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八話 敗北の後の無茶ぶり

 翌日の昼頃、目的のリーグ丘陵に到着した。

 既に守りを固めている共和国軍の姿が、丘の上に見え、これから始まる戦いの激しさを予感させた。

 到着したその日は、敵を警戒しながら陣を張り、戦いの準備を済ませ、軽い前哨戦という風に100程の騎士が前進して一当てした。

 これに対しての反応は共和国側では特に起こらず、此方の騎士達も何の被害も無く直ぐに帰ってきた。

 そして翌日の朝、日の出と共に隊列を整えた軍と騎士団が前進を始める。

 右翼側に王国東部騎士団、左翼側に帝国騎士団を配置し、それに挟まれる状態の歩兵隊が僅かに遅れながら丘を登り始めた。

 俺の兵団は、殿下のいる本陣の直ぐ近くに待機して、見守っていたのだが、思わぬ事が起きた。

 突如として共和国の騎兵が隊列を乱して飛び出してきて、右翼の騎士団に突撃を敢行し、僅かに数分の戦闘の末に逃げ帰っていった。

 この結果に敵を見くびっていた東部騎士団では、功を焦った一部の騎士達が命令を無視して突撃してしまい、済し崩し敵に東部騎士団全隊での突撃に発展してしまった。

 この時、陸軍の歩兵隊は下より、左翼側の帝国騎士団でも、東部騎士団の突撃について行く事が出来ず、結果的に戦列の崩壊を招いてしまった。

 そして、当の騎士団は敵戦列の中央を見事に突破したと思いきや、妨害壕によって脚を止められてしまいそれ以上は前に進むことが出来ず、脚を止めた騎士団は重装歩兵によって包囲されてしまう。

 実は、騎士団が突破したと思っていた敵の戦列は軽装歩兵で編成された囮で、させたと思っていたのは間違いで、見事に引っかかった騎士団は全滅の危機に瀕してしまった。

 この共和国軍の動きに対して、帝国騎士団が即座に動き、共和国の戦列に攻撃を開始、陸軍の歩兵隊もそれに続いて敵の包囲に穴を開けた。

 この、味方の救出によって全滅の憂き目を逃れた騎士団は、しかし、甚大な被害を出してしまい、此方はその日それ以上の行動は取らずに、本陣まで後退し翌日に持ち越す事に決定した。

 そして今は日が暮れて、焚き火を焚いた陣の中で軍議が開かれている。


「この戦いにおける一番の戦犯はお前達騎士団だ!お前達のせいで負けたのだ!」


「何を言うか! 陸軍こそ敵を打ち破る等と豪語しておきながら、何も出来てはいないではないか!」


 これは先程から続く、ペイズリー公爵と東部騎士団団長のバレル団長による言い争いの一部である。

 軍議は最初からこの通りの罪の擦り合いで、建設的な意見は一切成されておらず、殿下やカリス殿を始めとした帝国側の参加者は、うんざりしたと言う顔で、この醜い争いを見ている。

 今回の戦いは、どう見ても騎士団の失態だろうと思うが、コレまでの緒戦においては陸軍の失態が続いており、そのせいでここまで負けが越したと考えると戦略的な責任は陸軍の方にあるが、今それを持ち出すのもどうなのだろうか。

