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あの世★この世

作者: 守武 治比古

  ―  あの世★この世  ―

                                   

                             

  いつもは恐ろしく怖い妻が早朝から何故かウキウキと楽しそうに蝶のように(と言いたいが?)踊りながら唄っていた。

  「何ていう曲かな?ああそうだ、カッチーニのアベマリア。アベマリアはいくつかあるけど俺はこれが一番好きなんだよな」



 突然私に話しかけて「ねー知ってた。あの世とPCやスマホでメール送信できるようになったんだって」

  「そうなの?アドレスはどうやって調べるの?」

  「市役所のホームページを開いて(市内物故者・最新メールアドレス一覧)にアクセスするのよ」

  「ああそう、やってみるかな。お袋のデータにログインするのにIDナンバーとかパスワードを入力しなくちゃいけないのか?これ何か変だけど?命日か?生年月日かな?それともここの電話番号かな?」

  「それはないでしょ、簡単にバレちゃうでしょ」

  「お袋の好きだった映画スター 誰だっけ?顏はでてくるんだけどな」

  「え〜 ロバート・ボーンじゃない。デビット・マッカラムかな?」

  「どっちにしろ、ナポレオンソロ0011か?ダメだな。もう1回かな?0011!ああこれでOKだよ、00110011」

  「意外とわかりやすいよね。これだとバレちゃうね」

  「早速、お袋にメールするか!金おくれとか?」

  「オレオレ詐欺みたいなセリフだよ〜」 

   

   

   ご無沙汰だね。そちらはみんな元気なの?

   安心してよ。我々家族はいつもの通り元気で明るく賑やかに暮らしてるよ。

 覚えてる?今は庭にフキがいっぱいで、丁度柔らかくて食べ頃だよ。

 近所の人たちも聞きつけてよく取りに来てるよ。

 

 お袋が亡くなったちょっと後に長男に男の子が授かった。

 まるでお袋の生まれ変わりのように顔はそっくりそのままで。笑っちゃうよ。

 実は、息子の嫁がお袋を見舞いに来た時には、お腹の中に孫(お袋にとってはひ孫)がいたんだ。

 ただ、順調に育つていくのかどうかがわからなかったので、話しをすることは差し控えていたと言ってたよ。   

 

 それと お袋が大好きだった親父にそっちで会えたかな?

 今は一緒に暮らしてるかい?一緒だとしたら、二人で話している姿は何となく想像できるけど。

   そちらは過ごしやすいの。どんな暮らしぶり何だろう?

   健やかで楽しく笑いのある暮らしであればいいといつも願ってる。

   

   思えば、お袋は親父と結婚してからの生活は苦労の連続だった。

 でもお袋はどんなに苦しい時でも絶えず笑顔だった。

 その笑顔に子供ながらいつも勇気づけられたもの。

 

 お袋は戦前に中国大陸のドイツ疎開地で有名な青島チンタオで生まれた。

 ドイツ人が作った綺麗な海辺の街で、その地から祖父が「美津江」と名付けた。

 祖父祖母と母の姉弟との5人暮らし。

 祖父は母方の実母と離婚していたので、母は養母とその娘・息子である姉や弟と一緒に暮らすこととなったね。

 気苦労も多かったかも知れないけど、大変仲良く暮らしていたと聞いていた。

 その頃、祖父の仕事が順風満保で永遠に豊かな生活が続くように感じたようで。

 経済的にも全ての意味でお袋の一番良き時代だっただろうね。

 

 終戦後、日本へ引き上げてくる時の苦労が色々あった。

 家族みんな一文無しで帰ってきた。

途中で色々なものを盗られたり、事件に巻き込まれたりの連続。

当時は日本の国全体がそうだったから、それを苦労だとは思わなかっただろうけど。命があっただけでも良かったと、お袋がそう話していたと記憶している。

 

 親父と結婚してから幸せである反面、経済的には苦労の日々の連続。

 親父はプライドが高く才能があるように見えたが、仕事は自分から頭を下げてお願いするのでなく、人さまから是非にと請われて引き受けるものと考えていた人だった。

 そんな性癖から家庭の生活は常に火の車。

 日頃から難解な書物を読みふけり、近所の人たちを集めて講釈する毎日の生活で、市井の文化人を気取っていたものだ。

 近所に住む大学教授から「羨ましいですね。そんなに限りなく時間のある、毎日の読書三昧で。私なんか雑事に追われて研究なんかろくにできませんから」とよく言われたもの。

 

