表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/149

二話 初陣



「長槍構え!敵を寄せ付けるな!」


 戦闘の初手、動揺が走った敵の部隊は、士気を完全に取り戻すことが出来ないまま前進を始めた。

 

 隊列も組まずに、ただまっすぐ突っ込んで来るだけの粗末な装備の軽装歩兵は、数において優勢で防御用の陣地を構築していた俺の方からすれば、特に恐れる要素はなく、以外にも冷静に指示を出して待ち構える事が出来た。


「敵も農民兵士だ!落ち着けば怖くはない!!」


「「「応っ!!!」」」


 兵達も先程の事で上手く士気を持ち直すことが出来たためか、訓練通りに槍衾を作って体勢を整えていた。

 幸いな事に弓兵や騎兵のいない敵部隊は上手い具合に妨害壕に足を止められてしまい、ここまでの勢いも完全に削がれてしまっている。


「来るぞ!声を張れぇ!!」


「「「おっ、おおおおおおお!!!」」」


 敵の最後尾にいた指揮官を初めとする共和国の正規兵に、追い立てられる様に壕を越えてこちらに肉薄する敵の兵達は、しかし、柵にも阻まれて動けなくなり、後から来る味方に押されて杭に貫かれる者までいた。


「今だ!突き殺せ!」


 俺は兵達に身動きの取れなくなっている敵を殺すように指示を出し、自分自身も狙いを定めた敵をカービン銃で撃ち殺した。

 最初は戸惑っていた兵達も一突き二突きと続ける毎に戸惑いや躊躇いは消えて、淡々と敵に槍を喰らわせていく。

 俺も気づけば弾倉の中の弾を全て打ち切っていて、殆ど無意識の内に弾を込めて再び敵を撃っていた。

 ただの作業のように繰り返し行われる非道に、敵の後続は怖じ気づき足を止めて柵に近づくのを止めてしまうが、後ろから押されて前に出てしまう者も少なからずいて、そう言う奴は直ぐに槍の穂をその身に突き刺されて血だまりに沈んだ。


「押すな!殺される!」


「早く行け!潰される!」


 遂には味方同士での小競り合いも起こしてしまう様子が何だか滑稽に思えて、ついつい俺の口から笑みが零れてしまっているのが自覚できた。


「敵は恐れるに足らず!確実に仕留めろ!」


「応っ!」


「来いやぁ!」


「殺してやるからさっさと出ろさや!」


 その内、兵達にも余裕が出てきて敵を挑発したりする者も出てきて、敵を殺すのを愉しんでいる節もあった。


「何をやっているか!さっさと前に行かないか!」


 余りの様子に敵の指揮官の我慢も限界を超えてしまい、自分の目の前にいた味方の一人を斬り殺してしまった。


「早く前に進め!さもなくばこの男と同じ末路になるぞ!」


 これに触発されて、敵の正規兵達が目の前にいる農兵に向かって剣を向けて脅しを掛け、中には本当に斬り付けて殺してしまう者までいた。


「う、うああああああああ!!!!」


 まるで、土石流の様に前にいる味方を踏み越えて此方に突っ込んできた敵の表情は、絶望と恐怖が入り混じった形容のし難い表情で、後から後から続く者達も似たような顔で此方に突っ込んできて柵に取り付き、持っていた剣やナイフで柵を壊し始めた。

 此方もただで突破される訳にいかず、なんとか食い止めようと抵抗してはみたのだが、必死になった奴らは柵を壊すだけではなく、柵をよじ登って越えて柵の破壊を支援するために突撃してきた。

 懐に入られると弱い長槍の欠点を補う為に、俺は全員に短剣や鉈等を持たせてはいたが、現状に固執して強みを失い、接近を許してしまうのを恐れた俺は、部隊を後退させる事を決意した。


