二十四話 死線を越えて
一週間が過ぎた。
ボロボロになって疲れきった表情で、それでも尚、決して倒れず、揺るがず、諦めずに立ち、空を見上げて闘志を燃やす我が部下たちを見ると、そんな思いが込み上げて来る。
「団長・・・」
「大丈夫か?もう少しの辛抱だ。頑張れ」
足下に横たわっていた男が俺を呼び、反射的に反応を返して彼を見る。
「・・・」
「・・・良く、頑張ったな・・・」
そう呟いて、彼の瞼を手で閉じた。
随分と多くの部下を失った。
衛生隊は、既に出来る事を失い、工兵隊は毎日穴を掘る。
矢弾は既に底を突き、盾は潰れて槍は折れ、弓は弦が切れた。
最早この時点において、シャウスク駐屯地は、ほぼ陥落していると言って良い状況だった。
「カイル殿」
背後から、リヒトが声を掛けてきた。
リヒトも随分とヤツれ、疲れきった様子で、目には大きな隈が出来ている。
「なんだ?」
「ありがとう御座いました」
振り返りながら返事をすると、そこには頭を下げて礼を言うリヒトの姿が目に入ってきた。
「一体何なのだ?」
素直な疑問をぶつけると、彼の口からは、思いもよらない言葉が飛び出して来た。
「今までありがとう御座いました。貴方がいなければ、ここはとっくに堕ちていました」
「・・・」
俺は彼の言葉を、ただ無言で聞いた。
まるで戦いが終わるかの様な物言いを疑問に思いながら、彼の言葉を聞いた。
思えば、彼には不思議な所が多々あった。
南側からの攻撃など、まるで未来を知っているかの様な采配をしたかと思えば、俺の事を不思議そうに見詰めてくる。
「そろそろ戻ります」
そう言って去っていく後ろ姿を見詰めながら、俺は彼に対する疑念を振り払って北を向いた。
「「「グオオオオオオオオオオオオ!!!」」」
攻撃が再び始まった。
俺の身体は、最早条件反射の様に動きだした。
サーベルを抜き放ち、トマホークを構えて、城壁の上まで一気に駆け上がる。
「野郎共!仕事の時間だ!剣を抜け!」
皆、傷付いて、疲れきって、もう嫌になっている事だろう。
また、誰かが友人を、部下を、上官を、知人を喪うのだろう。
この戦いは、高く積み上げた死体で築いた壁で、本当の壁を守っていると思えてきた。
しかし、それでもここは守らなければならない。
そうでなければ、今までの犠牲が無駄になってしまう。
それが分かっているからか、兵達は死力を振り絞って戦った。
「掛かってこい!俺を殺せ!」
誰かがそう叫んだ。
壁の上で巨大なオーガを相手に剣を振るう兵の誰かが叫んだのだ。
いったいどんな意味で、どんな考えで、そう言ったのかは分からないが、今のこの場所にいる俺達を象徴する言葉だった。
「これ以上は持たない!」
既に一部のオーガに壁を超えられてしまってはいるが、これ以上の侵入を阻止するために、俺と第一大隊は城壁の上で敵を迎え打つ。
しかし、オーガは徐々に此方を圧倒しつつあり、大隊は多大な被害を被った。
それでも尚、エストを先頭に兵達は奮闘し、予想以上の粘りを見せる。
「エスト!後退だ!大隊を下げろ!」
「了解!一時後退する!阻止ラインまで後退しろ!」
弾薬が枯渇し、槍のストックも無くなり、城壁での防衛に限界を感じ始めた辺りから城壁の内側に深さ1.5m程度の塹壕を掘り、馬防柵も設置した阻止ラインを定めていた。
この阻止ラインを上手く活用するために、僅かに手に入った材料から、弾薬を作り出し温存してきた。
「全員構え!後退を支援しろ!」
俺の不在の間、二個の小銃中隊とライフル中隊の指揮はリゼ少尉が取り、俺達の後退に合わせて、城壁に向けて二度の一斉射撃を行い支援する手筈になっている。
リゼ少尉は俺の言ったことを忠実に守り、最後の兵が壁から飛び下りた瞬間に実行してくれた。
