第1章 3話 『危険な者』
1
結局、危険な目に合わせてしまったわね。
彼女の言う通りだった。
危険が一番のスパイスとなる。
全くその通りだ。
起こってしまったものは仕方が無い。
やるべきことはやる。
ただそれだけだ。
恐らく敵は統率がとれていない。
銃を撃つ、殺す、捕まえるということだけはできるが連携というのは教えてもらっていないらしい。
完全にリーダーのワンマンプレイね。
この作戦は上手くいきそうね。
いや、まだ作戦は始まったばかりだ。
落ち着いて行動するべきだ。
先走らずに行う。
2
さて次のターゲットはどこかな?
見つけた。
二人して銃を施設の者に向かって乱射している。
銃の知識が無いので詳しくは分からないが、連射に優れているマシンガンというやつだろう。
同時に多くの悲鳴が聞こえた。
助けられなくてごめんなさい。
今の私には無理だ。
多くを救うこと、それは諦めた。
ここまで来て多くの血を見た。
そして死体を見た。
ここは|悲惨な状況だ。
それにはもう慣れた。
慣れているのではない麻痺しているのだ。
だったら手に届く命を守ることが私の役目だ。
さてどうする?
銃を撃てば気付かれるし、私は射撃に優れているわけではないからなるべく近接戦に持ち込みたい。
ナイフの刃を二つ両手に持ち、敵の背後に離れて立つ。
敵は背後に注意を向けていない、その隙を狙い背後を狙いナイフを投げる。
当たらなくても良い。
当たれば尚良し。
そしてすぐに走り出す。
ナイフの結果を確認することなく。
一本目は外れたが、二本目はなんと大当たり。
一人の背中に命中した。
敵は慌てだす。
でも遅い。
ナイフは陽道作戦のつもりだったが、別の結果を導いた。
走って相手の背中からナイフを抜き取りそのまま体を投げ飛ばす。
そして抜き取ったナイフで隣の敵の喉元を切り裂く。
血があふれんばかりに噴き出す。
多分、死ぬだろう。
だが気には止めない。
投げ飛ばされて痛みに耐えている敵をにナイフを首元に当てる。
「あんたたちのボスは何が目的?」
「『忌能者』を集めることだよ」
痛みに耐えていながらも答えてくれる。
「知っているわ。あんたのとこの大男は能力保持者ね?」
「そうだ」
「その能力は?」
「それは絶対に言えねぇ」
「分かった」
確認は取れた。
もうこれ以上は聞き出せないだろう。
そして敵の頭を勢いよく、地に叩きつける。
敵はその衝撃で意識を失った。
「生きているだけ、ましだと思ってね……」
背中の刺し傷は浅いから手当は必要ないわね。
あと五人。
力押しでもいけなくは無いが、やはり危険が伴う。
そうなるとあと二、三人は仕留めなければいけないわね。
ナイフの回収を済ませ、軽く血をぬぐう。
もう相手のことを気にしている場合ではない。
その突如、爆発音が鳴る。
それはコウ君のいる部屋に近い方向からだった。
焦る感情を抑え、その方向に向かう。
もうのんびりしていられない。
急がないと。
3
私はコウ君の部屋の近くにダッシュで向かう。
上手くいっているときほど、気を付けなければならない。
それは私の教訓だ。
現在、目にしていると敵は四人。
さっきの倍の人数だ。
この銃じゃ太刀打ちが出来ない。
やっぱり高性能な銃を奪っておけば良かったかな?
「おい! さっきから銃声が少ないか?」
「ボスが暴れているおかげで気付かなかったけど、聞こえていないな」
「俺たちが集まっているおかげで他の銃声が聞こえていないことが分かった」
不味いな……敵は異変に気付きだしたか。
この状況を打開するためは……
よしこの手でいくか。
私はある手段にたどり着いた。
銃を天井に向けて一発撃つ。
「バーン」と響き渡る。
それは大きな陽動音だ。
「見てこい、二人で背中をカバーしろ」
余計なことを。
だが予想通り、ふたりで向かってくる。
足音に緊張しながら次のことをイメージする。
よし近づいてきた!
