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三十二話 命令無視、独断専行、そして彼女達

相変わらずの駄文、よろしければお付き合いいただければ幸いです。


素面の状態で見返してみて終わり方が気に入らなくなったため、加筆いたしました。


 漸く弱まった雪の降る中、丘の上から目を凝らして見えてきたのは、無数のゴブリンモドキが地面を覆い尽くし蠢いている光景だった。

 奴等は、次々と森から現れては、カリス殿の居る本隊の方へと向かい、着いた側から斬り伏せられている。


「団長。前段の確認終了しました」


「ご苦労、残弾は 全てライフル隊に回せ」


「了解」


 そう言って報告を終えた若い黒人は中隊に指令を伝えに行った。


「カイル!報告だ!」


 今度は怒った様な声色のクリストフが声を掛けてきた。

 現在、彼等騎士隊の指揮はクリストフが執っている。元々は経験豊富な壮年の騎士が指揮を執っていたのだが、彼は先程までの戦闘で仲間を庇って戦死してしまっている。

 この場の騎士の中でクリストフの家の家格が最も高く、本人の技量も高い事から彼が後任となった。

 そのクリストフが指揮系統を纏めた方が良いと言いだして、指揮官として先任であると言う理由から自分から指揮下に入ってきた。

 なのだが、彼には何か思う所があるらしく、妙に反発してくる気がする。


「カイル!聞いているのか!?」


「聞いている」


「チッ!我々の方は何時でも戦えるが馬が殆ど使い物にならん。経験も浅いから指揮の低下が著しい」


 苦渋に満ちた表情で、自分たちが事実上の戦闘不能である事を伝えてくるクリストフは、そのプライドの高さも相まって、今の自分たちの体たらくを酷く嘆いている。


「さて・・・一体如何したものかな」


 現在、我が方の戦力は三つに分断されており、それぞれが孤立無援状態で守りに徹している。

 カリス殿の居る本隊は、徒歩の騎士だけとなって、元々の布陣箇所から僅かに前進した位置で円陣防御の隊形で攻撃に耐え、もう一つの集団である突撃した騎士の隊も馬から下りて円陣を組んでいる。