 等と考えていると、殿下が2人を制して俺に話しかけてきた。


「カイルよ、お前には何か妙案はないか?」


 とんでもない無茶ぶりだ。

 俺に戦略だの戦術だのを考えられる優秀な頭なんてあるわけが無いのに、何で俺に聞くのだろうか。

 数で劣り、敵に陣地の構築を許してしまい、それを攻める以上、生半可な作戦は通用しない。

 俺なら何もしないで、味方の援軍の到着を待つのだが、今ここにあってはそう言う訳にもいかない事情がある。

 それは、敵の援軍の予兆である。

 現在共和国軍は我が軍を数において圧倒しており、このまま叩けば俺達を簡単に蹴散らす事が出来るのだが、そうはならなかった。

 と言うのも共和国側は兵糧が底を付いていて、その為に、共和国軍はこのリーグ丘陵に陣を張り、援軍と物質が到着するまでの約一週間は動く事が出来ない。

 だが、逆を言えば一週間後には更に数を増した共和国軍が押し寄せて来るのである。

 帝国軍が来るまでには、あと二週間はかかる見通しで、我々は数で劣っていようと敵が守りを固めていようと関係なしに攻撃し敵を打ち破らなければならない。

 もしも失敗してこのまま敵の合流を許してしまえば、我がアウレリア王国は東部の約三分の一を差し出す事になる。

 それは、なんとしても避けねばならない。

 だからと言って、俺の足りない脳ミソでは、何か妙案が浮かぶ訳も無く。

 殿下は俺にどうしろと言うのか、しかし、此方を見詰める殿下の目は、何かを期待する眼差しで、俺は何か策はないかと無い頭を絞った。


「夜襲・・・」


「何?」


 思わず口にしてしまった言葉に、殿下を含めたこの場にいる全員が信じられないと言わんばかりに俺を見る。


「と、取り敢えず話しだけでも聞いてみよう」


 そう言う殿下であるが、その眼差しは完全に失望を露にし、一体何を言っているんだという雰囲気が漂っている。


「・・・現在の我が軍の能力では、敵の防衛を突破する事は出来ない。これは皆さんお分かりだと思います」


「当たり前だ。さっさと話を進めろ」


 もう聞くまでも無いと言わんばかりの態度で、俺に話を進める様に促すペイズリー公爵と、その隣で書類に目を通すレナス宰相、そんな空気の中でただ一人だけ真面目に話を聞く人物がいた。

 ローゼン公爵だ。

 ローゼン公爵だけは何も言わずに、ただ、じっと此方を見詰めている。

 そんな中で俺は話を続けた。


「先ずは、夜襲のメリットから話を始めます。夜襲の最大の利点は、なんと言っても成功すれば、ほぼ確実に大戦果を挙げる事が可能で、尚且つ兵力の差を埋める事が出来る点です」


 通常、人間は夜行性ではないため、夜になったら寝てしまう。

 それは、軍隊や騎士も同じ事であり、見張りを立ててはいても、その見張りの兵士も疲弊してしまう為、昼間等よりも数は少なくなる。

 また、人間は外部の情報の約六割を視覚に頼る為、夜になれば情報量が少なくなり、敵からの発見も困難になる。

 しかも、例え敵が夜襲に気付いても、寝起きの兵士は動きも緩慢で、場合によっては極度の混乱に陥り迎撃困難な状態になる。

 その為、敵に大打撃を与える事が出来る上に、味方の損失を抑える事も期待出来る。

 上手く行けば、数倍の兵力差を覆して勝利する事さえ不可能では無い。

 しかし、問題もあった。

 それは、味方も人間であるがゆえに、視覚情報が制限され、ただでさえ物が見えないと言うのに、敵への露呈を避けるために灯火管制が必要なため、防御側よりも視界が効かない。

 その様な暗闇の中では、兵士達には多大なストレスが掛かり、昼間よりも疲労が強くなる。

 また、夜間、視界が効かない中での敵味方の識別は困難を極め、最悪の場合、同士討ちを引き起こす可能性もあった。


「・・・確かに悪くないと思えるな」


「・・・そうですな」


「私も、夜襲を視野に入れるべきだと思います」


 俺の賢明な説明を聞く内に、ペイズリー卿やカリス殿等が一定の理解を示し、他の人達も見直したと言う様子で、話を聞いていた。

 殿下も先程までとは打って変わって、俺の話しに聞き入り、欠点の話を聞いても尚、夜戦に興味を持った様子で、ペイズリー卿とローゼン公爵に確認を取り出した。

 カリス殿も夜襲に乗り気になり、話し合いに交じろうとしたときだった。


「夜襲なんて、とんでもない!!」


 そう声を張り上げたのが、バレル東部団長である。


「夜襲などと言う卑怯な事は騎士としては、到底許容出来る事ではない!」


 何故、俺が夜襲を提案した時に、回りがあんな態度だったかと言えば、この国を始めとした大陸における戦争では、夜戦が行われた事が殆ど無く、その理由はバレル団長の言った様に、騎士達が夜襲を卑怯で騎士道精神に反する野蛮人がする事だとしており、それが常識となって夜に戦うと言う発想が無くなってしまった。

