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五話 遺言は

 一つ疑問がある。

 何故、俺が戦争に出て戦わなければならないのかと言うことだ。

 今更何をと思うかも知れないが、本当に何故なのだろうかと、この時俺はそんな事を考えてしまっていた。







「三列横隊!!弓兵構え!」


 此方に向かう共和国騎兵は目測で400から500程の兵力で、我が方との数の差は小さく、また、目測で測った兵力とは得てしてより以上に多く見える物であり、実際には三分の二程度と考えると良い。

 その為、数においては此方が100程上回るだろう。

 更に俺達は緩やかではあるが丘の中腹に居て槍を列べて守りを固めている。

 敵が騎兵隊だとは言っても軽騎兵であることと、弓があり長槍があり地の利がある事を加味すれば決して無謀な戦いではなかった。

 とは言え、こちらとて兵は徴兵された農兵であり、これまでの疲労消耗や騎兵の持つ威圧感も凄まじく、半ば諦めているとは言え、脱走が無いのは奇跡としか言えない。


「前列!俺の合図で槍の石突きを地面に掛けて構えろ!」


「「応っ!」」


「弓持ち!俺の射撃を合図に射ちまくれ!」


「「応っ!」」


「ドワーフとライカンは敵の脚が止まったら敵の後方に斬り込め!」


「応さ!」


「任せろ!」


 敵は既に丘の麓まで来ていて、その距離は500を切っている。


「まだだ!我慢しろ!」


 そう言って、恐怖で逸る者達を叱って、敵の来る直前まで我慢する。

 そうして、敵が半ばまで来た時に、俺は引き金を引いた。


「射て!」


 銃声とともに号令を発して射撃に入る。

 しかし、その程度では勢いは落ちず、騎兵は突撃のために剣を抜いて声を上げた。


「今だ!石突きを地に付けろ!」


 敵の突入の瞬間、前二列が槍の石突きを地面に刺して斜めに構える。

 そこに来た敵の騎兵の馬達は止まってしまう者もいたが、殆どはそのまま槍に向かって突っ込んできた。


「ぐおっ!!」


「うわっ!!」


 結果、敵の脚は止まり、騎兵の突撃による被害を殆ど受けずに、白兵戦に持ち込むことが出来た。


「剣を抜け!突っ込むぞ!」


「「「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」


 歩兵に取って騎兵が恐ろしいのは、高い機動力と突撃による衝撃力であり、脚が止まり、能力を発揮する事の出来ない騎兵との白兵戦ならば、例え農兵でも数に任せて押し潰す事も十分に可能だった。