「部隊は後退しろ!内側に引き込んで戦うぞ!」


「「「応っ!!」」」


 柵の間際で槍衾を作っていた隊列を最前列を残して10m後退させて体勢を整えさせると、足止めに残していた最前列の兵達を後退させ最後列に並ばせた。

 その間にも柵を越えて来る敵に対して、少しでも敵を減らすためにカービン銃を構えて引き金を引き続けた。


「「「おおおおおおおお!!!」」」


 とうとう、柵の横棒が取り外されて柵が意味をなさなくなると、続々と陣地内に敵が入り込み、俺達と対峙した。


「前列、槍を振り上げろ!」


 俺は、この段に来てカービンをヘンリーの鞍に着けたホルダーに差し込んで、腰に吊っていたサーベルそ右手で抜き、敵の攻撃に備えて号令を発した。


「応っ!!」


 最前列の兵達が、俺の指示に答えて槍の穂先を高く上げた。

 敵の方も数が揃うと槍や戟を持った兵士が先頭に立ち雑多ながらも横隊を組み、突撃の時を待った。


「ようし!前進だ!」


 敵の兵が揃い指揮官が到着するや否や、ゆっくりと此方に向けて歩き出し、とうとう最前列の兵達が此方の槍の間合いに入った。


「降り下ろせ!」


 間合いに入ったのを確認し、頃合いを見計らって号令を出すと高々と上げられていた槍が勢い良く降り下ろさせた。


「ぐあっ!」


「ぎゃっ!」


「もう一度振り上げろ!」


 長さ4mの槍を高い位置から思い切り降り下ろせば、それは穂先の重さと長さから来る加速度で、並の棍棒よりも余程強力な鈍器になる。

 その上、敵は帽子や袋を被るのみで、マトモな兜や防具を着ける者は殆ど居ない。

 本当なら、もっと長く造りの確りした槍を持たせて、もっと練度を高めて、もっと数を揃えたかったのだが今はこれが精一杯だった。


「「「おおおおおお!」」


「敵は怯んでいるぞ!この機を逃すな!」


「応っ!」


 こちらの反撃に怯みわずかに交代した敵を見て、俺は兵達に槍を振るのを止めさせて、真っ直ぐに構えさせて逆襲の合図をだした。


「突き崩せ!!」


「「「おおおおおおおおおおおおお!!!!」」」


 号令一下、槍を構えた横隊は、声を張り上げ突進する。

 またしても後続によって下がる事の出来ない敵兵は、こちらの槍と味方の剣とに挟まれて悲鳴と共に突き殺された。


「殺れ!殺れ!悉く殺れ!!」


 突撃した前二列に続いて前へ進みだした兵達に、俺は手に持つサーベルを降りながら檄を飛ばして鼓舞しながら前進した。


「最後列!止めを刺せ!」


「あああああああ!!」


「や、止めてくれ!」


「助けてくれ!」


「死ねやっ!死ねや!」


「ひぃぃぃぃぃ!!」



 前衛に続く兵達に敵の生き残りに止めを指すように命じながら前進し、それに忠実に従う兵達は、槍の石突きや手斧、鉈、短剣を用いて止めを刺して歩き。

 その様子を耳に聞きながら前に視線を移せば、敵は既に引き、柵からも離れて半数は壕の向こう側まで下がっている。


「そこまでだ!深追いはするな!」


 この戦いはこれまでと判断し、逃げる敵の背を見ながら兵達に停止を命じて、既に半分ほど意味をなさない防護柵の位置まで戻ると柵の修理を命じようとした。

 しかし、遠目に新たな敵の増援が来たことが分かると、緩みかけたきを引き締めて兵達に指示を飛ばす。


「次が来るぞ!槍が折れた者は後ろと交代しろ!」


「応っ!」


 負傷した者や槍が折れてしまった者を下がらせて、さっきまでの戦いで全くやる事のなかった列の者達を最前列として次に備える。


「次もこの調子で行くぞ!」


「あい!若様!」


 等と言ってみたが、次に来る敵を見ると農兵だけでは無く、割りと確りした金属のブレスプレートを着けていて、兜等の装備も充実している。

 明らかに訓練を受けた正規兵の様だった。


「矢盾を出せ!」


 逃げる敵と増援が合流して再編し強化された敵部隊に対して、こちらがわずかに劣性であり、さらに敵に弓がある事が感じられた俺は最後列に回した者達命じて、用意しておいた矢盾を出させ手拭いを持って盾の後ろに並ばせた。