「撃てっ!」
ここに来てから大分聞き慣れてしまった轟音が響き、俺達を追って来ようとしていたオーガ達を薙ぎ倒した。
「第二大隊構え!」
第二大隊は何とかかき集めた槍や盾を装備しており、剣や斧等が主体になってしまった第一大隊とは、一線を画す装備となっているが、第一大隊に所属しているのは、元傭兵や戦闘経験の豊富な団員が集まり、第二大隊にはダーマ領で新規に入った団員が多く配属している。
第二大隊が柵の内側から槍の穂先を突きだして槍衾を作り、気休めに盾を並べた。
俺達が入りやすい様に、柵の一部を開放し、塹壕に渡り板を掛けた。
その板を渡り阻止ラインに合流すると、二回目の一斉射撃が城壁を乗り越えて来たオーガを襲い、一気に敵を減らした。
「射撃止め!」
「リゼ少尉!良くやってくれた!」
労いの言葉を掛けながら、近くに寄ってきたヘンリーの鞍からライフルを取り出して構えた。
「いえ!言われた通りにしただけです!」
そう返してきたリゼ少尉も、肩に掛けていたライフルを手に取って弾を込めた。
「全員構え!もう後は無いぞ!」
「「応っ!!」」
迫り来るオーガに対して銃口を向けた。
上から見下ろしていた奴等に今度は逆に見下ろされている。
その恐ろしさは、例えようが無い。
「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」」」
走ってくるオーガ達の白目までハッキリと確認出来た瞬間、射撃の号令を下した。
「撃て!」
至近距離の一斉射撃の威力は凄まじかった。
これまで以上に多くのオーガが、血肉を飛び散らせながら倒れた。
それでも奴等は止まらずに走り、同胞の亡骸を踏みつけて、塹壕の中にも一切の躊躇無く飛び込んだ。
オーガ達は勇敢だった。
奴等には恐怖と言う物は無く躊躇も無い。
その性質はとても尊く戦士としては最高の資質であった。
しかし、今この瞬間に限ってはそれが命取りになった。
「グオオオオオオ!!」
塹壕の中に入ったオーガ達が悲鳴を上げる。
オーガ達の飛び込んだ塹壕には杭や、使い物にならない壊れた剣や、槍の穂を設置しておいた。
塹壕に飛び込んだオーガの脚や腰に、杭が突き刺さり、刃が切りつけた。
「エスト!」
「良し行くぞ!着いてこい!」
「「うおおおおおお!!」」
エストが率いてオーガに斬りかかる兵達は、元傭兵や剣闘士等の特に戦闘能力の高い面子が揃えられ、痛みに悶えるオーガ達の首や顔に、刃を叩きつけて行く。
「戻れエスト!」
頃合いを見計らって、エストに戻る様に指示を出し、銃を構える。
「銃兵隊構え!エスト達が戻り次第に一斉射!」
「「了解!」」
言われた通りにエストが戻ると、間髪を入れずに、再度号令を出した。
「撃て!」
発砲音が連なって響くと、先に倒れた同胞達に折り重なる様にして倒れた。
「再装填!」
銃兵が装填している間、近寄ってくるオーガは、柵と長槍を使って近寄らせず、槍衾を掻い潜って来たオーガはエスト達が対処した。
そうしてオーガの攻撃を退ける事八回、遂に最後の弾が込められた。
「銃兵隊着剣!」
この号令が発せられるのは、初めての事で、これが意味する所は、最後の攻撃が始まると言う事だ。
それを理解している兵達は息を飲み、初の銃剣での戦闘に緊張が隠せない様子だ。
「ナジーム!合図を出せ!」
言うや否や、ナジームが合図として狼煙を上げ、角笛を吹いた。
その次の瞬間、蹄の大地を蹴りつける音が鳴り響き、アダムスを戦闘にした騎兵大隊が、壁とラインの間の狭い間を駆け抜けてオーガ達を掃き捨てるかの如く打ち倒した。
「総員突撃!最後の攻勢に出る!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」
