七話 彼の名はクズ
案内されてついた場所にはいろんな奴らが集まっているが、ろくな奴らがいなかった。
戦時即席とは言え俺はこの兵団の指揮を任されたのだが、兵団の面子を見回して見て全く指揮できる自信がない。
取り敢えず整理してみよう。
まず、ライカン達は仲間内で話し合った結果、負傷した者や年寄りを中心とした一部の者達が殿下からの解放令によって自由になった事を伝える為に領へと帰り、後の者達は一緒に戦ったよしみと殿下にライカン達を何とか出来ないかと頼んだ俺に恩返しをすると言って残ってくれる事になった。
彼らライカン達はアーシス子爵からの扱いはかなり酷い物で、人間として扱って貰えず、領地では無給で扱き使われたり気紛れに拷問をされたりしていたらしく、それを知った殿下も父である国王に奏上し、近い内にアーシス領へ査察を行うと約束して下さった。
他にもドワーフ達の中でも妻子のいない若者が中心に俺の下で戦うと言い、数は随分減ってしまったが領から連れてきた兵達も兵団に組み込まれた。
そして、それ以外の新たに入る兵達が曲者揃いだった。
まず、奴隷が殆どで人間の奴隷が外国人奴隷で600人程居る。
その内約は、東方の砂漠出身が400人と何処かからか連れてこられた黒人が100、剣闘士が100である。
東方奴隷の彼等は祖国での内戦に負けて国を逐われ、現在は我が国の北東部国境付近に居たのだが、生活に困窮し家族を助け、家と氏族全体を守るために志願して奴隷に身をやつしたらしく、多くの者が武器だけは持参してきた。
彼等は本来は騎馬戦が得意なのだが生憎と彼らを乗せる馬は無く、彼等も連れていた馬は生活のために売り払ったのだと言う。
武器はシャムシールやシミターを使い、鎧は売ってしまったため、薄手の短いチュニックとズボン、首や頭にスカーフを巻いた姿である。
一応盾を持っている者も居るが、基本的に軽歩兵よりも粗末な装備で、弓で攻撃を受ければ一溜まりも無いだろう。
ただし武器は一級品の様で全員戦闘経験のある戦士なのが救いと言えば救いである。
黒人の彼等も部族間抗争に破れたあげく奴隷として売られ、何処かの大貴族が自領の民を出したくないからと、替わりに寄越してきたのだと言う。
言葉に堪能では無い彼らの内で数少ない言葉の通じる者の話によると勇猛果敢な戦士ばかりで、決して逃げないのが誇りだと言っているが、服装は腰布だけで、武器が短く粗末な槍という出で立ちは軽く絶望感すら覚える。
最後に剣闘士達は生き残れたら自由だと言われてやって来たらしく、支給された槍と剣とレザーアーマーを身に付け、体も逞しくとても頼りがいがある。
さて、今回兵団に回されてきた奴隷は何も人間だけではなく、亜人種もいた。
それが、ダークエルフ達である。
ダークエルフ達は男女合わせて200人で、全員大陸南東の密林から連れて来られたそうだ。
鉈やナイフ、トマホークと長弓を使い、動きも素早く物怖じしないのが此方も服装が布や毛皮を巻き付けただけの様な服に鳥の羽やら動物の骨やらを装飾として身に付けているだけで、人間の奴隷も併せて、殆どの奴が軽装歩兵にも劣る装備というのが見ていて哀愁を誘う。。
此に傭兵100と志願兵100、犯罪者奴隷100を合わせて合計は1200人程となり、彼等の生き死には俺の命令一つで決まってしまう。
そんな、重圧と頼りない兵達と運命を共にしなければならない己の運命に押し潰されそうになりながら、俺は一先ず挨拶をしておこうとローゼン公爵の孫を捜し、その目標の人物は直ぐに見つかった。
「共和国の弱兵なんて、僕の華麗な剣裁きの前に直ぐにひれ伏すさ!」
俺が見つけた恐らくそうであろうという人物は、ダークエルフの女の前で自信満々に言い放ちながらレイピアを軽く振るい、キザな態度でナンパをしているのだが、あれがそうだとは思いたくは無かった。
背が高く手足も長く腰の細い奴で、肩程までの艶やかな金髪の鼻が高く目鼻立ちがくっきりしている美麗な男は、口を開けば調子の良いナンパでナルシスティックな物言いが目立ち、言動が凄まじく馬鹿っぽいあの男が、あの矍鑠としたローゼン公爵の孫だとは全然信じられないと言うか、信じたくない。
しかし、何時までもこのままでいる訳にもいかず。
俺は、意を決して話し掛けてみる事にした。
「もし?」
「ん?」
取り敢えず呼び掛けると、こちらに振り向いた。
