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9章 島での生活

 ティーナがセシェルの世話係となってはや十日が経つ。

 世話係の仕事は、炊事、洗濯、掃除など多岐にわたる。

 基本的にはセシェルが使う部屋の整頓や、彼女の身の回りの世話だけを行う。休憩も休暇も、世話係同士で交代でとる。休ませてもらえると知った時には、ティーナは思わず驚きの声をあげ、アルテナに訝し気な視線を向けられたが、深追いされることはなかった。

 しばらく共に過ごして、ピュリーとアルテナのことは何となく分かってきた。

 ピュリーは少々そそっかしいがとても明るく、ティーナにもよく話しかけてくれる。彼女の方がアルテナより後に世話係になったようで、更に自分より後に加わったティーナの世話を焼きたくてたまらないらしい。

 一方のアルテナは、黙々と、手早く正確に仕事をこなす。表情もあまり変えることがない。ピュリーのお喋りが過ぎるときに眉間にしわを寄せて小さくため息をつくくらいだ。ティーナに仕事を教える時も、あまり褒めることはなく口調もきつい。ただ、ティーナが何か聞いたときにはちゃんと教えてくれ、間違ったことをすると何が駄目なのかを説明する。声を荒げられたり、無視をされてばかりだったティーナにとっては、それだけでとても有難かった。

 セシェルはとても優しく、ティーナがすること一つ一つに笑顔で礼を言ってくれる。わがままの一つも言わない。ティーナがかつて仕えていた主人の娘とはまるで反対だ。

 ただ、体が弱いのは本当で、時々咳き込んだり、すぐに疲れてしまう。毎日薬を飲む必要があり、それを管理するのも世話係の仕事だ。

 友人になった皆が、仕事中にすれ違った際や、休憩の時間にティーナに話しかけてきてくれた。特にラッシュは、合間をぬってよく様子を見にきてくれたし、都合があえば一緒に市場や海辺に出かけた。

 まだ仕事は完璧ではないが、ティーナにとっては今までにないほど充実した日々だった。

 島の民と違いティーナは飛ぶことはできないが、それはあまり気にはならなかった。


***


 ティーナは鍛冶屋の戸を開けた。以前、キルシェとラッシュに連れられて、隣の装飾品店には来たが、鍛冶屋を訪れるのは初めてだった。

 持っている手提げ袋の中には、布でくるんだ料理包丁が入っている。定期的に研ぐのを依頼するのも仕事のうちだ。

 いつも、レイドに頼んでいるとアルテナは言っていた。あの無口な少年に会うのは久しぶりだ。

 扉についていた鈴が鳴り、少ししてレイドが現れた。


「ティーナだ」

「レイド、こんにちは。あの、包丁を研いでもらいに来たのだけど……」


 ああ、とレイドが頷き、手提げ袋をティーナから受け取った。


「そんなに時間はかからないから、良かったら姉さんの店でも見てって。終わったら呼ぶよ」


 他に用事は言いつけられていないので、ティーナはその言葉に甘えることにした。ライラの店の品物は、見ているだけで楽しい。

 隣の店へ続く扉を開けると、職人のライラの他に、もう一人ティーナの知った顔がいた。魔術師のルイゼルだ。


「あ、ティーナじゃないか!」


 ライラがティーナに気づき、嬉しそうに言った。


「こんにちは、ライラさん、ルイゼルさん」

「元気そうでよかった。また来てくれるなんて嬉しいよ」

「ここに売ってるもの、どれも綺麗ですから」


 そういえば、なぜルイゼルがここにいるのだろう?


「ルイゼルさんは、ここによく来るんですか?」

「ああ、こいつは一番の常連なんだ」

「ほら、美しいでしょう? わたしは美しいものが何よりも好きなのです」

 

 ルイゼルが見せてくれた彼の指には、小さな濃い紫色の石がはまった銀色の指輪が輝いていた。


「そうだティーナ、時間あるならあたしに何か見立てさせてよ。あたし、あんたを見てるとどうにもうずうずしてくるんだよね」

「う、うずうず……?」

「ライラ、年ごろのお嬢さんをあまり怖がらせるものではありませんよ?」


 とは言うものの、ルイゼルはどこか楽しそうだ。


「あんた、今までお洒落とかあんまりしたことないだろ。それじゃもったいないよ。何かつけよう」

「えっ!? で、でもわたし、全然可愛くないですし、きっと似合わない……」


 装身具なんて、ティーナは生まれてこのかた身に着けたことがない。暗い栗色の髪に、鳶色(とびいろ)の瞳、地味で顔色も決して良くない。セシェルのように綺麗な少女であれば、きっと何でも映えるだろうが、自分にはとても似合わないだろう。

