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四十一話 兄弟

「改めてお久しぶりです兄さん」


「おう」


 ギルドの一角のテーブルに着いて、目の前に座っている弟が言う。

 俺は一言短く答えて、コーヒーを啜った。


「・・・えっと・・・兄さんは二人の事は知らなかったですよね、紹介します」


 そう言って、弟のアルフレッドが右側に座っている少女と、背後に控えているメイドの紹介を始める。

 まず、右隣の栗色の髪の少女の紹介から始めた。


「兄さん。彼女はニーナです」


「ニーナ・ディアスです」


 背中の中程までの髪は首の辺りで一つに纏めていて、スラリとした可愛らしい容姿だ。

 名を言いながらお辞儀をする彼女のディアスと言う名字に俺は覚えがあった。


「ゴーマ・ディアスの妹か?」


「兄を知っているんですか?」


 合点がいった。

 彼女の兄、ゴーマ・ディアスは俺が出征した時の騎士達の指揮官だった男で、幾つかの武功を上げている。

 ディアス家自体は割と上位の男爵で、古くからメディシア家に仕えている家である。


「いや、名前を聞いた事があるだけだ。話した事は無い」


 噂に聞く限りでは、中々の好青年で祝賀パーティーでもご婦人に囲まれていたのが見えたが、俺自身は会ったことが無い上に遠巻きに眺めただけで良くは知らない。


「俺の所から離れて戦ってたから会った事もない」


「そ、そうですか」


 俺が伝えると、彼女はそれっきり何も言わずに席に着いた。


「兄さん・・・それで、彼女は僕の専属のメイドのエルです」


「・・・」


 背後のメイドは紹介と同時に無言で頭を下げる。

 腰までの長い黒髪に、家で使っている茶色のメイド服姿の彼女は素朴ながら美人と言って差し支えが無く、年の頃は俺よりも三つ四つ上と言った様子だ。


「彼女は兄さんが戦地に行ってから家に来たんです」


「・・・そうか」


「・・・」


「・・・」


 アルフレッドによる紹介が終われば、俺達の間には、ただ沈黙が流れるだけだった。

 そこへ俺に声を掛ける者が現れた。


「あの・・・」


 声を掛けられてそちらを向くと、そこにいたのはアルフレッドに庇われていた少女だった。


「何だ?」


「ありがとう御座いました」


 少女は、礼を言いながら頭を下げる。


「良い・・・礼などいらん」


 俺は頭を下げるのを止めるように言いながら、残りのコーヒーを飲み干した。


「兄さん」


「何だ」


 ぶっきらぼうにアルフレッドに応じて空のカップを置く。

 アルフレッドは少し戸惑う様にして口ごもってから続きの言葉を口にした。


「何であんな事を?」


「何の事だ?」


 俺はアルフレッドが何を聞きたいのか分からず、聞き返す。

 アルフレッドは、それに面食らった様子で言う。


「さっきの喧嘩であの人達を撃った事です」


 あの乱闘の後、チンピラ共は運ばれて行き、一応生存している事が分かった。

 しかし、重傷である事には変わりなく。

 胸を撃たれた男は、脈も弱く眼も覚まさないと言う事だ。


「確かにあの人達は悪い人で、襲って来たのも彼等からですけど・・・でも、あそこまでする必要は無かったんじゃ無いですか?」


 そこまで言われても俺は何が言いたいのか意味が分からなかった。


「何故、敵の心配をしているんだ。お前は」


 そう言った瞬間、アルフレッドは大きく眼を見開き、その隣のニーナ・ディアスも驚愕を顕わにする。

 顔には出さなかったが、メイドのエルの息を吞む様子も伝わって来たが、俺はアルフレッド達の反応の理由が分からないでいた。


「敵って・・・」


「敵だろ?武器を構えて、此方の行動の妨害をして、敵意を持って攻撃を仕掛けて来た。それは敵以外の何者でも無いし、敵であるなら徹底的に叩く」


 そう言う俺を、ニーナやエル、周りの通りがかった連中が何か自分とは違う生き物を見る眼で見てくる。


