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二十二話 俺の覚悟

「総員戦闘用意!奴等を決して中に入れるな!」


 オーガ達の攻撃は、夜から始まった。

 月の光に照らされたオーガ達は、その大きな目を爛々と光らせながら、ゆっくりと歩いてくる。


「ライフル中隊!射程に入り次第撃って良し!」


「「了解!!」」


 言いながら俺もカービン銃を構える。

 今回の戦いに於いての主力は、ライフル兵であり、その役割は敵が200m圏内に入り次第に各自で射撃を行い、確実に仕留める事にある。

 その他の兵の役割は、ライフル中隊の行動を阻害されない様に支援する事である。


「距離500!」


 観測に着いている偵察兵が叫ぶ。

 敵の距離を分かりやすくするために、わざわざ目印を置き、単眼鏡を持たせた偵察兵を高台に配置した。

 本当ならば、柵や妨害壕の二つ三つも設置したり、油の用意もしたかった所なのだが、それは間に合わず、精々浅い溝を掘る位しか出来なかった。


「400!」


「矢を、つがえ、ろ」


「矢をつがえろ!」


 シモンは余り声を張らない。

 そのシモンの号令は、隣にいる副官の復唱の後に実施される。

 今回も同じ様に号令は発せられ、同じ手順を踏んで実施された。


「火を、着けろ」


「火を着けろ!」


 弓兵が矢をつがえ、その鏃に火を着けて準備を終えた。


「300!」


 偵察兵の報告からキッカリ40秒後、シモンが口を開く。


「放て」


「放て!」


 号令と共に放たれた200を超える火の玉は、大きく弧を描いて地に落ちていく。

 その火の玉が大地にぶつかった瞬間、オーガ達の行く手を阻む炎の壁が、勢いよく吹き上がり、真昼のごとく地を照らした。


「次を、つがえ、ろ」


「次をつがえろ!」


 一つだけ間に合った仕掛けが有る。

 それは、布や毛皮、樹木の繊維等を丸めた毬に油を染み込ませた物を溝の中に纏めて置いておいた。

 これで大きな火が上がるのは、たったの一度だけで、後は燃え残りが暫く燻るだけで、オーガ達も驚きこそすれど、それ以上の効果は期待できなかった。

 しかし、それで十分だ。

 オーガ達が脚を止めれば、それで良い。

 燻る炎が松明代わりの照明になって、オーガ達の姿がよく見えるのならば、狙いは十分だ。

 後は、なすべき事は一つだけだ。


「放て」


「放て!」


 自然と、シモンの言葉に合わせて引き金を引いた。

 その銃声を皮切りに、次々と銃声が鳴り響く。


「各個に撃て!」


 そう言いながらレバーを動かして次を狙い、引き金を引く。

 その動作を六回繰り返して、銃床を肩から外して、太股の付け根に当てる。

 レバーを前に押して、銃本体の右側にある給弾口から弾薬を押し込む。

 七発の弾薬を装填した後レバーを戻し、再び狙いを着けて引き金を引いた。


「150!」


「第十五小銃中隊構え!」


「第二十五小銃中隊構え!」


 ハンスとエストの号令が同時に響く。

 両中隊合わせて240挺の小銃の銃口が、徐々に近付いてくるオーガ達に向けられる。

 今回の小銃中隊の隊列は、散布界の広さよりも弾幕の重厚さを優先して、前列が膝撃ちの姿勢を取る二列横隊を形成している。

 そして、オーガ達が距離100mを示す深さ1mの壕に到達した。


「撃て!」


「撃て!」


 瞬間、一斉に放たれた魔法の弾丸がオーガ達に殺到し、撃ち貫く。

