22章 職人と魔術師
魔術師見習いと、とある職人との出会いは、十三年前にさかのぼる。
十三歳になったルイゼルは、少しずつ優れた魔術師の頭角を現し始めていた。まだまだ学ぶべきことは山ほどあるが、友人の励ましもあり、耐えることができている。
修行の中で、適度な休息も必要と知った彼は散歩に出かけ、人が行き来する島の中心部のなかで、一軒の工房に足を踏み入れた。その工房は装身具を扱っているところだった。人の気配はなく、様々な色、意匠の宝石細工だけが並んでいる。
「綺麗だな……」
ルイゼルは思わず呟いた。じっくり見るのは初めてだが、その輝きに強く心を惹きつけられていた。
「いらっしゃい」
声がした方をルイゼルが見ると、一人の少女が立っていた。ルイゼルと同じ年ごろで、暗い赤毛が印象的だ。少女はルイゼルの隣までやって来た。
「何か欲しいものある?」
「ええと……綺麗だから、見ていただけ」
「そう、あんたいい趣味してるね! 男なのに見直したよ」
冷やかしで来てしまったようなものなのに、少女は嫌な顔ひとつせずに言った。この島において、男性はあまり装身具を身に着けない。お守りとして、質素なものを一つ持つ程度だ。
話が分かる客が来たことに喜んでいるのか、少女は品物の説明をしてくれた。
「これはメイゼっていう宝石を使ってる。加工がちょっと難しいんだ。これはケルカ石を使った指輪だよ。ここまで綺麗な緑色のはなかなかない。あと、貝殻を使ってるのもあるよ」
商品を指しながら、少女は次々に説明をしてくれる。かなりの知識量だ。彼女も職人なのだろうか。
「これは、君が作っているの?」
ルイゼルが尋ねると、少女はいや、と首を振った。
「父さんが作ってるのばっかりだよ。あたしは、まだまだ職人見習いだ」
「そうなの? じゃあ僕と同じだね」
「あんたも何かやってるの? 見かけない顔だとは思ってたけど」
「僕は、魔術師の見習いなんだ」
少女は目を丸くした。
「そうなの!? じゃああんた偉い人じゃない!」
ごめんあたしったら知らなくて、と慌てる少女に、ルイゼルは笑いかけた。
「いいんだ。さっきまでみたいに話してよ」
魔術師という立場は、島中から一目置かれる存在だが、まだ少年のルイゼルにはそれがどうにも居心地の悪いものだった。せめて、同年代の子供とは余計な壁を作らずに話したい。
「もっと見てもいい?」
「もちろん、ゆっくり見ていってよ」
ルイゼルは、首飾りが並べられた台に近づいた。大小さまざまな石が使われた首飾りが美しく光る中、ルイゼルは台の隅の方に置かれた、ある一つの首飾りに目を留めた。
「これ……」
磨かれ、柱のような形に整えられた白い石に、金具と皮ひもをつけただけの素朴な首飾りだった。
しかしルイゼルは、それから目を離すことができなかった。迷うことなくその首飾りを取り、少女の前に差し出した。
「これが欲しい。値段は?」
「えっ、それ!?」
少女はとても驚いた素振りを見せた。口をぽかんと開けている。
もしかして、とても高級な石が使われているのだろうか?
