第2章 2話 『楽しい一時』
1
「とりあえず君の名前を教えてもらってもいいかな?」
とりあえず灯さんのようにやってみる。
「……です」
何かを言っているのは分かる。
だが、そんなに俺の聴覚は発達していない。
「すまん。もう一度教えてくれ」
今度は聞き取ってみせる。
そう決意し、もう一度質問をする。
「マ……です」
マは聞こえた。
あともう少しだ。
「もう一度お願いできるかな?」
次がラストチャンスだ。
聞き取らせてくれ。
「マモリです……」
ボリュームが小さいながらも今度は聞き取ることが出来た。
「マモリかよろしく」
俺は灯さんやココロのように手を差し出す。
だがその手は受け取ってもらえなかった。
同じようにはいかないか……
「俺の名前はコウだ。これから一緒に働く仲間だ」
「……」
さっきから喋ってくれない。
どうしよう……
「よろ……します」
やっと返事をしてくれた。
聞き取りづらかったが、言いたいことは大体わかった。
「じゃあこれからよろしく」
2
早速、部屋を案内することに。
マモリも鍵と制服を渡される。
結局、俺はまだ自分の部屋に入っていない。
部屋の階に上がると、共同のキッチンにココロが立っていた。
「どうしたのその子は?」
「今日から入った新入りだ。ほら自己紹介して」
「……」
するように促すが声が出ないみたいだ。
「マモリだ。これで三人か」
「そうね。これから楽になるといいけど」
「マモリは戦えるのか?」
首を横に振られた。
「これから特訓が必要ね」
「ところでココロは何をしているんだ?」
「人が増えたから料理でもしてみようかと思ってね。歓迎の意味も込めてね」
ココロは食事を作ってくれるみたいだ。
「とりあえず部屋で待っていて」
「分かった」
マモリは頷く。
そして俺とマモリは自室に向かった。
俺は一〇一号室。
マモリは一〇三号室。
鍵を開けてドアを開くと、そこには自分だけの部屋があった。
最低限のものが準備されていて、ベッド、机、椅子、押し入れ、これだけで十分だった。
ようやく落ち着ける場所を手に入れた。
ここが俺の新たな居場所。
施設よりも狭い気はするが、自由を手に入れたのだ。
それに敵うものはない。
これから、いろんな物を増やしていこう。
ココロの部屋を見た時、部屋は物で一杯だった。
あれが生きている証なのだろう。
何となくベッドに横になった。
やっぱり落ち着ける。
誰かといるのは刺激的だ。
だが、落ち着ける場所も必要だ。
施設では時間を気にかけていた。
それ以外、気にかける要素があまりなかったからだ。
今は午後五時。
少しずつ外に変化が訪れてきた。
それを眺めながら、一人の時間を楽しんだ。
3
ドアを叩く音で目が覚める。
「夕食ができたわよ」
どうやら眠っていたようだ。
「今、行くよ」
とりあえず返事をする。
現在、午後七時。
外は暗くなり、夜になっていた。
しかし暗闇という訳では無く、そこら中に光が見えている。
完全な暗闇にはほど遠かった。
制服でいるのも鬱陶しくなったので、クローゼットを開ける。
そうすると、いくつか服が入っていた。
恐らく、部屋で過ごすための服だろう。
施設の時の簡素な服よりも上等で、良いものに見えた。
とりあえず適当に取り出し、着替える。
そして制服を投げ散らかす。
と思ったがこれは大切なものだ。
ハンガーに引っ掛けて、クローゼットに直す。
そういえば服も自分で洗わないといけないんだよな。
そう思って部屋を見渡すと、衣服を洗える便利な機械、洗濯機というものがあった。
まさか部屋にまで搭載しているとは。
さて向かうか。
玄関のドアを開けてキッチンに向かうと、匂いがする。
それも、食欲を誘う匂いだ。
施設にいた時は食欲をあまり感じたことは無かった。
だから以前に出された食事を食べなかったことがある。
そうすると、体に異常をきたした。
次回からは食事を食べることにした。
例え、食べたくなくても。
でも今回は進んで食べたいという気持ちになった。
「遅いわよ。しかも何も手伝わないし……」
「部屋で待てって言ったじゃん」
「言ったけど、マモリちゃんは手伝ってくれたわよ」
マモリは頷く。
いつの間に仲良くなったんだ?
テーブルに目を向けると、どの食事も目を奪われるほどであった。
これが外の世界の料理なのだろうか?