 また、夜戦が非常に危険かつ困難であり、これを実行出来るだけの高い練度と士気を持った兵士が少なく、夜には馬を休めなければならない等の事から、大国である程、夜戦から遠ざかってしまい、実際に大国である共和国も夜戦の経験は全く無く。

 少なくとも、ここ200年の間、騎士による夜戦は起こっておらず、騎士以外でも小競り合いや町や村等に対する小規模な襲撃程度な物で、軍同士による夜戦は皆無と言っても良い。

 だが、ここにいる優秀な頭を持った方々は、俺のちょっとした説明だけで、直ぐに有用さに気付き理解した。

 多分、発想とか知識とか、後は常識に阻まれていただけで、少しでも知識が有ったら思い付いていただろう。

 そんな事を考えている内に、バレル団長は更に捲し立てて、断固として夜襲に対して反対した。


「そもそもの話し夜襲等、誰もやったことの無い事をどうやって実行するのだ!」


「そ、そう言えば・・・」


「そうですね・・・」


 バレル団長の話が続くにつれて、徐々に疑問を持つ者が増えていき、最終的に殿下にの言葉より夜襲は保留となった。

 俺としても成功する自信もないし、あまり積極的ではなく、殿下の意思にしたがった。







「すまなかったカイル」


 軍議が終わり、俺は再び殿下の天幕にて、殿下とローゼン公爵の三人で話す事になり、開口一番に殿下が謝罪の言葉を述べた。


「で、殿下?何を?」


「私は、軍議の場で、お前を信じてやることが出来なかった。お前を疑ってしまった」


「殿下・・・」


「本当にすまない」


 そう言って、頭まで下げる殿下に対して、公爵も何も言わず、ただ俺を見つめてくるばかりだ。


「殿下・・・頭をお挙げください」


「カイル?私を許してくれるのか?」


「殿下、私はそもそも何も思っておりません。私と殿下は、お会いしてから1週間と経っておりません。そんな私を信頼するのが間違いなのです」


「私は・・・」


「言わないで下さい」


 殿下が何かを言おうとしたのを制して話を続ける。

 本来ならば無礼で無作法な行動だが、公爵は何も言わず、殿下も話を聞いてくれた。


「貴方はいずれ、この国を背負って立つお方だ。このくらいの事は当たり前の事と思っていますし、むしろ、他にマトモな案を出せず、謝るのは私の方でございます」


「そんな事は無い。私はお前を信じ、お前に助力を願い出たにも関わらず、直ぐに掌を返す様な事をしたのだ。これは私に取っての最大の恥だ」


「殿下」


「すまなかった」


 と言い合っていれば、遂に公爵が話しに入ってきた。


「もう、それくらいで宜しいでしょう」


「公爵・・・」


「オーガスタ・・・」


「殿下の言いっている事も、カイルの言う事も、どちらも正しいと言える。ならば、どちらも悪く、どちらも悪くない。そう言う事にしましょう」


「・・・そうだな、カイルはどうだ?」


「少し釈然としませんが・・・同意します・・・しかし、これだけは言わせて頂きたい」


「なんだ?」


「殿下、貴方はみだりに頭を下げたり、謝罪等しないでください」


「何?」


「貴方の頭はそう簡単に下げて良いものではありません」


「それは、ワシも同意件ですな」


 そう、俺と公爵が言うと、殿下は少し考えてから俺の方に向いて言った。


「では、私からも言う事がある」


「何でしょうか?」


「私とはタメ口で話してくれ」


「なっ!?」


「やはり、私はお前には名前で呼ばれ、タメ口で話したい」


 困ったことを言ってくる殿下に参った俺は、何とかならないかと公爵の方を見たが、公爵は、にんまりと笑みを浮かべて言った。


「そうじゃな、ワシも賛成ですな」


 等と公爵まで言い始める始末に、俺は軽く目眩を覚えた。







 その後は何とか2人を言いくるめて逃げるように天幕を後にして兵団の宿営地に向かったのだが、その途中で俺を待ち構える人影を見た。

 誰がいるのかと目を凝らせば、そこに居たのはエスト・ローゼンだった。


「またお前か・・・今日は不意打ちでは無いのか?


