六話 着任の時
こんな話でも、読んでくれる人が居ると励みになるものです
感謝申し上げます
数千の蹄鉄が地を蹴り、鎧の擦れ合う金属音が、鼓膜を震わせる。
共和国の重騎兵は、王制だった頃の騎士団の名残であり、装備の統一により、ある程度の軽量化、簡略化が成されたとは言え、革と板金の組み合わせで構成された全身甲冑であり、馬も鎧で覆われた重馬で、その突撃は決して少数の農兵等で耐えられる物ではない。
それに続く軽騎兵にしても、同等の兵力であるならば並の歩兵は簡単に蹴散らすことが出来る。
それが今、目の前に迫ってきていた。
せめてもの抵抗として、隊を鏃型の隊形にして槍を構えて備えている。
しかし、それは何の意味も成さないだろう。
あの、押し寄せてくる敵軍に飲み込まれれば、何も出来ずに、一人も倒すことも出来ずに馬に蹴り飛ばされて、もしくは刃に貫かれて殺されるのが目に見えていた。
今の俺の顔は決して見られた物ではないだろう。
元々整った顔ではなかったが、今は更に崩れて涙と鼻水でグシャグシャになり、失禁していないのが不思議でならなかった。
「わ、若様」
そんな時に、ハンスが声を掛けてきた。
ハンスの声は恐怖から震えて嗚咽が混じり、振り返った顔は俺と同じく歪んでいるが、俺とは元の出来が違うからか見れないほどではない。
「どうした、ハンス」
「俺、漏らしそうです。それも、デカイのを・・・」
「・・・俺もだよ」
恐らく、この場にいる全員が、同じ気持ちを共有している事だろう。
あの勇敢なライカン達も、尻尾が股の下に畳み込まれている。
豪快なドワーフですら、震えながら祈りを捧げている。
農兵達は、思い思いに祈りを捧げたり、家族や妻や恋人の名を呟きながら震えている。
誰かが失禁してしまったのか、更に言えば大の方を漏らしたのか、悪臭が鼻腔を刺激する。
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」
そして、死が近付いてきた。
一体どれ程の衝撃だろうか、痛みはどうだろうか、死んだらどうなるのか、もしかしたら現実に戻れるのでは無いか、そんなことが頭の中を駆け巡った。
瞼を閉じてその時を待ったが、いつまでたっても予想していた衝撃は来なかった。
不思議に思って、閉じていた瞼を開くと、敵は歩みを止めて馬首を返している。
良く見れば、慌てふためいている様子だ。
一体何がと思った瞬間、背後から大きな喚声が上がった。
「っ!?」
「若様!あれを!」
驚きながらハンスの指差す背後に目をやれば、更に驚く物が目に入った。
「て、帝国騎士団?」
俺が見たのは、背後の稜線から進み出る、ガイウス帝国の騎士団の姿だった。
大陸最大の国家にして、最強の軍隊を持つ大ガイウス帝国は、大陸北部に大陸の約四分の一の広い国土を持ち、更に北にいる蛮族や東部平原の遊牧民等と戦い続け、それに勝利してきた大陸最強の国で、騎士団だけで十万近い兵力を持っている。
この帝国騎士団は帝国全土から選抜された精鋭であり、また装備においても、全身を覆う重装のプレートメイルと長大な馬上槍を持ち、騎兵戦力として此に敵う者は無いだろう。
「騎士達よ!我等が友を救い敵を蹴散らせ!!」
「「「「おおっ!!!!」」」」
騎士団の中央に回りとは違う、黒い甲冑の一団とその中心に馬上で剣を持ち、声を張り上げる女性がいた。
その女性の発した言葉に従った帝国の騎士達が、次々と丘を下り始める。
それを見た共和国の兵は急いで逃げようとしているが、思うように行かず、混乱状態だ。