私は天井から降りて、ひとりの背中をナイフで貫く。
体を動かすのは得意だ。
だから天井に上るなど造作もない。
とりあえずは成功だ。
まったく余計な一言がなければ、楽に済んだものを。
そのまま貫いた敵を盾にし、突然の事態に焦っているもうひとりを敵の銃でハチの巣にする。
どうやら声を出す暇も無かったようだ。
そして発砲音に気付き、走って来る敵を迎え撃つ。
到着したのを確認し、銃を乱射する。
こっちには盾、そして攻撃手段。
こちらの方が有利だ。
残った敵を一掃し、一安心する。
あとは一人か。
と思った矢先、ナイフが飛んでくる。
視界に入った瞬間に体の軸をずらす。
そのおかげでなんとか、かわすことができた。
しかし、かすってしまったようで頬から血が流れる。
「死ぬほど痛かったぞ」
マスクをかぶっていて、こもった声が聞こえてくる。
「どうやらまだ終わっていなかったようね」
「お前、人間の癖に1人で大勢の奴らを倒したのか?」
「単なる経験の差よ。でもあなたは撃たれたはすじゃ……」
そう確かに撃った。
玉切れになるまでね。
「防弾チョッキだよ。俺だけは付けていたんだよ。だがとてつもなく痛てぇ。今すぐにでものたうち回りたい」
といって防弾チョッキを見せびらかす。
それには銃弾が何発もめり込んでいた。
「なんであなただけ?」
「あいつらはただのマヌケだ。何も理解していないだけだ。つまりはあんたと同じ経験の差だよ」
能力保持者以外の敵にも危険な奴がいたのね。
「引いてくれる気はない?」
「それは無理だ。痛いけど、死ぬまでは足掻かないといけないからな。それが俺らの教えだ。」
「完全にブラックな教えね。あなた名前は?」
何故ここで意思の疎通をしようとしたのかはわからない。
でもそうするべきだと思った。
話の成立する敵側の『忌能者』は珍しい。
「俺たちに名前は無い。生きて死ぬまでが俺のすべてだ。名前など必要ない」
それは寂しいわね。
せっかく生きる執着心を持っているのに……
「そう。とりあえずナナシと名乗っておきなさい。私は日向灯。よろしくね」
いつもの挨拶を済ませると敵が動き出す。
私はそれを迎え撃つ。
4
まずは敵の蹴りが飛んで来た。
正面の敵を狙い撃つ真っすぐな蹴り。
予想はできたので簡単に回避することができた。
しかし次のナイフの動きは予想が出来なかった。
横なぎのナイフの振り。
なんとか反射的に体をそらし、致命的な一撃は回避することが出来たが完全には回避が出来ず、胸のあたりから血がにじみ出た。
「女性に対してデリカシーが無さすぎるんじゃないの?」
服を切り刻まれたのに少しイラッとした。
「お前を女とは見ない。それに人間だ。俺たちの敵だ。つまり殺すことには何の躊躇する気も無い」
こいつは厄介だな……
通常、武器を持った者はその武器を過信してそれだけで襲ってくる。
しかし通称ナナシは、全身を使って攻撃をしてきた。
おそらく武器を取り上げたところで勢いが弱まるだけだ。
これだけでは検討もつかない。
もう少し、情報が欲しい。
「まだまだいくぞ!」
次はナイフの一刺しが迫る。
さっきと違って情報があるだけで予想は出来た。
その攻撃は左腕で払う。
そして払ったと同時に両足で踏み込み、右拳で胸を打つ。
ナナシは「かはっ!」とこもった声でうめき声あげる。
受けと打撃を同時にこなすバースティングという技術だ。
この動作は至極簡単だ。
たまにナイフが刺さることもあるが、致命傷にはならない。
これは生き残るための技術だ。
大抵はこれを受けると一撃で動けなくすることが出来るのだが、さすがナナシは戦闘慣れしている。
少しひるむとすぐに呼吸を整えてきた。
中々、武器を落としてくれないな。
