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14章 孤高の戦士

 アルフィオンは一人、島の奥の墓地にいた。

 この島の人間が死ぬと、亡骸は燃やされ、灰がまかれる。自然の一部となり、生きるものの糧となるという考え方だ。記憶に残すため、死者の名前を刻んだ石を並べた場所が墓地と呼ばれている。

 墓地の隅の方に置かれた、何も刻まれていない石の前にアルフィオンは立っていた。自分と一緒に島に流れ着き、命を落とした母のしるしだ。遺体も持ち物も見つからず、名前も分からない。この島の人間ではないから、墓地に石を置くべきではないのかもしれない。それでも、どうしても母を感じたくて、アルフィオンは、その存在を知った日に、墓地の隅に石を置き少しの花を飾った。今でも、時々ここを訪れる。

 立派な戦士である父と、明るく優しい母のもと、双子の兄弟とともに育ったが、いつからか、自分はどこか浮いているように感じていた。家族の誰とも、島中の誰とも似つかない、(すす)のような黒い髪。それは時に、子供たちの嘲笑の的になった。いつも、盾になり助けてくれたのはラッシュだった。

 彼が十歳になった時、一対の翼が生えた。しかしアルフィオンに翼はないままだった。

 両親の口から語られたのは、自分は赤子の頃、島に流れ着いた孤児であるという事実だった。本当の母親も一緒だったが、命は助からなかったという。怒りや悲しみは湧かなかった。育ての両親から、実の子供のように愛されていることは分かっていた。

 ラッシュや周りの子供たちが飛ぶ練習をする横で、懸命に自分なりの特訓をした。飛ぶことができないなら、誰よりも早く走れるように、どんな崖でも登れるように、手が血で汚れても止めなかった。

 神鳥と守護者の加護に守られた島で、たった一人の翼なき者、島の外から来た異端の存在。後ろ指をさされ、不審な目で見られることも少なくなかった。

 赤ん坊のうちに殺すべきだ、という意見もあったのだと、後になって知った。守ってくれたのは、ローク王とその妻だ。アルフィオンの体を守護者や魔術師に調べさせ、普通の赤ん坊であることを証明してくれた。オーデリクとカーシャが、親になり正しく育てると申し出てくれた。自分は本当に恵まれている。

 自分にできるのは、一生を王のため、島のために捧げることだ。島の人々のためになるならば、どんな汚れ仕事もこなし、命も捨てるつもりでいる。

 十六歳になった時、アルフィオンは今まで暮らしていた家を出た。両親やラッシュに愛想を尽かしたわけではない。ただ、当たり前のように翼で空を飛ぶ者たちと共に暮らすのは、ほんの少しだけ辛かった。

 その気持ちを殺すため、剣術に打ち込み、島を脅かすものが近くにいないか見張りながら一人で生きている。十八歳という若さながら、戦士の長であるオーデリクも舌を巻くほどの剣技を身に着けていた。

 一生孤独でも構わない。自分を受け入れてくれたこの島を守る剣でありたかった。


「よう」


 後ろから呼び掛けられ、アルフィオンは振り返った。

 そこにいたのはキルシェだった。嵐の晩、島に流れ着いた母とアルフィオンを見つけたのは彼だ。母親の命を救えなかったことを、何度も何度も詫びてくれた。母の姿を見て、声を聴いたのはキルシェただ一人。アルフィオンは度々、母の話を聞かせてくれとキルシェにねだった。彼はその度に記憶を手繰り寄せて、自分の見たもの、聞いたことを教えてくれた。

 アルフィオンにとって、キルシェは命の恩人だ。彼が王になった暁には、全身全霊をもって仕えようと思っている。そのためには、もっと強くならなければいけない。


「邪魔したか?」

「いや、構わない」


 キルシェは島の王の息子でありながら、翼も持たないよそ者のアルフィオンを、本当の弟のように可愛がってくれた。今は、あまり行動を共にしない。一緒にい過ぎると、キルシェに悪評が立ってしまいそうだったからだ。