「「「おおおおおおおおおおおおお!!!!」


「っ!」


 次の瞬間、大きな鬨の声を上げて敵がこちらに向けて進みだした。

 今度は先程と違い先頭に槍を持った農兵達を並ばせて、その後ろに正規兵の剣兵が構えている。

 俺は鞍からカービン銃を取り出すと弾を込め、敵に狙いを定めて引き金を引き、前進してくる敵を幾人か射殺してみるが、その程度では敵は怯まず、さらに速度をあげて進んでくる。


「若様!敵が仲間を殺してる!」


「同士討ちしてるぞ!」


 言われた方を見ると、剣を持った兵が逃げようとした農兵を切り殺しているのが確認出来る。


「一体何しでらだ?」


「ありゃあ、逃げた奴を見せしめにしているんだ」


「見せしめが?」


「ああ、そうだ」


 こういった督戦行為は戦場において、しばしば見られるありふれた光景だ。

 今のところは俺はやっていないが敵のみならず味方でもやるところはやっている事だ。

 だが、こんな事をしなければ戦闘を続行出来ないでいる敵の様子を見る限り、敵の士気はかなり下がっている様だ。


「聞け!敵は士気を失っているぞ!これを凌げば終わりだ!」


「おおおお!」


「よっしゃあっ!」


 ただし、明日も来る。

 それは言わないでおく。

 言えば此方も士気が下がるのが目に見える。

 敵が更に接近してくると矢が飛んできた。


「敵の矢だ!気を付けろ!」


 味方に注意を促し、矢盾の陰に隠れさせる。

 飛んでくる矢は長さと威力から推測して短弓である様で数も少なく疎らで、距離もあるから手足に当たった位じゃ死にはしないが、ここに来ての初めての飛び道具の出現に味方に動揺が走り、俺は損耗を嫌って安全を策を取る事にした。