「もしかしたら彼等は死んでいたかもしれないんですよ?」


「俺は殺す気で撃った」


 俺とアルフレッドの話は全くの平行線を辿り、俺はアルフレッドが何が言いたいのか理解できなかった。


「兄さんは人を殺すのが怖くは無いんですか?」


「逆に何故怖いと思うのだ?俺は戦地で何人も殺したし、何度も殺されそうになった。俺にその質問をする事自体が間違いだ」


「・・・」


 そう言い切る俺に、アルフレッドはとうとう何も言えなくなって黙ってしまった。


「俺からすればお前達が、その程度の事も理解できない事の方が驚きだ。それでも貴族か?」


 アルフレッドとニーナの方を見ながら言う、俺に対して、果敢にもニーナが反論を返してくる。


「それでも、人の命は簡単に奪ってはいけないと思います」


「それは、相手が此方を殺そうとしている時もか?そして、お前は戦争の時でもそう言うのか?」


「それは・・・」


「お前は、お前の兄に対しても、お前の父に対してもその言葉を口に出来るのか?」


 彼女の兄、ゴーマは武功を上げたと言う事は、間違いなく敵を殺したと言う事で、彼女の父や祖父、先祖もまた数々の武功を上げて来たのだ。

 今の彼女は行ってみれば自分の先祖の事を否定したのか、あるいは自身のルーツを棚に上げた事になるのだ。


「・・・」


 それに思い至ったからこそ、彼女は何も言えなくなって黙りこくった。


「それに、俺は簡単に敵を殺している訳でも無い。常に苦労して敵を殺してきている。誰も殺した事が無い奴ほど簡単に殺すな等とほざく」


「・・・」


「・・・」


「一体何様のつもりなのか、お前らも家畜の肉を食うだろうに」


 最早、アルフレッド達は何も言えなくなった。


「それと、お前」


「ひゃいっ!」


 俺が少女に声を掛けると、飛び上がる様に反応して、身体を硬直させた。

 俺は、それでもお構いなしに続ける。


「俺に礼などいらん。俺は別にお前を助けた訳では無い。俺はただ、降りかかる火の粉を払ったに過ぎない」


「・・・」


 少女は、俺の言葉を聞くと何も返事を変えさずにジッと俺を見詰めてくる。

 そして、暫くして口を開いた。


「それでも、ありがとう御座いました。」


「礼はいらんと・・・」


 彼女は、いらないと言った礼を尚も述べる。

 礼を言いながら彼女は俺に言った。


「私の為にした事では無いかもしれませんが、ソレでも私の為になった事でもあります。だから、お礼を言います」


「・・・勝手にしろ」


 俺は、この名も知らない少女の事を少しだけ気に入っていた。

 真っ直ぐに俺の眼を見詰める少女は、幾つなのかは分からないが、貧しく惨めな身形でありながら、確りと強い意志と誇りを持っている事が俺には感じられた。


「名前は何だ?」


「?・・・アインです」


「アインか・・・お前のその意志に免じてその礼を受け取ろう。恐らく会う事は、もう無いだろうが、その名を覚えておこう」


「ありがとうございます」


「何が有ったのかは俺は聞かん。どうせ愚弟が節介を焼いているのだろうが俺は、そんな事に時間を割いている暇は無い」


「はい」


「だが、一度関わったよしみで祈るだけでもしておこう」


「はい!」


 言い終わって俺は立ち上がり、背を向けて歩き出そうとする。

 そんな俺をアルフレッドが引き留めた。


「兄さん!」


 俺は振り返らずに立ち止まった。


「僕は・・・」


「・・・」


「僕は・・・」


 何時まで経っても何も言わないアルフレッドに、俺は嫌気がさして再び歩き出し、そのままギルドの外に出た。


「僕は・・・僕は、兄さんと仲良くしたい・・・」


 アルフレッドの言った言葉が俺の耳に入ることは無く。

 彼はそんな簡単な事も言えずに、ただ拳を握って遠ざかる背中から眼を反らしてしまった。

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