「初めまして、私がこの兵団の指揮を執る。カイル・メディシア中佐だ」
公爵はあんな事を言っていたが流石に粗雑な扱いは出来ないと思い、なるべく失礼にならないように自己紹介をした。
それに対する彼の反応はこうだ。
「ああ、そうかい。僕はエスト・ローゼンだ」
これだけである。
その後は、直ぐに向き直って、またダークエルフの彼女に話し掛けている。
流石にこの態度には腹が立ち、この瞬間に先程までの思いや考えなどを忘却の彼方へと追いやり、こいつは貴族として扱わずに1人の部下とし徹底して接しようと決めた。
ここがパーティー会場で俺とコイツが軍人では無かったのならば、問題はないのだが、ことこの戦地に赴いておいて、しかも、指揮下に有る者として、上官である俺に対する態度としては考えられない様な態度である。
軍にしろ騎士団にしろ、職務遂行中は基本的に内部での階級が優先であり、部外での爵位や序列は一部を除いて無視するのが通例であり、部内において部外の序列や階級を振りかざすのは、あまりにも見苦しく優雅さにかけるとして、その様な事はしないのが常識である。
なので、この場合は彼は俺に正体した上で敬礼して自己紹介の答礼を返すのが普通である。
そして俺は、上官として態度のなっていない部下に思い知らせてやろうと、肩を掴んで向き直らせた。
「い、一体何なんだ!無礼じゃ・・・」
俺はエストが文句を言い終わる前に、おもいっきり顔面を殴り付けた。
「ブッ!!」
いきなり殴られて、尻餅を着いたエストは、頬を押さえながら此方を睨んで声を張り上げる。
「いきなり何をするんだ!僕を誰だと思って・・・」
「黙れ!!」
「っ!!」
喚き立てるエストに怒鳴り付けて黙らせると、俺は更に続ける。
「さっきから聞いていれば貴様は何様のつもりだ!ここは俺の兵団だ!俺が上官でお前は部下だ!少尉風情が何て口の利き方をしている!」
「な、なに・・・」
「黙れ!!俺が許可するまでその臭い口を閉じてろ!クズ!」
俺が話している途中で割り込もうとしたエストの声を遮り、更に罵声を浴びせかけた。
それで口を閉じたエストを無理矢理立たせて頬を張り、更に罵倒する。
「貴様は最低のダニだ!蛆虫だ!貴様が公爵閣下の孫だとは全く信じがたい!閣下に言われた通り、貴様の事は死ぬ程使ってやるから覚悟しておけ!このクズ!」
「っう・・・」
「貴様にはエストなんて上等な名前はもったいない!、貴様の呼び名はクズだ。分かったな。分かったら返事しろ!分からなくても返事しろ!」
これが、俺と彼のファーストコンタクトである。
一先ず兵団の掌握を完了した俺は再び天幕に戻り、漸く一息と思っていたら、殿下からの呼び出しを受けて、今は軍議に参加しているのだが、さっきから一向に話が進まない。
と、言うのも、誰が一番槍となるかで大揉めに揉めて、全く先に進まないのだ。
既に敵の位置も分かっていて此方から攻勢に出る事が決定しているのだが、戦の一番槍は騎士として、とても重要な物であり、誰も譲りたがらず、特に帝国から来た、タリア皇女と前の汚名を注がんとする東方騎士団団長との間で激しい先鋒争いが起きている。
ローゼン公爵は殿下の護衛の為に一番槍は取れないと諦めて、落ち着き払い、他の諸侯は二人の剣幕に押されて入り込めずにいた。
その時、一人の帝国の騎士が挙手をした。
「失礼、私は今回の派遣騎士団の長を勤めているカリスだが、先鋒は王国の方々にお譲りします」
「カリス!何を言っているのだ!!一番槍を譲るなど、それでも騎士か!!」
どうやら、彼が派遣部隊の指揮官だったらしく、皇女の言を無視して、王国側に先鋒を譲った。
勿論、納得の行かない皇女は猛反発するのだが、カリス殿はあろうことか、皇女の頭を叩き、説教を始めてしまった。
「お黙りなさい!これは王国の戦いなのです。ならば先鋒の誉は王国の騎士達が得るべき物。我々がでしゃばってどうするのですか」
「し、しかしだな」
「第一、貴女は勝手に着いてきただけではありませんか」
「うぐっ!」
「そんな貴女に騎士のなんたるかを話す資格は有りません。と言うか、貴女は留守番です」
「何を!留守番だと!?」
「当たり前です。貴女は皇女なのです。戦は貴女のする事では有りません」
おおよそ帝国の皇女に対しての物言いとは到底思えない様な口調と剣幕で説教を始めた彼は段々と前のめりになり、そろそろ説教が長くなってきて話が今回の事から皇女の普段の生活態度に移りそうになった所で殿下が止めに入った。
