表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/149

九話 夜戦

「帝国の皇女様が右翼の林道に入って行くのを見ました」


 起き抜けの鈍った思考が一瞬で覚醒し、次の瞬間には、この後に起こるであろう俺と我が国の行く末が容易に想像できてしまった。


「ハンス、全員叩き起こせ!出撃だ!」


「は、はい!」


 ハンスに指示をを飛ばすと、急いで支度をした。

 腰の左側にサーベルを右側にトマホークと拳銃を吊り、拳銃はグリップを前にしてホルスターに、トマホークは拳銃より後ろにヘッドを上にして挿す様にする。

 ベルトには弾嚢とナイフも着けておく。

 それから天幕の外に出ると、ヘンリーの背に鞍を載せて跨がった。

 それから十分程で兵団の団員達が集まり、寝ぼけ眼の連中に喝を入れて林道に入った。

 皇女の入っていった林道は、木こり達が切り出した木を運ぶための道で、俺が夜襲の提案をしたときに敵陣への侵入ルートとして上げた場所でもある。


「ハンス!」


「はい!」


「他の軍や騎士はいるのか?」


「いいえ!全員寝ています!」


 正直言って迷った。

 この事を殿下やペイズリー卿に報告し、指示を仰ぐべきか、せめて帝国騎士団には伝えるべきだったかもしれない。

 しかし、それで初動が遅れて、皇女が敵の手に落ちてしまえば元も子も無くなってしまう。

 それに、皇女は騎士を数十連れているらしく、我々が加われば敵の防衛拠点を突破出来るかもしれない。

 カリス殿にしても、すでに動いているか、もしくは帝国の作戦である線も捨てきれず。

 それに、林道に一番近かったのは俺の兵団であり、責任追及は免れない。

 ならば、いっその事、戦いに参加して皇女に従って夜襲を仕掛けた事にして責任を皇女に被せようと言う考えもあった。

 結局俺は自分の兵団だけを連れて、出撃した。

 正しいのかは分からないが、兵は拙速を尊ぶとも聞いたこともある。

 それに賭ける事にして、全速で林道を駆けた。







 林道を進み開けた場所に到着すると、そこでは帝国騎士達が共和国の重装歩兵とぶつかっているのだが、皇女の姿が見えなかった。

 いったい皇女は何処かと見回して見ると、騎士達から離れた敵中に1人、完全に包囲され、しかも皇女は馬から降りて敵と切り結んでいたのだが、かなり分が悪い。


「皇女殿下を助ける!!!突撃!!」


「「「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」


 兵達に突撃を命じながら拳銃を抜き、皇女に襲い掛かっている敵を撃った。


「グギャ!」


「は?・・・え?」


 放たれた魔法弾は兜の左側から入り、反対側から血と肉片と兜の一部を伴って抜けて出た。

 頭を撃ち抜かれ、力の抜けた体は膝から崩れ落ち、地面に脳汁と血が流れ出て泥と混ざる。

 突然の事に頭が着いていかない皇女がキョトンとして惚ける中、俺を先頭として兵団が敵に斬り込み、それに合わせて帝国騎士が逆襲にでた。


「援護する!皇女殿下の下へ!」


「感謝する!行くぞ!」


 皇女に一番近い位置にいた三人の騎士に皇女の下に行くように言いながら、二人の敵を射殺して援護する。

 残り少ない弾を気にした俺は、拳銃をホルスターに納めてサーベルを抜き、ハンス達と共に近付いてくる敵に対処した。


「怯むな!数で押し潰せ!」


「「「応っ!!!」」」


 共和国の重装歩兵の装備は、ロングチュニックにレザーの籠手と脛当、ブレスプレートと鼻当のある頭頂部の尖った兜で、武器は大きな楕円の盾と手槍である。