だがここで無理に落とそうとすると刺されてしまう。
戦闘慣れしている相手ならなおさらだ。
落ち着きを取り戻すとナナシは咄嗟にナイフを投げた。
すぐに反応したが、あれは投げナイフでは無い。
ただの陽動だった。
気を取られている瞬間にナナシは拳銃を取り出す。
少し距離を取っていたことによって、この距離は拳銃にとっては都合の良いものと化した。
逃げても間に合わない。
ならば、突っ込む‼
当たる覚悟で距離を詰めることによって、当たる確率をハネ上げ、致命傷を防ぐ。
そして発砲音と同じタイミングで体当たりを食らわせる。
運良く銃弾は逸れていき壁に命中する。
その衝撃でナナシを吹き飛ばす。
私の全力スピードでぶつかったのだから、そう簡単には立ち上がれないはずだ。
我ながら無理をしていると思う。
しかしナナシはしぶとくも持ちこたえていた。
明らかに相手の方がダメージを追っている。
でもあきらめていない。
本当に戦えなくなるまで、戦うつもりか?
ナナシはまた銃を構えだす。
しかし距離が足りていない。
私はすぐさま距離を詰め、左手で銃を掴み、腰をひねる動作で銃口を逸らす。
そのままナナシのバランスを崩し、銃を封じた後は右手で銃身をひねりナナシの手から銃を奪い取る。
相手の武器を奪い取るというディスアームという技だ。
隙を見せてくれないと使えない技だが、決まると効果的だ。
「これで終わりよ!」
奪った銃をナナシに突きつける。
「おいおい、あんたいったい何者なんだ? 人間の癖に俺を|圧倒するなんて」
「その台詞よく言われるわね。私はただの『HCT』の職員よ。ここにいる『忌能者』を助けに来たの。それに圧倒なんてしてないわ。こっちも必死よ!」
まぁただコウ君を説得しに来ただけなんだけどね。
確かに、最終的には私の勝ちだけど何度も死を覚悟したわ。
「そろそろ諦めてくれない? それに戦うのは大変なんだから、あんまり殺したくはないし……」
「それは無理だ。さっきも言った通り、死ぬまで戦わないといけない」
「でもネタ切れじゃないの?」
「俺はあんたには勝てない。それは分かっている。だから別の者を用意してきた。念のためにな」
ナナシが何かするのをのを見た。
しまった……油断をしていた。
これは私のミスだ。
すぐさま、ナナシを蹴り飛ばし壁に叩き付ける。
これでもかというぐらいに叩き付けだが、まだ意識があった。
ナナシは這いつくばりながらも、何らかの装置を取り出し起動する
そうはさせない!
拳銃で、装置を止めるために撃つ。
早く行動することには自信がある。
出来るだけ考えず反射的に行動する。
一発、二発、三発と続けざまに撃つ。
しかし勢いに任せて撃ったせいか、すべて外してしまった。
結局は失敗に終わった。
己の甘さを恨んだ。
そしてさっき撃っておけばという後悔が残った。
だが会話をしてしまったせいで余計な甘さが生まれてしまったのだ。
「これでお前も終わりだ。檻から解き放たれた獣を止めることできるかな?」
そのままナナシの意識は途絶えた。
目的のために本当に必死だったみたいね。
でもそれは私も同じこと……。
早くコウ君のもとに急がなければ……。
装置が起動したことによって、遠くから獣のような咆哮が響き渡る。
解き放られた獣。
その咆哮は何度聞いても恐ろしい。
5
さっきから何が起きている。
爆発音や銃声に悲鳴。
映像からではない。
これらはすべて近くで起こっている。
そしてまさに今、何かの咆哮が聞こえた。
初めて本当の恐怖を感じた。
恐ろしい。
とてつもなく恐ろしい。
いったいドアの向こうで何が起こっている。
確認しようにもここからでは分からない。
どうすればいいんだよ。
もしかして今日が俺の死ぬ日なのか?
