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15章 繋がり

「ごめんください」


 ティーナが医者クロモドの元を訪れるのは、島に流れ着いた時以来だ。今日はセシェルが日頃、服用している薬の調合の依頼を頼まれている。

 現れたのは、あの時もクロモドの隣にいた、青い髪の青年だった。


「あっ、君はティーナだね」

「こんにちは。ええっと……」

「そういえば名乗ってなかったね。俺はウィルレンス。ウィルでいいよ」

「ウィル、セシェルのためのお薬を頼みに来たのだけれど……」


 ティーナはあらかじめ渡されていた小さな紙を、ウィルレンスに手渡した。彼が紙を受け取り、目を通す。


「いつものだね。そんなにかからないと思うけれど、ここで待つ?」

「他の用があるから、それが終わったらまた来るよ」

「分かった。じゃあ用意しておく」


 ウィルレンスに別れを告げ、ティーナは市場へ買い物に出かけた。

 市場の人々ともすっかり顔なじみになり、他愛ない世間話をすることもある。

 今日は頼まれたものが多い。市場を出る頃には、両方の肩に袋をぶら下げ、大きな木箱を一つ、両手で抱えた姿になっていた。


「うわ、ティーナ大丈夫?」


 戻ってきたティーナを出迎えたウィルレンスが目を丸くした。


「重いだろ、荷物置いていいよ」

「ありがとう。お薬はできてる?」


 木箱と袋を床に置かせてもらい、ティーナは尋ねた。


「ああ。おじいさん、ティーナが来たよ!」


 家の奥に向かってウィルレンスが呼びかけると、小さな包みを持ったクロモドが出てきた。


「おお、ティーナ、元気そうだな」

「お久しぶりです。この間はお世話になりました」

「噂は聞いとるよ。もうすっかりこの島に馴染んだようだな」

「はい。皆さんが親切にしてくださるので」


 クロモドは良かった、と頷き、包みをティーナに差し出した。


「いつもの分だ。セシェルによろしくな」

「ありがとうございます。これがお代金です」


 預かっていた代金をクロモドに払い、ティーナは袋の中にそっと包みを入れた。


「ずいぶんと大荷物だな……。ウィル、手伝ってやりなさい」


 固めて置いてあったティーナの荷物を見て、クロモドが言った。


「分かった。ティーナ、城まで一緒に行くよ」


 ウィルレンスは嫌な顔一つせず、ティーナの荷物に手を伸ばした。


「えっ!? 大丈夫、一人で持って帰れます。ウィルもお仕事があるでしょう?」

「ちょうどウィルに買い物を頼もうと思っていたところだ。帰りに市場に寄ってきてくれ」


 買うものが記された小さな紙を受け取り、ウィルレンスは袋を一つ肩にかけた。続いて木箱をひょいと持ち上げる。


「じゃあおじいさん、行ってきます」

「クロモドさん、ありがとうございました!」


 もう一つの袋を持ち、ティーナはクロモドに見送られてその場を後にした。


***


「ごめんねウィル。このくらい、わたし一人でも平気なんだけれど……」


 かつての仕事場では、今日よりもっと重い荷物を運ばされ、転んだりしても誰も助けてくれなかった。その時のことを思うと、ティーナには申し訳なく感じられた。


「気にしないでよ、こういうのは助け合いだからさ。俺、普段から力仕事はよくやってるし」


 ウィルレンスは気さくに笑った。彼は戦士ではないためキルシェやラッシュほど鍛えられてはいないようだが、荷物を抱えて歩いても重そうな素振りはまったく見せない。


「ウィルもお医者さんなの?」

「はは。俺はまだまだ見習いってところかな。薬の調合はやるけれど、後は大体雑用だ」

「そうなんだ。この島にお医者さんは他にいるの?」

「いや、おじいさんだけだよ。怪我の手当くらいならできる人はそこそこいるけど、病気とかは全部おじいさん一人で診てるんだ」


 決して大きな島ではないが、それでも医者が一人だけでは、かなり負担が大きそうだ。


「一人で? すごく大変だね」

「そうだな。でも代わりと言っちゃなんだけれど、皆が食べ物を分けてくれたり、買い物ではおまけしてくれたりするんだ」


 この島では、それぞれができることをして助け合うのが当たり前になっている。皆が家族みたいなもの、とラッシュが言っていた通りだ。


「必ず全員の命を助けられる訳じゃない。キルシェとセシェルのお母さんや、ラッシュの兄弟も……。その度におじいさんはすごく辛そうにしていたな。人の死は、何度見ても慣れないってさ」