「来たぞ!礫を投げろ!」


 距離約30mに敵が入るのを認めた俺は、後ろに並ばせた兵に命じて石礫を投擲させる。

 石礫は拳程の大きさで、手拭いをスリング代わりにして山なりに投げさせている。


「槍隊構え!容赦はするな!」


「応っ!」


 戦闘に慣れたのか、先程までよりも威勢の良い声で応じて槍を構えた。


「「「う、うああああああああああああ!!」」」


 悲鳴に近い声を絞り出しながら柵に近付いてきた敵の農兵を力一杯に突き殺した。


「敵を寄せ付けるな!落ち着いて討って取れ!」


「応っ!」


 言いながら、敵の隊列の後ろにいる剣兵や、なるべく良い装備を身に付けている敵を狙って銃を撃つ。

 弾倉に入っていた弾を撃ち終わり、次の弾を装填しようとした時だった。

 一人の剣兵が切り込んできたのが目に入った。

 このまま奴に好き勝手にされて隊列を乱されれば、此方は一気に総崩れになってしまうかも知れない。

 それを許さない為に早急に片づける必要があったがカービン銃は弾切れで直ぐに撃てる状況ではなく、装填している時間が惜しかった俺は腰から拳銃を抜いて引き金を引いた。

 乾いた破裂音と共に飛び出した魔法弾は、剣兵の胸を貫いて、辺りに胸甲の破片を撒き散らして、彼の命を奪う。


「くそっ!早く敵を殺せ!早く・・・」


 切り込んで来た敵の兵士を射殺した次に、剣を振るい指示を出している男に狙いをつけて頭を撃った。

 言葉を最後まで出すこと無く頭を弾かれた男は、脳髄を垂れ流して膝から崩れ落ちていく。


「ひぃぃっ!」


 血溜まりに沈んだ死体を見て、恐怖から悲鳴を上げた敵は、俺の方をゆっくりと向く。

 俺はそいつを睨んで銃を構えてやれば、そいつは、剣を棄てて逃げ出してしまった。


「おい!逃げるな!」


「もう駄目だ!お、俺は帰るぞ!」


「お、俺もだ!」


 恐怖は伝染し、俺も俺もと、背を向けて走り出す奴が出始めた。


「今だ!三歩前へ!」


「応っ!」


 兵に前進を命じて、更に敵を殺す。

 このたったの三歩の前進が大きなプレッシャーとなって敵に襲いかかり、より以上に恐ろしげに敵の瞳に写り込み、踏み込んだ十倍の歩数後退させた。


「全員前進!柵の外に出るぞ!」


 俺はそう言うと壊されてしまった右翼側の柵の穴から外に出て、兵達に隊列を組ませながら前進する。


「それ、突撃!」


「「「やあああああああああ!!!」


 三列横隊で槍を列べての突撃により、敵前列を完全に崩壊させるが。

 俺達が出てきた事を好機と捕らえた敵の指揮官も兵を立て直して、俺達に対して前進を命じる。


「槍を上げ!」


「「「応っ!」」」


「好機だ!奴等に今までの分を返してやれ!」


「やぁっ!」


 指揮官の言葉に従った敵の剣兵が前に進んで来るのを見た兵達が、勝手知ったるとばかりに槍を降り下ろして叩き付ける。


「その調子だ!前へ進め!」


 正面切って敵の部隊とあたり幾度かのぶつかり合いの末、遂に時は来た。

 後ろの方の敵から諦めて僅かに後ずさると、全体がじりじりと下がり始め、それを見た俺は最後の号令を発する。


「突撃!奴等を突き崩せ!」


「「「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」







 戦闘終了後、陣地に戻った俺達は破壊された柵を補修し、死者の埋葬と負傷者の手当てを始めた。

 戦闘時間約四時間、死者42名、負傷者50名、内復帰可能は8名、戦力一割強を失った。


「ああああ!」


「いてぇ!いてぇよ!」


「酷いもんだ」


 回りの惨状を見て呟いた俺の目に、信じられない物が写り込み、その瞬間に俺は語気を荒げて怒鳴り付けた。


「何をやっているんだ!」


「へ、へぇ、傷口に泥を塗り込んで固めているんでさぁ」


 他にも、泥だけでなく馬糞を使ったり、小便を掛けているのが散見される。

 そんな中で何人かは薬草らしき物を使っている者がいた。


「聞け!泥や糞尿を使うのを止めて、水で洗い落とせ!」


「へ、へぇ?しかし・・・」


「早くしろ!」


「あ、あい!」


