第3章 4話 『残された時間』
1
また先に眠られてしまいました。
彼は私の膝ですやすやと息を立てて眠っている。
髪を優しく撫でる。
そうすると反応してくれるところが可愛いらしい。
まるで子供のようだ。
いや違った。
今は私の恋ビトだ。
私の初めての恋ビト。
一目見た時から気になっていました。
私はあなたよりも先にあなたのことを知っていたんですよ。
外で見かけた時、戦場に向かう時。
見かけるたびにずっと目で追っていました。
だから好きになったのは私の方が先なんです。
私の方からその思いを伝えるべきでしたね。
オトナとして……
でも言えなかった。
心の中であの人の代わりにしているようだったから。
そんなどうしようもない理由。
でも彼は正面から私に思いを伝えてきた。
私は吹っ切ることが出来た。
あの人のことを忘れることは出来ない。
それは私の初恋だから。
忘れてはならないことだ。
けれどもあの人だけに囚われてはいけない。
そうやって変わっていかないと。
コウくんのように……
もう時間は残り少ない。
結局、彼に伝えることは出来なかった。
伝えてしまっていたら、何もかも終わっていただろう。
もしかしたら彼は気付いているのかもしれない。
私は好きな者と傍にいることができて幸せだ。
今は幸せでい続けたい
今日は楽しかったなぁ。
また明日も楽しめるかな?
以前は怯えていたけど、もう怖くは無い。
私には大事な者が出来たから。
そして、ここが私の最後の居場所だ。
2
日が昇り、彼女との三日目の朝が訪れる。
そして目を覚ますと彼女は俺の手を握りしめる形で傍に寝ていた。
温かく柔らかい手の感触を感じこのまま過ごしたいところだが、少し尿意を催したのでトイレに行きたい。
起こさぬように、そっと離していく。
指の感触を確かめつつ、起こさず離れることに成功した。
トイレから戻り、彼女の顔を確認する。
眠っている顔が可愛らしい。
本当に年上なのか疑ってしまう。
でもそれは関係ない。
今は俺の恋ビトだ。
これから彼女と過ごしていく。
どちらかが死ぬまで……
俺が先に死ぬまでにはいかないよな。
本当ならばまたベッドに戻りたいが、今日は彼女のために朝ご飯を俺が作ることにしよう。
そう思い彼女のレシピ本を手にする。
その本は何冊もあり、彼女のすべてお手製だ。
どれも細かく記されていて、初心者の俺でも分かりやすく理解することが容易であった。
よし始めるか!
初めて自分だけの料理が始まった。
いくらかの失敗はしたものの完成することが出来た。
味はどうだろうか?
作ったものをつまみ、味見をする。
ふたりで作ったものには劣るが、それでも満足のいくものが完成した。
後は、彼女の寝顔をじっくりと楽しもう。
彼女の寝顔を眺めていく。
どれぐらいの時間が経っただろうか……
どれだけ眺めていても飽きはしない。
彼女は夢を見ているのか、たまに微笑む。
俺はこの光景を目に焼き付けた。
何度も、何度も。
3
朝からの出動はやる気が起きない。
朝食も食べずに現場に向かう。
とは言っても、やらなきゃいけないのが私の仕事。
今日の『ヌル』の出現は二体。
しかも一体は成長した『ヌル』だ。
普段のものが通常体でならば、今回は成長体といったところかな。
それについては問題ない。
だがもう一体の『ヌル』は不明なのだ。
『ヌル』だということしか分からない。
私はその正体を知っている気がする。
日向灯ではないだろうかと疑っている。
いや期待している。
それは確信に近いものがあった。
だから放置しておくわけにはいかない。
現場に急行し確認をしなければならない。
それを今すぐにコウに伝えたい。
でも今はそれが出来ない状況だ。
彼は治療に専念するべきだ。
一度、出会いがしらの『ヌル』を排除した話は冷さんから聞かされた。
それでも彼は不安定な状態だ。
だから私が出る。
あいつのためにも真実を知らなければ……
現場に向かう前に冷さんに片方の『ヌル』が日向灯だった場合はどうすればいいか確認を取った。
彼女は悩んでいた。
日向灯は彼女の友人だ。
だが今は『ヌル』と化している。
「危険だったら逃げろ。そして倒せるなら撃退しろ」
彼女なりの苦渋の決断だった。
身近な者が怪物に変わってしまう。
そんな世の中になってしまったと私は知ってしまった。
あの『全能者』という存在で……。
本当に気に食わない存在だ。
あいつは誰かを傷つけている。
そんな奴を放ってはおけない。
だから、この戦いはチャンスだといえる。
日向灯を助けることが出来るかも……
