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三話 撤退、後に出会い

 むせかえる様な独特の生臭さと、そこら中にばらまかれた汚物の酷い悪臭。

 死者と死者となる寸前の者達ばかりの辺りの惨状は、目を覆わんばかりであるにも関わらず、俺は、その光景から目が離せなくなっていた。

 地獄を具現化したかの様な風景の中で、俺は肩を怒らせ大きく胸を上下させながら息を弾ませて立ち尽くしていた。


「大丈夫ですか?」


「貴方は・・・兵長?」


 そんな俺に話し掛けてきたのは、あの拠点兵長だった。


「何故ここに?」


「気付いて居なかったのですか?・・・まあ、無理もありませんか」


 兵長が言うには、全線での苦戦を感じ取って、拠点兵を増援に出して、自身もここに駆け付けたのだそうだ。


「そうだったんですか・・・助かりました」


「いえ、貴方も必死のご様子でしたし。負傷者の収用は勝手にさせてもらいました」


「何から何まで、本当にありがとうございます」


 戦いの結果、俺の隊は半数以上が戦死して動けるのは僅かに100人に満たない程度の者達だけだった。


「酷いもんだ・・・」


 俺が一言そう呟くと、兵長が答えた。


「ええ、酷いものです。しかし、まだまだこれからです」


 生きて動ける者達が、力を合わせて負傷者を馬車に載せているのを見ながら言った兵長の表情は、何処か疲れたような呆れたようななんとも言えない表情だった。


「他の隊の方はどうなっていますか?」


「ここがマシに思える程です」


 その一言で、どれほどの惨状が広がっているのかがありありと浮かぶ。

 詳しく話を聞くと、ホルス伯爵が重傷を負い、ガラント子爵も戦死したそうで、俺のいる正面が一番被害が少なく済んでいるらしい。


「伝令によると前線では戦線が崩壊し、敗走中だそうで、この拠点も放棄する事になります」


「そうですか。負けた要因は?」


「詳しくは分かりませんが、何処かの家が裏切ったとか」


 等と話していると、何かを言おとして言い出せない様子の兵長が意を決して俺に頼み事をしてきた。


「・・・大変言いにくいのですが、折り入って頼みがあるのです」


「・・・何でしょうか?」


「馬車が無いのです・・・」


「はあ・・・」


「どうか、カイル殿には動ける者達を率いて、歩いて移動をお願いしたい」


 負傷者の移送で手一杯な為に、俺達を乗せる馬車が足りず、一番若く、それでいて統率力の在る俺に残留部隊の指揮をお願いしたいとの事だった。

 その他にも俺がこの役に選ばれた理由がある。

 それは・・・。


「私が一番重要度が低いですしね・・・」


「・・・申し訳ない」


 選択肢など無い。

 ほぼ強制的にこの任に立候補した。


「・・・全員集合!」


 今の俺の指揮下には約400の歩兵がいる。 死んだガラント子爵の配下は皆死んだか逃げてしまった。

 ホルス伯爵の配下は100程がここにいて、ピウス男爵の連れてきたドワーフが30ばかりとアーシス子爵の、獣人奴隷50、後は、傭兵が100いるのみで、拠点兵は全員、馬車に乗り込んでいる。