 取り敢えず泥を洗い落とさせて近くにいた者に拠点から、お湯を運ばせる事にした。

 薪を集めて鍋を火に掛け沸騰させると、針と糸をその熱湯に浸けて消毒とした。


「おい!」


「はい!」


「貴様は猟師か!」


「そうでさぁ!」


 先程の薬草を使っていた男は、やはり猟師で、聞けばこういった傷に使う薬草を知っていると言う。


「よし、他にも猟師が居るのならそいつらを連れて、薬草を採ってこい」


「わかりました!」


「お前は、補給隊に頼んで強い酒を貰ってこい!」


「はい!」


 傷口に酒を掛け、針と糸で縫い合わせて薬草を当ててなるべく清潔な布で縛った。

 他にも、間接止血や添え木を当てて骨折の治療をしたり、鍋に雑多な食い物を入れて煮たり、まあ、色々やっていたら、本隊から呼び出しがかかった。








「カイル殿!この度は貴公のお陰でなんとか守り切れた。礼を言う」


 ホルス伯爵が言うには、左側が破られかけて、伯爵の本隊が此を支えたのだが、その分正面に兵を割くことが出来なくなったのだと言う。

 俺達が正面をしっかり守りきったお陰で、他の兵を左右に振り分ける事で何とか支えきれたと言われた。


「いやはや、本当に助かった。ありがとう」


「いえ、私はやるべき事をやっただけです。しかし、お褒めの言葉は、私達の誉れと致しましょう」


「おお!あれだけの事を成して尚、謙遜するとは、見上げた心意気だ!」


 その後もホルス伯爵の他にも、アーシス子爵、ガラント子爵、ピウス男爵からも一頻り感謝を伝えられ、評定が行われる。

 それにより、両翼の陣地を強化するのと、ホルス伯爵の隊が左翼に移る事となった。

 中央は俺達だけとなり、上手くおだてられて押し付けられた感じだ。


「カイル殿!」


 評定後に話し掛けてきたのは、拠点兵長だった。


「カイル殿、先の戦いは真にありがとうございました」


「いえ、ただ、成すべき事を成した。それだけです」


 また何か押し付ける気かと思ったが、それは違った。


「時に、カイル殿。兵の数は足りていますかな?」


「・・・いえ、正直な所かなり一杯一杯です」


 俺が素直にそう言うと、兵長は人を読んで、槍と剣、それに兵を40ばかりに貸し出してくれた。


「宜しいのですか?」


「なに、負けてしまえば元も子もありませんので」


「では、お言葉に甘えさせて頂きます」


 そう言って、借り受けた兵と、武器が載った荷車を連れて陣地に戻る。







「皆聞け!拠点兵長殿のご厚意により、槍と剣を借り受けることができた!」


「おおおお!」


「更に!拠点の守備兵も40人来てくれたぞ!」


「「「おおおおおお!!」」」


 新たな武器や増援の話をすると、少し沈み気味だった兵達の表情が明るくなり、士気を取り戻した。


「彼等は、拠点兵と言えども、正規の訓練を受けた強者だ!彼らがいれば、共和国の腰抜けなど恐るるに足らぬ!」


 これは嘘だ。

 確かに拠点兵は、正規の常備兵ではあるが、基本的には能力の余り優れない者や年老いた者が就く閑職である。

 そんな彼等が強者等であるはずがなかったが、少しでも士気を回復させようと、誇張した。

 それに農兵よりも強いのは事実である。


「これより槍をわたす!一列に並んで持っていけ!」


 槍の長さは長さ3.5mと、少し短くなるが、確りとした造りで柄の部分でも剣を受ける事柄出来る。

 剣の方は、ありふれた刃渡り70cmの片手剣で、一応鉄製ではあるが鋳造品のようだった。

 それでも、より良い装備で戦いに望めるのは嬉しい事で、明日の戦いにも希望が湧いた。

 しかし、翌日には、その希望を粉々に打ち砕かれる事になるのだが。







「敵襲!」


 翌朝、東の空が白み、山の稜線から朝日が昇らんとする時、敵の襲来をつたえる見張りの声が上がる。

 寝ぼけ眼の農兵達はノソノソと動きが鈍い。


「敵襲ぅ!敵襲だ!全員急げ!」


 緊張感を高めるために、空に向けて数発発砲する。

 銃声に驚いた農兵はようやく頭が覚醒して隊列を作り始める。

 拠点兵は既に、装備を身に付けて所定の位置である右翼側に並んでいる。


