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ミュージックバー  作者: 天海全児
1/7

名前

【1】

 昨晩、大船のミュージックバーに行ってみた。先日、学生のような若い女性が、ビラ配りをしていた。音大卒の女性が生演奏を聴かせるのだといっていた。ビラ配りに出会う前に見付けていたのだが、看板に何故か演歌歌手の大きな写真が貼ってあったので、その違和感で入る気がしなかったのだ。入ってみると、やはり演歌歌手のばかでかい写真があるものの、雰囲気はクラシック&jazzの雰囲気だった。音大卒のプロと思われる若い女性がピアノを弾いている。数人の客が中央のテーブルで飲んでいた。中に女性客がひとり。

 カウンターに座った。カウンターの左端に中年の男性客がひとり飲んでいる。カウンターの中には若い女性スタッフがふたり。二人とも特段に美人というほどではないが、清楚な雰囲気が漂っていた。白いブラウスと黒のロングスカートがその感じを引き立てる。ひとりは面長の顔立ちで髪は肩ぐらいまで伸ばしている。25歳ぐらいのようだ。もうひとりは四角い顔立ちで髪はショートカットにしていて、両方の頬の脇髪をクワガタの角状にカットしている。

 綺麗とは言えないがこのショートカットが実に顔立ちにぴったりとしていて、なんとも言えない可愛らしさが漂う。面長の女性がメニューを渡してくれた。赤のグラスワインを注文した。面長と話をした。なぜ演歌歌手の写真を貼ってあるの、と聞いたら、ここで唄う人なの、とパットしない返事。俺の感じている違和感を察知しないので苛立ちを覚える。さほど頭が悪そうには見えない。

 きっと頭がいいはずだ、演歌とこのミュージックバーとの組み合わせがもう慣れっこになっているからなのだろうと、何故か俺は面長を弁護するしたたかさを自覚した。どうも俺はこの面長を気に入ったようだ。クワガタの髪の娘も可愛くて好きなのだが、比べるとやはり面長のほうがよい。まもなくして面長が赤のグラスワインを差し出す。俺は、わざと女の細くて白い指に触れるように、しかし気付かれないようにしてグラスを受け取る。指は冷たかった。名前なんというの? と聞くと、リサ、と答える。

 返事を聞きながら、グラスワインをひとくち飲み終わった。まずい。俺がよく買っているAmazonの6本5000円の美味しいワインには遠く及ばない。リサという名前か?この女にはどういう名前が似合うのか? いつしか俺は、面長を女性スタッフでなく、いわゆる「オンナ」として考えていた。人類というより、女類として視ていた。リサより、もっとふさわしい名前があるのではないのか?それはなんだ? 俺は、まず最もふさわしくない名前から考えてみることにした。まず、あけみ。佐々木小次郎の情婦の名前だ。知性なく、情欲しか持ち合わせていない低能な女類だ。似合わない。いや、似合って欲しくない。面長が、もしもあけみと答えていたら、どうした? 気分ぶち壊しだ。ちよこは、どうだ? 同じ。だめ。亡くなった歌手島倉千代子の「東京だよ、おっかさん」の歌が聴こえて来てしまう。みゆき、だめ。あの天才歌手&作詞作曲家の中島みゆきの名前だが、だめ。大体、中島みゆきは名前でだいぶ損しているのだし。よしこ、だめ。けいこ、だめ。はるこ、だめ。のりこ、だめ。きょうこだめ。あやの? お、いいかも。いや、待て。だめだめ。しのぶ? あやのと似たり寄ったりだ。俺の名前、まさみ。だめ。段々、馬鹿らしくなってきた。いい加減ちゃんとかんがえろ!と、自分に言う。


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