 その一斉射撃が止み、血煙の漂う中をオーガ達は止まらずに進んでくる。


「装填!」


「各個に射撃!」


 エストは、十五小銃中隊に再度の一斉射撃の準備を命じ、ハンスは、二十五小銃中隊に各個射撃を命じた。


「奴等を中に入れるな!壁際で迎え撃て!」


「「「応っ!!!」」」


 遂にオーガ達が城壁に到達し、乗り越えようとしてきた。

 壁に凹みを着けて登り、或いは連携して壁の上に仲間を押し上げた。


「来るぞ!盾を構えろ!」


 誰かが叫んで備えさせる。

 その声に呼応した兵達が盾を高く掲げ、槍の穂先を揃えて構えた。


「今だ!歩兵隊一歩前へ!」


 城壁の上は、ある程度の広さがある。

 押し寄せるオーガ達を押し退けるのは困難で、一度食い破られれば、それだけで全てが終わる恐れが非常に高い。

 そこで、重装歩兵を僅かに下げて配置して、連中を一度登りきらせた上で、総力を持って城壁上から押して落とす事を選択した。

 その為に、堀の中に配置した杭をやや上向きに設置していた。


「押せぇ!!奴等を落とせ!!」


「ゴガアアア!!!」


 城壁の縁まで追い詰める事は出来た。

 圧倒的とも言える体格による不利を埋めるのに、槍が役にたった。

 長く鋭い槍は、これまでの戦いと同様に俺達を助け、敵にを追い詰めてくれたのだが、ここに来て、オーガ達が驚異的な粘り強さを見せ付けてくる。


「「オオオオオオオオオオオオオ!!!」」


「ぐあっ!」


「クソッ!!衛生兵!」


 改めてオーガの強靭さと言うものを自覚させる戦い振りで、此方にも決して少なくない被害が出始めるが、それでも尚、押し進もうとする我が重装歩兵達は、我ながら鬼神のごときと思わずにいられない様だ。


「更に一歩前へ!ここが正念場だ!!」


 俺も、必死になって声を張り上げて味方を鼓舞する。

 その声を聞いてなのか、そうで無いのかは知らないが、更なる力を振り絞って、オーガを追い詰める。


「さあ!あと一歩だ!俺を喜ばせてくれ!!」


「「「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」


 彼等は死力を振り絞った。

 一歩と言わず、更に前へ進み出て、遂には盾を使って押し込み始めた。


「負けるな!もう一歩だ!」


 俺も、銃兵も、弓兵も、誰もが一丸となって敵を押した。

「ガアアアアアアアアアアア!!!」


 それでも、最後の一寸が一分が押し込みきれなかった。

 そこで俺は、更に命じた。

 その命はある種の賭けで、最後の手段でもあった。


「歩兵隊!しゃがめ!!」


 彼等は、俺の部下達は、俺に忠実だった。

 脚を踏ん張り、片膝を着いて本の僅かな時間、たったの一瞬の間、耐えてくれた。


「全銃兵構え!」


 彼等が耐えてくれた一秒間は、この瞬間、世界で最も偉大で尊い一秒間となった。


「撃て!」


 その一秒の間に、今この場にある全ての銃が魔法の礫を吐き出した。

 吐き出された魔法の弾は、オーガ共を容赦なく貫いて、其によってオーガ共がよろめいた。


「今だ!押し込め!!」


 叫んだのはエストだった。

 エストの叫びを聞いた兵達は、遂にオーガ共を城壁の上から叩き落とし、作戦を完遂しる。

 城壁から落ちて行くオーガは、その下にいた別のオーガを巻き込んで地に落ち、一番下にいる者を押し潰し、杭に刺し貫かれ、生きている者も死んでいる者も、等しく隙を見せる。