 俺達がいる丘からはどちらの集団もほぼ同じ距離の反対側に位置しており、どちらかと合流しようにも敵が多すぎて移動することが出来ないでいた。


「我々があのような蛮族共に遅れを取るとは・・・」


 余りの屈辱に涙さえ流しそうに顔を歪ませて吐き捨てるクリストフを俺は無言で見詰めた。

 もしも優秀な指揮官であるならば、彼に慰めと激励の言葉を掛けて、上手く立ち直らせるのだろうと思う。

 だが、俺には彼になんと言ってやれば良いのか、言葉が見つからなかった。

 重苦しい空気が支配する中で、俺はパンクしそうになる頭をフル回転させて現状を打破する為の、策を考えるが、俺の足りない頭では如何すれば良いのか分からなかった。


「・・・」


「・・・」


「・・・」


 悲痛な沈黙が降りたって、俺達を包み込んでいる正にその時、ワルドとライカンの青年が同時に何かに反応して爪先立ちになって耳を動かした。


「どうした?」


「静かに」


 何事かを訪ねると、ワルドがそれを短く制して森の方を向いて言った。


「シモン大尉だ」


「!!」


 ワルドの言葉を聞いた瞬間、俺は全身が粟立つのを感じた。


「内容は!」


 早く教えろとワルドに詰め寄ると、ワルドは自分の聞いた内容を余すこと無く伝えてくれた。


「目標を捕捉。事後の行動の指示を求む」


「何なんだ?目標とは」


 クリストフが何の事を話しているのかと訪ねてくるが、俺にはそれに答える余裕は無く、頭の中で次の手を模索した。

 さっきまでの何の打つ手も無い状況とは違い、今はシモンの報告によって、一筋の光明がもたらされている。

 後は、そのか細い光を頼りに前に進むのみだった。


「シモンに伝達。目標を仕留めろ。敵に混乱をもたらせ」


「・・・了解」


「だから目標とは何なのだ!」


 いい加減にイラついたクリストフが声を荒げて詰め寄って来た。

 漸く少しの余裕を手にした俺は、彼に目標が何なのかを伝える。


「敵の指揮官だ」


「・・・はあ?」


 俺の言葉に素っ頓狂な声を出すクリストフだったが、俺はそれを無視して言葉を続けた。


「少し前からおかしいと思っていたんだ。奴等の行動が統制が取れていて蛮族らしくないと」


 我々が奴等を蛮族と呼んでいたのは、何も単なる差別意識からでは無く、明確な理由が存在する。

 奴等蛮族は、文明や知性という物を持たないと言われている。

 農耕牧畜をせず、文字を持たず、道具の加工製作もしない。

 必要な物は全て他者から略奪し、それ以外の時は怠惰に過ごす獣の如き生活を送り、コミュニケーションは唸り声と簡単なボディーランゲージで済ませる。

 奴等蛮族が蛮族たる所以は、正に知性と理性を併せ持つそれでは無く、本能的な獣の如き生態にあり、蛮族とは言っているが、それはまだ人間に近しい姿形をしているからであって、その実情は野生の獣と大差が無いのである。

 その我々に取っての常識と照らし合わせてみると、今回の蛮族の動きには些か不可解な点があるのだが、その最たる物が今奴等が見せている統制の取れた動きと戦術なのだ。


「奴等の装備にしても不可解だ。蛮族が揃いの鎧を着ているなんて聞いたことが無いし、ましてやチーズや酒を造るなど考えられない事だ」


「確かに・・・」


 口元を掌で覆って呟くクリストフに俺は尚も言葉を続ける。


「これまで考えられなかった程に統制の取れた動きをする奴等を見てきて、ふと思ったんだ。奴等の指揮官を見た事が無いと」


「!!」


 俺がそう言うと、クリストフは驚いたような、しかし、納得したような表情で俺の事を見詰めてきた。


「百歩譲って奴等が進化したのを認めるにしても、指揮を取る者が居ない軍隊などあり得ない。なら逆に考えれば何処かに指揮官が居るはずだ。ソコを突けば・・・」


「敵を混乱させることが出来る・・・」


「その通り」


 だから俺は、シモンに十名の部下を預けて、森の中を探らせた。

 本来ならもっと早く探し出して報告を上げてくれる予定だったのだが、予想以上に捜索に手間取ってしまったのだが、結果的に今の俺達を助ける事になった。

 クリストフに説明している時、森の方から大きな爆発音が断続して聞こえてくる。


「なんだ?!」


 驚くのはクリストフばかりでは無く、ワルドや騎士、中隊員、この場にいる俺以外の全員が驚いて森の方を注視した。


「今のは?」


「安心しろ。アレは此方の攻撃の音だ」


 今回、非常に危険な任務遂行に当たって、俺はシモンに新しい装備を支給していた。


「詳細は言えないが俺の作った最新兵器だ」


 言ってしまうと、早い話が爆弾である。

 ダズル中尉を初めとするドワーフ達と、補給士官の錬金術師であるソロモン中尉の協力を得て、極々少量だけ制作することが出来た爆薬、無煙火薬を用いた手榴弾をシモンに持たせた。

 錬金術で使う硫黄と、臭い思いをして手に入れた材料から生成した硝石、それらを用いてソロモン中尉にかなり無理を言って作らせた濃硫酸と濃硝酸を、何度も失敗しながら試行錯誤を重ねた末に作り出した貴重なニトロアミラーゼをダズル中尉の作った鉄製の器に充填して作り出した。

