三十四話 出涸らし
戦争以外の話って難しいですね。
戦争している時も下手くそですが。
カイル・メディシア中佐へ、ガイウス帝国第二皇女ダリア・アーゲンブルグ・ガイウステウス殿からの希望と、帝国議会の要請に基づいて、貴官に第四皇女エスペリア・アーゲンブルグ・ガイウステウス殿の、我が国への留学に伴う移動中の護衛と以後の第四皇女の国内での活動の護衛および支援を正式に命ずる。
また、着任と同時に貴官の階級を一階級昇格、大佐に任命し、より一層の我が国と王家への貢献を期待する。
アウレリア王国第一王子アレクト・アウレリアより、親愛なるカイル・メディシアへ。
「・・・」
殿下からの直接の手紙を一通り読み終えた俺は、手紙を机の上に置いて、肘掛け椅子に深く腰掛けて無言で天井を見上げた。
余りの事に気絶してしまった俺は、翌日の今日になって目を覚ますと、机の上に置いてあったこの手紙を見て封を開けた。
読まなければ良かったと内心思いながらこれからの事に思いをはせる。
「嫌だな・・・」
大佐への昇進は嬉しいのだが、皇女の護衛はハッキリ言って凄く嫌だ。
帝国側からの皇女の留学に伴う人員は、護衛の女性騎士10名と男性騎士6名、それとお付きのメイド4名の合計20名で、俺の任務は皇女を含めた21名を無事に王都まで送り届け、その後は別命あるまで皇女の警護の為に、常に行動を共にする事になる。
その為に必須なのが女性だけで編成された護衛隊であり、俺は俺の嫌いな女を十数名程雇わなければならなくなってしまった。
そして、常に皇女と共に居なければならないと言うことは、帰郷が出来なくなったと言うことでもあった。
「何時になったら帰れんのかな・・・」
誰も居ない部屋の中で、呟いた言葉は天井に向かって吸い込まれて行き、何も返ってこない事に少しだけ寂しさを感じた。
「・・・」
何時までも固まっていても仕方が無いと、ノロノロと動き出した俺は、拳銃を取りだして整備を始めた。
リボルバー式の拳銃本体からシリンダーを取り外し、銃身の中を油を染みこませた清潔な布を使って磨き、撃鉄などの細かい部品の状態を観察する。
シリンダーも磨きながら亀裂や傷などを細かく捜して、状態を確認する。
「やっぱり少しすり減ってるな・・・スプリングもヘタって来ているし、そろそろ新しく造り直したいな」
この拳銃は二丁目に作った物ではあるが、素材や工作精度の問題から耐久性に少し難があったようで、想定よりも酷く消耗していた。
実際に使っていても命中精度が落ちてきているのが実感できるし、最初の頃には無かったガタつきも気になった。
「カービンの方も結構来てるんだよな」
カービンは銃身の摩耗はそれ程でも無かったが、最近ジャムが多くなってきていて、やはり細かい部品の摩耗や歪みが酷かった。
「・・・どうすっかな」
一体どの事について、そう呟いたのか、自分でも定かでは無っかったが、思わず口から零れた言葉を掻き消すように勢いよく扉が開かれた。
「カイル!居るか!」
部屋に乱入してきた人物の正体は、目下の所俺を一番苦しめている張本人であるダリア皇女その人だった。
「・・・何の御用でしょうか」
嫌な予感がしつつも、俺が要件を訪ねると、何時も通りに破顔した顔で口を開いた。
「それなんだが、お前にまだ妹を紹介していないと思ってな」
「妹と言いますと、件のエスペリア様ですか」
「ああ、エスペリアもだがもう一人の妹も紹介しよう」
帝国の皇女は全部で五人いて、第一皇女マリエール様と第二皇女ダリア様以外の三人は、まだ学生で、エスペリア皇女が俺と同じ十四歳、第三皇女が一つ上で、第五皇女は十歳だそうだ。
この度、我が国に留学してくるエスペリア皇女は、来年の入学に備えて今の内から王国で過ごす事になる。
何となく説明に違和感がある気がするが、余り深入りすると碌な事が無いので気にしない事にする。
「さあ、行くぞ!立つんだ!」
言うや否や、手を掴んで俺を立たせたダリア皇女は屋敷の外に向かい、玄関前に止まっていた馬車に乗り込んだ。
狭い馬車の中で揺られること数分、公爵の館についた俺は、促されるままに馬車を降りて館の中へと進んだ。
「そう言えば公爵は・・・」
ふと気になった事を口にしてしまったが、その言葉を遮る様に声を掛けられた。
「私が、どうかしたかな?」