 重装歩兵と言う呼び名は、訓練を受けた正規の職業軍人と言う意味で、装備としては確りした装備ではあるが、他の国の重装歩兵に比べれば軽装だ。

 しかし、我がアウレリア王国には重装歩兵事態が殆どおらず、対抗しずらいのも事実である。


「一人で戦うな!数で押せ!!」


 兵団にいる兵達の装備は、軽装の目立つアウレリア歩兵の中でも輪を掛けて軽い。

 もしも帝国騎士がいなかったら此方の被害は非常に大きな物となっていただろう。

 そう言う意味では幸運だったと言えるが、依然として厳しい戦いだと言う事に変わりはない。

 それでも数の差と言うものが俺の強い味方となる。

 思えば今日までの戦いは皆、数で上回っていたからこその事だろう、今度の事も同じ様に数に物を言わせて何とか五分に持ち込ませる事が出来る。


「若様!」


 ハンスが声を掛けてくる。

 何かを伝え様としている彼の指差す左側に視線をやると、そこでは平原移民が予想外の奮闘で敵を押していた。

 それを見た俺は、声を張り上げて回りの兵達に言った。


「左だ!左側が崩れたぞ!彼等に続け!」


 左側に向かってサーベルを振りかざして進み、そこから敵を撃ち破る事にしたのだが、問題が起きてしまった。


「ベイル!私に続け!」


「待って下さい姫様!危険です!」


 あの皇女が騎士の制止を振り切って、どんどん前に出ていってしまっている。

 確かに見事な剣捌きで敵を斬り倒しているのだが、一国の姫がやることではないし、前に出るだけで回りを見ていない。

 その結果、皇女は再び囲まれてしまった。


「あのアマ!・・・ハンス!」


「はい!」


「そっちは任せた」


「は、は・・・ウエッ!?」


 俺の言った事に混乱しているハンスを他所に、急いで皇女の下へと向かう。


「そこ退けぇ!!」


 途中、二人ばかり切り捨てて急ぐも、なかなか近づけず。


「指揮官だ!奴を殺せ!」


 誰かがそう叫ぶ声が聞こえた。

 その声に応じる様に、俺の下に敵が殺到してくる。


「っ・・・!」


 下から槍を突き上げて来るのを何とかかわしながら、打開策を考えるが何も思い浮かばない。

 気が付けば皇女は騎士達に助けられ、ハンスが兵達を何とかまとめ、俺だけが孤立してしまっている。


「クソッ!なんだ畜生!」


「若様!今助けに行きます!」


 ハンスからの心強い言葉を聞きながら二人三人と切り殺し、抵抗を試みるが敵は次から次へとやって来る。


「やあっ!!」


「しまっ!」


 それは完全な不意討ちだった。

 接近を許してしまった敵が突きだした槍に、ヘンリーが驚き俺を振り落とし、俺は尻餅をつく様に地面に投げだされて、サーベルを取り落としてしまった。

 そこへ敵が襲い掛かって来る。


「こんな所で・・・」


 スローモーションになった世界の中で、槍の穂先がゆっくりと迫って来る。


「死ねぇ!!」


 ハウリングした様な奴の声が耳に届き、俺を殺したと確信しているニヤついた嫌らしい顔が目に入る。


「・・・死んでたまるか!」


 それは、本当に僅かな差だった。

 槍に頭を貫かれる瞬間、頭を振って槍を躱し、寸での所で生きながらえると、ベルトからナイフを抜いて組み付き、右手で握ったナイフで脇腹を刺した。

 逃げられないように左手を首に掛けた状態でナイフを持つ手に力を込め、刺さったままのナイフをひねり、更に深く刺し込む。


「・・・かはっ!」


 口から血反吐を吐いて声にならない声を上げる奴を蹴り飛ばすと、ナイフを左手に持ち替えてトマホークを抜き、次の敵に襲いかかった。


「はあっ!」


 まずは一人目が襲いかかってきた。

 盾に身を隠しながら槍を突き出してきた敵は、油断せずに俺の命を取ろうとしてくる。


「おおっ!」


