとも、剣の腕は磨いてきた。島を回れば、多くの人々が話しかけてくれる。友達もいる。

 もしも自分が王になったとき、ロークのように振舞うことができなかったらどうなる? 周りから失望されて、友人からも見放されたら? 孤独になってしまったら? 島に危険が迫ったとき、守り切ることができなかったら?

 それが、キルシェにはどうしようもなく怖かった。

 幼馴染のエレアスは守護者として、年の近いルイゼルは魔術師として、それぞれ己の役目に向き合っている。それに比べて自分が情けないのは身に染みている。それでも、ローク王が元気でいる限りは、彼が王座に就いているのが、島にとってもいいことだと思ってしまう。

 ぼんやり考えを巡らせながら、廊下の角を曲がったところで、キルシェは人と鉢合わせた。


「お、キルシェか」

「おやっさん……」


 そこにいたのは、ローク王の護衛であり戦士たちの長、オーデリクだった。

 彼がまだ若き戦士だった頃から、キルシェはよく遊び相手になってもらっていた。成長してからは、剣術の指南役になってくれた。父も、オーデリクのことはとても頼りにしている。


「どうした? しけた面してるぞ」

「あー……いや、何でもねえ」


 自分が王になれば、彼のことも従える立場になる。今までと、何もかもが変わってしまう。


「おやっさん、ちょっと付き合ってくれないか。体を動かしたいんだ」


 キルシェの申し出に、オーデリクは快く頷いてくれた。


「おう、いいぜ。ちょうど空いてたところだ」


***


 城の近くに備え付けられた訓練場に、剣のぶつかりあう音が響いた。

 キルシェの攻めは、オーデリクの剣ですべていなされる。

 それでも一歩も引かず、ただひたすらキルシェは剣を振り続けた。とにかく、すべてを忘れたかった。

 キルシェの一撃を剣で受け止め、オーデリクはさっと後ろに引いた。そのまま向かってくるかと思ったが、彼は剣を持つ手を下ろした。


「キルシェ、今日はもう終わりだ」

「えっ……」

「そんなに闇雲に戦ってたら、怪我しちまう。いざって時に動けないんじゃ困るからな」


 オーデリクに言われ、キルシェは自分が肩で息をしていることに気が付いた。稽古を始めてから、そんなに時間は経っていないはずだ。知らず知らずのうちに、かなり力んでいたらしい。


「……すまねえ、おやっさん。せっかく付き合ってもらったのに」


 キルシェは剣を鞘に戻した。これ以上、オーデリクが相手になってくれることはない。


「なに、分かりゃいいさ」


 オーデリクは笑って許してくれたが、キルシェの気分はあまり晴れなかった。

 変わらず浮かない顔をしているキルシェを見て何かを察したのか、オーデリクが近づいてきた。


「……キルシェ、お前の親父はな、赤ん坊をあやすのがそれはそれは下手な奴だった。お前もセシェルも、最初のうちはあいつが抱くと必ず泣いてたもんだ」


 慌てるあいつの顔はなかなか見ものだった、と語るオーデリクの顔はにやついている。


「ロークだって決して万能じゃない。血が繋がっているからといって、お互いにすべてを知り尽くせるわけでもない。お前が思うほど、大人ってやつは完璧じゃないもんだ」

「おやっさん……」


 オーデリクには、すべて見透かされていたようだ。


「あんまり気負うんじゃねえぞ」


 オーデリクの大きな手が、キルシェの肩をぽんと叩いた。

 彼の励ましは決して無下にできない。だが、すべてを受け入れる覚悟はまだできなかった。静かな場所で一人になりたい。


「ありがとうな、おやっさん。俺、頭を冷やしてくる」


 背を向けて飛び去るキルシェを、オーデリクは黙って見送った。

 オーデリクはキルシェのことを、実の息子のように可愛がってきた。彼がやんちゃばかりしていた様子が、昨日のことのように思い出せる。

 キルシェはローク王と違い、考えるより先に体が動くことが多い。しかし根は父親に似て、真面目で繊細だ。悩むな、というのは難しい。あくまでも王に仕える身であるオーデリクにできることは限られている。

 キルシェのあの様子だと、ロークの体のことはまだ知らされていない。知っているのは、ディオネス、オーデリク、医者のクロモドくらいだ。きっと、ローク王はぎりぎりまで子供たちに真実は明かさないつもりだろう。

 あともう一押し、何かキルシェが決心を固められるきっかけがあればいいのだが。オーデリクはしばらく、空の向こうを見つめていた。

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