兵団は一気呵成に城壁まで駆け寄ると、第一大隊が銃兵を守りながら城壁の上に登り、そこにいたオーガ達を追い落とした。
その間に第二大隊と騎兵大隊は、門の周辺に集結して時を待った。
「銃兵構え!これが最後だ良く狙え!」
もう、俺達は限界付近に達し、脚を止めてしまえば、そこから動く事が出来ないと思えた。
だからこそ、この最後の力を振り絞って反撃に出たのだ。
奴等とて同じ生き物だ。
既に奴等も限界であることは一目瞭然だった。
「撃て!」
言いながら引き金を引き、オーガに対して最後の射撃を行った。
「門を開けろ!奴等に突っ込め!」
間髪いれずに、第二大隊が前に出て生き露払いをして、門の前に隙間を作った。
「騎兵大隊!私に続け!我等に勝利を!」
その言葉と共に走り出したアダムスとそれに従う騎兵は、オーガ達を追い散らして隙間を広げ、歩兵の展開する余地を作った。
「第一大隊!奮起しろ!僕らの力を見せ付けるんだ!」
第一大隊も城壁から飛び降りて敵に向かって走る。
最早、そこに作戦など無く、死力を尽くし、命を掛けた力押しが有るだけだった。
そして俺も、その中へと加わる。
「おおおおおおおおおおおお!!!」
生き残って動ける1500の強者共が一斉にオーガに襲い掛かり、次々とオーガを殺していく。
次第に優勢になる戦況に、兵団は更に勢いが増し、その逆にオーガの方は、こちらの勢いに押されて後ろに下がり始めた。
「押せぇ!押して押して押しまくれ!」
「「「応っ!!!」」」
しかし、敵もさる者。
持ち前の頑強さ、屈強さで持ちこたえて見せ、全戦力をぶつけ合っての押し相撲になった。
「「「オオオオオオオオオオオオオオ!!!」」」
「「「おおおおおおおおおおおおおお!!!」」」
凄まじい力で押してくるオーガによって、徐々に押し込まれ初めてのしまうが、これが最後だと力を振り絞って何とか持ちこたえ、膠着する。
「おおおおおおおお!!!」
「我々も加わるんだ!騎兵の力を見せ付けろ!」
「騎兵に負けるな!僕達の力で勝つんだ!」
いったいどれ程の時間が経ったのか、一分だったか、一時間だったか、それとも僅かに数秒の事だっただろうか。
互いに死力を振り絞った押し合いは、遂に拮抗状態を維持できなくなり、兵達は一歩踏み出した。
「良いぞ!もう一歩だ!」
一歩、更に一歩と前に進み出すとそれから一気にオーガ達が崩れだして、遂にオーガ達が後ろを向いて森の中に逃げ込んだ。
それを見た俺は自然に笑みを浮かべて、ナジームを呼んだ。
「ナジーム!笛を吹け!」
一度頷いたナジームは、持っていた角笛を吹き鳴らし、俺の立てた最後の作戦を実行させた。
直後、森の中から悲鳴が響き、作戦が上手く行っている事を知らせてくれている。
「上手く行きましたね」
「まあな・・・」
今、森の中では、シモンの率いる散兵400名と偵察隊が最後の矢の残りと、死力を尽くして追撃戦に移っている。
「悲鳴が止むまで休憩だな・・・」
「ですね・・・」
決して気を抜いた訳では無いのだが、体から力が抜けて、へたりこんでしまった。
「グオオオオオオオオオオオ!」
そこへ200程のオーガが襲撃を掛けようと森から現れた。
「!?」
最早、戦う力など残っていない俺達は動く事も出来なかった。
これまでかと半ば生を諦め掛けたその時。
空から幾筋の雷が降り注いで、オーガ達に襲い掛かった。
「カイル殿!無事ですか!」
そう声を掛けてきた人物はカリス殿だった。
「カリス殿?何故ここに?」
「それは後です!」
言うや否やカリス殿は、後ろから追い付いて来た騎士達を引き連れてオーガに向かって行った。
「助かった・・・のか?」