 しかし、それでも敵は正規の兵士であり、基本的にはただの農民である此方は厳しい戦いである事には変わりはない。


「おおおおおおおおおお!!」


 俺も、馬に乗ったまま左手で手綱を握り、右手でカービンを撃った。

 レバーアクションのループハンドルを利用して、片手でのスピンコックをしながら射撃を続けた。

 そんな時だった。


「死ねぇっ!!」


「っ!」


 一騎の騎兵が横隊を突き破って、此方に向かって駆けてくる。

 そいつに一発撃ったものの、それだけでは止まらず、更に射撃を加える為にカービンをスピンさせてリロードしようとしたが、甲高い音を立ててレバーが折れてしまった。

 敵は既に眼前に迫り剣を振り上げている。

 拳銃を抜いて撃つには近付きすぎてしまい、咄嗟にサーベルを抜いて応戦した。


「ああああああああああ!!!」


「っぬうううああ!!!」


 右側から来た上段降り下ろしのロングソードをサーベルを使って、なんとか後方に受け流し、返す刀で、首を切りつけた。

 俺の放った斬撃は完全には入らず、刃の先端だけでは完全に断ち切る事は出来なかった。

 首を斬られた敵の騎兵は、左手で斬られた場所を押さえながら逃げようとしていて、剣も取り落としている。


「ぜゃああああああああ!!!」


 背を見せて動きを止めてしまった敵の様子を好機と見た俺は、サーベルを振り上げて、後ろから首を目掛けて斜めに斬りつけた。

 今度は、確りとサーベルの刃が首の中程に食い込んで、そこから刃を引くようにしてサーベルを抜けば、ゴトリと音を立てて、地面に首が転がり落ちた。


「行けぇ!敵を皆殺しにしてやれ!!」


「おおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 兵達が剣を抜いて敵に斬り込んでいく。

 敵も、固まったまま応戦しようとするものもあれば、集団から抜けて俺の方に向かってくる者もいた。

 俺の方に来ようとした敵はそのまま取り囲まれて、馬から引きずり落とされたり、あるいは、槍で串刺しにされた。

 固まっていた敵の集団も徐々に崩されていき、馬を殺されて下敷きになる者、幾多の矢を受けて地に落ちる者、なんとか応戦して二、三人 を斬り伏せて健闘する者と様々だった。

 そんな中で、また一騎の騎兵が俺の方に進んできた。

 そいつは先程三人を斬り捨てた強者で、今も二人ばかりを殺しながら駆けてきている。


「おおおおおおおおおお!!!」


「はああああああああ!!!」


 近付いてきたその敵の剣を、交わそうとして方向を変換しようとした時だった。


「ああああああああああ!!!」


「っ!?」


 いきなり左からもう一騎が現れて、体当たりしてきた。

 更にそこに、先程の強者までもが突っ込んできて衝突し、三人とも馬上から放り出されてしまった。


「はああああああああ!!!」


 いち早く立ち上がる事の出来た俺は、サーベルとトマホークを持って起き上がろうとしている、最初に突っ込んできた敵兵に走りよって、サーベルで下から掬うように斬り上げた。


「ぐああっ!!」


 咄嗟の判断で身を反らせた敵兵は、先端で顎を斬られて血を流しながら仰向けに倒れた。

 そこに追い撃ちを掛けようとサーベルを振り上げて、倒れた敵に降り下ろそうとした瞬間に、俺は体に強い衝撃を受けた。


「ぐはっ!!」


 あの強者が、体当たりして俺を押し倒していた。

 衝撃でサーベルを落としてしまい、トマホークを持った左手は脚で押さえ付けられている。

 ふと、そいつの顔を見ると、そいつはニヤリと嫌らしい笑みを浮かべて剣の切っ先を俺の首に向けた。


「ふっ!!」


 短く息を吐きながら腕を降り下ろして、俺を殺そうとしたそいつに向かって、俺は思いっきり上体を起こして頭突きを見舞った。


「ぐおっ!!」


「グブッ!!」


 左手と肩から嫌な音がして関節が外れ、額にも打撃による痛みが走る。

 鼻を潰されて痛みに呻き、一瞬の隙を見せたそいつを、今度は逆にはぎ倒してマウントをとると、関節の外れた左手のトマホークを無理やり振り回して、柄頭でこめかみを殴った。


「ぶふっ!!」


 もう一発殴ろうとしたが、そこにさっき顎を切りつけた敵が剣を構えて向かってくる。

 俺はトマホークを右手に持ちかえると、そのまま近寄ってきている敵に投げ付けてやる。


「っ!がはっ!」


 トマホークは、敵の胸に当たり、胸骨を砕いてその先の心臓を潰した。

 それを見届ける前に、その場を飛び退いてサーベルを拾うと、奴は立ち上がって、顔を抑えながら剣を片手で構えている。


「殺す!殺してやる!!」


 口から罵倒と血へどを吐きながら、恐ろしい形相をしている奴に対して、斬り掛かって行った。


「はっ!!」


 短く息を吐き、右手に持ったサーベルを左の腰から抜くようにして、斬り上げる。

 それは、簡単に剣で弾かれてしまうも、二撃三撃、逆袈裟、切り払いと続けて打ち込み、五撃目の袈裟斬りを剣で受けた所で剣の切っ先を地面に向けた。

 そこで、六撃目に奴の剣の柄に蹴りを入れて奴の手から叩き落とした。


「グヌッ!!」


「はあっ!!」


 最後は、胴を大きく真一文字に薙いでやった。

 地面には、血と汚物が広がって行き、俺はさっさとそこを離れて、トマホークを回収すると、次の敵に向かって行く。


「やああああああああ!」



 敵の騎兵隊も殆どが馬から降りて戦っており、乱戦となっているが、此方が苦戦している。

 ドワーフやライカン達はかなり敵を押しているが、いかんせん、ただの農兵には荷が重く最終的には、俺やライカン、ドワーフ達で残り殆どを殺すことになり、農兵は槍で敵を囲んで逃がさ無い様にするだけになった。