騎士達は俺達の横を通り過ぎて、丘を駆けて共和国軍に突撃していく。
「カイル!!カイルは無事か!!」
そんな轟音の鳴り響く中で俺を呼ぶ声が聞こえた。
その声のする方を向くと、そこにはアウレリアの中央騎士団が駆けている。
その中から数騎の騎士を伴ったアレクト殿下が寄ってきた。
「殿下っ!?」
非常に吃驚した。
何故殿下が此処に来たのか、何故誰も止めなかったのか、何よりも、何故俺の事を呼んでいるのか、等と考えている内に殿下が俺の目の前に来て、馬を寄せると、互いに馬に乗ったままだと言うのに、殿下が俺の背に手を回して抱き締めてきた。
「!?!?!?」
「カイル・・・カイル・・・」
完全に混乱していた俺に殿下は、何度も俺の名を呼びながら、すがり付く。
「おお、無事であったか。カイルよ」
そんな、混乱状態に陥っている俺に声を掛けて来たのはローゼン公爵だった。
「こう・・・しゃく?何故ここに・・・?」
「殿下が戻ると聞かなくてのう。ワシだけ逃げる訳にもいかんじゃろう」
そう言った公爵の顔には笑みが浮かんび、白い歯が見えてる。
その間にも帝国騎士団が共和国軍を次々と討ち取っていき、それに負けじと中央騎士団も、これに挑んで行く。
「何故戻って来たのですか?それに、あの帝国騎士団は?」
ようやく冷静さを取り戻した頭で、疑問を口にした。
ガイウス帝国とは同盟関係にあるが、俺が出征する時点で可能な限りの情報を集めていたが、援軍が来る情報は聞いた事が無く、途中に立ち寄った町の情報屋でも仕入れてはいたが、宰相が帝国に入ったのは今から三週間前の事だ。
帝国軍がここまで来るのには、一月半を要するため、交渉が終わってすぐに来たとしても、騎士団だけの強行軍だったにしても妙に早い到着だ。
しかし、それよりも何故、ここまで殿下が俺を気に掛けているのかが謎だ。
殿下とは今まで会ったことは無かったし、殿下の関係者とも関わりを持った事も無い。
いくら劇的な別れがあって、去る時に必ず助けに来ると言っていたにしても、少なくとも抱き締められたりする程の関係では無い。
その事を訪ねたつもりだったのだが、公爵に促されて、取り敢えず本陣に向かう事になった。
共和国軍を叩き返して、騎士達と共に本陣に来た俺達は、先ずは負傷者の手当てと食事をと言う事なのだが、俺だけは殿下と公爵に連れられて、中央にある立派な天幕の中で食事と一緒に話をすると言われた。
そして、用意されていた席に付き、目の前の席に座った殿下と公爵の三人で食事にありついた。
「・・・随分、豪勢ですね」
「・・・普段ならば、そんな事は無いと言うところだが、此処に来たら口が裂けても言えないな」
と言いながら食べているのは、軟かな白いパンとカップに注がれたコーンスープ、チキンソテーと蒸かしたジャガイモや各種の温野菜の乗ったワンプレートである。
しかも、まだ湯気をたてている。
殿下や公爵の普段の食事を考えれば質素な方であるが、現状を考えるとかなり豪勢な食事で、俺は空腹も手伝って、しばし食事に専念してスープのお代わりまで貰ってしまった。
「ふう・・・」
腹もいい具合に膨れて一息ついてから切り出した。
「何故、私などの為に戻ってきたのですか?」
俺が問うと、殿下が答えた。
「うれしかったのだ」
「は?あの・・・何を?」
思わず聞き返してしまった俺を誰が責められようか、きっと同じ状況なら誰でも似た様な反応を返した事だろう。
だから俺は悪くない。
「お前はあの時、私の行動や判断を批判してくれた」
「は、はあ・・・」
