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19章 戦士になった少女

 かつてのフローレは家の仕事を手伝って、小さな弟と妹の面倒を見る、この島ではごく普通の生活を送る少女だった。

 一つ違っていたのは、幼い頃から持っている、大人の男性も凌駕(りょうが)するほどの腕力の強さだった。

 家族には受け入れられ、力仕事が主な家業には役にたった。しかし、弟をいじめて泣かせた近所の子供と取っ組み合いの喧嘩ののち、危うく怪我を負わせかけたとき、否応なしに自分の異質さを知らされることになった。あの時向けられた、恐ろしいものを見るような目はなかなか忘れられない。

 普通に生きていくには、力は抑えなければならない、窮屈さを感じながら過ごす日々が変わったのは、フローレが十二歳の時だった。

 その日、父親のウェスターは市場に出かけており、フローレは母親のリシェットと一緒に畑仕事をしていた。


「おーい!」


 フローレが声がした方を見上げると、一人の男がこちらに向かって真っすぐ羽ばたいてくるところだった。

 フローレとリシェットの前に降り立った男は、近所に住んでいる狩人だった。かなり慌てた様子だ。


「奥さん大変だ、あんたのところの子供が、岩と岩の隙間に挟まって抜け出せなくなっちまった!」

「えっ!?」


 母リシェットの顔が青ざめる。フローレは翼を広げ、一歩踏み出した。


「お母さん、あたしが行ってくる! 案内して!」


 男が頷き、飛び立つ。フローレも後に続いて羽ばたいた。


***


 フローレが案内されたのは、近くの山の中の岩場だった。住居区からあまり離れておらず、木がまばらで見通しも悪くないため、子供たちの遊び場となっている。大きさの違う岩が並び、折り重なっていて、小さな子供なら入れそうな隙間もいくつかある。

 大人が何人か集まっている。小さな子供が二人、固まって怯えていた。フローレの4歳の弟カルと、6歳の妹シェリスだ。先ほど遊びに出て行ったのはもう一人、8歳の弟のテーオがいる。

 

「フローレおねえちゃん!」

「おねえちゃん!」


 姉の姿を見つけた子供たちが、フローレに駆け寄って抱き着く。シェリスは遊び道具の球を抱えていた。フローレは二人をなだめ、集まっている人々に近づいた。


「テーオ!」

「お姉ちゃん……!」


 岩の隙間にテーオはいた。大怪我はしていないようだが、胸より下が大岩どうしの隙間に挟まり、身動きがとれなくなってしまっている。


「お前は? こいつの姉貴か?」


 岩の前に立っていた、銀色の髪の青年がフローレに声をかけてきた。確か彼は、島の王の息子、キルシェだ。フローレは彼の姿を見かけたことはあるが、直接話したことはなかった。


「そう、あたしの弟! 何とかしなきゃ……」

「軽く引っ張ってみたんだが駄目だった。少しでも岩を動かせればいいんだが……」 


 キルシェが呻いた。

 フローレはテーオを挟んでいる岩に手をかけた。他の方法もあるのかもしれないが、考えている余裕などない。自分の力なら、何とかテーオを引っ張り出せるくらいの隙間は作れるはずだ。

 自分の異質さが知られたって構わない。大切な家族の命に比べたらどうということはない。


「無茶だ。ここにいる全員の力でも動かせない」


 見た目はただの少女にしか見えないフローレの行動を見て、キルシェが止めようとしたが、フローレは動かなかった。


「あたし、普通の人よりちょっと、ううん、すごく力が強いの。少しくらいなら動かせる。岩が動いたらその子を引っ張り出して!」

「こんな岩を動かせるわけ……」

「あたしならやれる! お願い信じて!」


 フローレの本気を感じ取ったのだろうか、キルシェが頷き、テーオの小さな手を握った。


「俺の手を離すなよ。絶対に助かるからな」

「テーオ、痛いかもしれないけど絶対に泣いちゃ駄目だからね!」


 見ていた他の大人たちがフローレの方に駆け寄ってきて、大岩に手を置いた。手を貸してくれるのだ。

 フローレは今までに出したことのないほどの力を込め、岩を押した。

 ゆっくりと、岩が動いた。


「よし! やったぞ!」


 キルシェの声が聞こえ、フローレはそっと岩から手を離した。


「テーオ!」

「お姉ちゃん!」


 フローレは岩の隙間から抜け出た弟と目線を合わせ、その肩を掴んだ。


「危ないことしちゃ駄目っていつも言ってるでしょ!」

「ごめんなさい、お姉ちゃん、ごめんなさい……!」


 テーオの目から、大粒の涙が溢れ出した。


「おねえちゃん、あのね、テーオおにいちゃん、これが入っちゃったの、とってくれたの」


 妹のシェリスが近づいてきて、球を掲げた。遊んでいるときにこれが岩の隙間に入ってしまい、それを取り出したはいいものの、体が抜け出せなくなったというのが今回の経緯のようだ。