そんな淡い期待にすがりつくことが、あいつにとっては必要なことだったりする。
だからこの戦いを見定めよう。
現場に到着する。
鎧化して加速装置で飛んで来るのには慣れたものだ。
それに飛ぶのは気分が高揚してくる。
「ココロ現場に到着しました」
『ターゲットは確認できるか?』
「ええ。すでに『ヌル』同士の争いが起きていますよ」
『何? どういうことだ』
「そのままの意味です。いつもの『ヌル』と日向灯らしき『ヌル』がすでに戦闘を開始しています」
『珍しいこともあるものだな。あまり前例はないからな』
「でも目の前で起こっていることです。どうしますか? あそこに乱入するのは正直、気が引けるというか……」
『分かった……。しばらく監視を続けろ』
「了解です」
『ヌル』同士の戦い。
あいつらには仲間意識のようなものが芽生えているのかと思っていたが、どうやら違うようだ。
死体から『ヌル』になったものには日向灯のような人間から『ヌル』になった者をどう見えているのだろうか?
考えても答えが出てこないことだ。
しばらくはこの争いを注視しておこう。
4
二体の『ヌル』が正面からぶつかり合う。
その姿は荒々しく黒き獣と呼ぶにふさわしい。
片方は素手で、そしてもう片方は爪が変化したのか二本のブレードで、戦闘が再開された。
ぶつかった衝撃で互いに反動で吹き飛ばされる。
あそこに入り込む隙間なんてものありはしない。
入り込むのは命知らずの愚か者だ。
素手の『ヌル』の方が体勢を整え、拳を叩き込みにかかる。
だがそれをもう一体が二本のブレードでガードする。
ガードされた拳はブレードの刀身で黒い血が噴き出す。
その行為は愚策だったのだ。
素手の『ヌル』がもう片方の拳でガードをすり抜け拳を叩き込んだ。
一つの拳を二つで守ることは愚策だ。
戦闘中に痛みを気にしている暇は無い。
戦っている者にとって生きるか死ぬかの世界だ。
それが『ヌル』にとってなら尚のことだろう。
拳を叩き込まれた、ブレードの『ヌル』は拳の衝撃で仰け反る。
以前よりも力を増している……。
私は素手の『ヌル』に勝てる気がしない。
ブレードの『ヌル』は咆哮をあげる。
そしてすぐに体勢を整える。
何故なら、そうせざるを得なかったからだ。
すぐに拳が飛んで来る。
早くて重い拳。
一撃でも浴びると、動けなくなりそうな拳だ。
それを何とかブレードで防ぐ。
理解したのか一つの拳に対して一本のブレードで防ぐ。
だが一本では足りていない。
明らかに押されているのだ。
ようやく、飛んで来る拳を察知しブレードではじき返す。
拳は宙へと上げられた。
そして隙が生まれた。
そこを容赦なくブレードで急所を狙う。
心臓の部分。
そこは生き物である限り、弱点は変わることなど無い場所だ。
ブレードがそこに吸い込まれていく。
だがそれを遮るものがあった。
足だ。
ブレードを足で器用に蹴り上げ、防いだのだ。
拳で防ぐ暇が無いのなら足を使えばいい。
それで正解だ。
だが、咄嗟にそれが出来る者は少ないだろう。
例え理性を持っていたとしても難しいことだ。
あれは本当に『ヌル』なのかと事情を知らない者は思うだろう。
実際に私も驚かされている。
あれを日向灯の『ヌル』だと知らなければ尚更だ。
いつの間にか、私は『ヌル』同士の戦闘に見入ってしまった。
これは監視であり、仕事であることを忘れていた。
どちらが勝とうが仕事内容に変わりは無い。
そして終わりが見えた。
フラフラのブレードの『ヌル』に追い打ちをかける。
拳を叩き込まれた、ブレードの『ヌル』は倒れこむ。
そこに乗っかり、何度も拳を打ち続ける。
すべてが顔に叩きつけられる。
そしてブレードの『ヌル』は咆哮をあげ、最後の抵抗を見せる。
拳を何とか防ごうとする。
だがその抵抗もむなしく無理矢理、拳を叩き込まれていく。
何度も叩きつけられ、ようやく動かなくなる。
黒いモヤとなり消えていく。
そして命が食われていく。
食うという言い方は正しくないのかも知れない。
実際に食っているわけではないのだ。
単なる比喩だ。
より恐ろしくも見せるための表現のものだ。
正確には吸収されているに近いのかもしれない。
命なんてものは目に見えない。
殺した相手の命を空気のように吸収していく。
しかし『ヌル』の命までも食っていくのか……
人間や『忌能者』が襲われるのは見たことがある。
それは仲間だったり、他者だったりと。
ついつい、嫌なことを思い出してしまった。
今は次のことを考えよう。
さてこれからどうするべきなのか?