 戦闘終了後、敵は数騎を除いて全員殺した。

 しかし、此方も多大な被害を受けた。

 ライカンやドワーフには殆ど被害がない代わりに、農兵は残り50程度で後は皆死んでしまっていた。

 装備は使えそうな物を集めて何とかしたが、矢は尽きてしまい、体力も限界だ。

 しかし、俺は知っている。

 これで終わりではないと言うことを。


「若様」


「おお、どうした」


「武器が集まりました」


 振り向けば、最初から今日まで一緒に戦ってくれた、農民の一人が、武器が集まった事を報告してくれた。


「そうか」


「それと・・・これを」


 そう言って彼が差し出したのは、壊れて落としてしまった、カービン銃だった。


「ありがとう」


 そう言いながら、ふと何処かで見た覚えのある顔だと思い名を訪ねた。


「お前はなんと言う名だったか」


 そう俺が問うと、キョトンとした顔で固まったかと思えば、少し間をおいて答える。


「自分はハンスと言います」


「そうか、ハンスだったか」


 その名を聞いた俺は思い出した。

 ハンスは、俺が一番最初に徴兵したトマホークを受け止めた若い猟師で、俺がその後も幾つか質問をして分かった事は、ハンスは農家の三男で歳は俺と同じ14歳、読み書きと簡単な計算が出来る事となかなか整った愛嬌のある顔立ちをしており、個人的にはホストクラブにいそうな感じで、話している内に打ち解けてしまっていた。


「なあ若様」


「なんだ?」


「俺達は生きて帰れるんすかねぇ・・・」


「・・・無理だな」


「そうですか」


 先程の騎兵隊は恐らく前哨部隊で、この後は主力の重騎兵が来ることが、容易に想像できた。

 既にその兆候は見えており、先程から地鳴りのような足音が響いている。

 俺達は、場所を変えず、その場に留まり、今度は鏃型に組んでその時を待った。


「お前ら、良くぞ今まで着いてきてくれた。俺は感謝するぞ」


「本音を言うと、こんな事したくなかったっすよ若様」


「ああ、全くでさぁ」


 農民達は、口々に文句を言ってくる。

 彼らは誰も彼もが諦めきって笑みを浮かべながら、様々な不満や愚痴をこぼした。


「オラは結婚すだがった」


「やめどげ、結婚なんでするもんでねぇ」


「そうか?オラは母ちゃんと一緒になっでいがったど?」


「ライカンの諸君は何か思うことはあるか?」


 と問えば、しばし考えてから一人が言った。


「俺は、家族が、心配だ」


「俺もだ、妻が、心配だ」


 もう止まらなかった。

 この場にいる全員が、思い思いに心配事や心残りな事を口にしている。

 そこに、とうとう敵が姿を現した。


「来たか・・・」


 姿を見せたのは共和国の重騎兵と軽騎兵およそ2000程だ。

 あれが突っ込んできたら、まず間違いなく死ぬだろう。

 勝ち目は絶対に無い。


「皆、すまなかったな・・・俺は最低の指揮官だった」


「慰めはしないっすけど・・・俺達だって、最低の兵だったんで、おあいこじゃないすか若様」


 ハンスがそんなことを言えば皆それに同意するように、頷いている。

 眼下の麓では、敵が隊列を整えて、突撃の準備をしているのが見えた。


「ハンス」


「なんです?」


「ありがとう」


 そう言った瞬間に、敵が一気に進み始めた。

 並足から速足へ、速足から駆け足へと移行して、槍を揃えての突撃は、まさに陸戦における最強の攻撃と言えた。


「若様」


「なんだ?」


 こんな状況で、ハンスが声を掛けてきた。


「何か言い残しとか悔いは無いんですか?」


 そう聞かれた俺は咄嗟に答えてしまった。


「友達や恋人や家族が欲しかった」


 もう敵は目の前に迫っている。

 俺の人生もここまでの様だ。

 槍の穂先が煌めくのが目に入った。

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