そうとうは知らず、何も準備をしていなかった。
でも準備ってなんだ?
心の準備なのか?
身支度なのか?
嫌なことで頭が覆い尽くされる。
しかし、頭に浮かんだのはのは灯さんの事だった。
そういえば灯さんは何をしているのかな?
それを考えると心が安らいだ。
落ち着くことができた。
これが死ぬ準備なのかな。
しばらく考え事をしていると、ドアが勢いよく開かれる。
「コウ君、生きてる⁉」
目の前にはいたのは灯さんだった。
これは走馬燈なのかな?
思い出といったら灯さんとの記憶しかない。
だから走馬燈に登場するのは灯さんだろう。
それは間違いない。
でも目の前にいるのは正真正銘の日向灯だった。
しかしいつもと違って、スーツは着ておらず、体から血を流していた。
「ここから逃げるわよ」
「灯さん! 今、何が起こっているんですか⁉」
「話はあとよ。今はここから逃げることだけを考えて」
「でも俺は外には出ないって言ったじゃないですか‼」
そう俺は外には出ないと決めた。
「施設で安全に暮らす。もうその願いは叶えられそうにはないわ。ここは地獄と化したから……せめてあなただけでも助ける。そのために私はここにいる」
「だったら俺のことは見捨てて下さい。あなただけでも逃げて下さい」
「残念だけど、あなたのために大勢を見捨てた。だからここで帰るわけにはいかないのよ」
「……」
何も言えなかった。
彼女は俺を助けに傷だらけになってまで来てくれたのだ。
「コウ君は死を意識したり、危険な目にあったりしたことはある?」
どういう意味だろうか?
「ありませんけど……」
「そろそろ時間切れね。今からそれを味わうことになるから覚悟してね」
6
何かの咆哮が聞こえた。
近い。
すぐ近くにいる。
そしてそれが目の前に現れた。
黒いモヤに覆われた何かだ。
それは怪物だった。
怪物を実際に見たことはないが……。
人間でも『忌能者』でもない、その姿は怪物と表すしかなかった。
怪物は俺たちを確認すると咆哮を上げた。
「灯さん……あいつは……」
「あいつは『ヌル』。生きている者を求め喰らい尽くす正真正銘の怪物よ」
「いったいどうすればいいんですか⁉ とりあえず逃げましょう!」
「急にやる気になったわね。でも奴から逃げても殺されるのがオチよ。それよりもいい方法があるわ」
彼女は落ち着いている。
「あいつと戦えるんですか⁉」
「今のままじゃ無理ね」
なんでそんな落ち着いていられるんだ⁉
彼女は右腕にはめた黒い腕に目を向ける。
そしてそれに触れる。
「これがあれば戦えるわ」
なんだあの黒い腕は?
あれでどうするつもりだ?