 完成したときには皆口を揃えてもうやりたくないと言うほどに苦労して作った手榴弾。


「役に立っていてくれれば良いが・・・」


 俺のそんな願いが通じたのか、敵の動きに異変が起きた。


「やったか・・・」


 それまで統制の取れていたゴブリンモドキの動きがぎこちなくなり、後方では明らかに混乱が起き始めていた。


「本隊に合流するぞ!全隊前進!」


 動き出したのは俺達だけでは無かった。

 孤立していた騎士達も再び馬に乗って敵中を突っ切って、本隊に向かっている。

 いくら数が多いとは言っても、混乱状態に陥った蛮族など恐るるに足らず、俺達も騎馬隊も破竹の勢いで本隊の下へと駆けつけた。


「カリス殿!」


「カイル!!」


 俺がカリス殿を呼ぶと、カリス殿も俺の名を呼び返して応えてくれた。

 漸く本隊との合流に成功して、一息着けるかと思ったのだが、ここで敵に更なる動きがあった。


「?」


 さっきまで混乱していた蛮族共が統制を取り戻し、再度攻撃を仕掛けてきた。

 俺の中隊は既に殆どの弾を撃ち尽くしており、銃が無い状態では軽装歩兵にも劣る装備の俺達ではかえって足手まといになるため、さっさと円陣の内側に逃げ込み、カリス殿の指示を待った。

 しかし、ここで問題が発生した。

 近くまで来ていた騎馬隊が、再び敵中に孤立してしまったのだ。

 それも、今回は円陣防御を取る暇もなかったために、幾つかの小部隊に分かれて各個撃破され掛けている状況で。

 全滅するのは時間の問題だった。


「カイル」


「シモンか!」


 一体いつの間にここまで来たのかは分からないが、シモンと預けていた十名が俺の下へ帰ってきた。

 見たところではシモンには怪我は無く、他の者にもコレと言った外傷は見当たらず、俺はシモン達の無事をこの目で確認できた事に、深い安堵感を感じた。


「すまない。作戦、は、失敗、だった」


 珍しく殊勝な態度で失敗したと言ってくるシモンに、俺は労いもそこそこに報告を求める。


「何があった」


 シモンの報告によると、俺の指令を受けた後、直ぐに手榴弾を使って攻撃を行い、手榴弾は間違いなく目標の指揮官の直ぐ足下で爆発し、その近くにいた多数のゴブリンモドキがバラバラに千切れ飛んだのを確認した。