「アル、たまには俺と手合わせしに来いよ。ラッシュもお前と戦いたいって言ってたぞ」

「……ああ」

「セシェルの相手をしてくれるのはいいが、たまには俺たちにも構ってくれよな?」

「なっ……!」


 顔が熱くなるのをアルフィオンは感じた。キルシェがにやにや笑っている。


「お前が来た日は、セシェルの機嫌が良くなるんだよなぁ」

「冷やかすな」


 キルシェの妹であるセシェルとも、アルフィオンは長い付き合いだ。

 母の顔を知らずに育ち、翼はあるが病弱ゆえに他の皆のように飛ぶことが難しく、独りになりがちだった彼女に、小さい頃からアルフィオンは自分と似たものを感じていた。寂しそうにしているセシェルに、何気なく海辺で拾った貝殻を渡したことがある。それ以来、彼女はアルフィオンが訪れると大層喜んだ。


「……キルシェ、あのよそ者のことだが」 


 これ以上、キルシェに好き放題に喋られると何を言われるか分からなかったため、アルフィオンは話題を変えた。


「ティーナか? あいつ、よくやってるよ。セシェルとも仲良くしてる」


 キルシェも、王も、周りの皆も、行き倒れていたあの少女を受け入れている。丸腰の哀れな孤児の娘だと、危険視されていない。

 しかし、本来ならば、この島にたどり着くことができる人間はいないはずなのだ。一度だけなら、たまたまで済ませることもできるだろう。だが、すでに自分という先例がいる。

 彼女は本当に、偶然迷い込んだただの少女なのか、アルフィオンには疑わしかった。

 なぜ、当たり前のようにティーナは受け入れられているのだろう?


「まだ、完全に信用しきるには早いのではないか」

「お前は心配性だな。何かあれば親父か俺が動くさ」


 いや、とアルフィオンは心の中で否定した。

 もしものことがあったなら、彼女に手を下すのはキルシェや王であるべきではない。

 汚れ役を担うのは、自分だけで十分だ。例えそれで恨まれることになっても構わない。

 もとより、自分は孤独なのだから。

 ティーナのことは警戒しておくべきだろう。アルフィオンはキルシェに別れを告げ、その場を去った。


***


 それは、アルフィオンが十四歳の頃だった。

 家族が寝静まる時間、アルフィオンはこっそり家を抜け出した。

 寝付けない晩には、いつも散歩をしていた。行くのはいつも海辺だ。月明りの下で波の音を聞いていると、心が落ち着いた。

 誰も伴わず、一人きりの散歩だった。だが、その日は砂浜の上に立つ先客がいた。


「セシェル!?」


 アルフィオンは驚いて、とっくに眠っているはずの王の娘の方へ走り寄った。


「アル!」


 セシェルはアルフィオンの驚きなど気にもとめず、その姿を見てにっこり笑った。


「どうしてここに? いや、どうやってここまで?」

「兄さまがこっそりお外に出る時に使う道があるの」

「そうまでして、一体何を」


 この島は一年を通して温暖ではあるが、それでも夜は少し冷える。体の弱いセシェルは、気を付けないとすぐに風邪をひいてしまう。


「わたし、飛べるようになりたいの!」


 十二歳となれば、この島の子供は翼の扱いを覚え、自由に飛ぶことができる。

 しかし、セシェルは未だ、少しの間、宙に浮かぶのがやっとの状態だった。


「兄さまみたいに、他の子みたいに、飛びたいの」

「セシェル、気持ちは分かるけど、無理をしては駄目だ。また体調が悪くなったら……」

「そんな風に考えていたら、いつまで経っても飛べないわ!」


 セシェルはぴしゃりと言い、翼を広げて懸命に羽ばたいた。彼女は決して我がままというわけではないが、頑固なところがある。一度決心したことを、ころころ変えたりはしない。

