二十一話 シャウスク駐屯地
今回は早く書き上がりましたが、クオリティはお察しです
「それでは、留守は任せた」
そう言って、ミハイル軍団長は馬に跨がり、門をくぐって出ていった。
「御武運を」
俺がシャウスク駐屯地に来てから五日後の事だった。
潤沢な補給を受け、勢力を回復させた第八軍団は今回の戦いを終結させるべく軍団を再編し、準備を整えた。
昨日までの三日間を使い、駐屯地周辺に点在していた敵の集団を騎兵隊が駆逐すると共に、駐屯地の補修を行った。
今日までの間、オーガ達の度重なる攻撃と補給線の寸断によって傷付き、疲弊していた第八軍団は、十分な備えをもってオーガ軍の殲滅に取り掛かる事になった。
第八軍団は再編にともない総勢12000の軍団となり、これが全て出撃する。
残りの約4000の内、半数は後方に下がる事となり、軍団の留守の間は俺の兵団やリヒトの隊を含め、約5000で駐屯地の防衛に当たる事となってしまった。
そして、軍団長不在の駐屯地な防衛に際しての責任者は、リヒトが就く事になる。
基本的に、責任者不在である場合、残存者の内の最高階級の者が代理を勤めるのが慣例であり、それから行けば、俺が指揮を取ることになるのだが、帝国国内の軍事拠点の防衛の指揮を他国の人間がする事に難色を示す者が多く、俺もやりたくなかった事もあって、その役目はリヒトが担う事でまとまった。
さして高くないカーテンウォールの上から、森の中へと消えていく彼等の背を眺めながら、俺は、これからの事に思いを馳せる。
目下の一番の懸念は、オーガ達の戦闘力の高さである。
これまでの戦いでは常に兵力優勢での戦いであったが、これからもそうである保証はなく、もしも奴等が俺達と同等の兵力で攻撃してくれば、迎え撃つのは困難な事であるのは目に見えている。
俺に取っては、駐屯地をぐるりと囲んでいるカーテンウォールも懸念の一つである。
と言うのもこの壁は厚さが6mあるのに対して、高さが4m程度しかなく、身長が2.5m程もあるオーガ達からすれば、越えるのは容易い事と言えるだろう。
「リヒト」
「何ですか?カイル殿」
「防備の強化の必要があると思うが、どうだ?」
具体的にはカーテンウォールの外側に堀を作り、馬防柵を用意し、見張りを増やす。
これ等の提案をしてみたのだが、周囲の反応は余り良くない。
「そこまでする必要があるのですか?」
「周辺は騎兵隊が掃討していますし、神経質過ぎやしませんか?」
等の声が上がるなか、リヒトは俺の提案に同意を示した。
「私も防備を固めた方が良いと思っています」
この一言で周囲にいた守備隊からどよめきが洩れる。
これには俺自身も驚いたのだが、指揮官代理であるリヒトの命令によって駐屯地の強化が行われる運びとなり、俺と兵団が堀を作る事になった。
第八軍団出撃から三日たった日の昼間の事だ。
堀の制作を終えた俺は、少しでも不安要素を減らす為に兵団の調練を行っていた。
そんな時に、にわかに門の周りが騒がしくなり、見張りについていた兵が声を上げる。
「開門!開門!」
何事かと気になった俺は、調練を直ぐに切り上げて解散を命じ、騒ぎになっている門に向かった。
「どうした!何があった!」
近くにいた帝国兵に聞くが、何も分からないと言い、開き始めた門の前まで来た時に、俺は全てを察した。
「はあ・・・はあ・・・」
まだ開ききらない門を潜った彼は身体中から血を流し、泥だらけで息を荒げていた。
俺は彼の乗る馬に近付いて行って、今にも落ちそうな彼を、馬から降ろしてやる。
「大丈夫か!確りしろ!・・・誰か!医者を連れてこい!」
「ほ、報告・・・」
「喋るな傷が広がる」
興奮して何かを告げようとする彼を宥めようとしたのだが、俺の胸ぐらを力なく掴んで口を開いた。
「だ、第八・・・軍団が・・・第八、軍団は・・・壊滅・・・奴等が来る」
それだけを告げた瞬間、彼の体から力が抜けて二度と口を開かなくなった。
「・・・良くやった」
開いたままの瞼を閉じてやって、近くにいた帝国兵に遺体を預けた。
そして、俺は執務室に向かった。
「失礼する!」
それだけ言って返答を待たずに扉を開けて中に入り、リヒトに話し掛けた。
「何かしましたか?先程の騒ぎは・・・」
「第八軍団が壊滅した」
リヒトの言葉を遮って端的に要件を告げる。
瞬間、その場にどよめきが起こり、空気が凍り付く。
「貴方の部下の方に偵察をお願いしたい。宜しいか」
「了解した」
リヒトの動きは素早く。
俺に情報の収集を依頼して、近くにいた兵士に二三の伝令を頼んだ。
俺は、それからすぐに執務室を飛び出して間借りしていた兵舎に向かう。
「ナジーム!アダムス!」
「はっ!」
「ナジーム!直ぐに全隊に戦闘準備をさせろ」
二人を呼びつけて先に来たのはナジームだった。
俺はアダムスを待たず、ナジームに全隊に戦闘準備の通達に走らせると、そこに軽装で馬に乗ったアダムスが来た。
「お待たせ」
「構わん。直ぐに偵察を出してくれ」
「私が出るよ。私の不在の間はダーマ少尉に言ってくれ」