――『装着』
彼女はそう叫ぶ。
そうすると彼女の体が光に包まれる。
そして光が消え、真黒なボディが現れた。
『ヌル』の黒いモヤとは違い、決して染まらない黒となっている。
その黒いボディには機械色のようなものが施されている。
傷だらけではあるが、弱さを感じさせないとする黒の迫力。
「どう? これが私の力。ちょっと離れて見学していてね」
「は、はい」
灯りさんは『ヌル』を見据える。
「まぁ見ていてね」
そして『ヌル』との戦闘が始まった。
7
これは初めて人の手によって作られた『鎧』。
その名も『仮想鎧』。
『忌能者』や『ヌル』の対策として作られたものだ。
これのメリットは誰もが装着可能となっており、負担はそれなりにかかるが訓練をすれば使いこなすことが可能となる。
かなり前に作られたものらしいが、現役で活躍中だ。
そして付けられた名前が『ビギニング』。
まさに始まりにふさわしい『仮想鎧』となってくれた。
『同調率50%。稼働時間は10分。『ビギニング』始動』
機械の音声アナウンスが流れる。
50%か……問題は無い。
久しぶりのこの体だが、十分に倒すことが出来る。
咆哮を上げた『ヌル』は|突撃を開始する。
それを迎撃するために体勢を整える。
襲いかかる爪を左腕で簡単に受け止める。
そのまま力を込めた右ストレートをお見舞いする。
「す、すごい!」
コウ君は驚いてくれているようだ。
「どう私、強いでしょ?」
「また来ますよ‼」
「アドバイスありがと」
よそ見をしていたが、簡単に対応が可能だ。
振りかざされた爪を両腕で掴み、そのまま投げ飛ばす。
壁に勢いよくぶつけられた『ヌル』は怒りの咆哮をあげる。
『同調率60%に上昇。放熱モードに移行可能』
「実行」
そのまま放熱モードに切り替える。
すると『ビギニング』の閉じられていた顔の部分が開かれる。
『放熱モードに移行しました。稼働時間は1分です』
「短くなっていますけど大丈夫ですか⁉」
「大丈夫。とどめの一発だから」
『ヌル』は怒りのまま突撃してくる。
私は待つ。
近付いてくる瞬間を、あともう少しだ。
間合いに入った。
今だ!
「はあっ‼」
本気の右ストレート。
熱を放出し、熱された|拳が『ヌル』の体内を突き抜ける。
黒い血が飛び散びちり、そして『ヌル』は動かなくなり、そしてそのまま消えていった。
「私は負けない。『HCT』の名に懸けて」
宣言をしてコウ君にピースをする。
この力で守って見せる。
――『解除』
『仮想鎧』を解くと疲れが襲ってくる。
一瞬だがふらついてしまう。
今だからこそ、アップデートが進みこの程度の負担で済むが、過去の装着者は相当の苦痛を味わっていたらしい。
その分、現代では力も劣っているみたいだが、それでも十分だ。
「大丈夫ですか? 今ふらついていたみたいですけど……」
「大丈夫よ。いつもの事よ」
心配をしてくれるなんてやっぱり良い子ね。
「さて行きましょうか」
「やっぱり、外の世界に行くんですね」
「えぇ。ここはもう施設じゃない。ここはもう地獄よ。死体も転がっているし安全なわけがない」
それにここにはもうひとりの存在がいる。
『ヌル』はどうにかなるが、あいつは分からない。
「早く退散しましょう。逃げ場所は決まっているから」
家に連れ帰るのは多少の抵抗はあるが、手段を選んでいられない。
だがその予定は変わってしまったようだ。
誰かが近付いてくるのが分かった。
8
「お前たち面白そうな奴らだ。俺を楽しませろ!」
こいつさっきの大男!