「……本当にそれがいいの?」
確かめるように、少女が問うてきた。
「うん。とても綺麗だから」
少女はルイゼルの顔と、彼の手の中の首飾りを交互に見つめた。そして、首飾りが握られたルイゼルの手をつかみ、軽く押し返した。
「あげる」
今度はルイゼルが驚く番だった。
「えっ、でも……」
「いいよ。それ、あたしが作ったやつだから」
「これを君が?」
「これが初めて、店に並べてもいいって言われたやつなんだ。でも、どうせ売れるはずなんかないだろうって思ってて……。だから、気に入ってくれたならあげる。どうせ大したお金にはならないしさ」
「……ありがとう。大切にするよ」
ルイゼルは白い石を首にかけた。少女は照れ臭そうに笑った後、ただし、と腰に手を当てた。
「次からは、ちゃんとお金はもらうから。今回は特別」
「うん。じゃあまた来るよ」
「あたしはライラ。あんたの名前は?」
「僕は、ルイゼル」
「ルイゼル、これからもご贔屓に!」
濃い紫色の目を宝石のように輝かせ、ライラが満面の笑みを浮かべた。
***
ルイゼルが工房の扉を開けると、玄関に吊るされていた鈴がからん、と音を立てた。
十三年前に初めて訪れた時と変わらず、陳列台の上には美しい装身具が並べられている。変わったことといえば、この商品の中の半分ほどが、彼女の作ったものであることだ。
「あれ、ルイゼル!」
品物を眺めていたルイゼルが顔を上げると、そこにはよく知った顔の職人がいた。
「こんにちは、ライラ」
「しばらくぶりだね。話はいろいろ聞いてるよ。大変なんだって?」
「……ええ。そうですね」
ティーナが神鳥の魂の欠片であることが判明し、どうすれば神鳥を目覚めさせることができるのか、ルイゼルも調査にあたっているが、難航しているのが現状だ。もっとも、一番焦っているのはティーナ本人だということはルイゼルにもわかっている。昨日、彼女を休憩に連れ出し、心配はいらないと励ました。しかし、解決の糸口は見つかる気配がない。
「……そんなに頑張らないといけないもの? 神鳥がいなくたって、あたしたちはやってこれてるじゃないか」
ライラのような考えを持つ者も、決して少なくはない。神鳥の存在は、遥か昔の存在となっている。
だが、今の島は本来のあるべき姿ではない。
「いいえ。わたしたちが自由に空を飛び、暮らせているのは、守護者さまが一人で役目を果たしてくださっているからです」
守護者はただ一人、己の人生を犠牲にして、島を守ることに全てを尽くす。本来であれば、そのようなことがあってはならないのだ。
「……そっか、そうだったね。ごめん」
守護者の存在こそ知っていれど、実際に会う機会がある者はそうそういない。暮らしていれば大体の人間が顔見知りになるこの島で、守護者の顔を知る者はごくわずかだ。
「そうだ、新しいのができたから見てよ」
ライラはそう言って、奥の作業場に引っ込んだ。
十三年前に初めて知り合ってから、ルイゼルは度々、工房に通っている。ライラが手掛けた装身具を見ては褒め、時には買っていくこともある。そのため彼女は、新作や自信作ができると、真っ先にルイゼルに見せてくれる。
ライラが持ってきたのは、金色のブローチだった。丁寧にカットされた卵型の赤い宝石が中心にはめ込まれている。
「この宝石は……ラーファですか。加工してこれほどの大きさならかなり貴重でしょう」
「そう、しかも加工が難しいからさ……三日徹夜した」
「いけませんよ、せっかくの綺麗な肌が荒れてしまいます」
「あたしはいいんだ別に。それよりどう、この出来栄え」
ルイゼルはブローチを目を細めてじっと見つめた。ライラが丹精をこめたそれは、見るものを惹きつける輝きを放っている。
「ええ、とても美しいです」
「ふふ、良かった。あんた、なんか辛気くさい顔してたからさ、こういうの見たら元気出るかなって思って」
「わたしが……ですか?」
「あー、いや、あたしだって職人だし、物や人を見る目は鍛えてるからさ。それに、あんたとも付き合い長いからね」
ライラがブローチを布で包みながら言った。
ルイゼルも、焦りや疲れを感じていないといえば嘘になる。周りには気づかれないようにしていたが、彼女にはお見通しだったようだ。