「今だ、射て」


 シモンの発した号令は、最高のタイミングだった。

 散兵大隊に所属する全ての弓兵が全力で矢を放ち、オーガ達に追い撃ちをを掛けた。


「装填急げ!」


「第一大隊前へ!敵の再攻撃に備えるんだ!」


「負傷者をまとめて後方へ移動しろ!」


 一体どれ程のオーガを殺す事が出来たかは分からないが、この程度では撃退出来ないだろう。

 それを証明してやると言わんばかりに、オーガ達が壁に取り付いてよじ登って来る。

 奴等は地面に転がっているオーガの死体を積み上げて踏み台にしている。

 必要ならば傷付き動けなくなった、まだ生きている同族さえも利用して登って来る。


「団長!敵が多すぎます!」


 リゼ少尉の悲鳴が混じった叫びが聞こえてくる。


「黙って撃て!」


 だが、俺の方も手一杯で、構ってやる余裕は無く。

 口から出たのは、その位で、後はオーガを撃つので精一杯だ。


「ナジーム!ナジーム!」


 決して視線を逸らさず、射撃を続けながらナジームの名を呼んだ。

 銃声と怒号が鳴り響く中、ナジームは確りと反応してくれた。


「はい!」


「ナジーム!リヒトに増援の要請だ!」


「了解!」


 ナジームならば間違いなく任務を遂行してくれるだろう。

 後は、この場を死守して増援の到着を待つだけだ。


「もうすぐ帝国軍が来るぞ!気張れ!!」


「「「応っ!!!」」」


 帝国軍の対応は早かった。

 ナジームを送り出して数分で増援の歩兵500名が到着し、戦列に加わってオーガを押し返した。

 リヒトが予備兵力を残したがっていた意味が、とても良く分かる瞬間だ。

 この後、二度にわたるオーガの攻勢を凌ぎきり、約二時間続いた夜襲の撃退に成功した。







「若様」


 城壁に通じる階段に座り込んで項垂れていた俺に、ハンスが声を掛けてきた。

 ついさっき迄の戦闘により、疲労が困憊していたのだが、何とか顔を上げて反応を返す事が出来た。


「戦死者201名。埋葬が終了いたしました」


「了解。御苦労だった」


 今回の戦闘は、僅か二時間の戦いで二百人以上の死傷者を出し、大量の矢と弾薬を消費する結果になった。


「ハンス」


「何でしょうか」


「明日・・・勝てるかな・・・」


 明日と言っているが、より正確には今日の朝になったらであり、後六時間もすれば再び攻撃してくる。

 俺達は、その時に守り切れるのか自信が無かった。


「・・・若様・・・」


 自信を無くし、項垂れている俺に、ハンスは言った。


「何を弱気になっているんだ。あんたらしくないぞ」


 今までとは違う砕けた言葉を掛けてきたハンスを、俺は思わず見上げた。


「ハンス・・・?」


 俺の眼を見詰めながら、ハンスは更に言葉を続ける。


「そんな情けない事を今更になって言わんで下さい。俺達は、あんたを信じて、あんたに言われて、こんな所まで来たんだ」


 そう語り掛けるハンスの眼を見た俺は、何も言えなくなった。


「だから、あんたは弱気な事を言わないでくれよ。いつも通りに、しゃんとしててくれよ。自信満々に大声で、俺達を導いてくれよ」


 目元に涙を浮かべ、声を震わせながら早口に言い切ったハンスに、俺は何と言えば良いのか分からなかった。


「兵団長」


 そんな俺に、今度はエストが声を掛けてきた。


「カイル兵団長。僕は貴方の事が嫌いだった。だけど、今は好きだ」


 思えば、エストと俺との出会いは、とても穏やかとは言い難い物だった。

 そう思い返すと、エストは苦笑いを浮かべながら話を始めた。


「僕には兄がいる。とても優秀で、僕は何時も比べられていたんだ」


 ローゼン公爵家の長男の噂は俺も聞いた事があった。

 文武両道、眉目秀麗で女性の視線を集め、経営している商会は多大な利益を生み出し、領民からも慕われている。

 完璧を体現しているかの様な人物だと聞いていた。


「僕は嫌気が指していた。何時も何時も比較されて、出涸らしの弟だって言われてた」


 エストの気持ちは痛いほどに分かる。 弟か兄か、その違いは有れど、俺も優秀な兄弟を持ち、何時も比較されて期待される事が無い。

