18章 怪力少女は大家族
もうじき日が暮れる。
今日のティーナは非番だったため、一日をのんびりと過ごしていた。
ティーナがいないところでも、神鳥を目覚めさせるための調査が日々行われている。未だ有力な手掛かりはなく、ティーナにできることもない状況だが、ローク王は焦る必要はないと言ってくれた。
そろそろ夕食の用意をする時間だ。ティーナは城が家代わりのため、自分の食事の用意も城の台所を使わせてもらっている。食材は余りの野菜などだが、ティーナ一人の食事なら十分だ。
「ティーナ、みーつけた!」
台所に向かおうとしたところを突如、後ろから抱き着かれた。
「わっ、フローレ!」
フローレはティーナの前にまわり、にこっと笑った。腰には、鉄球のついた棒を下げている。
本当に、こんなに華奢な少女が重い武器を操れるのか、と疑っていた時期がティーナにもあった。そのしばらく後に、軽々と棒を素振りするフローレを見て、その怪力は嘘ではないのだと知らされた。
まだ十四歳という年齢ながら、彼女は立派な戦士として島の安全に一役かっているのだ。
とはいえ、中身はまだまだ幼さの残る少女で、キルシェやラッシュとふざけ合っていたり、こうやってティーナに軽い悪戯を仕掛けてきたりもする。
「フローレ、今日のお仕事は終わりなの?」
「うん。今から帰るところ! ティーナは?」
「わたしはこれから自分のごはんを作ろうと思って」
「ふーん……」
フローレは少しの間黙った後、くい、と軽くティーナの腕を引っ張った。
「じゃあさ、あたしの家で一緒に食べようよ!」
「えっ? 突然行ったら、お家の人の迷惑にならない?」
「平気へーき! うち、そういうところだいぶ適当だから! あ、でも小さい子がいるんだけどそれは大丈夫?」
「うん、大丈夫だけど」
孤児院暮らしだったこともあり、小さい子供の相手には慣れている。
せっかくなので、ティーナは誘いを受けることにした。
「やったー! じゃあ行こう、こっちこっち!」
大喜びのフローレに手を引かれ、ティーナは城をあとにした。
***
フローレは戦士だが、彼女の両親は農業を生業としている。彼女の家の隣には、城の中庭より、二回りほど小さいくらいの畑があった。それでもなかなかの広さだ。家は二階建てで、この島の一般的な住居より少し横に広い。
「ただいまー!」
フローレが元気よく玄関の戸を開けた。
居間の中央には大きなテーブルが据えられ、その周りをぐるりといくつもの椅子が囲んでいた。大きさがまばらで、さっと数えて十脚はある。
その内の一脚に、男性が一人座っていた。おそらく、フローレの父親だろう。
「おおフローレ、お帰り……」
男性は立ち上がりフローレの隣に立つティーナに目をとめた。ティーナが今着ている服の袖は肘までしかなく、模様がはっきりと見えている。
「もしかして、神鳥さまの……?」
「お父さん、この子にはティーナっていう名前があるから! 今日は一緒にごはん食べようと思って連れてきたの」
「ティーナといいます。よろしくお願いします」
「僕はウェスター。さあ、ティーナ、座ってゆっくりしていってくれ。ああ、椅子が足りないな。予備をとってこよう」
ウェスターはいそいそと二階へ上がっていった。椅子が足りないとはどういうことだろう? むしろ多すぎるようにティーナには思えた。
「まぁまぁ、いらっしゃい」
少しして、奥から女性が現れた。
「ティーナちゃんね? わたしはリシェット。市場で何度かあなたを見かけたことがあるわ。フローレといつも仲良くしてくれてありがとうね」
リシェットの笑顔はフローレによく似ていた。
食事はもうすぐだからね、とリシェットは台所に引き返し、続いてウェスターが椅子を持って二階から降りてきた。その後ろから、十歳くらいの男の子と女の子がついて出てきた。男の子の方は、赤ん坊をひもで背負っている。
「フローレお姉ちゃん、お帰りー!」
「お帰り!」
「あたしの弟と妹なの」
フローレがティーナに教えてくれた。
「へぇ、四人きょうだい? 楽しそ……」
「おねーちゃんお帰りー」
「フローレおねえちゃん!」
「おねーちゃん!」
さらにその後ろから、子供たちが降りてくる。全員でなんと七人、フローレを合わせて八人兄弟だ。たくさんの椅子が置いてある理由が分かった。
ティーナとフローレは、あっという間に囲まれた。
「このおねえちゃんだあれー?」
子供たちは初対面のティーナをまったく怖がらず、手をつないできたり丸い目でじっと見つめてくる。