 しかし、攻撃目標の指揮官は全身から出血していて、明らかに重傷であったが、どういう訳か生きており、あろう事かシモン達の方に魔法を放ってきたのだと言う。


「その指揮官は一体何者なんだ?」


「分から、ない。ただ、ゴブリン、じゃ、ない」


「根拠は?」


「体格、が、違う。背が、俺と、同じ、くらい」


 シモンの身長は180㎝後半の長身で、それと同じくらいならば確かにゴブリンでは無いだろう。

 ゴブリンモドキとしても明らかに異質な身長であるし、他の蛮族の線も考えられるが、あいにく蛮族に詳しい訳では無い俺には、皆目見当もつかない。


「他には何か特徴は?」


 俺の問いかけに対し、シモンは首を振って応えた。


「魔法を使う謎の敵か・・・アダムスの言っていた奴が思い浮かぶな」


「カイル・・・コレを」


 シモンがそう言って差し出してきたのは手榴弾だった。

 俺が作ったこの手榴弾は、直径20㎝、厚さ5㎝、重量約3㎏の鉄製で、シモンには三つ渡してあった。


「使わなかったのか?」


「重すぎて、投げれな、かった」


 俺は渡された手榴弾もとい擲弾を両手で受け取ると、ある事を思いついた。

 その思いついた事を実行に移すために、俺はカリス殿に呼びかける。


「カリス殿!」


「どうした!」


「我々が彼等を助けに行く!!道を空けて欲しい!!」


「無茶だ!今度こそ死ぬぞ!!」


 俺の提案に対して、カリス殿の返事は至極簡単で、的確であったが、それでも俺は食い下がる。


「大丈夫だ!!俺達に任せてくれ!」


「駄目だ!!許可できない!!」


 なんど言っても許可をくれないカリス殿は、騎士達に命じて俺達が勝手に動けないように円陣を狭めた。


「頼む!今を逃せば彼等が全滅してしまう!!」


「許可できない!これ以上部下を危険に晒すことは出来ない!!」


 カリス殿は頑として俺の提案を許可せず、守りを固めた。

 それは、この状況下の指揮官として最善の判断だろうと俺も思うし、カリス殿の心境も良く理解しているつもりだ。

 しかし、それでも俺は今、彼等を助けるために何かをしたかった。

 何とか出来ないかと唇を噛んで考えていたその時、ここ最近で聞き馴染んだ声が耳に届いた。


「カイル!行け!!我々に任せろ!!」


 そう言ったのは彼のクリストフで、彼は近くにいた仲間と共に円陣に僅かな隙間を作って、俺達が出られる様にしてくれた。


「何をしているクリストフ!!気でも違えたか!!」


「行け!!」


  激昂するカリス殿を余所に、俺は僅かな手勢を率いてクリストフに見送られて円陣の外に出た。


「シモン!!援護射撃を頼む!!」


 シモンは、俺の言葉に行動で応え、ライフル兵と一緒になって敵に矢を撃ち込み、俺の援護を務める。

 その間に俺は、ワルドを初めとするライカン達に守られながら、擲弾の導火線に火をつけて投擲の姿勢を取った。


「全員衝撃に備えろ!!」


 そう言いながら俺は、渾身の力を込めて擲弾を敵の中に投げ付けて、僅かに痛む肩に顔を歪めながらサーベルを抜いた。

 その直後、凄まじい轟音と閃光を伴った衝撃が辺り一帯を襲い、目の前にいたゴブリンモドキを肉片に変えた。


「行くぞ!着いてこい!!」


 爆発で出来た小さなクレーターにいの一番に向かって走り、動きを止めていたゴブリンモドキを切り捨てて孤立している騎士達の下へ向かう。

 一瞬何が起きたのかと驚愕に身を固めていた騎士達も、直ぐに硬直を解いて俺達の方へと向かってくる。


「道を作れ!彼等を通すんだ!」


 爆発で敵中に生じた僅かな隙間を縫って走ってくる彼等を向かい入れるために、俺はサーベルを振るいながら声を張り、目の前に殺到してくるゴブリンモドキを切り伏せた。


「兵団長!危ない!!」


 誰かが叫んだのが聞こえた。

 一体何が危ないのかと疑問が浮かんだ次の瞬間、俺は左の脇腹に鋭い痛みを感じながら地面に激しく打ち付けられた。


「っは!!?」


 いきなりの事に混乱する思考が、左脇を押そう痛みと焼けた鉄を押し付けられたかの様な熱によって急激に冴え始め、俺にのし掛かるゴブリンモドキの醜い顔が目にはいる。

 ニタニタと笑う醜悪な化け物の顔が闘争心を煽り立て、強い怒りを覚えた俺は脇腹の痛みを無視して体を捻り、のし掛かっているゴブリンモドキを蹴り飛ばして起き上がった。


「あああああっ!!」


 立ち上がった俺は、右手に持っていたサーベルを振り上げて、蹴り倒したゴブリンモドキの顔面につきを食らわせた。


「大丈夫か!?」


 ワルドが俺を心配してかけよって来るが、俺はそれを振り払い、痛む脇腹を押さえながら声をあげる。


「全員気張れ!!後少しだ!!」


 そう言ってから俺は、次の敵に斬りかかる。

 サーベルを上段から袈裟に振り下ろし、肩から脇バラまで切り裂き、右足で蹴飛ばすようにしてサーベルを抜くと、次の敵に襲いかかる。


「カイル!全員逃げたぞ!!カイル!!」


 夢中になって暴れている内に騎士たちの退却が完了したらしく、後ろからワルドが声を掛けて来るが、半ば我を忘れていた俺は、どんどんと次の敵に攻撃しようとしてワルドの声に反応できなかった。

 そんな俺をワルドが引きずりながら味方の下へと戻った。


「大丈夫ですかカイル殿!」


 騎士団の円陣の中に入った瞬間、俺は膝から崩れ落ち、あまりの痛みに傷口を押さえながらのたうち回った。

 俺の様子を目の当たりにして、心配したカリス殿が声を掛けてくるが、俺にはそれに答えられる余裕など無く、ただひたすらに痛みに苦しみ呻き声を上げながら転がり回るだけだった。