 おそらく、アルフィオンがどれほど止めても聞き入れはしないだろう。かと言って放っておけば、夜が明けても続けかねない。

 アルフィオンには翼が生えることはない。だから飛べないと諦めもつく。だがセシェルは、翼があるのに飛べない。それはきっとアルフィオンが思うよりもっと悔しいことなのだ。


「だったらせめて、これを着るんだ」


 アルフィオンは自分の上着を脱ぎ、セシェルに着せてやった。自分も飛ぶことができたなら、色々と助言をしてやれるが、それはできない。


「見ていてあげるから、頑張れ」

「ありがとう!」


 セシェルは助走をつけて、何度も飛び上がろうとする。時おり体勢を崩して、砂浜の上に座り込んでしまったが、アルフィオンが手を貸そうとしても拒み、必ず自分の力で立ち上がった。

 どのくらい経っただろうか。夜明けにはまだ早いが、そろそろセシェルの体力は限界のはずだ。

 今日はもうやめよう、アルフィオンが言おうとした、その時――


「あっ……!」


 セシェルの体は、宙を滑っていた。銀色の翼を、しっかりとはためかせて。

 地面との距離は、大人ひとり分程度だったが、確かに彼女は飛んでいた。


「アル、見て! わたし飛んでる!」

「ああ、すごいよセシェル!」


 アルフィオンはセシェルに並ぶ形で、砂浜の上を走った。

 セシェルの体勢が崩れ始めた。軌道がぶれ、ふらふらしている。


「セシェル、大丈夫か!」

「分からないわ、どうしよう!」


 セシェルの翼がばたばたと忙しない羽ばたきを繰り返している。このままでは受け身をとれぬ間に地面に落ちてしまいそうだ。

 アルフィオンはセシェルの軌道の上に先回りし、両手を広げて立った。


「セシェル、ここまで頑張って来てくれ!」


 セシェルが頷き、何とか持ちこたえて降下を始める。

 アルフィオン目がけて降りてきたセシェルを、彼はしっかりと抱きとめた。


「アル、わたし飛べたわ」


 呼吸は乱れているが、セシェルは晴れやかな顔をしていた。


「ああ。見てた。セシェルはちゃんとできたんだ。よく頑張った」


 ぎゅう、とセシェルがアルフィオンの背に手を回して抱き着いた。そして、屈託のない笑顔を向けてきた。


「アルが見ていてくれたからだわ。わたし、アルが傍にいてくれたら、何だってできるような気になるの。わたし、アルのことが大好き!」

「なっ……」


 顔が熱くなるのをアルフィオンは感じた。夜でなければ、耳まで真っ赤になっているのを見られているところだ。


「……ありがとう。セシェル。さあ、もう帰ろう」


 あやすようにセシェルの頭を撫で、彼女の手を引いて、アルフィオンは城へ向かった。


 翌日、セシェルが熱を出してしまったと聞き、アルフィオンは城へ駆けつけた。

 伏せる彼女を見て、罪悪感があふれ出した。


「ごめんセシェル。俺がもっと早くに止めていれば……」


 セシェルは苦しそうに息をしながら、アルフィオンの手を取った。


「アルのせいじゃ……ないわ……。治ったら、また、飛ぶところ……見てくれる……?」

「ああ。もちろんだ。また見せてくれ」


 アルフィオンが手を握り返すと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「嬉しい……。アル、大好き……」


 セシェルはとても素直だ。相手に好意をぶつけることにためらいも恥もない。

 成長しても、それは変わらなかった。体が弱くてもそれを嘆くこともせず、誰かに当たり散らすこともない。

 妹のようであったはずの彼女に、いつの間にかアルフィオンは心を奪われていた。

 彼女の笑顔は、魔法のようにアルフィオンの心をとかす。いつまでも、セシェルには笑っていて欲しかった。

 しかし出自も分からない孤児が、王の娘と結ばれるなどあってはならないはずだ。

 自分のなすべきことは、彼女が幸せでいられる世界を守ること、それだけだとアルフィオンは己に言い聞かせた。

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