素手の『ヌル』の視線はこちらに向けられているのだ。
私に気づいていることは明らかだ。
5
「冷さん残念ながら日向灯の『ヌル』と戦闘になりそうです」
『やはり、あの『ヌル』の元は日向灯か?』
「あの動きを見ているとそうとしか思えません」
『勝てそうか?』
「分かりませんよ。あれはもう単なる怪物ではありません。知恵や戦闘経験が蓄積されている、一つの生物です」
『無理はするな。危険であればすぐに撤退しろ』
そんなことを言われてもね……
撤退できるほどの甘い状況じゃないんだよね。
それに逃げたらせっかくの機会を逃してしまう。
これはいつ来るのかも分からないチャンスだ。
ここで逃すわけには……
否、ここで逃げるわけにはいかない。
私は『ヌル』の動きに警戒する。
すると即座に行動が開始された。
一瞬にして私の意識は切り替わる。
真正面からの迫りくる正拳突き。
それをなんとか紙一重で回避する。
体を横に少しばかり動かす程度の回避。
その正拳は私の横をすり抜けていく。
それしか出来なかったのだ。
回避できたのは予測できたからでは無い。
単なる経験による直勘だ。
その恐ろしくも早く正確な正拳に驚きを隠せない。
だが攻撃はそれで終わりではなかった。
すり抜けた腕を戻す動作に攻撃が加わった。
戻すと同時に背中を打ち砕く動作を感じ取った。
私はそれを跳躍で回避しようと試みる。
だがもう一つの手がその行動を阻もうとする。
このままいけば掴まれてしまう。
そして地面に叩きつけられ、そのままあの世行きだ。
それが頭に過ったのだ。
そのため跳躍は左足の加速装置のみに切り替える。
ここで使うことになるとは……。
しかしそうせざるを得ないのだ。
跳躍と同時に右足で敵の手を振り払う。
ようやく、空中に飛び上がること成功し距離を取ることに成功した。
安心したのも束の間。
空中には永遠に滞在できるわけではない。
すでに落下が始まっている。
当然、着地地点には敵が待ち構えている。
ここで温存しておくのは勿体無い。
右足に力を込め、刃を出し攻撃態勢を整え、そのまま落下の速度に身を任せる。
敵は迎撃の体勢を取る。
腕では防げないと理解したのか、蹴りを繰り出す体勢に移行する。
そして互いに蹴りを繰り出し、どちらが先に仕留めるか?
その駆け引きであった。
しかし蹴りはすれ違う。
お互いに狙いが甘かったのか私と『ヌル』はふたりして抱き合いの形になり、巻き込まれる。
両者ともども地面に転がる。
私も体勢をすぐに整える。
しかし跳躍していた衝撃のせいで私の方が整えるのが遅い。
敵は隙を見せた当然のように私に蹴りを入れてきた。
それを右足の加速装置を発動させ、無理矢理にでも右足の蹴りで迎撃する。
その蹴りで何とか敵の姿勢を崩し、後ろに仰け反らせる。
ようやく隙を見せてくれたわね。
その隙を私は見逃さない。
単純な蹴りで顎を狙った。
力を込めた正確な蹴り。
それで終わり。
そのはずだった。
だが敵は器用にも仰け反っていく行動を加速させていく、そのままバク転を決める。
そしてその蹴りを勢いのまま弾いた。
互いに決定打にならない攻撃が続く。
こっちは『鎧』に改造を施しているのにも関わらず、あの『ヌル』は純粋に自身の力ののみで戦っているのだ。
これでは終わりが見えない。
しかし以外にも終わりはあっさりと別の形で訪れた。
突然、咆哮をあげる。
獣の咆哮。
まずいと思い警戒する。
しかし走り去っていく。
そして一瞬にして消えていった。
何故、逃げたのだ?