「私の回りには何時も私を肯定し無条件に褒めそやして取り入ろうとするものばかりで、あからさまに胡麻をすって来る者しか居ない。だが、お前は初めて会った私に対しても確りと話を聞いて、その上で批判してくれた。それがうれしかったのだ」
殿下に続いて公爵も口を開いて補足してくださった。
「アレクト殿下には味方が多いが、それ故に反対したり嫌われる様な事をする者が居ないのだ。何故なら、殿下の側に居る者達同士で足を引っ張り合って、将来のポスト争いをしているのだ」
「ああ、その結果が私に反対したり、意見した者達が追いやられてしまい、私がそれに気付いた頃には、回りはイエスマンばかりになって、誰も否定も意見も反対もしなくなった」
殿下の凄いところは、その事に気付いて胡麻すりばかりする人と距離を取り、公爵の様な人物を側に置きながら他にも優秀な人材を集めた事にある。
俺だったらそのまま堕落して御輿に成っていたと断言できる。
「初めて会う者達も、私の機嫌を窺ってばかりなのだが、お前は違ったのだ」
「はあ・・・」
今一、理解出来なかった俺は一言相づちを打って、殿下の話を聞いた。
「学園に入る前までは私も希望を持っていた。学園でならば私を理解し、私と共に歩いてくれる真の友を得ることが出来るのではないかと、そう思っていた」
何処か遠くを見つめる様な表情で言う殿下は、失礼だが幸せそうには見えなかった。
「殿下ほど顔が整っていて、才能豊かな方ならさぞ幸せなのだろうと思っていましたが」
俺がそう言うと、殿下はかみつかんばかりの勢いで否定してきた。
「そんなことは無い!寄ってくるのはどいつも此奴もおべっか使いばかりで、誰も私の話など聞こうとしない。令嬢達の戦いを見ていると女が嫌いになる」
「・・・大変なようですね」
過去にあったことを思い出したのか、殿下は俯いて暗い表情でブツブツと何事かを呟いていたが、いきなり顔を上げて俺の方を見つめて言った。
「頼むカイル。私の友になってくれ。私と共に歩んでくれ・・・頼む」
「え!?あ、はい」
当然愛の告白のようなことを興奮気味に言われた俺は、勢いに負けて頷いてしまい、それに気をよくした殿下は俺の手を取って感謝の言葉を口にした。
「ありがとう。これから共に力を合わせていこう」
おかしい。
どうしてこうなった。
何故、殿下がこれほど俺に執心なのか分からずに困り果てて公爵に助けを求めようと視線を送ると、公爵は頷いて口を開いた。
「ワシもお主ならば殿下の助けになると思っておる。お主は気骨がある若者じゃ」
ちがうそうじゃない。
「殿下のおっしゃる事は分かりましたが、しかし・・・何故私をそこまで信じて下さるのですか?私と会ってまだ二日ですよ」
俺がそう言えば、殿下はにこやかなに笑みを浮かべながら言った。
「信頼に必要なのは時間では無く、言葉でも無く、行動だと私は思っている」
そう言われて俺は何も言えなくなってしまった。
結局、俺は殿下からの信頼を得て互いに堕落しないように見張り合い、互いに協力して行くようにと公爵によって半ば強引に納得させられて、殿下からも頼まれてしまった。
その際に殿下から名前で呼ぶように言われ、更にはタメ口でも構わないとまで言われたが、流石にそれは辞退した。
「では、そろそろ次に移りましょうかの」
「そうだな、聞きたい事は帝国の事だろう」
と、殿下との事の次はいよいよ帝国の事についてだ。
「まず私達は、あの後この野営地まで逃げ切った後、兵を率いてお前を助けに行こうとしたのだが、帝国の騎士団が到着したのは丁度その瞬間だった」
「帝国から来たのは騎士団だけですか?」
「その様じゃ、歩兵はまだ到着しておらんのう」