「それじゃあ食べましょうか」
ココロとマモリはエプロンを脱ぐ。
そして現れたのは実に女の子らしい服装だった。
制服とは違う彼女たちを表す姿だ。
ココロはピンク色の部屋着を着ていて、やっぱり足が良く見える。
そのスラリとした足はいつ見ても良いものだ。
一方、マモリは淡い紫色の部屋着を着ている。
露出は少ない変わりに、大きな胸は隠しようも無いものとなっている。
この子の体は小柄な癖にココロよりも胸が大きいのだな。
多分、俺は女性の体に興味を持ち始めている。
これは新たな活力源になりそうだ。
そしてみんなが席に着く。
「じゃあ私から一言、新たな仲間との出会いに乾杯!」
と言ってココロはコップを持ち上げる。
俺も真似をして持ち上げる。
そしてココロは持ち上げたコップを俺とマモリのコップに軽くぶつける。
これが歓迎の印か覚えておこう。
「いたただきます」
これは食事をするときの合図のようだ。
覚えておこう。
俺も真似して「いたただきます」と唱える。
やっぱり覚えておくことがこの世界には多いな。
俺は食事に手を付ける。
まずは慣れ親しんだものに、それはお米だ。
これは施設で食べ慣れたものだ。
しかし、施設の物とは比べものにならなかった。
温かく、柔らかい、そして甘みがする。
一体、どんな風に作ったらこんな味になるのだろうか?
次に見るからに温かそうな汁物に手を伸ばす。
器を持ち上げると重みがある。
具材がたっぷりと入っていた。
肉や野菜それ以外にも、たくさんの具材が入っていた。
具材と一緒に汁を飲む。
こんなに豪華な汁物は初めてだ。
そして最後に野菜と肉が混じりあったものを器に移す。
これはもしやお米と一緒に食べると美味しいのでは?
そう思いお米と一緒に食べる。
口の中で新たな味が広がった。
お米は単体で食べるものでは無い。
何かと一緒に食べるものなのだ。
その光景をじっと見つめるココロ。
「どうした?」
思わず聞いてみる。
「そんな風に、美味しく食べてくれる相手を久しぶりに見たなと思ってね」
「とっても美味しいよ。ココロとマモリ作ってくれてありがと」
これは本心だ。
心の底から出た言葉だ。
「簡単なものしか作れないけど、頑張ったかいがあったわ。マモリちゃんもありがとね」
マモリは頷く。
「それに誰かと一緒に食べると美味しいってことを思い出せたわ。今までずっと一人だったから……」
俺もずっと一人だった。
誰かと一緒に食べることなんて無かった。
「だからさ、またみんなで食べようね。今度はコウが作ってね」
「作り方が全く分からないんだが……」
「私が教えてあげるから。マモリちゃんも一緒に作ろうね」
マモリは頷く。
今日は外の世界に出て二日目。
二日目で幸せな気分を味わった。
4
俺は幸せな気分で部屋に戻った。
食事を美味しいと思ったのは初めてだ。
次は何をしようかな。
ベッドに横たわりながら考えていた。
そういえば、まだシャワーを浴びていない。
なんてことだ。
日課のシャワーを忘れるなんて。
施設にいたころの俺は一日に何度も浴びることがあった。
そうすると自然と眠りやすくもなる。
俺は時間を進めたかったのかもしれない。
施設では時間の流れが遅い。
俺は今まではそう思っていた。
しかし、外に出てからはどうだろうか。
時間が惜しく感じる。
俺は部屋のバスルームに向かった。
バスルームを開くとそこにはシャワーと一緒に浴槽が用意されてあった。
施設にはシャワーはあったが、浴槽は無かった。
これは風呂というものか。
使い方は大体分かる。
映像で見たことはあるから、この浴槽に水を溜めれば完成だ。
俺は浴槽に水を溜める。
だがあることに気付いた。
蛇口に付いている赤いマークに。
試しにひねってみる。
そうすると温かい水が出た。
これは水では無い。
お湯だ。
施設には水しか出なかったのだ、お湯を浴びたことなど一度も無かった。
俺は裸になり、その場で待機する。
いつでも浸かれるようにと。
お湯が溜るのをずっと待っていたら、ドアをノックする音が聞こえた。
誰だよ。
俺の楽しみを邪魔する奴は。
俺は渋々ながらドアに向かう。
ドアを開けるとココロが立っていた。
「用事が合って伝えに来たんだけど……うわぁ!何であんた裸なのよ!」
彼女は叫ぶと目を逸らす。
「裸なのは風呂に入るからに決まっているだろ」
服を着たまま入るとリラックスは出来ないからな。
これは間違っていないぞ。
彼女は俺から目を逸らし続けている。
「いいから服を着て!早く!面倒ならタオルでもいいから早く前を隠して」
どうしてココロは恥ずかしそうにしているのだろうか?