「ま、まあまあ、その辺にしてやれカリス」
「・・・分かりました。どうもお見苦しい所を御見せしてしまい、申し訳ありません」
「よい。タリアももう少し落ち着いて、お淑やかにしたら良かろうに」
「無理だな」
「胸を張って言うことじゃないだろ・・・」
「さて、何時までも一番槍が誰かを論じるよりも、どうやって敵を攻略するかの方が重要だ」
殿下が、そういった瞬間、全員が口を閉じて天幕の中が静まりかえった。
「誰か、何か案はあるか?」
と、殿下が問えば、騎士団長が口を開いた。
「ここは、我が騎士団による総突撃によって敵を粉砕するのが一番かと思います」
その騎士団長の言葉に、ペイズリー卿が反論する。
「何を馬鹿なことを、そうやってまた無駄死にする者を増やそうというのか?」
「何おう!」
騎士団長とペイズリー卿の言い争いは、天幕の中にいた他の方々にも飛び火して軍議は紛糾し、最終的には陸軍と騎士団の対立になってしまった。
「・・・カリスならどうする?」
「難しいですね・・・」
そんな中で、タリア皇女が隣にいる騎士カリスに問うと、騎士カリスも顎先に手を当ててしばし考えるが、やはり答えは出なかった。
「アレクト。カリスにも思いつかぬのではどうしようも無いぞ」
「・・・お前のカリスに対する信頼は分かったから、少し静かにしてよう。なっ?」
周りが、真面目に作戦を考えている中で、俺は端っから考えるのを放棄して、くだらない考えに思いを巡らせていた。
そして、先程の殿下とタリア皇女のやりとりや、騎士カリスに対する言葉遣いなどを見て仲の良さそうな事だと思いつつも、前に聞いたことのある帝国から留学してきた皇女と護衛の騎士とは、この2人で、かなり仲の良さそうなタリア皇女との砕けたやりとり等を鑑みると、我が国と帝国の同盟の強化のために2人が結婚する可能性はかなり高そうだ。
等と関係ない事を考えていた俺は、殿下の声によって思考の海から引きずり出されてしまった。
「カイル」
「はい」
「お前の考えを聞かせてくれないか?」
正直言って、俺が行くか頭を悩ませて見たところで碌な考えなど思いつくわけも無いのだが、殿下はそれを分かってはくれずに俺に発言をうながした。
ここで少し情報を整理して見る事にした。
まず、この戦争の当初、陸軍と騎士団は共和国の侵攻に対して敵勢を二万に満たないと見積もり、現地の駐留戦力だけで対処できると認識していたが、より確実に勝利を得るためにと、王命により中央軍と西部以外の諸侯による増援と帝国への援軍要請が行われ、俺が到着した時点で三万以上の兵力を用意できていた。
実際、軍の予測は正しく、その時点では共和国軍を完全に抑え込んだ上で包囲さえ完了していた。
敵を殲滅せんと動き出したアウレリア軍だったのだが、ここで問題が起きた。
それが、味方の裏切りである。
裏切ったのは、東部の雄であり建国から国に使えてきたオルグレン公爵家の長男であるアダムス・オルグレン率いる5000の歩兵と300の騎士達である。
この裏切りについてオルグレン家は今回の事はアダムス一人の起こした事としてオルグレン家に叛意は無く、身内の起こした不祥事として責任を取る形で国に戦費の追加送金と領地の半分を国に返還し、戦後に必要に応じて降格するとの意向を示してきた。
さて、その当時アダムスの率いていた兵団は、殿下率いる本隊のすぐ横の左翼に布陣していて、盤石の布陣と思っていた所に突如として横撃を受けた本隊は、総崩れとなってしまい、共和国軍も正面を無視して他の方向に戦力を集中する事が出来るようになった。
結果、我が軍は大敗を喫し、そのまま20kmも押し込まれてしまい、兵力もかなり削られてしまった。
現在、我が軍戦力は中央軍の歩兵6000と諸侯軍の歩兵4000、騎兵戦力は王国騎士3000、帝国騎士2000、軍の軽騎兵1000の総兵力16000である。
対する敵軍の兵力は歩兵14000と騎兵5000、それとアダムス兵団の約5000の合計24000である。
共和国の騎兵は主として軽騎兵であり、重騎兵は昨日の戦闘で大分削り騎兵戦力は此方が圧倒しているが、歩兵を交えた総兵力では完全に負けている。