「・・・」


「ぐああああああああ!!!」


「・・・」


「ああああああああああああ!!!!」


 ついには呻き声から叫び声に変わり、どんどん痛みが増してきて、地獄の様な苦しみが俺を襲う。

 その様子をみていたワルドが肩を掴んで押さえ着けると、右の拳を握りこんで目一杯に俺の顔面を殴り付けた。

 大きな毛むくじゃらの拳が視界一杯に写り、そこで俺の意識は途切れた。







「ん・・・んむ?」


 瞼の裏の暗闇の中で、鉄と鉄とが打ち合わされる音が俺の鼓膜に響いて意識を覚醒させる。


「気がついたか?」


「・・・あ?」


 何時の間に寝てしまったのかと思ったが、視界に迫るワルドの拳を思いだし、殴られて気絶していた事を理解した。


「すまない、ああでもしなければ治療が出来なかった」


 申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にするワルドに、俺は礼を言いながら傷口を確認する。


「いや、お前の判断は正しかった。ありがとう」


 傷口は出血を止めるために軽く縫合した上に、火で焼かれていて、ジクジクとした痛みが走るものの、さっきまでと比べると格段にましになっていた。

 軽く体を捻ったり、腕を回したりして動きの確認を済ませると、周囲を見回して状況を確認する。

 俺が気絶する前と対して状況は変わらず、騎士団が大きな盾を並べて円陣防御の体勢を維持し、俺の中隊は負傷者の救護や弓などを使った後方からの支援に回り、戦闘は膠着状態で変化がなく、ただ迫り来るゴブリンモドキを押し返し続けている。

 今、この状況で俺に出来ることは何もなかった。

 何もする事が無く、戦場にいると言うのに手持ち無沙汰な俺は敵の出てくる森の方を何をするでもなくじっと見つめていると、一瞬なにか光が瞬いた様に感じた。


「・・・?」


 もっと良く見えないかと目を凝らしたその時、気がつけば俺は声を上げていた。


「全員伏せろ!!」


 直後、森の奥から巨大な火の玉が五発此方に向けて飛んできて、周囲に着弾し、着弾点にいた者を軒並み吹き飛ばして、クレーターを作り出した。

 この法撃は一度だけでは終わらず、何度も繰り返し行われて此方の防御体型を破壊し、俺たちに甚大な被害をもたらした。


「クソッ!!対魔法防御の姿勢を取れ!!」


 カリス殿の叫び声に応じた騎士達は、片膝を着いて地面に対してやや寝かせるように斜めに構えた盾の中に体を隠し、直撃しないように祈る。

 対魔法防御などと体操な名前が着いてはいるものの、実際には多少生き残りやすくなる程度の物でしかなく、基本的に直撃すれば即死決定と思っても良いだろう。


「中隊は全員伏せろ!!出来る限り頭を下げて備えろ!!」


 一方の俺たちには盾もなく甲冑も着ていないため、地面に伏せてやり過ごす位しか対処法がない。

 そうして、凡そ五分ほど続いた攻撃が漸く止まった。


「無事か!生きているものは返事をしろ!!