「と言う事は騎士団だけでの強行軍ですか?」
別に宰相が行ってすぐに交渉を成功させたのだとしても不思議ではないが、騎士団はかなりの強行軍で物資は大丈夫なのか気になった。
「いや、強行軍ではない」
「はっ!?」
「確りと物資も持ってきておる」
「し、しかし、ではどうやって?」
「魔法を使ったそうじゃ」
公爵が言うには帝国との派兵交渉は上手く行ったのだが、軍団の召集に時間が掛かるため、先ずは直ぐに動ける騎士団だけを送り歩兵で構成される軍団は現在、此方に向けて移動中だとの事だが、騎士団がどうやって来たのかと言えば、転移魔法である。
この世界には魔法があり、それは国力を測る指標にもなっている重要な科目であるが、魔法は誰にでも使える訳ではなく才能が大きく左右する。
俺の場合は魔力は有るのだが、魔法を使うには、それだけでは駄目なのだ。
魔法を使うには豊富な魔力と、その魔力を何らかの現象として体外に放出しなければならないのだが、それが出来るかは魔力を持っているかでは無く生まれつきの資質によって決まる。
俺にはそれが出来なかったからこそ錬金術を覚え、それによって銃や弾を作る事が出来た。
因みに弟は簡単ながら魔法が使える。
さて、話を戻すが今回帝国が使った転移魔法は、複数の地点に有る専用の施設を膨大な魔力で繋ぎ、短時間での移動を可能とする物であるが、未だに研究が完全に進んだ物ではないため効率が悪く、使用するのに数百人の魔術師が気絶するほどの魔力が必要で、おいそれと使える事の出来る代物ではないそうだ。
今回は緊急事態と言うことで、コレを使って、国境付近まで来た後でそこからは普通に進んできたそうだ。
まあ、その後も幾つか話した後解散となり、案内された天幕で睡眠を取ると、翌朝にいきなり呼び出されて向かったのは昨日とは違う、大きな天幕だった。
中に入ると、大きな机と幾つかの椅子が有り、机の上には地図が広げられていた。
「おお、来たか!どうじゃ疲れは取れたかの?」
いの一番に手を上げて挨拶してきたローゼン公爵に、挨拶を返しながら、回りに居る人達を確認した。
知っているのはローゼン公爵の他にアレクト殿下だけで、それ以外に居るのは、長身で頭の寂しい感じの中年男性と恰幅の良い達磨の様な男、そして、昨日騎士団を率いていた女性のみである。
そんな風に回りを観察していると、殿下が話し掛けてきた。
「おはようカイル。早速だが紹介に入ろう」
殿下がそう言うと、長身の男が此方を向いて自己紹介を始めた。
「宰相のレナス・エバンズだ。よろしく頼むぞメディシアよ」
宰相レナス。
帝国から転移魔法での派兵を取り付けて、そのまま同行してきた我が国最高の政治家。
実家は子爵家でありながら若くして宰相の地位に上り詰めた方で、現在32歳独身。
姿絵で見たことは有ったのだが、絵に描かれていた宰相は豊かなブルネットの髪が肩まで伸びた、イケメンとして描かれていた筈だが、と思っていると、宰相が口を開いた。
「去年から抜け毛が酷くなり、みっとも無いから剃ったのだ」
無表情にそう言った宰相は、一切の愁いも怒りもなく、心無しか輝いて見える。
何がとは言わないが。
「次はワシだ」
心の中で下らない事を考えていたら、今度は達磨の様な男が喋り出した。
丸々とした体は縦にも横にも大きく、口元には濃い髭を蓄えており、豪奢な服には数々の勲章が飾られている。
「アーサー・ペイズリーだ。精々、国のために励むが良い」
かなり尊大な物言いだが、それもそのはず。
このアーサー・ペイズリー卿は、ペイズリー公爵家の現当主にして、我が国の陸軍卿でもある。