警戒していた一番出会いたくない奴だ。
「コウ君、もう一度隠れていて。こいつも倒すから……」
正直、倒せるか分からない。
でも必ず守ると宣言をしたんだ。
絶対に引けない。
「あなたが『忌能者』集団のボスよね? あなたたちの仲間はすべて倒したわよ。あなたも倒されたいの?」
強きの虚勢を張ってみた。
効いてくれるかな。
「面白い。だったら俺を倒して見せろ!」
効果なし、だったら選択肢は一つだ。
――『装着』
再び黒いボディへと変化する。
本当ならば連続使用は控えるべきだが、そうも言ってられない。
『同調率40%。冷却モードに強制移行します。稼働時間は15分です』
伸びてくれたのはありがたいが、弱体化|状態でのスタートか。
さて、どうする。
相手は何もしてこない。
というよりこちらを眺めている。
「面白いぞ! 人間の癖に鎧化できるとは楽しみだ。俺も鎧化するぞ。いいよな⁉」
「黙りなさい!」
鎧化させる暇は与えない。
ナナシから奪い取った銃で躊躇なく撃つ。
射撃は得意ではないが、この距離なら確実に当たる。
銃弾は命中し、体を貫く。
おまけに二、三発撃ちこんだ。
これで十分だ。
敵は鎧化もせず倒れる。
そのはずだった。
だが効いていない⁉
確かに銃弾は貫いた。
「面白くないぞ! それは前に受けた!」
やはり能力保有者だったか。
厄介な相手だ。
答えが分からない限り、敵は倒せない。
――『解放』
光を発し、敵の姿が変わり始める。
鉄のような色合いでいかにも固そうだ。
殴ったらこっちの腕が痛めそうだ。
「始めるぞぉ! 簡単に死ぬなよ!」
「死ぬわけ無いわよ‼」
私は持ち前の負けん気を発揮する。
受けに回ったら負ける。
そう確信して敵の懐に踏み込む。
まずは助走をつけての右掌底を叩き込む。
相手は避けようともしなかった。
まるで待っていたかのように。
しかし結果は掌底が叩き込まれ、相手はのけぞった。
相手の鎧は見た目に反して固くない。
思いのほか攻撃が決まってしまった。
だが相手の態度が気に食わない。
「おらぁ! もっとだ‼ もっとこい‼」
こいつはマゾヒストなの?
能力が判明していないのに、戦いが上手く進んでいる。
それが問題だ。
たった一発だが、攻撃を与えることができた。
ならばさっきの銃弾は効かなかった?
相手の攻撃は遅い。
さっきの『ヌル』のほうが早かったぐらいだ。
殴る、蹴る、掴む、その繰り返しだ。
実に単調だ。
しかし攻撃は重そうだ。
攻撃には当たらないようにしないと。
いつの間にか、私は相手の能力を気にしなくなっていた。
そして後頭部に回し蹴りを喰らわせる。
それも効いていた。
相手は吹き飛ばされ、壁にぶつかる。
「いいぞ! もっとだ‼ 次の攻撃はまだか⁉」
なのにずっと笑っている。
気味が悪い。
攻撃を避けもせず、防ぎもせず、ただ単純にタフなだけだと片付けてしまうのは間違っている。
攻撃を待っているのだ。
さらには攻撃を受けにいっている。
倒し方が分からない。
いったいどうやったら倒れるのだ。
『同調率50%に上昇。冷却モード解除可能。稼働時間は残り7分』
よし、調子が上がって来た。
今のうちに拳を叩き込む。
相手の攻撃を最短でかわすことができるように、ステップを踏み拳を構える。
次の大振りがチャンスだ。
予想通り、右の大振りが来る。
今だ。
それを回避し、拳を叩き込む。
ワン・ツーを顔に叩き込む。
相手は笑いながらのけぞる。
さらにもう一発。
正確に顔に叩き込まれた。
だがそこで止まってしまった。
敵は吹き飛ばない。
何故だ⁉
焦って急いで距離をとる。
間違いなく当たった。
それは自分の拳が一番、分かっている。
敵の笑い声が止まった。
「どうした? もう終わりか?」
「いや、まだよ!」
声が上ずりそうになるのを必死にこらえ、返答する。
一度、距離をとるとそしてもう一度、助走をつけ威力の上がった右掌底を叩き込む。
だが反応が無い。
当たっているのにダメージを与えた気がしない。
こいつは何だ?
私は何と戦っている?