もしかしてココロは裸を嫌がる女性だったりするのだろうか?
それは申し訳ないないことをした。
すぐにタオルで裸を隠した。
ココロは未だに赤面している。
「今の私も悪かったわよ。私の不注意だったわ」
「許す代わりに、ココロの裸を見せてくれないかな?」
俺も裸を見られたのだからこのチャンスを逃さない手は無い。
全く恥ずかしいとは思ないのだが。
「見せるわけないでしょ‼」
ココロに怒られしまった。
「明日から三人で本格的にトレーニングを開始するわ」
「そうか……そろそろ戦い方を覚えないといけないな。力を付けないとあの子を守れないし、灯さんに近付くこともできない」
そうだ俺は幸せを得るためにいるんじゃない。
目的があってここにいるんだ。
「具体的には何をするんだ?」
「徹底的に基礎から鍛え直すわ。主に鎧化した時の動き方を学んでおいたほうがいいわ。生身の状態で動けるなら、鎧化したときにいかされるから」
だったら早い方が良い。
「今日からトレーニングに付き合ってもらえるか?」
「いいわよ。じゃあ早速、行きましょう」
ココロは背中を向ける。
「一応言っておくけど今後、女の子に裸を見せるのは止めときなさいよ」
理解した。
女の子は裸を嫌がるものなのか。
今後は気を付けよう。
でも俺は女性の裸を嫌いじゃないぞ。
むしろ、見たい。
簡単に見れる方法は無いかな。
5
地下のトレーニングルームに到着し、早速始める。
何が始まるのかな?
張り切って今日からとは言ったものの、かなり緊張をしている。
「じゃあそこに仰向けになって」
俺は機材の上に寝転がる。
「じゃあこれを持ち上げてみて」
ココロは重そうなものを持ち出して、機材に引っ掛けた。
「これはバーベルよ。これであなたの筋力を確かめるわ」
駄目だ。
全く上がらない。
「予想通りね。あなたはトレーニングを一度もやったことが無いから、戦い方を教えてもすぐに怪我をするわね。まずあなたは基礎の基礎からやってみないと駄目ね。ちょっと交代して」
と言ってココロに場所を譲る。
そうするとココロはバーベルを意図も簡単に持ち上げて見せた。
俺は女の子よりも筋力が無いのか。
そのことを実感させられた。
その後、実用的な機材を利用させてもらえず、単純な腕立て伏せや腹筋、そしてスクワットなど地味な運動をひたすらにさせられた。
ただしどれも十回程度でばててしまった。
「もう続けても、仕方ないしこれで終わりにしようか。最後は模擬戦闘をやるわ」
これが本日、最後のトレーニングだ。
「やる前にプロテクターをちゃんと付けてね。怪我をするかもしれないから」
怪我防止のために防具を付ける。
体中のいたるところに付ける。
「制限時間は十分。あなたは一発でも私に攻撃を当てたら勝ちよ」
すごいハンデをもらってしまった。
さすがの俺でも一発程度ならと思い模擬戦闘に挑んだ。
結果、一度も当てることなく終わってしまった。
ココロの息は全く切れていない。
俺はもう全身汗だくだ。
勢いが良かったのは最初の一分だけだ。
残りは疲れ切って体が動かなかった。
そして最後の一分にココロの猛攻が始まり手も足も出なかった。
「これがあなたと私の差よ。理解できた?」
声が出ないから頷くしかない。
「ほらこれを飲んで。」
渡されたのはスポーツ飲料と書いてある。
主に、運動の際に飲む物だ。
それを一気に飲み干す。
ようやく声が出るようになった。
「こんな弱い俺を笑わないのか」
高い目標だけを掲げ、それに全く付いていけてない。
「笑うわけないでしょ! 目標に近付こうとして頑張っている人を笑う権利は私には無い。今のトレーニングは駄目駄目だったけど、必死だったのは伝わったから。私はそれに付き合うわ」
俺はいつになったら彼女に追いつけるのかな?