 テーオは狭い隙間のものをとるのに自分より体の小さいシェリスやカルに行かせず、自分で取りに行ったのだ。


「テーオ、あんた……。もう、心配かけて……!」


 ごめんなさいとしゃくりあげるテーオの横に、キルシェも屈んだ。


「そのくらいにしといてやれ。こいつ、お前の言う通り今まで泣かなかったんだ。チビなのに大したやつだぜ」


 キルシェが優しくテーオの頭を撫で、フローレの方を見た。


「お前もな。あの力、すごいなんてものじゃないぞ。どこか悪くしてないか?」

「あ、ええと、大丈夫」


 フローレは立ち上がり、周りに頭を下げた。


「弟が迷惑かけて本当にごめんなさい。助けてくれてありがとう。……さ、みんな帰るよ」


 まだ幼く、飛ぶことができない弟と妹たちの手を引き、フローレは家への道を歩き出す。キルシェがなにか言う声が聞こえたが、振り返らなかった。


***


 その翌日、フローレはまたいつもの日常に戻っていた。畑仕事を手伝いながら、弟たちの相手をする。

 幸い、弟のテーオに大した怪我はなく、何事もなかったかのようにころころと走り回っている。

 昨日、自分が発揮した力のことが、島の噂になっていないだろうか、フローレには少し気がかりだった。そう広くもない島だ。何か起きれば、あっと言う間に広まってしまう。自分がどう言われようとそれは構わないが、家族にまで冷たい視線を向けられるのは嫌だった。


「あっ、きのうのおにいちゃん!」


 フローレのそばで土いじりをしていた妹のシェリスが顔を上げ、言った。


「え?」


 シェリスの視線の先を追うと、確かにキルシェがいた。フローレの方へ真っすぐ飛んでくる。

 フローレの前に着地し翼をしまうと、きょうだいたちがわっと彼を囲んだ。


「昨日のお兄ちゃん、助けてくれてありがとう!」

「お、テーオ、元気そうで良かった」

「おにいちゃんのつばさ、きれいだね!」

「ありがとうな。そのうちお前にも綺麗なのが生えてくるぜ。楽しみだな」

「ほんものの剣だ! さわっていい?」

「あー、これは駄目だ。もうちょい大きくなったらにしような」


 少しも嫌な顔をせず、キルシェは子供たちと話をしている。彼がフローレの方を見て、笑った。


「お前の家は賑やかだな」

「ごめんね、ほら皆、もうやめなさい!」

「気にするな。子供の相手には慣れてる」


 弟たちを軽くつついたりくすぐったりしながら、キルシェはフローレに向き直った。


「……で、名前は? 俺はキルシェだ」

「あたし? あたしはフローレだけど……何か用?」


 まさか昨日のことで、何か問題が起こったのだろうか。


「フローレ、お前、戦士になる気はないか?」

「……え?」

「お前はすごい力を持ってる。その力を島のために役立ててみないか? お前みたいな強いやつはこの島に、いや、この世に二人といないぞ」


 フローレは目を丸くした。まさか、そんな話を持ち掛けられるなんて思ってもみなかった。

 戦士は日々訓練を積み、様々な危険から島の民を守る。魔物を相手にすることもある。島を飛び回る戦士たちは皆、男性ばかりだ。女性で戦士になった者がいるという話は聞いたことがない。


「女の子が戦士になるなんて、聞いたことがないよ」

「それは今までたまたまいなかっただけで、なっちゃいけないなんて決まりはないぞ」


 キルシェは涼しい顔で言った。


「……あたしのこと、変だと思わないの?」

「思わない。俺はただ単にお前の力だけを見込んで誘っているわけじゃない。フローレ、お前は誰よりも勇気がある。俺は昨日、この目で見たんだ。誰もお前を笑ったりしない」


 異常だと言われることを恐れて人前では見せなかった力を、小さな弟を救うために使った、そのことをキルシェは買ってくれているのだ。


「戦士、ってなにするひと?」


 シェリスがキルシェの服のそでを引っ張り、尋ねた。


「皆の命を守るために戦う、強いやつのことさ」

「すごーい、かっこいい! おねえちゃん、戦士なってよ!」

「おねえちゃん、なんでも持ちあげちゃうんだよー」

「おねえちゃんは一番つよいの!」


 妹たちが嬉しそうに、わいわい騒ぎだす。キルシェは彼女らに相槌をうち、フローレを見た。


「もちろん、無理にとは言わない。親父さんの手伝いだって大事なことだ。……でも、もしその気になってくれたら、俺のところに来てくれ」


 キルシェはフローレの返事を待たず、ふわりと翼を広げた。


「お兄ちゃん、帰っちゃうの?」

「ごめんな。また遊ぼうぜ」

「あそぶー!」

「おにいちゃん、ばいばーい!」


 子供たちが大きく手を振って、キルシェを見送った。

 フローレはその中に混じらず、ぼんやりと彼の飛び去った方角を見つめていた。

 戦士となり、この島を、家族を守る。自分の力を最大限に生かして。どこか薄暗かった自分の世界に、一筋の光が差したような気がした。

 フローレが城の門を叩いたのは、それから間もなくしてのことだった。

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