考えているうちに右の大振りが飛んで来た。
距離が近すぎるため、回避する暇もなかった。
私は吹き飛ばされ壁に叩き付けられた。
意識を一瞬、失いかけたが、根性で復帰する。
そして立ち上がる。
何となく敵の能力を理解できたかも。
恐らく敵は同じ攻撃を無効化することが出来るのだ。
最初の銃弾の無効化は過去に受けた攻撃によるものだ。
そして私が放った攻撃を無効化できたのは同じ部位に同じ攻撃をしたせいだ。
敵は攻撃を受けるたびに耐性をつけていくということか……
初見では見切ることも不可能。
そして戦うたびにこっちが不利になっていく。
強力な能力だ。
そして確実に危険な『忌能者』だ。
敵にダメージを与えるならば、同じ攻撃を同じ部位にせずに、違う攻撃を食らわせる必要がある。
だが相手はさらにタフだ。
攻撃を受けるのを楽しんでいる。
恐らく攻撃を避けない。
だったら高威力の攻撃を弱点である頭部や心臓に与える。
それなら勝ち目はある。
銃を構え、突撃体勢をとる。
目に物を見せてやる。
「今度は何だ? 早くやってみろ!」
「お言葉に甘えて!」
今度はスピードよりも正確さを意識する。
確実に叩き込むために、慎重に近付いた。
いったん敵の大振りをさけ、後ろに回る。
そして敵の背中に覆いかぶさり、銃口を突き当てる。
そして引き金を引く。
「パーン」と乾いたような銃声が響く。
さすがにこれは致命的な一撃のはずだ。
『鎧』は確かに通常時よりも遥かに耐久性は増す。
しかしゼロ距離で叩き込まれたらどうしようもないはずだ。
倒れろ‼
そう願う。
しかし敵は倒れない。
どうしてだ。
「一度、頭に銃弾をぶちこまれたことがあるんだ。でも俺は生きていたんだ。つまりそれも効かない」
嘘でしょ……頭に銃弾を撃ちこまれて生きているなんて運が良すぎる。
予想外すぎるだろう。
だがまだ奥の手はまだ持っている。
1つは運によるものだ。
以前に受けたことがないのならいいが。
もう1つは確実に受けたことが無いと断言できる。
それに賭けるしかない。
勝つためならばなんだってやる。
彼を守るためならねば。
彼が安心できる世界のために私は戦う。
敵は私が動くのを待っている。
こっちはもう準備万端だ。
待ってやる必要は無い。
先に動いて、仕留めてやる。
十分な距離をとり、左拳を握りしめる。
地面を勢いよく蹴り、敵の懐に入る。
そして左拳を腹部に放つ。
敵は少しのけぞり、だが攻撃はこれで終わりではない。
放った左拳を開き、何かが落ちる。
「お土産よ!」
それは手榴弾。
敵から奪っておいて損はなかった。
落とした瞬間にすぐさま距離を取る。
距離をとった瞬間に爆発が起こった。
轟音を響かせ、周辺の物を巻き込む。
何とか爆発には巻き込まれなかった。
爆発の衝撃でちりやほこりが舞う。
これで生きているはずはない。
そう確信していた。
だが立ち上がる影を見てしまった。
幻覚だと思いたい。
だが紛れもなく敵の姿だった。
敵の『鎧』には汚れや傷がついていたが致命傷を負った様子は無いようだ。
「おれが爆発で死ぬと思ったか⁉ それも昔、受けたことがあってなぁ。大抵の攻撃じゃあ死なないんだよ‼ 俺を殺してくれると思ったが、どうやら的外れだったみたいだな。そこの坊やはどうだ⁉ 俺を殺せるか⁉」
敵はコウ君に興味を持ち始めている。
絶対に手を出させはしない。
『同調率60%に上昇。放熱モードに移行可能』
「実行」
機械音が流れる。
どうやら間に合ってくれたようだ。
爆発も銃弾も効かない敵はこれなら倒せる。
なんとか確実にこれで決める。
これがラストチャンスだ。
『放熱モードに移行しました。稼働時間は1分です』
『ビギニング』の顔が開かれる。
これは熱放出の合図。
「まだやる気なのか! もう少し楽しめそうだな!」