とても素直で可愛い。胸がきゅんとするのをティーナは感じた。
「あたしの友達のティーナ。ほら、あんまりまとわりつかないの。困ってるでしょ」
フローレの言葉に耳を貸さず、子供たちは口々に騒ぎ立てている。
「ティーナちゃん、遊ぼうよ!」
「あそぼうあそぼう!」
「もうすぐごはんだから遊ぶのはなし!手伝いなさい!」
「えー、じゃあ、ティーナちゃんぼくの隣に座って!」
「やだ!あたしの隣に座ってもらうの!」
「いやー! あたしといっしょにすわるのー!」
「だーめっ! ティーナはお姉ちゃんの隣! さあさっさと準備しなさいっ!」
とうとうフローレの雷が落ち、子供たちは逃げるように台所へ向かっていった。
***
賑やかすぎるくらい賑やかな食事が終わり、ティーナはまたすぐ子供たちに囲まれることになった。一人ずつと話をし、遊び相手になっているうちに、すっかり休む時間になってしまった。
フローレによって弟と妹たちは寝室に追いやられ、そのうちぐっすり眠ってしまった。
ウェスターとリシェットから泊まってはどうかと勧められ、ティーナはフローレの部屋で彼女と一緒に寝ることになった。幸い、明日の仕事は午後からだ。
フローレが予備の寝台を部屋に運び込んでくれ、二人は並んで横になった。
「ごめんねティーナ。弟も妹もやかましくて。誘ったのはあたしだけど……あんなに丁寧に相手しなくてもよかったんだよ?」
「ううん。すごく楽しかった。みんないい子だね」
子供たちは年相応にわんぱくではあったが、行儀は決して悪くなく人懐こい子ばかりだった。
孤児院で過ごしていた日々のことが思い出される。共に育った子、後に残していった子たち、元気にしているのだろうか。かつてのティーナのような生活を送ることがないように祈るしかない。
「そう? ならいいんだけど……まぁ、なんだかんだ言ってもあの子たち可愛いし」
「……フローレは、どうして戦士になろうと思ったの?」
城には多くの戦士が出入りしているが、女性の戦士をフローレ以外に見たことがない。
ライラのような職人もいるが、この島では女性は家を守る立場にあるのが一般的なようだ。
「んー、最初はまったく戦士になるつもりなんてなかったの。あたし、昔から力は強かったんだけど、それを家族以外にはずっと隠してたんだ。ティーナと一緒だね。本当の自分を出すのが怖かった」
ただの女の子なのに滅茶苦茶に力が強いって、普通に怖いでしょ、とフローレは続けた。
「だけど、あるきっかけで家族以外の前で力を出しちゃってね。そこにキルシェがいたの。しばらくして、キルシェがあたしのところまで来て、戦士にならないか、その力を皆のために使おうって言ってくれた。隠さなくてもいいんだ、そのままのあたしで生きていていいんだ、って思えて、ここまで来たってわけ」
「そうなんだ……」
優しい家族に囲まれて、明るく朗らかなフローレでも、自分の力について悩んでいたときがあったのだ。それでも、理解してくれる人に出会えて、目標を持って生きられている。
「訓練は大変なんだけどね。でも、戦士になれて良かったと思ってる。もっともっと強くなりたい。家族も友達も守りたいの」
「ふふっ。フローレすごく頼もしいよ」
「ほんと? えへへ、嬉しい」
フローレは嬉しそうに笑い、少し声を潜めて切り出した。
「ティーナ、眠い? もう少しだけお話ししてもいい?」
「いいよ。なんのお話する?」
「ふふん。決まってるでしょ。女の子の内緒話といえば、やっぱり恋のお話だよ」
「えっ、恋の話ってどんな……」
ティーナには恋愛の経験などなく、自分とは無縁のものだと思って今まで生きてきた。恋がどんなものなのかも、はっきり分からない。
「ティーナ、好きな人いないの? かっこいいなって思う男の子は?」
周りはみんな親切だが、そういった感情をティーナが持ったことはないし、誰かに持たれているとも感じない。
「わ、わたし、そういうのは全然分からなくて……」
「えー? 興味ないってことはないでしょ? あっそうだ、ティーナ、ラッシュと仲良しだよね? どうなのどうなの?」
「ち、違うよ、普通の友達だよ」
確かにラッシュは特にティーナに優しく接してくれ、彼のことは好きだったが、あくまでも友達としてだ。きっと彼も同じように思っているはずだとティーナは考えていた。
「そうなの? つまんないなぁ」
「つまらないって……もう、フローレったら」
月が高くなる頃まで、二人の少女の話し声が止むことはなかった。