「総員戦闘準備!敵が来るぞ!」


 その瞬間、敵軍が前進を開始した。

 敵は昨日とは違い、整然としていて、将校の指揮の下、槍を並べて行進する。


「五列横隊!並べ!」


「おおっ!」


 敵が半ばまで進んだ頃、漸く隊列を組んで槍を構え始めた。

 しかし、それは失敗だった。


「っ!・・・ぜ、全員避けろ!」


 言った瞬間に空から矢が降ってきて、兵達を襲う。


「ぐぎゃっ!」


「逃げろ!」


「ひぎぁ!いでぇ!」


 昨日とは比べ物にならぬ程の濃密な矢の雨は、密集していた兵達を射抜く。

 矢自体は昨日と変わらないものの、数が圧倒的に違う。


「矢盾に隠れろ!身を守れ!」


 そうは言ってみるが、既に結構な被害が出てしまっている。

 その間にも、敵はどんどん近付いて来ていて、壕に差し掛かっている。


「隊列を組み直せ!敵が来たぞ!」


 矢が止まり、隊列を組み直させるが、反応が鈍い。

 壕を越えた敵は、再び並んで進み、遂に柵への接近を許してしまった。


「急げ!敵を突け!」


「お、応っ!」


 柵を壊そうと、手斧を持った兵が出てきて、縄に手斧を叩き付ける。

 このままでは、柵が破壊されるのも時間の問題となり、急いで迎撃に入る。


「や、やらするが!」


「あっぢさいげ!」


 敵の接近を恐れる余り、隊列を乱してやたらに槍を突き込む。


「馬鹿!落ち着け!落ち着いて討ち取れ!」


 俺も必死になって、カービン銃を撃ちながら、声を張り上げる。

 しかし、現実は非情で、次々と縄が切りほどかれて、柵が壊されていく。


「クソッ!後退しろ!20m下がれ!」


「クソッ!」


 隊列を後退させ、三列の密集した横隊を築く。


「迎撃用意!槍を構え!」


「応っ!」


「敵陣一番乗り!」


 最初の敵が、声を上げるが、それを撃ち殺す。


「昨日と同じだ!敵も血を流す!敵も死ぬ!」


「応っ!」


「数は此方が勝るぞ!恐れるな!鬨を上げぃ!」


「「「おおおおおおおおおおおおおおお !!!」」」


 なんとか士気を保つが、それが精一杯で、入ってきた敵が列をなして槍衾を作る。


「共和国の勇者達よ!奴等に我等の鬨を聞かせてやれ!」


「「「おおっ!!おおっ!!おおおおおおおおおおおおお!!!」」」


「ひっ!」


 間近に立つ敵軍の指揮官が声を張り、己の部下に鬨の声を上げるように命じる。

 それに応じた、共和国の兵達が上げた声は、まさに地に響き海を越えんとする大音声だった。

 余りの迫力に、兵達は怯えてしまい、今にも槍を取り落としそうだ。


「部隊は前進せよ!」


「「「おおおおおお!!!」」」


「っ!堪えろ!迎え撃て!」


「「「お、おおう!」」」


 槍の長さはこちらが僅かに勝る。

 そこに勝機が微かな希望があった。


「前列!槍を振れ!後列!敵を寄せるな!仲間を守れ!」


「「「応っ!」」」

 昨日もやった通りに槍を頭上に降り下ろす。

 振り上げた時に、懐に入ろうとする敵は、後列の槍を突き出して牽制し、届く所の敵や槍の柄に降り下ろす。


「怯むな!農兵なぞ蹴散らしてやれ!」


 流石の正規兵である。

 昨日までの民兵とは比べ物にならない頑強さをで、多少押し込めは出来れど、それ以降は進まず、兵も焦り始めた。

 なんとかならないかと、指揮官らしい奴や、装備が良い奴を狙って撃ちまくった。

 それでも徐々に押されて行き、最前列が崩れた。


「後退!後退しろ!ゆっくりと後ずされ!」


 幸運な事に殆んどの者は言う事を聞いてくれているが、中には槍を棄てて逃げ出す者もいた。


「逃げるな!持ち場に戻れ!」


「嫌だああああ!死にだぐねぇ!」


「おせぇ!敵は崩れたてい・・・」


 後ろに下がりながら一人の指揮官の胸に魔法弾を食らわせた。

 撃ち抜かれた敵は、言葉を最後まで吐き出す事は叶わずに、地に倒れる。


「へ、兵長!」


 奴が死んだ時、あからさまに同様が走る。


「今だ!敵は動揺している!力を放り絞れ!」


「応っ!」


 敵の指揮官を殺した事と敵が怯んだ事が上手く働いて、なんとか盛り返すが、それでも劣勢と言える状況で俺は更に銃撃を続ける。