敵の方が優勢だったのだ。
逃げる必要性は無いはずだ。
いや、日向灯の『ヌル』には制限時間があるのかもしれない。
私たちの鎧化のようなものなのか?
もしかするとだが……。
ひとりでなければ追跡が可能だっただろう。
だが今はひとりだ。
タラレバを考えても仕方が無い。
咆哮をあげられた瞬間に命の危機を感じた。
でも私は生きている。
ただ今は生き残ったことを喜ぼう。
緊張の糸が途切れて地面に座り込む。
早く帰りたいのだが、体が上手く動いてくれないのだ。
まぁしばらくは良いだろう。
『鎧』を解除し、空を仰ぎ見る。
世界は危険なのに空は平和そのものだった。
6
さて報告を済ませて今日はさっさと休もう。
休むといっても本当に体を休めるわけではない。
ゲームをしたり、漫画を読んだり、アニメを消化したりと休み方はそれぞれだ。
あの後は流石に自力で帰るほどの活力は無かったため、迎えを呼んだ。
車の中では緊張感から解き放たれ、久々に眠ってしまった。
あれだけの戦闘はいつ以来だろうか?
考えても思い出せない。
とにかく久々の修羅場だった。
以前、戦った爆弾魔には今なら勝てる。
だが日向灯の『ヌル』には勝ち目が無い。
私だけならね。
コウとなら勝ち目があるかもしれない。
あいつの成長速度は早い。
散々、私にボコられて強くなってくる。
まぁ元々何もしていなかったんだ。
RPGのレベルのように、最初は早いものだ。
けれども、まだ足りない。
次の脅威が現れた時にはどうする?
実際に日向灯の『ヌル』は以前よりも力を増していた。
次に会う時にはさらに強くなっているだろう。
そしてあの存在が増え続けるとしたら……。
今日の戦闘は何度も危機に遭遇した。
とりあえず改造でもするかな。
それが一番の近道であることは確かだ。
だが根本的に強くならないと駄目だ。
それは私だけではない。
コウだって強くならないといけない。
私にも能力があればな……。
未だに私は自身の能力を知らない。
三年間も私は何をしていたんだ?
それだけは覚えている。
ひたすらに自分を鍛えていた。
忘れもしない。
ただ、私が強くなっても仲間の死は訪れた。
死の連鎖。
何度も誰かの死が繰り返される。
どれだけ強くなっても私は彼らを守り続けることは出来なかった。
今回こそは……。といつでも考えている。
だから、今回こそは仲間と共に生きていきたい。
それが私の願いだ。
7
「そうか……突然、逃げ出したのか」
冷さんに結果報告を行った。
「はい。急に咆哮をあげて姿を消しました」
「やはり生者と死体とでは『ヌル』としての大本が違うようです」
「あれを同列の『ヌル』と比べてはいけないな」
実例が無いだけに困っている。
そして日向灯を人間に戻すことは可能なのか?
それが重要なポイントだ。
「それにしてもお前が苦戦するほどか……」
「ええ。あの動きは『ヌル』ではありません。日向灯、本人の動きです」
「あいつは『HCT』にいてなおかつ、鎧化も可能であった。さらにその戦闘能力も凄まじかったからな」
「このことは『HCT』に報告は?」
「報告なら最初の段階でしているよ。あいつが消えたあの日からな……あそこからは笑顔が消えたからな。みんな悲しんでいたよ。あいつは『HCT』では人気者だったからな。現在、私たちは協力関係にある。だからこの件は一任してくれている。日向灯を取り戻してくれと」
日向灯には心配してくれる者達がいる。
私はどうだろうか?
死んだら誰かが気に掛けてくれるのかな?