「諸君、我々は馬車には乗れない様だ」


「「「!」」」


「我々は、歩いて行く。それは、何も、我々が見捨てられたからではない。我々の傷付いた仲間達を助ける為だ」


 ざわつく彼等に、精一杯の言葉を掛けて、彼等を鼓舞する。

 しかし、何をどう言い繕ってみても、俺達は見棄てられたのだ。

 それは、兵達も分かっている事で、士気は上がらず、寧ろ下がる一方だ。


「ちょっと良いか?」


「何だ?」


 若い傭兵の男が質問があるらしく、訪ねてきた。


「俺達の契約は、金はどうなるんだ?」


「生きて帰ったら支払うそうだ。その後の契約は集結地についてからだ」


「我等も質問がある」


 そう言って、今度は逞しい獣人の男が前に出てくる。

 彼は分かりやすく言えば、身長2m程の体格の良い二足歩行する灰色の狼である。


「我等の扱いはどうなるのだ?」


「その事に関しては、アーシス子爵から諸君の所有権が譲渡されている。取り敢えず今は俺に従ってくれ」


「分かった」


「ワシ等はどーなるんかいの〜」


 今度はドワーフが聞いてきた。

 彼等ドワーフは、背が低く120程しかないが、はち切れんばかりの頑強な筋肉を纏った戦士で、斧やハンマーを持っている。


「お前達も俺に着いてきてくれ。逃げ切ったら、ピウス男爵の元に返す事になる」


 そう言うと、分かったと頷いて、後ろに下がった。


「皆、若者が多いが、この中でも一番の最年少は私だ。そんな若造に従えと、命を預けろと言われても納得できないだろう」


 誰も否定はしない。

 彼等に取っての俺は自分達から何かを奪う者で、さらに言えば全く関係無い、自分の住んでいる所とは別の領の貴族でしかない。

 それでも俺は言葉を続ける。


「ならば、信じろとは言わない。従えとも、命を預けろとも言わない。ただ命令しよう、貴族として」


 そこで、一旦言葉を区切って、大きく息を吸い、そして、言った。


「俺の後に続け!俺の言葉を聞け!そして皆で生きて帰るぞ!」


 そう言い切って、出発の支度をさせた。

 馬車はすでに出ていたが、拠点兵長の厚意で全員分の槍と剣を貰い受けた。

 更には弓も20張も貰った。

 剣は、刃渡り60cmの片手剣で、鋳造した鉄製の刃を焼き入れした物で、大した物ではないが、それでも青銅のナマクラよりはましだ。

 弓の方は、木製のショートボウで、こちらは割りと良いものだ。

 狩人や獣人に弓を持たせて、剣は全員が持つ。

 獣人、ドワーフ、弓兵以外は全員に槍を持たせる。


「隊列を組む!全体二列縦隊!」


「「「応っ!!!」」」







 退却のために移動を開始してから二日が経ち、目的地の直ぐ側まで近づいていた。

 気合いを入れて、決死の思いをしながら歩き出したものの、あれから俺達が敵と出会う事はなく。

 最低限の休息のみで進み続けるが、馬の背で揺られるだけでも疲労が溜まり、眠気も襲ってくる。

 馬に乗ってさえそうであるのに、自分で歩いている彼等は、既に疲労困憊と言った有り様だ。


「もう少しで集結地だ」


「やっとか・・・」


 そうして近付いていくと、俺は違和感を覚えた。

 風に乗って鼻をくすぐる何かが焼ける嫌な臭いと前方の空にカラスの集まって出来た黒い鳥山が見えた。


「全体止まれ。脇の茂みに入って大人しくしていろ。」


 嫌な予感がした俺は、隊を隠して単身集結地に向かって見ると、そこらに死体が転がり火が燻る。

 折れた武器と矢が地に刺さり、クレーターまで出来ている。

 どう見ても戦闘の後にしか見えない。

 俺は、急いで引き返し隊の下に着くなり、その惨状を説明した。


「・・・そんな」


「マジかよ」


 取り敢えず、ここに留まるのは危険と判断して、集結地を迂回して更に北上する事にした。


 そこから5kmの地点で野営に入った。

 交代で見張りを立てて、夜明け前から休みはじめて、翌朝は日の出と共に移動を開始した。


 その直ぐ後に、戦闘の音を聴き取って、そこへ駆け付けた。


「全員戦闘準備!味方の騎士を助けるぞ!」


 着いてみると、我が国の騎士達が、敵の歩兵に囲まれている。

 騎士の一隊は二、三十騎程で円陣を組、守りを固めるが、苦戦を強いられている。

 その円陣の中心には、かなり位の高い人物がいるようで、騎士達はそれを守るために機動を捨てて防御に回っている様だ。

 俺達は友軍を助けるために覚悟を決めて戦闘に参加した。