 すると、指揮者がいなくなった敵中央が下がり始めた。


「伝令!」


「はい!」


「右の拠点兵達に伝えろ!我々と共に突撃せよ!」


「わがりました!」


「敵は崩れ始めた!一気に押し出すぞ!」


「応っ!」


 槍を揃えての突撃は、怯んだ状態の敵集団にたいして非常に有効に働き中央を完全に崩壊させた。


「良いぞ!そのまま左側を半包囲しろ!」


 右側では拠点兵が敵を叩き、此方も優勢に戦うことが出来ている。

 機能に引き続き敵の勢力は此方と同等か僅かに劣る程度で、もしも敵の数がもう少し多くて、俺の運が悪ければ完全に負けていただろう。


「「「おおおおおおおおおおおおお!!!」」」


「行け!突っ込め!」


「逃げろ!退却だ!」


 遂に敵を追い返し、柵の位置まで戻ってこれた。

 一時は100m近く押し込まれるも、何とか堪えたと言えるだろう。

 陣に戻ると、柵は完全に壊され、杭も取り払われている。


「横隊前進!壕の後ろに陣取るぞ!矢盾を忘れるな!」


「「「おおおおおおおおおおおおお!!!」」」


 この後も、再攻撃に出た敵に対して、妨害壕の位置まで前進し、これを利用して迎撃を行った。


「こっち来んな!そこにいろ!」


「敵を登らせるな!壕を墓場にしてやれ!」


「「「応っ!」」」


 壕に入った敵と上で構えた此方との高低差と敵よりも長い槍を使って、何とか、消耗した兵力を補いつつ戦った。

 それでも、装備と練度の差は大きく、漸く押し返したと思っていた状況から再び圧倒され始め、壕を上がる兵が出てきてしまった。


「クソがっ!白兵用意!剣を抜け!」


 遂に腹を決めて、剣を抜いての白兵戦に移行した。


「恐れず行け!命を惜しむな!」


 俺もサーベルを抜いて、峰を肩に当てて地面と垂直に構える。


「おおおおおおおおおおおおお!!!」


「殺してやる!」


「仲間の仇だ!」


「返り討ちにしろ!」


 敵味方入り乱れての混戦は、練度も大事だが、何よりも体格が物を言う。

 相手が正規兵、此方は農民と言えども、普段から畑仕事に精を出す農民はそれなりに体も大きく頑丈で、しかも今回は選りすぐりの農民を連れている。

 掴み合いには強かった。


「死ね!死ね!死ね!」


「ああああああああ !!」


「ふんっ!」


 右から剣を構えて向かってきた敵を馬上から切り伏せる。

 肉を切り裂く感触に混じって、何か固い物を折るように断つ感覚が手に伝わる。


「やああああ!」


「っ!」


 今度は左から来た。

 急いで馬首を反して、切りつける。

 しかし、一太刀目は受け止められた。


「ぐっ!」


 突き出された剣を避けるために身を反らせるが、そこから更に斬りつけてきたのをかわすが、バランスを崩して落馬した。

 急いで立ち上がると、目の前にさっきの奴が剣を振りかぶって近付いてきた。


「はあはあ!・・・し、死ねぇ!」


 振りかざした剣が降り下ろされる瞬間、もう終わったと思った。

 自分の頭に刃がめり込んで全てが終わるのを、空から見えた気がした。

 しかし、そうはならなかった。


「グボァ!!!」


 ヘンリーが嘶いて、斬りかかって来た敵を後ろ足で蹴り飛ばした。

 そいつは、数m吹き飛ばされて地に落ちると、ピクリともしない。


「やああああああ!!」


 呆然としていると、槍を持った敵が俺に目掛けて突っ込んできた。


「ずっ!クソッ!」


 今度は急いで立ち上がって、ヘンリーの鞍からトマホークを取り出して投げつけた。

 俺は剣の腕は今一だと自覚があるが、的当てには自信があった。


「ふっ!」


 俺の投げたトマホークは狙った通りに敵兵の頭に当たり、頭蓋骨を叩き割って脳髄を撒き散らせた。


「つああああああああ!!」


 それから俺は、右手にはサーベルを左手にトマホークを持って、争乱のただ中に斬り込んで行く。

 乱戦の中で幾度か危うい場面に遭遇しながら敵を殺し、必死になって戦った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