アダムスは騒ぎを聞き付けた時点でこうなる事を予見して、自ら斥候を買って出るために準備をしていた様だ。
本来なら大隊長のアダムスを単騎で斥候に出すのは、余り良くないのだが、今は出来る限り早急に、情報が欲しかった。
「・・・分かった。行ってくれ」
俺はアダムスの出撃を許可する事にした。
「カイル様」
アダムスが出撃したタイミングでナジームが戻ってくる。
「伝え終わりました!第一大隊は既に準備を完了しています!」
「良くやった。お前も準備に行け」
「了解」
着々と準備を進めていた俺の下に、一報が届く。
「スミス大尉が戻りました!」
「良し!報告を聞かせてくれ!」
直ぐにアダムスがやって来ると、馬から降りて報告を始めた。
「敵軍は少なくとも総勢6000、今晩中には到着すると思うよ」
「オーガだけか?功城兵器の有無はどうだ?」
「オーガ以外の種族は確認出来無かったね、でもオーガしかいない確証は無いかな。功城兵器は無かったけど、これまでのオーガよりも装備の面で優れ、行進の隊列を組んでいる事等から統制が取れているみたいだ」
オーガが隊列を組んでいる。
その情報は、衝撃的だった。
「今でも自分の目が信じられないよ」
「信じたくは無いがとりあえず俺はこの情報をリヒト達に伝えてくる。御苦労だったな、暫く休め」
アダムスに労いの言葉を掛け、自分で確めた本人ですら信じられない様な情報を持って、俺はリヒトのいる会議室に入る。
「入るぞ」
そう言って会議室に入ると、リヒトと三人の男がいた。
彼等はこの駐屯地に残った帝国軍の部隊長と補給将校で、軍団の壊滅の報を聞いて大いに慌てている。
正直言って俺もかなり動揺しているし、他の誰もが混乱していた。
そんな状況にも関わらず、リヒトだけがまるで最初から知っていたかの如く平静を保っている。
「斥候からの報告を伝えに来た」
「聞きましょう」
アダムスが調べ、俺が伝えた情報は、彼等を更に混乱させる事になるのだが、それでもリヒトは落ち着いている。
「・・・何も思わないのか?リヒト」
「何がですか?」
「オーガが隊列を組んでいるのだぞ?」
これまでの歴史上で現れたオーガを始めとする蛮賊は、統制など取れていない烏合の衆でしかなく。
今回の様に隊列を組むなんて有り得なかった。
アダムスから聞いた様子から想像する限り、今回のオーガは単なる群れではなく、ある程度訓練された軍隊である可能性が高い。
これは、この世界の常識からは外れている事なのだが、リヒトには動揺している様子が全く無かった。
「メディシア団長」
「何だ?」
「申し訳ないが貴方の兵団には北側周辺の守りに着いて頂きたい」
リヒトは帝国軍を後ろに控えさせて、敵が来ると予想される北側に俺達を配置すると言い、俺はその計画に疑問を感じ訪ねた。
「私の兵団だけか?全戦力を集中するべきでは無いのか?」
敵の方が優勢であると考えられる上に、敵が来る方が決まっているのならば、そちらに集中すべきではないかと、意見具申したがリヒトは、予備兵力を残したいと言って取り合わなかった。
「シモン」
「なん、だ?」
「ライフル中隊を俺の直属にしたいが、大丈夫か?」
あれから直ぐに、兵団を北側に移動させ、配置を決める最中、俺はシモンの近くに行って、ライフル中隊の指揮を俺に渡すように頼む。
「かま、わん。俺には、銃は、良く分からん?」
俺の求めに対して、シモンは直ぐに許可を出して中隊を呼び出した。
「お前達、団長に、着いて、行け」
「了解しました!ライフル中隊は散兵大隊を離れ、団長の指揮下に入ります!」
キッチリと指令を復唱して、シモンに敬礼した中隊長は、俺の下に来ると同じ様に敬礼して指揮下に入った。
「中隊長のリゼ少尉であります!」
ライフル中隊の中隊長は中隊で唯一のダークエルフであるリゼと言う女性で、彼女はダークエルフ達の帰郷に際して、周囲の説得に対して頑として応じず、自分は兵士として生きると言って兵団に残った人物で、フィオナ以外で唯一の女性でもある。
そんな彼女は新しい物が好きで、自分から志願して中隊に入り、前の戦闘で中隊が負傷したのを切っ掛けに、一番射撃の腕が良いと言う理由で隊長になった。
そんな彼女に、俺は最初の命令を下す。
「少尉、最初の命令だ」
「はっ!」
「絶対に外すな。必ず当てろ。中隊全員に徹底させろ。それが命令だ」
俺がこの命令を下した理由は、単純に弾薬の節約の意味が強いのだが、一撃でオーガを射殺しうるライフルで出来る限り敵を削ぎたいと言う考えもあった。
今回の防衛では、城壁上で長槍を使って敵を足止めしつつ、近くの敵は小銃の斉射で倒し、指揮官を含む後衛の敵をライフルで確実に仕留めるのが俺の狙いで、弓兵は狙い撃ちを諦めて兎に角後方に射ちまくらせる事にした。
騎兵は籠城である以上、使いどころが余りないために、半ば遊兵となるのが目に見えている。
「敵が来たぞ!」
まだ日が落ちきらない時間。
夕焼けに染まった森の中から続々と姿を表すオーガ達は、此方の予想よりも早く到着してしまった。
「死に方用意」
知らず知らずの内に呟いていた。