早く頼られる存在にならなくちゃいけない。
「じゃあ今日は終わりね? 立てる?」
「無理そう……」
「仕方ないわね。ほら肩を貸して」
ココロに支えてもらう。
そして、そのまま部屋へと連れていってもらう。
「どうしていつもココロは優しくしてくれるんだ?」
「さぁ何でかな? 多分あなたが年下だから、しっかりしないといけないと思って気を張ってるのよ」
「歳は一つしか変わらないだろ?」
「それでもよ。それに私は先輩よ。頼りにならない先輩なんてただの年上よ。だからあなたもマモリに頼れるところを見せてあげなさい。」
やっと部屋の前に付いた。
「じゃあまた明日」
「ああ」
俺は元気の無い返事を返して部屋に戻った。
6
「おい待っていたぞ」
部屋に入ると何故か冷さんがいた。
「初日からトレーニングでもしていたのか真面目だな」
「何か用ですか?」
「そういうことだ。まぁ座れ」
とりあえず椅子に座る。
疲れているから早く帰って欲しいのだが。
「施設で起こったことをココロから聞いたよ……」
俺は施設から生き延びた。
日向灯という犠牲があって。
「あの事件でどれぐらいの者が犠牲になったか分かるか? 『忌能者』と人間を合わせて三桁の数が消えたのだ。そしてそれを死体集めに利用された」
それだけの犠牲者が出た。
「その中で君だけが生き残った」
「そうですか……何であいつらは死体を欲しているんですか?」
「分かっていることは、あいつらは死体を『ヌル』へと変えることが出来る。そして操ることが出来る。要は兵隊集めだ」
でも別の存在が現れた。
『全能者』と白い女は答えた。
そいつが灯さんを『ヌル』へと変えた。
生きているものを『ヌル』へと変える能力。
それを目撃してしまった。
そして灯さんは生きていた。
死んでしまったのなら諦めはつく。
でも生きているなら諦めることなんて出来ない。
「あと、お前にこれを返しておく」
それを見た瞬間、俺の疲れはどこかに消えていってしまった。
灯さんの『仮想鎧』の黒い腕だった。
「これをどうして俺に……」
「日向灯は私の数少ない友人だった。ココロから施設の出来事を聞いた時には頭は真っ白になった……私は君の話をを灯から聞かされたよ。最初はどうしようもない奴だと思った。でもお前と話して分かった。お前を必死になって救った灯の気持ちが分かった」
俺はその話を聞いて、自分だけの問題じゃないことに気付いた。
「私には灯を救い出す力なんてものは無い。はっきり言って無力だ。君の上司でも何も出来ないよ。だから頼む。コウ、灯を必ず救い出してやってくれ」
「分かりました」
これは命令では無く、願いだった。
でもその効果は命令よりも大きい。
願いの強さは命令に勝ることもある。
そしてその願いは俺をさら目的へとに駆り立てた。
「じゃあ帰るな。お湯を張っておいたから入って休むといい。時間を取らせて悪かったな」
と言って冷さんは部屋から出ていく。
気を利かしてくれたのか助かるな。
俺は服を脱ぎ、体を洗い風呂に浸かる。
施設でのシャワーの時は無心になれた。
だがこの時は色んなことを考えさせられた。
そうしていると、いつの間にか日付は変わっていた。
今日は色んな経験をした。
明日はどんなことが起こるのだろうか?
外に出てから考え事が増えた。
今その時では無く、次のことも考えさせられる。
でもこれは悪いものでは無い。
どちらかといえば良いものだ。
そこで疲れがピークに達して意識がストンと落ちた。
7
気が付くと寒さで目が覚めた。
ここはどこだ?
混乱していると、ここはバスルームだということに気が付いた。
ここで寝ていたのか。
疲れていたとはいえ、こんな場所では風邪を引いてしまう。
急いで湯船いや水風呂を抜け出し、お湯の蛇口をひねる。
そうするとお湯が出てくる。
冷えた体を温めてくれる。
お湯を浴びるだけで心地が良くなる。
俺はその心地良さを噛みしめた。
ずっと浴びていたいが、そろそろ出よう。
体をタオルで拭く。
服に着替え、ベッドに横になる。
そして、しばらく心地良さに身を任せている。
何もしていなのが心地良い。
そのままでいると寝てしまいそうだ。
とりあえず体を起こし、外を見渡す。
さっきまで暗かったのに、今はすっかり明るい。
不思議なものだ。
何もしていないのに勝手に変化していく。
世界とはそういうものなのだろうか。
「おーい起きてる」
ドアがノックされココロの声がした。
「なんだー?」
「朝ご飯できてるから食べるわよ」
「分かった。今行く」
今日のご飯は何かな?