 俺がそう彼に言うと、エストはゆっくりとレイピアを抜いて構え、無言のままに鋭い突きを繰り出してくる。


「っ!」


 以前とはまるで違う鋭く研ぎ澄まされた俊足の突きは、慌てて躱した俺の右頬の薄皮を削ぎ、以前のエストとは全くの別人だと俺に思い知らせた。


「・・・」


 俺は直ぐに腰のサーベルを右手で抜き、半身になって構えて、エストの目を見詰めた。

 落ち着き払い、冷静に此方を観察しながら油断なく剣を構えるその姿は、その用紙も相まって流麗で気品を感じさせながらも力強さを感じさせる。

 恐らく、このエスト・ローゼンと言う男は、俺が今までに対峙してきた誰よりも強く、俺ごときでは全くかなわない次元の居る剣士だろう。


「・・・」


「・・・」


 そうして、2人で剣を構えにらみ合ってからどれほどの時間が経ったのか、永遠のように感じられた静止は、以外にもエストによって崩された。


「ふっ!!」


 短く息を吐き出しながら再び繰り出された突きは、俺の目を狙った軌道で進み、その剣先が届く寸前に、前に一歩踏み込みながら顔を僅かに反らしたことで目標を外れて俺の髪の毛を数本宙に舞い散らせた。


「・・・!」


 ありったけの度胸で一歩前に踏み込んでエストの懐に飛び込んだ俺は、歯を食いしばって力を込めてサーベルを、叩きつける。

 しかし、その攻撃はエストが左手で抜いたダガーによって受け止められてしまい、僅かな隙を生み出してしまった。

 それを見逃さなかったエストは、レイピアのグリップで俺の肩を強打し、追撃に膝にローキックまで食らわせてくる。


「ぐおっ!?」


「シッ!」


 体勢が崩れた俺は、距離を取るエストに追いつけずに距離を離されてしまい、その後のエストの三連の突きを許してしまった。


「ぬあっ!!」


 寸での所で前転して突きを躱したが、不思議な事にその後の追撃は無く、エストはレイピアを構えて俺のことを見詰めているだけだった。

 前転した際に擦り傷を負ってしまいそれが少し痛んだが、その痛みこそエストが手加減したと言う証拠であり、俺と彼の実力の差を如実に表している証明でもあった。

 しかし、俺とてこのままやられっぱなしと言う訳にもいかず、再びエストに対峙してサーベルを構えた。


「何故あそこで決めなかった」


 俺が聞くと、エストは答えた。


「君を殺す訳にはいかないし、優雅ではないだろう?」


 確かに、あの場面で背後から俺を突くのは優雅さに欠ける野蛮な行為だと言えるが、それこそがエストに付け込む隙を与えることになった。


「・・・」


「・・・」


 再び沈黙が2人を支配する中で、今度は俺が先に動いた。

 俺は手に持っていたサーベルをエストの足下に刺さるように投げつけた。


「っ!?」


 思わずと言った風に投げ付けられたサーベルを躱すような動作をしてしまったエストを、次の瞬間には俺が組み敷いて、その喉元に短刀を突きつけた。


「い、一体何が?今のは何だ?」


「簡単な事だ。お前の視線をサーベルに誘導した上で地面に投げて視線を誘導した。ただそれだけだ」


 と、俺が説明すると、エストは非難がましい視線を俺に投げながら文句を言ってきた。


「卑怯じゃ無いか!こんなの」


「黙れクズ。こんなのはまだまだ序の口だ。戦場に卑怯も汚いも無い。あるのは死か勝利かだ」


 そう言ってエストを解放した俺は、サーベルを拾って鞘に収め、自分の天幕へと歩いて行った。







 先程までの勝負で疲れた体は、既に鉛の様に重く、薄い布団の上に横になると直ぐに俺を睡魔が襲ってきて意識を奪い取った。

 それからしばらく経ってから、俺はハンスによって起こされ、耳を疑う事を言われた。


「若様」


「なんだ?」


「あの、皇女様が夜襲だと言って、右翼の林道に入って行ってしまいました」

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