落ち着いたバリトンボイスに釣られて後ろを振り向くと、そこには、公爵が立っていた。
「やあ、カイル・メディシア君、改めて自己紹介をしよう。私はユーリ・ロマノフだ」
何事も無かったかの様に右手を差し出して握手を求めてくる公爵に対し、俺は苦々しい表情を隠さずに応じた。
「どうも、公爵閣下。手のお怪我は大丈夫ですか?」
握手をする右手に、やや力を入れながら訪ねるが、公爵は些かも表情に出さずに答える。
「ああ、何の問題も無い。お気遣いありがとう」
次の瞬間、公爵が右手を引いて俺を近くに寄せると、耳元で囁いた。
「この位の腹芸は造作も無い事だよカイル君。君も貴族なら早く身に付けると良い」
「っ!」
俺は、公爵の手を振りほどいて、後ろに下がって距離を取り、公爵を睨み付けた。
「如何かしたのかね?顔色が優れないぞ」
「・・・お気遣い痛み入ります。問題はございません。公爵閣下」
わざとらしく聞いてきた公爵に、俺は尚も睨み付けながら言い返して、更に警戒を強める。
公爵は、とても余裕そうに悠然として俺の視線を受け流して微笑んでいた。
そんな俺達二人を見て、ダリア皇女は嬉しそうに言う。
「伯父上もカイルも仲が良さそうで何よりだ」
声を大にして言いたい。
俺は、この公爵が大嫌いだと。
しかし、公爵の方は俺の事を気に入ったと明言しており、その言葉を真実ならば、ダリア皇女と言い、アレクト殿下と言い、妙に地位の高い人に気に入られている事になる。
一体どうしてなのだろうか。
「エスペリア達はもう来ていますか?」
「ああ、それなら部屋に通してある。お茶を飲みながら待っている筈だ」
公爵は、そう言ってから近くに居た召使いの一人に耳打ちすると、此方に向き直って、ダリア殿下に言った。
「私はこれから少し用事があるから、この者に案内させる」
公爵の言葉に合わせて、召使いの女性がスカートの裾を少し摘まみながらお辞儀した。
「では、これで」
そう言って公爵は去って行った。
その後は、召使いの女性に案内されて一室に通された。
「入るぞ!」
ダリア皇女は、ノックもせずに扉を開けて部屋の中へと入っていった。
「お姉様!!」
ダリア皇女に続いて入ろうとすると、何者かが皇女に飛びついて入り口を塞いでしまった。
ダリア皇女に抱きついたのは銀髪の幼さの残る少女で、動きやすそうな感じの丈の短い水色のドレスを着ていた。
「お姉さま!お久しぶりですお姉様!!」
「おお、アイリス、息災だったか!」
俺の目の前で繰り広げられる皇女姉妹のやり取りを耳に聞きつつ、俺は部屋の中を見える範囲で探る。
部屋の中にはアイリスと呼ばれた少女以外に二人の女性とクリストフが居て、女性の片方は眼鏡を掛けて緑色のシンプルなドレスを着た銀髪の女性で、ソファに座ってお茶を飲みながら本を読んでいて、召使いの女性が、その給仕をしている。
クリストフは少し離れた所で、不動の姿勢を取り、少し居心地が悪そうにしていた。
「うん?お姉様、そちらの方は何方ですか?」
皇女達が一頻りやり取りを終えると、少女がこちらに気付いて、ダリア皇女に訪ねた。
「ああ、そうだ、エスペリアにも紹介しなければならんな。カイル、入るぞ」
言われるままに部屋の中に入ると、部屋の外に居た召使いが扉を閉めた。
そして、ダリア皇女が俺の事を紹介し始めた。
「二人とも紹介しよう。コイツがカイルだ。エスペリアはこれから長い付き合いになるだろうから仲良くな」
ダリア皇女の紹介に続いて、俺も頭を下げてから自己紹介をする。
「ご紹介に預かりました。カイル・メディシアでございます」
俺の挨拶が終わったのを確認したダリア皇女は、続いて二人の紹介を始めた。
「カイル、二人の妹を紹介しよう。先ずは私に飛び付いてきたのが末妹のアイリスだ」
「よろしく御願いいたします」
銀色の髪を頭の右側で一纏めにした髪型のアイリス皇女は、やや幼さの残る所作でスカートの裾を持ち上げてお辞儀をした。
「それから、お茶を飲んでいるのが四女のエスペリアだ」
「・・・」
エスペリア皇女は二人の皇女に比べて少し暗い、鉛色の髪を大きなお下げに纏めた髪型、此方には余り興味を持った様子は無く、紅茶の入ったカップをテーブルに置くと、読みかけの本を持ち上げて眼鏡の位置を直した。