「……それでも、ウィルはお医者さんになりたい?」

「ああ。おじいさんはいつでも、自分の仕事に誇りを持ってる。俺は昔からそれを見てて、尊敬しているんだ。俺もこの島の人たちを助けたいと思うし、おじいさんの力にもなりたい」


 医者は人の命を左右する。その責任はとても重いものだろう。それでも、ウィルレンスには迷いがないようだった。


「……とはいっても、おじいさんはまだまだ退くつもりはなさそうなんだよな。わしの目の黒いうちはお前に後は継がせないなんて言ってさ。俺、あと10年は見習いのままかもしれない」


 ウィルレンスはそう言って、ため息混じりに笑った。

 そうやって話しているうちに、城まで着いた。裏口にまわると、ピュリーが掃除をしているところだった。


「あっ、ティーナお帰り! ウィルも一緒なの?」

「ああ。用事ついでに手伝ってるんだ。ピュリー、しっかりやってるか?」

「ふふーん。当たり前でしょ。わたしの方がティーナよりお姉さんなんだからねー」


 箒を持ったまま、得意げにピュリーは胸を張った。

 どうやら、ウィルレンスとピュリーも馴染みの仲のようだ。


「見た感じはティーナの方が大人っぽいけどな」

「ウィルひどーい! わたしの方が大人だもん!」

「ティーナ、こいつ未だにアルテナによく叱られてるのか?」

「え、えーと、あはは……」


 ピュリーは決して不真面目ではないのだが、時々うっかり失敗をすることがあるのは、彼女と仕事をしていてティーナも感じていた。包丁で指を切りかけたり、なぜか何もないところで転びそうになる姿を何度か見ている。

 アルテナがそれを横目にため息をつくのはもはや日常茶飯事だ。

 それでも、ピュリーはいつも一生懸命で笑顔を絶やさない。


「ま、元気なら何よりだ。ここからは二人で運べそうか?」

 

 ここまで手伝って貰えば十分だ。ピュリーが箱を、ティーナがもう一つの袋を受け取った。


「ウィル、助かったよ。ありがとう」

「どういたしまして。ティーナ、これからもピュリーを頼むぞ」

「頼むってどういう意味ー!?」


 喚くピュリーをよそに、ウィルレンスは笑って翼を広げ、その場から飛び去った。


***


 「もー、ウィルったらいつまでもわたしのこと子供扱いするんだから」


 ティーナが買って来たものを倉庫に運び入れながら、ピュリーがこぼした。


「ウィルとピュリーは知り合いなの?」

「んー、まあね。実はわたし、子供のときはすごく体が弱くて、病気ばっかりしてたの。もしかしたら、大人になる前に死んじゃうかも、って言われてたんだ」


 意外だった。今のピュリーはいつも元気で病気知らずだ。


 「今は見ての通り、元気いっぱいだよ。でも小さい時は、いつどうなるか分からないから、ってクロモドさんのお家にお世話になっていたの。家族にもほとんど会えなくてすごく寂しかったんだけど、ウィルがその間にお話し相手になってくれたんだ」

「そうなんだ」


 普段は底抜けに明るいピュリーだが、病気ばかりしていた時はかなり辛かったはずだ。それでも今、笑っていられるのはクロモドやウィルレンスの支えがあってのことだろう。


「だからわたしも、セシェルの力になってあげたいの。今が辛くても、いつか元気になれる日が来るかもしれないでしょ? でも、たった独りでずーっと頑張り続けるなんて無理だから」


 確かに、セシェルと一番仲が良いのはピュリーだ。セシェルの体調を整える薬は決して美味しいものではないが、ピュリーが励まし、体をさすったり、話をして笑わせているところをよく見かける。

 自分も長く病で苦しんだこともあり、何をしたら嬉しいかが分かっているのだろう。


「……とはいっても、アルテナさんには迷惑かけてばっかりなんだけどね。わたし、要領わるいし、ウィルに心配されるのも無理ないよ」

「そんなに気にすることじゃないよ。わたし、ピュリーと一緒だと楽しいし! これはピュリーが持ってる素敵な力だと思う」


 ピュリーと話していると、ティーナも元気になれる。彼女の健気な姿勢は人を巻き込む。

 アルテナがピュリーに対して本気で怒ったりしないのは、それを理解しているからだろう。

 しょんぼりと肩を落としていたピュリーに笑顔が戻り、ティーナをぎゅっと抱きしめた。


「えへへ、ありがとう。ティーナは優しいね」

「ピュリーったら……。早く片づけないと、アルテナさんに叱られちゃうよ」

「はっ、いけないいけない。続きやろう!」


 ピュリーがティーナから体を放し、いそいそと荷物に手を伸ばす。

 くるくると変わる彼女の表情はまるで小さな子供のように愛らしい。ティーナは彼女から見えないようにくすりと笑った。

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