「ところでコウの調子はどうですか?」
「あいつは順調に回復に向かっているよ。もうすぐ戦線復帰だ。安心しろ」
良かった……
あいつとまた共に戦いたい。
そして仲間でいたい。
「ココロはコトについて何か知っていることはあるか?」
「コトさんですか? うーんいつも優しい方というイメージですね。それがどうかしましたか?」
「いや、気にするな」
とは言っても気になってしまう。
「いずれ分かるよ。そういものだ」
8
コトさんは結局、三十分後に目を覚ました。
その間はじっくりと彼女の笑顔を堪能することができた。
「もう、起こしてくれればいいのに……」
「ずっと見ていたかったです。あなたの寝顔を」
「おかしいな。いつもは早起きはずなのに……」
何だこの幸せな時間は?
まだ一日が始まったばかりなのに……
もう楽しい一日が始まるのか?
「そいうえば良い匂いがしますね。もしかてコウさんがひとりで作ったんですか?」
「はい。コトさんのレシピ本のおかげで何とか作れましたよ」
「私のレシピ本が役に立ちましたか。それは良かったです。もし良かったら一冊持っていかれますか?」
「では有り難く受け取ります」
「じゃあすぐに完成した食べましょか。朝はどうしてお腹が空くんでしょうね。では洗面所に行って用事を済ませてくるので、しばしお待ちください」
「「いただきます」」
ふたりで合わせて言う。
それが始まりの合図なのか、食事を始める。
コトさんも美味しそうに食べている姿を見ていると嬉しくなる。
自分が作ったものを美味しそうに食べてくれるのだ。
嬉しいに決まっている。
昨日は何かの不安を感じ取った。
それは何かの思い過ごしだろう。
誰かと幸せを分かち合える。
それはまぶしくて、幸福感でどうにかなりそうだった。
いつもニコニコしているコトさんを見る。
そうすると彼女とのさらに距離が近くなったように感じる。
ずっとこんな日に憧れていた。
誰かと寝て起きて笑ってご飯を食べる。
こんな日がずっと続けばどんなに素晴らしいだろう……。
「ごちそうさまでした。はあ、美味しかったです。昨日より腕をあげましたね」
「次はもっと美味しく作ってみせますね」
また次はさらに美味しく作れるだろう。
そんな自信が出てきた。
「もうすっかり、元気になりましたね。しばらくしたらお仕事に復帰できますよ」
そうかこの暮らしも終わりなのか……
「そんな顔しないでください。いつでも会えますよ」
そう言って、彼女は俺の手を握る。
彼女の温もりが感じられる。
まだここで暮らしたいという気持ちもあるが、そろそろ戻らないとココロも心配するだろう。
考えごとをしているとコトさんの手の力が緩んだような気がした。
それは気のせいではなかった。
突然、糸が切れたようにコトさんは意識を失った。
手が離れ、彼女の体は倒れていく。
俺はその体を受け止める。
そしてすぐさまベッドに寝かせる。
「大丈夫ですか!」
幸いにも彼女はすぐに意識を取り戻した。
「ありがとうございます……今は大丈夫ですよ」
大丈夫と言われても、彼女が体調を崩していることにはすぐに気付いた。
「すぐに治療室に行きましょう! 俺が連れていきます」
「待ってください。今からあるお話をします。聞いてもらえますか?」
俺は無言で頷いた。
9
「私が年齢よりも見た目が若いことには気が付いていますよね?」
「はい」
「それが私の能力です。でもこの能力は若さを保つために寿命を削っています。だから他者よりも寿命が短いんです。だからどうすることも出来ません。もうすぐ私は死ぬんでしょうね」
俺はその言葉を信じることは出来なかった。
「ごめんなさい……いつかは伝えるつもりでした。でも伝えることなんて出来なかった。私の好きな方には伝えることなんて出来ませんでした」
彼女は悲しい顔ですべてを語った。
「とは言ってもまだ時間はありますよ。それまで恋ビトでいてくれますか?」
「はい!」
勢いで答えたものの俺の中で活力は失われつつあった。
互いに気を使っているのだろう。
俺の幸せは瞬く間に消えていった。
それは大きく膨らんで、少しの刺激で破裂を起こすシャボン玉のようであった。
また誰かが目の前で消えていく。
それに耐えかねた俺は外に飛び出した。