『ヌル』を仕留めた時はカウンターだったが、今度はこちらから弱点に叩き込む。
突撃し、熱を浴びた拳を叩き込む。
今の私の最高の攻撃方法だ。
距離は十分だ。
助走をつけるだけで、威力は跳ね上がる。
3カウントでスタート。
「3,2,1、GO‼」
拳に熱を宿す。
その熱のおかげで威力は増す。
多くの敵はこれで葬って来た。
ただの人間だと侮り、油断をした敵を倒してきた。
でも今回は違う。
目の前の敵は油断をしていない。
攻撃されることを前提で棒立ちをしている。
だから今度はとっておきだ。
望みどおりに楽しませてやろう。
敵の間合いに入った。
最初は熱のこもった左ストレートを腹部に当てる。
「ぐぇ!」
さすがに今のはかなり効いたらしく、声がもれていた。
そして続けて右ストレートを顔面に。
「ぐわぁ!」
声で痛みが伝わってくるのが分かる。
これで終わりではない。
まだ体内には熱を残している。
少し危険は伴うが、関係ない。
両腕を前に伸ばす。
手のひらから、火傷を負いそうなほどの熱を感じる。
そしてそのまま熱を放出する。
光となって目に見えるほどの熱。
当然、高威力があることが分かる。
それを近距離で受ければ結果は分かっている。
これは相手を完全に消滅させるための技だ。
敵は壁を貫通し、飛んでいくのを見た。
無敵の『忌能者』も正真正銘これで終わりだ。
人間でもやれば出来るのよ。
そこで力を使いきったことで『ビギニング』が強制的に解除される。
「――ッッッ!」
私は強烈な痛みを味わうことになった。
敵を倒すための決して少なくない代償。
強制解除されると苦痛を味わうことは知っている。
そして寿命も縮む。
あまり使いたくはないが、甘えていられない。
しかし久しぶりに使ったが強烈だった。
威力も痛みも十分すぎるほどにね。
9
「灯さん‼」
コウ君が駆け寄ってくれた。
やっぱり優しいのね。
余波とかで怪我してないといいけど……。
「大丈夫ですか⁉ さっきと違う様子みたいですけど……」
私は無理矢理、笑顔を作る。
「大丈夫よ。でももう少し待っていてね」
まだ痛みが取れない。
でも会話をしてれば、動けるようにはなるだろう。
「コウ君こそ大丈夫? 怪我はしてない?」
「俺は大丈夫です。灯さんの方が心配ですけど」
「少し動けないから、いつものようにおしゃべりでもしましょうか?」
結局、おしゃべり……もとい休憩をすることにした。
「さっきの『忌能者』は何なんですか?」
「あいつは能力保持者。さらに鎧化することもできる。『ヌル』以上に危険で、危険の見本のような存在よ」
「能力を使用しているとこを初めて見ました。俺も能力保持者なのにあんなことは出来ません」
「そうだったわね。君は確かに能力保持者だけど、その能力が分からない。そうなれば使い方も分からないからね」
「でもあの『鎧』って何ですか? 俺は聞いたこともありません」
「外にいないと知らないことも多いからね。常識は学べても、教えていないことは知っているはずがないもの」
「教えてもらってもいいですか?」
「いいわよ。『鎧』というのは『忌能者』であり能力保持者であった場合に宿る力のこと。その条件は教えてあげらないけど、『鎧』になんて目覚めない方がいいわよ。この世界で生きづらくなるだけだから」
「分かりました。灯さんの『鎧』は?」
「あれは『仮想鎧』昔の人が敵に対抗するために人の手によって作られたものよ。さわってみる?」
話しているうちに痛みが引いてきた。
そろそろ動けそうだ。
「さておしゃべりはここまでにして、そろそろ行きましょうか」
コウ君に支えてもらって出口に向かって歩き出す。
これでようやく目標達成だ。
さて家に帰ろうか。
だが異変に気が付いた。
足音が聞える。
私たちのでは無い。
誰かの足音だ。
足取りは重く、もう予想はついていた。
さっきの大男だ。