「ライラ」
「ん?」
「ありがとうございます」
「何さ急に。いいんだよ、あたしにできることはこのくらいしかないんだから」
そう言って笑うライラの顔は、少女の頃と変わらなかった。
***
魔術師を見送った後、ライラは深いため息をつき、新作のブローチを傍らの台に置いた。
「好きだって言えばいいのに」
「はっ!?」
いきなりのことに、ライラは素っ頓狂な声をあげた。いつの間にか、横に弟のレイドが立っていた。
「レイド、あんたいつの間に!」
「今だけど。ルイゼルさんが来てたんだろ」
「何でそれを」
「姉さんの顔を見たら分かるよ」
レイドは事も無げにさらりと答えた。
初めはライラにとって、ルイゼルはただの客であり、友人だった。
しかし、どこか儚げな面持ちの少年が、時と共に美しい青年へと変わっていく様を見ていれば、更に、自分のもとに足しげく通ってくれるともあれば、心が揺らぐのも当たり前のことだろう。
ライラの職人になる道のりも、決して楽なものではなかった。それでも負けずにここまで腕をあげられたのは、ルイゼルのお陰だ。彼に、自分が作ったものを美しいと言ってもらえるように努力したし、自分が手掛けた装身具が彼を飾るときは、特別に嬉しかった。
「あんたねぇ……あたしは職人なんだ。そんなことにうつつを抜かす暇があったら少しでも腕を磨かないと」
「でも、後継ぎは必要だよ?」
「それはそうだけど!」
もちろんライラにも家庭を築くことに憧れはあるし、相手がルイゼルであればこの上なく幸せだろうが、こればかりは自分の気持ちばかりでどうにかなる話ではない。
「姉さん、もう二十六歳じゃないか。このままじゃ確実に行き遅れだよ?」
「そんなの分かってるよ! ……あいつはさ、綺麗なのが好きなんだ。あたしみたいに、自分の見てくれに気を使わない女なんかには興味ないよ」
本当は、自分の見た目にも気を配るべきだということはライラも分かっている。それでも、貴重な宝石を前にしたり、良い意匠が思いつけば、ついつい寝食を忘れて作業台に向かってしまうのだ。
ルイゼルにとって一番の職人でいられるのなら、それで構わない。
「そうかなぁ……」
レイドは姉の横顔を見ながら呟いた。レイドもルイゼルに本心を聞いたことはないため、無論、本当のことは分からない。
しかし、ルイゼルがいつもつけている指輪に使われている石は、ライラの瞳と同じ濃紫色だ。それが表す意味は一つしかないように思える。
姉が早く気づけばいいのだが。レイドは気づかれないようにため息を漏らした。
***
箱の中に詰まっているのは、首飾り、腕輪、耳飾りに指輪。すべてライラが作ったもので、ルイゼルが特に気に入って買った品物だ。どれもこれも美しいものばかり。ライラは十三年間で本当に腕を上げた。
だが、ルイゼルが特に気に入っているのは、意匠が凝ったものでも、貴重な宝石が使われているものでもない。
ライラの瞳と同じ色の石がはまった指輪と、彼女が作って初めて店に並べた、白い石の首飾りだ。
初めて工房を訪れ、首飾りを見つけた時の衝撃は忘れられない。
素朴なつくりではあるが、出来上がるまでにどれほどの苦労と時間がかかったのか、血のにじむような努力の証と、決して諦めない心がそれにはこもっていた。
ライラがそれを作ったのだと分かった時、ルイゼルは彼女に恋をした。彼女が立派な職人になるところを見たい、それに寄り添いたいと思うようになった。
時が経ち、彼女は大人の女性へと成長し、仕事にかける情熱は、より強まっていた。
自分の髪や肌を褒められるより、自分の作品が褒められることを喜ぶ。宝石の加工について語る時の瞳が、何よりも美しく輝いている。
きっと、彼女の瞳が自分だけを映すことはない、ルイゼルはそう思わずにはいられなかった。それでも構わない。職人として命を燃やすライラが美しいのも、また事実だ。
ルイゼルは、懐から白い石の首飾りを取り出した。向上心の強いライラのことだ。きっとこれを常に持ち歩いていることを知ったら、そんな駄作はさっさと捨てろと言われるだろう。
それだけは聞けない頼みだ。彼女への想いと共に、これはいつまでも手放したくない。
ルイゼルは首飾りを優しく握り、懐へ大事にしまい込んだ。