 その声に応じた部下達の呻き声のような生存報告を聞きながら、、敵の方を見る。

 敵の魔法は俺たちを味方のゴブリンモドキ諸共に吹き飛ばしたらしく、周りにいたゴブリンモドキは皆吹き飛ばされ、地面は完全に鋤き返されてしまっていた。


「騎士団再集結!!」


 カリス殿の号令にしたがった騎士達が、彼の下へと集まって、再び体勢を整え始めている。

 魔法は非常に強力な攻撃である反面、何度も続けて攻撃できる物でも無く、次の攻撃までは暫く時間がある。

 その為、魔法はここぞと言う時の切り札として温存しておくのがセオリーであり、あの段階での魔法攻撃は、やや強引であったと言わざるをえない。

 魔法攻撃後に歩兵騎兵の突撃がない事も考えると、十分に連携の取れた攻撃でも無く、恐らく敵の指揮官が焦ったあまりに魔法での攻撃を決行したのだと思われる。

 この時点で、カリス殿始めとするベテランの騎士等は敵の指揮官は経験が浅いのだろうとの判断を下した。


「中隊も騎士団の下へ集まれ!!」


 意外にも、先程の魔法での中隊への被害はひどく限定的で、ほぼ無傷だと言っても良かった。

 更に運の良いことに、ここに来て敵の兵力が限界を迎え、今出ている以上に増える気配が無く、先程までの勢いも無くなっていた。


「カイル殿!」


「無事でしたかカリス殿」


「ええ、何とか・・・それよりも、これから騎士団は最後の攻撃に移ります。残った全兵力を結集して突撃を敢行します。ついては、あなた方には退却を命じます」


 騎士団の残る最後の力を振り絞って突撃を行い、その間に俺たちに逃げろと言うカリス殿。

 しかし、その命令に従って首を縦に振るわけにはいかなかった。


「その命令には従えません。我々の任務は、あなたを生きてダリア皇女の下へと連れて帰る事です」


 俺がそう言うと、カリス殿はクスリと笑って言った。


「貴方は本当に扱い難い人ですね。よく命令違反はするし、独断専行も多い」


「・・・すみません」


「ですが何となく、貴方の事を嫌いになる事ができないのは、何故なのでしょうね」


 そう言ってカリス殿は残っていた馬に跨がった。

 俺も、何時の間にか近づいて来ていたヘンリーに跨がってトマホークを鞍から抜いた。


 「我々は此より最後の攻撃を実行する!!全員死力を振り絞って敵に攻撃を行い、敵の指揮官の首を地に叩き落とすのだ!!」


「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」


 ここに来て、満身創痍と言える状況にも関わらず、俺たちの士気は最高潮に達し、敵の状況も合わせて最大のチャンスがめぐって来ている。

 後はカリス殿の号令を待つばかり、号令が下されたら全力で敵に向かって走れば良いだけだった。


「総員とつげ・・・!!」


 カリス殿の号令がかけられようとしたその時、突如として敵が森の中へと慌てて逃げ込み始め、俺たちはあっけに取られてしまった。

 一体何事かと思っていると、地鳴りのような足音が背後から近づいて来て、敵に向かって駆け抜けていった。


「!?」


「全員!!私に続けぇ!!」


「軽騎兵中隊!!チャージ!!」


 先頭を駆ける二騎に続いて走るのは退却させた筈の軽騎兵中隊と皇女の護衛をしている筈の黒い甲冑の親衛騎士団だった。


「・・・」


「・・・」


 俺とカリス殿は何が起こったのかと互いに顔を見合わせて、それから二人一緒に呟いた。


「「どうしてああなったんだ?」」






 最後はよく分からない内に終わってしまったと言う感想が思い浮かぶほど呆気なく勝利を手にしていた。

 皇女とフィオナ嬢の後を追うように俺達も突撃し、敵を蹴散らして指揮官を捜したのだが、結局、報告に有った謎の魔術師を発見することは出来ず、逃げるゴブリンモドキも森の中へと逃げていってしまった為に、追撃戦に入ることも出来なかった。

 結果的に俺達は勝ったと言えるのだが、此方の受けた被害も甚大な物で、戦死者こそ200余りと少なかった物の、負傷者に関して言えば1000人以上が戦線復帰不可能な程に傷ついてしまい、多くの装備も失われてしまった。