「行け!敵を包囲しろ!」


「「「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」


「味方か!みな!味方が来たぞ!」


「「「応っ!」」」


 まずもって長槍を持った歩兵で敵を半包囲し、囲まれていた騎士達と共に敵を逆包囲した。

 この時は騎士達も此方の意図を察して、此方が居るのと反対側に穴を穿って広げ、更に敵を此方に押し始めた。


「下がれ!下がれ!」


「バカっ!此方にも敵だ!」


「押すな!」


「包囲を詰めろ!敵を皆殺しにするんだ!」


 此方は、槍衾で敵を押さえ込み、槍の下からドワーフを攻撃に出させる。

 その際に少ない弓で出来る限りの援護も行った。


「そ〜れ!前に出ろ!奴等を槍に押し付けてやれ!」


「「「応っ!!」」


 俺自身もカービン銃で、敵の槍持ちを優先して撃ち殺す等しつつ、包囲を狭めて、敵を押し潰した。

 結局、戦闘はものの三十分程で終わり、特に危なげ無く、何時もこんなに簡単ならばと思う程に、速やかに片が付き、秘かに胸を撫で下ろした。


 僅かに出てしまった負傷者の手当てをしていると、先程、騎士達の中で指揮を取っていた、大柄な老騎士が近付いてきた。


「先程は助かったぞい、礼を言う」


「いえ、騎士が一緒にいれば、より安全に移動出来ると思ってやった事ですので」


「ほほう、面白い。なかなか正直な男じゃな」


 正直に答えれば、笑いながら応じて、更に続ける。


「我等が主が御主を呼んでおる。着いて参れ」


 そう言われて、彼に着いて行こうとすると、いきなり立ち止まり振り返った。


「な、何か?」


 何か不味いことをしたかと心配になるが、それは杞憂に終わる。

 彼は、忘れていたと、思い出したように、俺に自己紹介の名乗りを上げる。


「忘れておったわ。ワシはローゼン、オーガスタ・ローゼンじゃ。ヨロシクの」


 俺はこの時、非常に驚いた。

 と言うのも、この老騎士オーガスタ・ローゼンは、ローゼン公爵家の現当主にして、王国騎士団の総長である。

 噂や話には聞いていたが、直に見たことがなく、想像していたよりもずっと大きく、逞しい老人であった。

 記憶によれば既に70近い筈だが、その背は190近くあり、体の厚みも素晴らしい物だ。

 そんな大物のいきなりの登場に驚いてしまった俺は、しばし惚けてしまい、少し間を開けてから、慌てて答礼する。


「わ、私は、メディシア伯爵家長男、カイル・メディシアで御座います」


 そう言って、頭を下げた俺にローゼン公爵は、短く返して、頭を上げるように言うと、再び歩き出した。

 俺も少し離れてその後に続いて歩き出す。


「ついたぞい」


 それから少し歩いて騎士達の中に入り、目の前のローゼン公爵が横にずれた。 そこにいた人物を認めると、俺は片膝を着いて右手握り拳を左胸に当てて、頭を垂れた。


「良い、面を上げて楽にせよ」


「はっ!」


 その言葉に従い、立ち上がって、不動の姿勢を取ったが、内心は混乱状態で今にも気絶いてしまいそうな程に、緊張した。


「まずは自己紹介から始めよう」


 そう言って、目の前にいる方が、実に優雅で洗練された所作で名を告げる。


「我は、アレクト・アウレリアだ」


 我が国の王子は三人いて、このアレクト殿下は、その長男にして、19歳の若さで政治の場において数々の功績を上げている。

 また眉目秀麗で、その金色の髪と目の整った顔立ち故に、社交界でもご令嬢方の熱い視線を一番に集めている方だ。


「私は、メディシア伯爵家長男、カイル・メディシアに御座います。この度は、お会いする事ができ、恐悦・・・」


「そんなに畏まらずともよい」


 言い掛けた所で、待ったがかかり、挨拶を中断する。

 曰く、戦地に居て、今のような状況においては、儀礼的な態度や行動は省略せよとの事だ。


「さて、カイルよ、お前のお陰で命拾いした。礼を言うぞ」


「いえ・・・」


「本隊と離れてしまい、敵に囲まれた時はもう駄目かと思ったが、お前の様な者が助けてくれて、心強いぞ」


 と、褒め称え、何度も礼を言う殿下と、かなり良い笑顔で此方を見詰める回りの騎士の方々。

 どうしてこうなった。

 俺は信じてもいない神に己の境遇の不幸を呪った。

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