 エストも兄と比較され続けた末に出会った頃のような軟派な性格になっていたのだと言う。


「今なら分かる・・・あの頃の僕は情けない男だった。嫌な事から眼をそらして、全てから逃げていた」


 そこまで言ったエストは、一呼吸置いて俺の眼を見詰めながら言った。


「そんな僕が変われたのは、貴方のお陰だ」


「・・・」


「貴方に負けた夜・・・僕は悔しかった・・・けど、嬉しくもあった」


「嬉しい?」


「ああ、嬉しかった。だって、僕を褒めて認めてくれたのは貴方だけだったから。だから、嬉しかった」


 とても真剣な眼差しだった。

 出会った時は、しまりの無かった口元は確りと閉じられて、緩みきっていた眼は、鋭く研ぎ澄まされている。



「そして、夜の丘の戦いで貴方に、次に行くぞって言われた時に思ったんだ。貴方に、ずっと着いていくと」


「エスト・・・」


「だから止まらないで下さい。貴方が止まったら、僕も前へ進めないじゃ無いですか」


「その通りだよ。カイル」


 エストの次に来たのがアダムスだった。


「君は、この兵団の長だ。君が止まれば兵団も止まってしまう。今は止まっている時じゃ無いだろう?」


「だが、俺で良いのか?俺よりもお前の方が・・・」


 お前の方が上手く指揮出来るんじゃないか?。

 そう言おうとしたが、それはアダムスによって遮られた。


「それ以上はダメだ」


 何時も飄々としているアダムスとは思えない程、冷たい声だった。


「今の私はアラン・スミスだ。権限が無い。それに、私の命を預かるって言ったろう?」


「だが・・・」


 やはり俺は怖かった。

 ハンスやエストやアダムスに言われても、怖かった。

 俺の命令一つで部下を死なせてしまって、しかも、その命令が間違っているかもしれない。

 そう思うと怖くて怖くて仕方がなかった。


「怖いのかい?」


「・・・ああ、怖い」


「なら、回りを見てみると良い。そしたら怖いなんて言っていられなくなるから」


 そう言ったアダムスに従って、俺は頭を上げて回りを見回した。

 そこには、いつの間にか集まっていた兵達がいた。


「・・・お前ら・・・」


「確かに、君の命令一つで彼等の中の幾人かは死ぬだろう・・・だが、今君が怖じ気づいて義務を放棄すれば、全員が死ぬ」


 彼等の顔を見た。

 泥塗れで、僅かに痩けている。


「俺のせいで・・・こんなにみすぼらしい姿になって・・・」


 余りにも哀れな姿に、俺は眼を背けてしまう。

 しかし、アダムスが、それを制した。


「本当にそう思うのかい?良く見るんだ。彼等の眼を」


 そう言われて、伏せた眼をもう一度上げて彼等を見た。

 俺は目についた一人の兵士の眼を見詰めた後、その隣の男の眼を見た。

 そうして、幾人か、幾十人かの眼を見たが、彼等の眼はギラギラと鋭く輝いていて、口元には笑みが浮かんでいる。


「兵団長」


 一人の若い兵士が声を上げた。


「兵団長!」


「「兵団長!!」」


「「「カイル・メディシア兵団長!!!」」」


 一人の兵士の上げた俺を呼ぶ声は、回りの兵士のみならず、全ての兵団の兵士達に移って行き、それは大きな合唱となって俺の鼓膜を震わせた。


「カイル」


「アダムス」


「まだ、弱音を吐くのかい?彼等の声を聞いても、それでも怖じ気づいて逃げるのかい?」


「・・・」


 事、ここに至って、俺は漸く身体に力を込めて、確りと脚を踏ん張った。

 胸を張り、眉を上げて、大きく息を吸った。


「お前らは、それで良いのか?」


 と、俺が問うと、彼等は答えた。


「「「応っ!!!」」」


 これで漸く腹が決まった。


「良い度胸だ貴様ら!!そんなに死にたきゃ俺に着いてこい!!地獄の底まで連れていってやる!!」


 兵達に言った言葉は、そのまま自分に対して言った言葉でもある。

 俺は以後、自分の言葉の通りに彼等を地獄の底まで連れていくが、決して後悔はしない。

 そう誓った。


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