 特に馬を失ってしまったのが非常に大きな痛手だった。


「無事かカリス!」


 開口一番に皇女がカリス殿を心配して声を掛けてきた。


「何故・・・ここにいるのですか?殿下」


「カリスの事が心配だったのだ。お前が側に居ないと私は夜も眠ることが出来ない。お前がいないと何を食べても味を感じない・・・私はお前が居ないと駄目なのだ」


 等と、愛の告白の様な事を言い始めた皇女だが、それに対するカリス殿の反応というのは、予想だにしないほど冷ややかな物だった。


「・・・そうですか・・・だからと言ってここに来ても良いと言う事にはなりませんよ」


「どうした?」


 カリス殿の様子がおかしいと感じた皇女が、カリス殿の顔をのぞき込むとカリス殿が皇女を突き飛ばした。


「カリス殿!」


「カリス・・・?」


 突然の暴挙に周囲が騒然となり、尻餅をついた皇女は呆然とした表情でカリス殿を見上げる。


「団長!」


「貴様ああああああぁぁぁ!!!!」


 余りの事にクリストフが声を上げ、皇女の側に控えていた黒衣の騎士が怒声を上げて腰の剣を抜き、今にもカリス殿に斬り掛からんとしている。

 俺は、その状況でカリス殿に詰め寄って問いただした。


「カリス殿!何をしているのだ!!何故あんな事を・・・」


「貴方には関係の無いことだ!!これは我々の問題だ!口を挟むな!!」


 俺はこれ程に怒気を露わにして声を荒げるカリス殿を見たことが無い。

 それは、俺以外の者達も同じだった様で、クリストフや他の騎士達は愚か、激昂していた黒衣の騎士までもが気圧されてしまっていた。

 そして、カリス殿は皇女に近づくと、その怒りを隠す事もせずに皇女に問いかけた。


「何故ここに来た!!何故待っていなかった!!」


「それは・・・」


「貴女は自分の立場と言う物を良く理解するべきだ!貴女はこの国の皇女なのです!何時までも御転婆では居られないのです!なのに、何故それを理解しようとしないのですか!!貴女は!!!」


 カリス殿の言葉は尚も続く。

 彼の口から紡ぎ出される言葉は、何時も以上に激しく、しかし、皇女の事を思う気持ちにあふれていた。


「私は!・・・私は貴女を護る為に居るのです・・・貴女を助けるために居るのです・・・それなのに貴女は何時も何時も私を心配させるような事ばかりする。皇女らしからぬ・・・淑女らしからぬ事ばかりしでかす」


「・・・カリス・・・」


 気がつけば、カリス殿の声が段々と小さく細くなって行き、涙を堪えるような震えが混じり始めていた。

 吐き出される言葉は、彼が今まで我慢してきた彼の本当の想いが如実に表れた物で、堰を切ったようにどんどん露わになった感情が吐き出されていった。


「あ、貴女は・・・どうして・・・こんなにも俺の事を・・・俺なんかの事を・・・どうして・・・どうして、諦めさせてくれないのですか・・・?」


「カリス・・・私は」


「貴女の事を、こんな風に想ってはいけないのに・・・それなのに貴女は私を惹きつける様な事ばかりする・・・適わぬと分かっているのに、私は挑戦したくなってしまう。貴女は非道い女です・・・」


 一体どれ程強い思いを皇女に抱いているのか。

 それは、俺には計り知れない事だったが、その想いがどれ程尊い物なのかは分かった。

 とても清くて、尊くて、それでいて切なくて、俺はカリス殿の言葉を聞く度に、その感情をうらやましく思った。

 この世界一格好良い男の秘めたる想いをぶちまける姿を。


「何故こんな想いを抱いてしまったんだ・・・ただただ苦しいだけなのに・・・」


 最後の一言は、自嘲気味に呟くように発せられた。

 そして、その言葉の次の瞬間、皇女がカリス殿を確りと抱きしめた。


「殿下!?」


「カリス!カリス!!」


 突然の事に今度はカリス殿が驚愕を露わにして狼狽えた。

 そんなカリス殿を無視して、皇女は更に腕に力を込めてカリス殿を胸に抱いた。


「カリス!カリス!カリス!」


 とても嬉しそうにカリス殿の名を連呼しながら無邪気に笑う皇女の姿を一体誰が咎められようか。

 少なくともこの場に居る者の中にそんな野暮な事が出来る奴は一人も居なかった。


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