 俺は突きを躱しながら踏み込んで相手の盾に取り付くと、そのまま盾ごと押し倒してナイフを右脇に突き刺した。


「ぐああああ!!」


 悲鳴を上げる敵に、更に追撃を加えようとしたのだが、その前に後ろから近づく敵に気づいた俺は地面を転がって立ち上がり、別の敵にトマホークで襲いかかる。

 そうして、手近な奴を襲っていると、いつの間にか周りにいた敵はいなくなっていて、ハンスが俺に近づいてきていた。


「若様大丈夫ですか?」


「ハンス?」


 周りにはハンスだけで無く兵団の味方が集まっていて、俺は血だらけになって敵の死体を踏みつけていた。


「大事無いか?」


 そこへ、こんな事になってしまった最大の原因である皇女が声を掛けてきた。

 俺はそんな皇女にイラつきを覚えて、思わず言ってしまった。


「何をやっているんだ!敵が逃げたのなら次だ!早くしろ!」


 そう回りに言って、近くに寄ってきたヘンリーに乗る。


「若様!?」


「何をしているハンス!今から急げば敵の本陣を強襲出来るのだ!この機を逃すな!」


 本当ならば、皇女を確保した時点で退却するのが最良のはずだが、皇女に対する謎の対抗心の様な物で進撃を命じている。

 しかし、実際、今が好機であるのも確かだ。

 後少しすれば日の出となり朝日が射し、兵達が起き出して朝の仕度を始めるだろう。

 今から行けば、逃げた敵のすぐ後に突入し、不意を突いて敵に打撃を与えることが出来る。


「今がチャンスだ!」


 そう言うと、ハンスも覚悟を決めて頷き、兵達に声を掛けた。


「お前たち!これから敵の本陣に行くぞ!これで勝てば褒美が貰えるぞ!」


 褒美が貰えると聞いた兵達は、目の色を変えて武器を掲げ、旺盛な士気を現した。

 もともとヤル気満々な平原異民や黒人達などは、更に士気を上げ鬨の声を上げている。

 そんな俺達をポカンと見詰める皇女と騎士達を完全に無視して、敵陣に向けて走り出した。


「行くぞ!着いてこい!」


「「「「応っ!!!!」」」」


 そうして走っていると、後ろから騎士達を連れた皇女が着いてきてしまった。


「待て!私達も行くぞ!」


 もはや止めよう等とは、思わなかった。

 彼女が死のうが生きようが知った事では無い。

 国の行く末何かももう知らない。

 勝とうが負けようがどうでも良い。

 俺の頭の中にあるのは唯一つ、俺がこんな所に来る事になった原因である共和国の連中と、戦いが長引く原因になったアダムス・オルグレンを殺してやりたい。

 その一心で体を動かした。


「走れ走れ!奴等を皆殺しにしてやれ!勝ったら俺から殿下に言って、馬を褒美に貰うぞ!」


「「「応っ!!!」」」


「金だ!武器だ!ついでに勲章と美味い飯もだ!」


「「「応っ!!!」」」


 走っている途中で敵を見掛けたら、それを殺し道を駆ける。

 そして、とうとう本陣が見えた。


「あれだ!全員突撃!このまま突っ込め!」


「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」


 サーベルを振り上げ、兵団の先頭に立って走るのは実に気持ちが良かった。

 恐怖など微塵も感じず、敵に斬り込む俺の目に小さな天幕からノソリと緩慢な動きで出てきた兵士が写る。


「へっ?」


 そんな間抜け面を撥ね飛ばし、その後ろに出てきたもう一人を切りつけた。


「・・・」


 何も言葉に出来ないまま首が切り飛ばされて、高く宙を舞った。


「皆殺しだ!」


 こうして、俺が体験した中で一番の激戦となる戦いの火蓋が切って落とされた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