陸軍卿とは、我がアウレリア王国の陸軍を指揮する立場に有り、王族を除けば陸軍の最高指揮権を持つ立場で、ペイズリー家は建国以来400年に渡って当主が陸軍卿に就き続けている。
頭の中は陸軍と国の事しか無く、頭の天辺から足の爪先まで王家に対する忠誠心で満たされている様な人物である。
「この二人は父の信頼も厚く、私にも良く尽くしてくれる。信じられる者達だ」
殿下の言葉によれば、今この戦地において信用できるのは、ここにいる者だけだそうだが、俺はさっきからここにいる帝国の指揮官が気になって仕方がなかった。
それを察したのか、その帝国の指揮官が話に入ってきた。
「そろそろ、私も混ぜてもらおうか」
「あ、ああ・・・そうだな・・・」
なんだか歯切れの悪い殿下をよそに、その女性が先ずはと言って自己紹介を始めた。
「私は、タリア・アーゲンブルク・ガイウステウスだ」
と自分の名を告げる彼女の横に居る殿下が、額に手のひらを当てながら続けて言う。
「・・・彼女は帝国の第二皇女で、本来ならここに来る筈では無かったのだが・・・」
「面白そうだったから着いて来たのだ」
タリア皇女は女性としては長身で、腰まで有る長い銀髪と灰色の瞳が特徴的な美女だった。
体に合わせて作られたドレスの様な全身鎧を身に纏い、頭には小さな冠の様な物を乗せている。
腰には、刃渡り80cm程の片手半剣を佩ていて、反対の右側にダガーを差している。
左手のガントレットが右手に比べて重厚で大きいのを見るに、盾は持たずに剣だけで戦うらしい。
しかし、戦場経験は無さそうに感じた。
「どうも初めまして、カイル・メディシアと申します。昨日は命を救っていただき、感謝の極みであります」
とりあえず、答礼と昨日の感謝のを伝える事にした。
殿下とタリア皇女はかなり仲が宜しい様子で、他の三人の様子から、なんだか嫌な予感がしてきた。
しかも、それは直ぐに当たってしまった。
俺の聞きたくない言葉は殿下から伝えられた。
「カイル、お前に頼みが有る」
「・・・な、なんでしょうか」
はっきり言って、聞きたくない。
今すぐにでも耳を塞いで天幕から飛び出したい気持ちで一杯になったが、そう言う訳にも行かず、覚悟して殿下の言葉を待った。
「お前には、兵団を率いて貰いたい」
ここで少し、我が国の軍隊についての説明をしたいと思う。
まず、前提として、軍と騎士団は違う。
我がアウレリア王国軍は陸軍卿に率いられている中央軍と戦時に各諸侯が率いて来る諸侯軍からなる。
中央軍は平時から訓練された常備戦力であり、専門の教育を受けた将校によってある程度小分けされた、複数の軍団や兵団によって編制され、殆どの人員は平民で構成される。
諸侯軍の場合は常備の戦力としては殆んど存在せず、戦時に各所領からの徴兵で賄われていて、指揮官も諸侯各自が担い、基本的には小集団の集まりである。
この諸侯軍は、一つの軍として動く事は少なく、中央軍の穴を埋める数会わせの予備戦力である場合が多い。
軍の戦力としては歩兵が主であり、騎兵戦力は、少数かつ鎧の薄く馬体の小さな軽騎兵だけであり、陸戦における決戦戦力である重騎兵は、騎士団が担っている。
また、アウレリア王国軍の歩兵は軽装歩兵が殆んどで、弓兵には長弓は無く、重装歩兵は精鋭の部隊が僅かに有るだけである。
軍の編制序列は上から軍団、兵団、部隊、隊となっており、隊はおよそ数十から百程度から成り、その上の部隊は概ね500以下で編制される。
そして兵団とは千人以上から成り、指揮官として貴族もしくは教育を受けた将校が任じられ、一番上の軍団は複数の兵団や部隊等を内包すし諸兵科混成で編制される。