「・・・すまないな。エスペリアは昔からああでな」
珍しく申し訳なさそうな殊勝な顔をして謝罪の言葉を述べる皇女に俺は何も言わず、エスペリア皇女の下へと進んだ。
「貴女の護衛を仰せ付かりました。カイル・メディシアでございます」
「・・・」
「・・・まあ、話したく無いのならそれも良いでしょう。俺も、こんな任務受けたく無いですしね」
「・・・なかなか、正直に言ってくれるじゃないかカイル」
俺は、何となくエスペリア皇女の事が気になっていた。
何となく彼女の纏う雰囲気が、俺と似ている様に感じたのだ。
何処か諦めた様な、失望したかの様な、物事に対する興味を失ってしまった様な、そんな澱んだ眼をしていた。
だからだろうか、俺は彼女に余計な事を言ってしまった。
「まあ、何事も面倒事を起こさなければ、俺は、それでいいですが」
俺が、そう言うと、意外な事にエスペリア皇女が反応を示し、俺の方を向いて口を開いた。
「・・・よろしく」
それだけ言うと、再び正面を向いてお茶をすする。
「・・・エスペリアお姉様が・・・見ず知らずの人に喋った・・・」
「エスペリアが反応した・・・だと?」
何だか二人の皇女の反応がおかしい。
「カイルよ」
「は、はい?!」
妙に迫力のある声色で俺に話しかけるダリア皇女に、俺は上ずった声で返すと、皇女が俺の肩を掴んで強く揺すりながら言った。
「い、一体どんな魔法を使ったんだ!?カイル!どうやってエスペリアと会話をしたのだ!!」
どう考えても、さっきのは会話では無いと思うのだが、一体彼女は普段どれだけ無口なのだろうか。
疑問に思った俺は、クリストフの方を向いて訪ねようとしたが、当のクリストフも驚愕を露わにして俺の方を凝視している。
「ねえカイルさん?」
俺が困惑して、どうしようかと悩んでいると、アイリス殿下が声を掛けてきた。
「何でしょうか」
「エスペリアお姉様の事をよろしく御願いします」
アイリス殿下は、そう言うと深々とお辞儀をしてきた。
アレから暫くして、漸く落ち着きを取り戻した室内で、俺は皇女に促されて一人掛けのソファに腰掛けて、召使いの女性に出された紅茶をすする。
目の前では、三人の皇女が共に紅茶をすすり、菓子を楽しみながら話しに花を咲かせていた。
と言っても話しているのは、ダリア皇女とアイリス皇女だけで、エスペリア皇女は黙々とカップのお茶を飲み続けている。
「・・・」
「・・・なあ、クリストフ」
居心地の悪くなった俺は、近くに居たクリストフに声を掛けた。
「・・・何だ」
「エスペリア皇女は一体どう言う方なんだ?」
と俺が問うと、クリストフは簡単に答えた。
「・・・何と言うか、頭脳明晰で文学をこよなく愛されている御方だ」
「国内での評価は?」
「・・・」
当たり障りの無い事を言うクリストフに、俺は、もっと突っ込んだ事を訪ねるが、クリストフからの返事は無かった。
「クリストフ」
最早、クリストフの反応だけでエスペリア皇女の評価が窺えるのだが、俺は敢えてクリストフに更に訪ねた。
しかし、その答えは意外なところから返ってきた。
「・・・目立たない出涸らしの皇女」
ボソリとエスペリア皇女が呟くと、再び部屋の中が凍り付いたように静まりかえる。
「・・・見た目が地味で魔法も使えない。ただ本を読んでいるだけの出涸らし。精々、家格の低い家に下げ渡す位しか使い道が無い穀潰し・・・」
「そ、それ位にしよう」
エスペリア皇女の言葉をダリア皇女が途中で遮る。
エスペリア皇女は、話すのを止めると、視線を本に移してティーカップを持ち上げる。
「・・・気にしなくて良いですよ・・・本当の事なので私も反論しません」
「・・・」
淡々と、事実だと告げる彼女の眼には、最早、悲しみも何も浮かんではいなかった。
その、彼女の言葉を聞いた時、俺はここに来てから感じていた、彼女に対する気持ちに気がついた。
彼女と俺は、似ているのだ。
優秀な家族に囲まれて、周りからの嘲笑と冷笑を浴びて、一人の世界にのめり込む。
その様が、俺は、自分に似ているんだと感じた。
だからだろうか、一瞬、彼女と目が合って、何かが通じ合った様な気がした。
「・・・」
「・・・」
「・・・カイル・メディシア君」
「何でしょうか?」
「・・・よろしく」
「喜んで」
俺は、この皇女の事が好きになれそうだと感じた。