 ライラはティーナの顔に手を伸ばし、頬を両手で包み込んで軽くむにむにと押した。

 ルイゼルがくっくっと笑う声が聞こえた。


「ラ、ライラひゃん……?」

「あんたは十分可愛いけど、大事なのは顔の良し悪しじゃない。どんな女の子にだって、似合うものは必ずある。それを作るのが職人の仕事なんだよ。分かった?」

「ふぁい……」


 頬を押さえられたまま、ティーナが間の抜けた返事をすると、ライラが手を放し、商品が陳列されている台の方へと歩いていった。


「そういえばティーナ、セシェルちゃんの世話係なんだっけ? 指輪とか首飾りは邪魔になるか……髪留めにしよう。それなら邪魔にならない」


 ライラは並んでいる様々な髪留めをいくつか手に取り、ティーナの髪にあてては戻した。それを何度か繰り返し、一つのバレッタを見て、これだ、と頷いた。


「これにしよう。ティーナ、後ろ向きな」


 言われるがまま、ティーナが後ろを向くと、ライラはティーナの左右の耳から上の後ろ髪を手に取り、一つにまとめてバレッタで押さえた。


「いっちょ上がり。ルイゼル、どう思う?」

「とてもお似合いですよ」


 ルイゼルが笑顔で答えた。

 自分で見てみな、とライラに促され、ティーナは台の上に置いてあった、首から上が映るほどの大きさの鏡に背を向けて立った。ライラから手鏡を受け取り、それを覗くと後頭部が見えた。

 横向きの楕円形をした真鍮(しんちゅう)の台座に、花と蝶を模した彫り物がされている。中央に、親指の爪ほどの大きさをした空色の石がはめ込まれていた。


「わぁ……」

「使われているのは魔除けの石ですね。お守りになると言われています」

「そ、この島に住んでる人なら一つは持ってるんだ。あんたもこれであたしらの仲間入りだよ」


 バレッタをつけてもらったはいいものの、大事なことを忘れていた。


「あ、でも、わたしまだ給金をもらっていなくて……」


 ティーナが申し訳なさそうに言うと、ライラが笑ってティーナの額をつついた。


「あげる」

「で、でも……」

「いいよ。ただし、これっきりだ。次からは自分で買うか、買ってくれる男を引っかけて来な」


 本当にいいのだろうか、確かめたくてティーナはルイゼルに視線を向けた。彼は穏やかな笑みを浮かべて頷いた。貰っておきなさい、ということだろう。


「ありがとうございます、大切にします!」


 ちょうどその時、鍛冶屋へつながる扉が開いて、手提げ袋を持ったレイドが入ってきた。


「お待たせ。終わったよ」

「ありがとう。これ、お代金」


 ティーナは手提げ袋を受け取り、代わりに硬貨が数枚入った包みをポケットから出してレイドに手渡した。


「ありがと、またよろしく」

「もう行かないと。ライラさん、また来ます!」

「これからもご贔屓(ひいき)に」


 軽く頭を下げ、ティーナは店を出ていった。バレッタにはめられている石が、淡く光った。


「ルイゼル、あれの代金、あんたにつけとくよ」

「おや、そうきましたか」

「ははっ、冗談さ。あの子、随分いい顔になったからね。それでチャラだ」


***


 その日の夜、ティーナは寝台に座り、真鍮のバレッタをじっと見つめていた。

 人からものをもらうなんて初めてのことだ。どうしてこの島の人たちはこんなに親切にしてくれるのか、少しだけ、不安にも感じる。これはすべて夢なのではないか、と考えてしまうほどだ。

 しかし、確かに自分は生きている。この島での生活は始まったばかりだ。まだまだ覚えることはたくさんある。

 明日も早起きしなければ。ティーナはバレッタを寝台の横の机に置き、ランプを消して眠りについた。

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