実は更に上に複数軍団で構成される方面軍や遠征軍もあるが、これは戦時に王による特別の許可が有る場合にのみ編制され、任務終了時に解散となるので通常は省かれる。
対して、騎士団は国王直轄の騎士総団があり、そのトップの騎士総長がいて、更にその下に四つの方面と中央の五つの騎士団が有る。
通常、この騎士総団を王国騎士団と呼び、これ等の騎士団所属者は身分に関わらず皆、騎士養成学校を卒業する必要があり、卒業後一年の見習いを経て騎士称号を得たものを正騎士と呼ぶ。
騎士養成学校は身分の如何に関わらず、誰にでも入学の資格を与えるが、入学金が高く、一応奨学金制度や優秀者の入学金免除制度も有るが、奨学金は貴族の当主の推薦が必要であり、入学金免除は求められる物が高く、結果として貴族や豪商ばかりが所属する事になる。
諸侯も騎士団を持っている事があるが、これ等の諸侯騎士団に所属するのは、数代に渡ってその家に仕えてきた者達ばかりで、殆どの者は騎士爵位を持っているか、騎士爵の一族である。
この騎士爵位とは王からの叙爵を受けた貴族の一種で、序列としては男爵の下に当たり、基本的には大貴族に仕え、主君から領地の一部を貸し与えられている代わりに、一族を率いて主君のために戦うのが役目で、働きに応じて褒美を貰ったり、場合によっては更に上の貴族に叙爵される事もある。
我が王国における騎士の定義は王によって騎士と認められた者を言い、これを広義の騎士とし、騎士爵位保持者のみを騎士とするのを狭義の騎士と言う。
ただし、王国騎士団に入った貴族の場合は、騎士称号と同時に騎士爵位も保持するものとして、別のより上位の爵位を得るまでは騎士爵を名乗る。
また、騎士爵家の三男以下は、主家の推薦のもと騎士養成学校に入る事が多く、この場合は一代限りの騎士爵位とし、功績により永代の物とする。
実家が男爵以上の騎士爵は伯爵以上の家に仕えたり、場合によっては実家に戻って分家を起こしたりする。
さて、脱線しながら長々と説明して来たが、話を戻すとしよう。
今回、俺は王国軍の中佐の階級を与えられ、現代風に言うと、大隊から連隊位の規模の兵団を任される事になり、説明によれば俺の連れてきた生き残りに、戦火で焼け出された現地志願兵と指揮者のいない奴隷、犯罪者、個人契約の傭兵等が集められた。
所謂寄せ集めである。
奴隷に関しては、所有権を完全に俺に渡し、戦後も好きにして良いと言われた。
尚、俺の連れて逃げてきたドワーフやライカンについては、アーシス子爵もピウス男爵も死んでしまったため、本人達の自由にして良いそうだ。
ホルス伯爵の兵は生き残った十名が伯爵の後を追って帰郷、傭兵と家から着いてきた農兵はそのままと言う事になった。
と、殿下からの説明を一頻り受けた俺は、ローゼン公爵の後に着いて兵団の下へと向かっていた。
そんな時に、前を歩く公爵がいきなり話を始めた。
「実はのう、お主に頼みが有るのじゃ」
「頼み、ですか?」
「うむ、ワシには孫が居るのじゃがのう。これが、どうしようもない馬鹿者での」
「は、はあ・・・」
「それで、今回が良い機会かと思って、お主の指揮下に少尉として加えておいたのじゃ」
「えっ?」
「優遇したりする必要はないから、精々死ぬ程こき使ってやってくれ」
その言葉に反応してなんとか断ろうとしたのだが、その前に目的地に着いてしまい、公爵は去っていってしまった。
「若様」
そんな俺にハンスが話し掛けてきて、しょうが無いから、兵団に向き直った。
「諸君、私が君達の指揮を執るカイル・メディシア中佐だ。よろしく頼む」