 親父の口癖は金は天下の回り物。ともかく何とか食えてるから。

 それもそのはず。

 自分は働かなくてもお袋が一生懸命頑張っていたから。

 ごく普通の生活を私たちがおくれたのも、全てお袋が働いていたからなんだ。

 

 早朝には内職をし、昼間は薬品工場の仕事や自宅で和裁洋裁教室を営んだり、夜中にはまた内職をと。寝ている姿を見たことがない。

 当然だが、掃除・洗濯・3食の食事の仕度から、毎日野菜を育てたりもしてたね。

 

 通常は男の仕事の大工仕事(雨漏りやガラス戸のガラスの入れ替えやブロック塀を直したりなどの作業の諸々)までこなす日々。

 今から思うと出来上がりは素晴らしいとは言えないが、やろうとする前向きさがあり、常に生きることにポジティブだった。

 

 お袋から教えられたことは、毎日の暮らしぶりの全てだ。

 自分自身にいつも厳しく律していたけど、人に対してはいつも優しく思いやりがあった。

 親父に対して甘かったのは、心から惚れていたからだろうな?

 親父は故郷・佐賀では神童と呼ばれ、芥川龍之介や太宰治のようなイケメンだった。

 ということはお袋は面食いだったようだね。

 

 ある時こんなこともあった。

 我が家が一番生活が苦しかった頃、お袋は新宿のピンク・キャバレーの面接を受けにそのチラシを手に握り、慌てて家を出て行った。

 当時は子供心に何か奇妙な胸騒ぎを感じていたものだ。

 その時の出来事は今も私の頭の中に鮮明に残っている。

 面接結果は年を取りすぎていて不採用とのこと。真実は美人でなかったからのようだが?

 けしてブスではないと私は思うのだが?誰が面接したんや〜!と突っ込みたくなり、何故だか無性に腹が立ったのは何故だろうか。

 そんな事を思いだすにつけても女性は凄いよね。特に母は強しと理解したものだ。

 

 年老いてからのお袋は、ますます気の毒で、アルツハイマー型・認知症となり介護を受ける生活が長く続き、ソフアーから滑り落ちて大腿骨頸部骨折をきっかけに、車椅子生活になり、認知症はかなりひどく悪化し、介護の最終段階では食が取れずに胃瘻状態となってしまい、可哀想なことになってしまったと家族みんなが痛感していた。

 

 私自身も今は還暦より古希に近くなり、認知症に初めてなった頃のお袋に近づいている。

 お袋が身をもって教えてくれた、前向きに生きること、今でもこれが私の一番大切な生きて行く糧になっている。

 お袋はきっと我々の近くで、家族を見守ってくれているように感じる。

  「産んでくれてありがとう」と声をかけてあげたい。

 お袋!そちらでは、身体に気を付けてお過ごし下さい。

 ではまたメールするね。

 親父によろしく。

 いつまでも元気で!(これ? 変かな?)

 あ〜 それからパスワード変えた方がいいよ!

 

 

  「お母さんから早速に返信メールきてるよ」

  「何だって?」

「お前は 私が父さんに惚れてたって?言ってたね。そんなの最初だけだよ。恋愛なんて結局は錯覚と誤解から始まって終わるのさ。ほら世間で性格の不一致でよく離婚してるだろ〜。あんなの当たり前さ!一致するわけないのさ。みんなそうだよ。恋愛のまま結婚しない方がいいのさ。どうせ男と女は分かり合えるわけないんだから。お前の話は綺麗すぎるんだよ。 やっぱりこの世はなんたって金だよ! 男は理屈がどうのこうの?ってさ、父さんがそうだろう。へ理屈ばかりだからね。男社会だからつまらない世の中なんだよ。そんなのいいからさ。フキ送ってよ!それとまた スカイプしようね。孫に会いたいからさ」

「そうか・・・・・・」


 この世で人生を終えて、あの世にいってから次の生涯が始まるが、いったいいつまで続くのか?あの世も人間だけではないかもしれないから?

 それこそ高齢化社会の最たるもの。人口の増加ばかりで、あ〜人間だけではなかったな。減少はないのかな?地球よりももっと広いのかな?とても摩訶不思議なことであると・・・・・・考えてしまう。

 この世も大変だけど、あの世も多くの課題がありそうだ。


「あ〜 はい。そうか?あいかわらず元気だね。お袋は今年100歳で バアチャンが130歳」

 世の中先が見えない。

 これこそ本当のお先真っ暗。


 









                                  

 

 

 

 

 


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