この世界、大陸の西側では、基本的に弓は余り用いられず、両軍共に弓兵は短弓を装備する者が僅かにいる程度で、戦いの基本は正面切った殴り合いである。
斥候のもたらした情報によれば、今回、敵の布陣しているのは林に挟まれた縦に長い平原と、その先にある小高い丘で、共和国軍は、この丘の上に本陣を構えている。
敵の布陣は中央に重装歩兵の横隊を置き、その左右に軽騎兵を置いて守りを固め傾斜した高地側の地の利を生かして守りを固めている。
歩兵を繰り出してみたところで傾斜を生かした軽騎兵による攻撃を受ければたちまち蹴散らされてしまうし、かといって騎士団の突撃で粉砕しようにも、速力で劣る騎士団には軽騎兵を捉えられ無い上に、敵の重装歩兵を突破できるかは難しいと言わざるをえない。
そこで、俺は別働隊を出して林の中を通って敵に奇襲を掛け、混乱に乗じて総攻撃を掛けてはどうかと発案してみたのだが、反応は芳しくなかった。
結局、歩兵部隊を中心に地道に戦列を押し込みつつ、折を見て騎士団の突撃で決着をつける事で作戦が決定した。
最終的には、殿下の後押しもあって、右翼側の林の中にある小さな林道を通って騎士団の突撃に前後して奇襲を掛けると言う俺の案も採用される形になり、俺の兵団は、その奇襲部隊の支援を行うために右翼後衛に配置される事になった。
そんなこんなで軍議は解散となり、俺は慣れないこの場所からとっとと逃げ出して兵団の下へと向かった。
「はあっ!」
兵団に用意されていた区画に入る直前の事だ。
驚く事に俺は襲撃を受けた。
「っ!?」
掛け声に反応して繰り出されたレイピアを何とか避け、サーベルを抜いて襲撃者を見ると、そいつはなんとエスト・ローゼンだった。
「なんのつもりだ!」
「うるさい!僕をバカにしやがって!・・・今からお前を殺してやる!」
等と言ってはいるが膝が微かにだが笑い、剣先も定まっていない。
しかし、構えは堂に入った物で、レイピアにも過度な装飾は無く、柄に幾つか傷が着いていて使い込まれた跡がある。
刃渡りは約1m程、よく研がれた諸刃で柄も最近流行りの装飾の多いカップタイプではなく、特徴的な湾曲のスウェプト・ヒルトになっている。
更に抜いてはいないが左手で直ぐに抜ける位置にダガーも差している所を見るに、腕は立つと思われる。
左手を腰に当て、半身になって腰を落として膝を曲げる。
こうして見ると様になっていて強そうだ。
「は、はあっ!」
少し躊躇しながらも突きを繰り出してきたが、剣速は中々の物で長い手足も相まって、かなり厄介そうだ。
「ふうっ!」
「な、あっ!?」
しかし、実戦経験が無さすぎた。
俺がサーベルて斬りかかると、攻撃を途中で止めて防御に移ってしまう。
「はっやっ、た、あっ!」
無言で二撃三撃と繰り出すと、どんどん下がってしまい、更には地面に足を取られて、体勢を崩してしまう。
「ぬあっ!」
苦し紛れにレイピアを繰り出してきたが、此を苦もなくかわし、レイピアを突いた後の引く動作に合わせて、一気に懐に入って、エストの右腕を左の脇に挟み込む。
「なっ!?」
「どうする?この状態ではレイピアは振れないぞ?」
「ぐぬっ」
俺が煽ってやると表情を歪め、何とかしようともがき、空いた左手を振りかぶるが、その拳が振るわれる前に左手をエストの顎に添え、後ろに押しながら左足で脚を前に向かって払い、仰向けに倒した。
それからサーベルの切っ先を首筋に当ててやり、勝負は終わった。
「俺の勝ちだクズ」
「うぐっ」
「お前は甘い、殺すと言っているのに躊躇したらいかんだろ」
「・・・」
「それに後ろに下がるのも良くない。リーチ差が有るのだから、それを活かして牽制しなきゃダメだ。脚を取られるのはまだいいが、その後に俺から視線を外したのも不味いな」
偉そうに言ってはいるが、内心は冷や汗物で、かなり危うかったのだが表情には出さず、余裕を見せてやる。
「何より、懐に入られてからの反応も遅すぎる。相手が俺で無ければとっくに殺されていたぞ」
「くっ!」
「だが・・・」
「?」
そこで一旦言葉を区切ると、キョトンとした顔で俺を見上げてきた。
そして、サーベルを鞘に納めながら言う。
「だが、良い剣捌きだ」
「えっ?」
「後は慣れることだ。躊躇を棄てて戦いに慣れてしまえばお前は、俺よりも遥かに強い」
「そんなの・・・」
「嘘だと思うか?」
俺がそう言ったっきり黙りこくってしまい、俺はエストをその場に放置して先に進んだ。