期待をして玄関を開ける。
またしても食欲をそそる匂いがした。
キッチンに向かうとすでに二人が揃っていた。
「今日はマモリちゃんが一人で作ったのよ。本当だったら朝は大抵自分たちで済ませるんだけどね。でもせっかく作ってくれたんだから食べましょう」
相変わらず美味しそうだ。
施設のものとは比べものにならないだろう。
それに同じものが出てくる施設とは違って、変化して出てくる。
それが俺にとっては新鮮だ。
そして誰かと過ごす安心感。
それは施設では得られないものだ。
そうやって過ごすのは気分が良いものだ。
俺達は朝を楽しんだ。
マモリの料理の味は絶品だった。
いつまでも、これが続けばいいのにな。
それが続くことを望んだ。
8
朝ご飯を済ませて、しばらく雑談に浸る。
相変わらずマモリは無言だが反応を見せてくれる。
だが、それに触れるのはタブーだ。
ココロの過去話を聞いた時の反応を見て理解した。
こちらから切り出さないのが良い。
相手がそれを話したくないのであれば、それを無理に聞くことは無い。
それは今は問題では無い。
いつか話してくれたら良い。
そんな余裕を持ってマモリについては対処する。
悪い子では無い。
ただ、コミュニケーションが取りづらいだけだ。
まぁいつかは解決しないといけないが、ゆっくりで良い。
「今からは何をするんだ」
「今は待機時間よ」
待つのも仕事のうちということか
「二人とも緊張せずにリラックスしときなさい」
「そういえば外に出てもいいのかな?」
「すぐ近くならいいわ。出撃命令があればすぐに戻ってきなさいよ」
とりあえず外に出たらいいが、特にすることも無い。
まぁとりあえず歩くか。
呼び出しのために連絡を取れる手段として携帯電話というものを渡された。
使い方は教えてもらった。
ただ残念なことに、ココロのようにこれで遊ぶことは来ないようだ。
無料で手に入ってラッキーと思ったが、結局はただの仕事用の道具でしか無かった。
ココロもマモリも持っているのに俺だけ仲間外れにされている気分だ。
昨日の『ヌル』の撃退報酬でお金が『DE』内の口座に振り込まれていたのだが、まだまだ買うには足りないようだ。
歩いていると公園を見つけた。
どこもかしこが知らない場所で新鮮だ。
だが今は体力も無くなってきたのでそこのベンチで休憩をしている。
「また会ったな」
敵かと思い警戒をして振り返るとそこには昨日の『HG』の若い青年と会ってしまった。
「そこ、座ってもいいか?」
とりあえず頷く。
一応、相手は別組織の者だ。
一体どうすればいいのやらと考えていると、向こうから話しかけてきた。
「今、何してるの?」
「散歩中ですけど」
「そうか俺も散歩みたいなものだ。本当は見回りをしていろって命令されているんだけどね。この辺りは危険を感じないし、やる必要も無いと思ってね」
「何もしなくても危険を感じることができるんですか?」
「何もしてないことはないんだけど、特に何も感じないからこの辺りは今のところ平和だ」
「あなたは人間ですよね?」
「そうだよ。『忌能者』みたいな能力は持ってないよ」
結局、俺はなんとなく会話を続けていた。
携帯電話が鳴っている。
でなくちゃ。
『事件発生だ。戻ってこい』
「分かりました。すぐに向かいます」
昨日に引き続きまた出動か……
「用事があるので帰りますね」
「頑張って」
俺は公園を去る。
そういえば自己紹介もしていなかったな。
する必要はあるのかな?
9
「今回の任務は『忌能者』排除だ。以上だ」
今回のターゲットは『忌能者』それも能力保持者だ。
『ヌル』と違うことは理性を持っていることや、危険と判断される能力を持っていることだ。
「相手の能力は分からないんですか?」
「いつも通り分からない。結局は目視で確認しなければならない。分かっていることは現場で爆発が起きていることだ」
「ということは爆発を扱う能力者ってことですか?」
「憶測で判断しない方がいいわ。割と能力は別の可能性があるから」
マモリも頷く。
「では直ちに出撃!」
俺達は車に乗り込む。
楽しみは長続きしないな。
そう思い、俺たちは危険地に送りこまれた。




